13 魔塔の暮らしは甘いものじゃない
大聖堂の祭壇の前に用意された魔道具の婚約指輪をルカス様に嵌めた途端、私とルカス様の指輪が共鳴し始めた。
キーンという金属が擦れる様な音が聞えた瞬間!
私とルカス様の指輪から、とんでもなく明るい光が互いの指輪から溢れ出た。
「こっ……これは……一体……!」
大司教様が驚き呆然として、暫く言葉を失っている。
ルカス様も驚いている。
ええっと……これは……そんなに驚く事なの?
魔塔の人の婚約式に初めて参加した私には何が何だかよく分からない。
慌ててお義母様やお義姉様達をチラリと見ると、三人共やはり困惑したお顔をしている。
私達家族は、一般的な家でこれまで魔力のある親族もいなかったからこの指輪の光がどの程度のものなのか、全く分からないのだ。
「――ルカス様っ! これって成功なんですか?」
恐る恐る、小声で聞いてみるとルカス様は暫く黙っていたけどやっと声を絞り出す。
「――あぁ……成功……だ……。ティアナは……俺と結婚出来る……!」
「――?」
成功したのに、何でいつもみたいに笑って『やったな!』って明るく言わないの?
「――ルカス様? 嬉しくないの……ですか?」
ルカス様の耳が真っ赤になっている。
「――嬉しい……。おい! 婚約式は成功した! 来月俺達は夫婦になる!」
ルカス様が高らかに宣言すると……。
――しん……としていた大聖堂に割れんばかりの拍手の嵐が鳴り響く。
「おめでとう! ルカス! やったな!」
「ほっほっほ……大したものじゃ」
「ルカス様~! おめでとうございます――!」
口々にお祝いを告げる魔法師達の声。
お義母様もお義姉様達も涙を流している。
私も、凄く幸せな気持ちになって、自然と涙が溢れてきた。
***
「――帰るわ! セルジオ、ついて来ないで……」
オリビエは、初めて見る奇跡の様な指輪の光を目の当たりにして暫く呆然と立ち尽くしていた。
やがて魔法師達の歓声で我に返ると、黙って大聖堂を後にした。
ずっと、ルカスと一番絆が深いのは他の誰でもない。
自分だと、思い込んで自惚れていた。
子供の頃からずっと一緒にいて、誰よりも近く誰よりも分かり合える人だと思っていたのに……。
今は何だか遠い人間に感じられる……。
オリビエはその感情が一体何なのか分からずに、溢れる涙を拭う事もせずに足早に何処かへ去って行った。
***
ふぅ~ん……。
なんだ……。
可愛いとこあるじゃん。
セルジオは無表情に去って行ったオリビエの頬を涙が伝っているのを見逃さなかった。
現在魔塔で唯一の女性魔法師であるオリビエが、王城からの誘いを断り続ける理由。
王城で侍女として王族専用の魔法師として働けば、今よりもずっと贅沢な暮らしが出来る。
しかし、王族達の本当の目的が魔法師としての力をそこまで求めてはいない事をオリビエ自身が分かっていた。
オリビエの美しさと魔力の高さは王族たちの間でも有名だった為、手紙や贈り物は後を絶たないのだが……。
「あの美貌と魔力を狙うハエ達をルカスがことごとく退治していたからねぇ」
奴らの目的は魔力のある子供を産ませる事。
平民出のオリビエは、たとえ国王や王子達が望んだとしてもせいぜい妾として囲われ、子供は取り上げられるのだろう。
王城からの誘いがあるのはルカスも同じだ。
ルカスは庶子とはいえこの国の王子なのだ。
そのルカスの魔力の高さに注目した王族達が何を考えているのかは、火を見るよりも明らかで……。
オリビエとルカス。
王族たちに利用される事を嫌う者同士、いつも助け合っていたが。
魔塔で子供の頃から仲の良かった2人はいつか結ばれるんじゃないかと、誰もが思っていたけど……。
「――私にもチャンスが巡って来た……という事かな?」
静かにセルジオは笑って瞳を閉じた。
***
「あのぉ……ルカス様? 私、大人の姿に変身しなくても良くなったのでは?」
予想外に指輪が光って婚約式は成立したし、もう子供の姿に戻っても魔法師様たちは怒らないだろう。
それなのに……。
婚約式が終わり魔塔で暮らす部屋も頂いて、あとは私が実は子供なのだと明らかにすれば良いだけの筈なのに何故かルカス様は首を縦に振らない。
私達は今、王都から遠く離れた魔塔で魔法師様たちが用意して下さった部屋にいる。
魔塔には強力な結界魔法が掛けられていて、魔法師の許可証であるブレスレットが無いと魔塔には入れないそうだ。
正式に婚約者として認められた私も早速ブレスレットを頂いた。
お義母様とお義姉様たちもブレスレットを頂いたのでいつでも遊びに来れるらしい。
お義姉様たちが遊びに来られた時に、今の見た目ではお義姉様たちより年上になってしまう。
「それに、魔法師様たちを騙しているみたいで心苦しいですし……」
婚約式でお疲れのルカス様はベッドに腰かけて首を振る。
「駄目だ! ティアナがまだ子供だってバレてみろ! 自分の養子にしたがる爺だの自分が代わりに婚約するだの言いだすガキが出て来るかもしれないだろ?」
安定の口の悪さでルカス様がまくしたてる。
「じゃあ、どうするんです? まさか、一日中このガラスの靴を履いてるんですか?」
私は呆れてルカス様に抗議する。
「この部屋の中でなら……俺の結界魔法があるから……この部屋の中だけならいい」
私は安堵して、急いでガラスの靴を脱ぐ。
途端に身体の中から光が駆け抜けて行き、私は元の10歳の少女に戻った。
「ふう……このガラスの靴って確かに便利ですけど、ずっと踵の高い靴を履いてると疲れちゃう……えっ⁉」
言い終わらないうちに、手に持っていたガラスの靴の高いヒールの部分がルカス様の魔法で消えていた。
「ルカス様ったら、いきなり魔法を使わないで下さい!」
「――疲れるって言うから……ま、俺は大人の姿だろうが子供の姿だろうがティアナはティアナだから……本当はどっちでもいい」
だったら、何で魔塔の中でも変身したままでいないと駄目なのかしら……。
ベッドに腰かけたままルカス様は、徐に衣服を脱ぎ始めた。
「きゃあ! なっ……なんでいきなり脱ぎだすんです?」
私が顔を真っ赤にして抗議すると、ルカス様は不思議そうに私を見つめる。
「――あぁ。貴族のご令嬢はメイドとかにドレスを脱ぎ着するのを手伝って貰うんだっけ? 魔塔には確かに下働きの魔力持ちの娘達がいるけど、寝具の洗濯と掃除くらいしかやらないぞ?」
違――う!
そこじゃない!
私が言いたいのは!
そ、そうね。
確かに日本人だった前世の記憶を辿ると、だらしなく自分が着ていた服を脱ぎ散らかして、私が汚れた服を拾い集める姿を平然と見ていた夫の姿が重なる。
私は、ムッとしながらルカス様が今脱いだ上着を拾おうとした。
するとルカス様は慌ててはだけたシャツ姿のまま私の腕を掴む。
「なっ! 何してんだ! 俺の汗臭い服なんて拾うなよ!」
「えっ?」
「意外と大胆なやつだな……。俺達魔法師は自分の服は自分達で綺麗にする。ただ研究が忙しかったりで、そもそも頻繁に着替えたりはしないんだ。でもほら、この服は借り物だからさ」
あぁ……だから初めて会った時のルカス様はあんな汚い姿だったのね。
私は改めて自分のドレスを見て大変な事に気付く。
そうだった!
今私が着ているドレスもマダム・ルル―からタダで借りたものだった!
「大変! では、私も着替えないと! あ、でもお返しするなら子供サイズじゃない方が良いですね?」
今着ているドレスは元々大人サイズのドレスだったのをガラスの靴の魔道具を利用して子供サイズにしている。
私は着替える為にガラスの靴を再び履いて大人の女性に変身した。
――ルカス様はクスっと笑うと魔法で衝立を出してくれた。
私は慌てて衝立の中でドレスを脱ごうとする。
あれれ?
困ったわ!
ドレスのホックが!
私があたふたしていると、突然ドレスが光り出して勝手にドレスのホックが外れていく。
どうやらルカス様の魔法らしい。
「きゃあっ! 何を?」
「む……。見てないぞ? ティアナも魔法を自在に使える様になれば、ドレスだって一人で脱げる様になるさ」
ドレスを脱いで衝立に掛けるとガラスの靴を脱いで子供に戻る。
「あ。どうしましょう……。私、着替えを荷物からまだ出していませんでした!」
そう呟いた途端、ふわりと空中から部屋着のワンピースが飛んで来る。
「――その服なら、この部屋で着ていても疲れないだろ?」
飛んで来たワンピースは私のサイズにぴったりだ。
「ありがとうございます! 凄く可愛い!」
ルカス様が用意して下さった部屋着のワンピースは王都の娘達がよく着ているひざ丈位の
とても動きやすい服装だ。
前世日本人だった私にとって、懐かしくて親しみのあるワンピースに心が躍る。
着替え終わって、ルカス様の前に立つとルカス様はニコニコしていた。
「うん。ティアナは何着ても可愛い。さて、洗濯するか!」
ルカス様が指をパチンと鳴らすと、さっき脱いだ服や私のドレスが空中にフワフワと浮かぶ。
私が口をあんぐり開けていると次にルカス様は無詠唱で丸いお湯の球体を出した。
「何ですか? この丸いのは!」
丸い球体の中に次々と脱いだ服やドレスが吸い込まれていく。
空中に浮かんだ球体の中で泡を立てながら服がクルクルと回る様子を見ながら、私は感心してしまった。
「わあっ! 洗濯機みたい!」
「洗濯機……? ふむ。魔法に面白い名前を付けるんだな……」
どうやら、私が思わず呟いた言葉を魔法に付けられた呼び名だと思ってくれたみたい。
「んじゃ、この魔法は? なんて呼ぶ事にする?」
ルカス様が笑ってまた指をパチリと鳴らす。
途端に球体は消えて、濡れた服達が空中に浮かぶと今度は透明な球体に飲み込まれていく。
透明な球体の中はどうやら熱風らしい。
――ゴオォォォ……という音と共に服が、ドレスが乾いていく。
「か、乾燥機……」
「ははは! ティアナのネーミングセンス、気に入った!」
私もこの魔法を是非とも習得したいわ!
「あのっ……私もこういう魔法を習得出来る様になるんですね? 私、頑張ってお役に立てる様になりたいです! お掃除とか洗濯をして……」
忙しいルカス様は、普段ご自分の服なんか洗うのを面倒がるかもしれない。
私がルカス様のお世話を出来る様になれば、長くこの魔塔に置いて貰えるかも。
私が色々な事を思案していると、ルカス様の冷たい声が飛んで来た。
「言っとくけど、俺の世話をする為に魔法を習得しようとするなよ。はっきり言ってそれは迷惑だ」
頭から冷水を掛けられたみたいな感覚になる。
――お前ってさ……やってる事が全て空回りなんだよ……――
転生前、いつもため息交じりに呟いていた夫の蔑んだ声が頭の中に響き渡った。
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