12 魔法師の心は単純なものじゃない
今日婚約をする二人を祝福するかの様に大聖堂の窓からはキラキラと光が差し込み祭壇は輝いている。
祭壇の前に立つ2人は完璧なまでの美しさだ。
「おい……ルカスの髭がないぞ! あれはズルいだろ」
テリーが眼鏡をカチャリとかけ直す。
「ふむ……。あれが、ルカスの伴侶となる令嬢……。凄い美女ですね……」
バートとテリーはこの時、神は少し……いや大分不公平なのだと自覚した。
ルカスが髭を剃って身綺麗にすれば、そこそこ見られる顔をしているのだという事は薄々感じていた。
そこそこ処ではない……完璧だ!
バートはチラリとルカスの隣に立つ、見た事もない絶世の美女に釘付けになる。
――まるで、おとぎ話に登場するお姫様だな。
この王国にも当然城はあるし、王子様もお姫様もいる。
しかし、これ程現実離れした妖精の様な美女が存在するのか?
「バートさん……涎……っ! 汚いなぁ……近寄らないで下さいっ!」
テリーはみっともなく涎を垂らして赤い顔をしたバートと自分が知り合いなのだと、あの綺麗なご令嬢に知られたくなくて、カニ歩きをするとバートから思いっ切り距離を取った。
しかしこれは……予想外だ!
お似合いな二人だ。
ルカスはこれまで見た事も無い優しい瞳でティアナ嬢を見つめているし、ティアナ嬢はルカスを縋る様な熱い瞳で見つめている。
テリーは改めて、ティアナ・ウェズリーを観察した。
銀色の長い髪がまるでお伽噺に出て来る銀の蜘蛛の糸みたいに細く儚くキラキラしている。
大きなアイスブルーの瞳は宝石の様で、氷の世界に住む雪の女王がもしもいたらきっとこんな宝石を身に着けているに違いない。
白く透き通る肌は、少しでも触ったら消えそうな雪みたいだ。
赤い唇は、昨日食べた瑞々しいサクランボを思い出す。
こんな現実離れした美女が、あの口の悪いルカスの伴侶?
テリーは恐る恐る、魔法師の先輩達や長老の顔を盗み見た。
皆……口には出さないけれど、嫉妬に燃えている。
婚約式って二人の絆が浅かったりすれば魔法師達の中の誰か1人でも反対意見があれば覆る筈。
ルカス……これは、前途多難だぞ……!
――その時妖精みたいな美女、ティアナ・ウェズリーがふと顔を上げてテリーと目が合った。
すると彼女はニコリとテリーに微笑んだではないか!
「!!!」
声にならない声でテリーは心の中で絶叫していた。
「何だ? あの可愛らしい生き物は――――――――!」
恐らくこの時魔法師全員はティアナが自分に微笑んでくれた、と思い込んだ。
そしてこの時全員が同じ事を考えていた。
――――ルカスと婚約してくれたら毎日彼女の顔を魔塔で見られる!――――
***
祭壇の上の赤い布に指輪が二つ置かれている。
これが……魔法師から贈られた婚約を祝う為の指輪!
そして、私達の運命を握る指輪……。
緊張して震える私の腰を引き寄せると、ルカス様が耳元で囁く。
「ティアナ……大丈夫か? 俺を信じろ。絶対に大丈夫だ!」
ルカス様に耳元で囁かれて、思わず顔が熱くなる。
こういう何気ないスキンシップも私が子供だから平気に出来るのだ。
でも私は転生前は20代の大人だったし、この世界でも16歳までの記憶がある。
ルカス様の何気ない行動にドキドキが止まらない!
大司教様が祭壇の上に置かれていた指輪を取り出す。
「では、指輪の交換を」
魔法師達が作った指輪は、嵌める人間の指の大きさに合わせる事が出来る特別なものだそうだ。
――何となくガラスの靴に似ているわね。
ルカス様が私の手を取ると、私の細い指にその指輪を嵌める。
次が問題なのだ。
この指輪は互いに指輪を嵌めた時の絆の深さに反応して光るのだ。
――絆が深ければ……光る!
私は、ぎゅっと目を瞑るとルカス様の指に震えながら指輪を嵌めようとした。
***
婚約式の指輪交換の儀式を燃える様な赤い瞳で睨みつける魔法師がいた。
「ルカス……何で?」
――魔塔の魔法師は男性が多い。
元々女性で魔力がある人間の数が少ない事が原因の1つではある。
魔法師になるには魔力検査が必要なのだが、女性で魔力持ちの場合はここでふるい落とされてしまう。
女性の魔力持ちは殆どが微弱な魔力で魔法師となる資格が無いと判断されるからだ。
ふるい落とされた魔力持ちの女性たちは、魔塔の下働きとして働くか、王城で働くかに分けられる。
オリビエはフェアリーゴッドマザーが亡くなった今では魔塔で唯一の女性魔法師だ。
――ルカスは一生結婚しないって言っていたのに……!
7歳からこの魔塔で暮らし始めたオリビエは、翌年の8歳の時にルカスに出会った。
魔力暴走で、村にあれ程の被害を出した程の魔力の持ち主。
孤高の天才魔法師。
女嫌いのルカス……。
オリビエは出会ったばかりの頃の狼の様な少年ルカスを思い出していた。
「あれれ? オリちゃんご機嫌斜めだね……。もしかして失恋しちゃった? 私が慰めてあげようか?」
オリビエは肩越しに微笑む憎たらしい位に爽やかな青年、セルジオを睨む。
「――うるさいわね。それから私の名前を勝手に短くして呼ばないで! あんたが年上でも魔塔の先輩は私なんだから!」
魔塔のルールでは、年齢よりも魔塔で魔法師になってからの年数が重要なのだ。
セルジオは遅咲きの魔力の持ち主で、15歳で魔力が開花した。
「ええ? いいじゃない。ただの愛称だよ? それよりさ、オリちゃんはルカスの結婚に反対するの?」
「――微弱な絆なら……反対するかもね。あいつが結婚とかあり得ないでしょ」
***
魔力暴走で気を失ったルカスをフェアリーゴッドマザーが連れて来たのは9年前。
余程酷い扱いを受けていたのか、ガリガリに痩せた男の子だった。
「酷い目に遭ったね……でも安心してよね? ここではあんたを見下す奴なんかいないよ? 私たち魔法師はあんたの家族なんだからさ」
「……どうせまた俺を利用しようとしてるんだろ」
――無表情で、それでいて金色に光る鋭い瞳は獣の様だった少年。
魔塔の暮らしに慣れるまで、年が近く境遇が似ていたオリビエがルカスの世話係をした。
やがて無口で無愛想だったルカスは魔塔での暮らしが快適だったのか、少しづつ心を開く様になる。
「オリビエ、魔塔って最高だよな! 俺ずっとここにいる!」
ある日、食堂で夕飯を食べながらルカスが笑いかけた。
ルカスが魔塔をとても大事にしている事が分かり、オリビエも嬉しくなった。
食べる物も寝る場所も劣悪だったオリビエにとって魔塔は唯一、自分らしく生きられる大切な場所だったから。
(私とルカスはよく似てる。あいつだって分かっていた筈。自分の魔力を利用しようとするやつらがどれ程多いか。結婚なんかして子が出来たらその子だって苦労するのに)
***
セルジオはその高い魔力でルビーの様に光る真っ赤な髪色、赤い瞳をした大人びた美女のオリビエが今何を思っているのか興味があった。
男嫌いのオリビエと、女嫌いのルカスは魔塔でも有名だったのだ。
「独身主義のオリちゃんは、もしかしてルカスに裏切られたって思ってる?」
オリビエはセルジオの言葉に内心ズキリとしながらも、平静を装った。
「――あんたって、喋らなければそこそこいい男なのにね。ほんと残念……」
セルジオの魔力は魔塔の中ではルカスやテリーに次ぐ実力の持ち主だ。
それなのに全く誰からも一目置かれない原因は、この軽い調子で容赦なく思った事を口にする性格が災いしている。
実力では何故か一目置かれないセルジオだが、魔塔の下働きの女性たちや依頼してくる貴族の令嬢からはその甘いマスクで人気がある。
爽やかなスカイブルーの長い髪、まるで透き通った紫水晶の様な美しい瞳のセルジオは今年22歳になる。
「ええ? 酷いなぁ。大抵のレディーは私を残念だなんて言わないのに……」
オリビエはこの無駄に美しい魔法師の言葉を今は聞いている余裕がなかった。
「ちょっと! 静かにして! 指輪が……」
祭壇の前で、とても真剣な顔つきをしたティアナ・ウェズリーが今、ルカスの指に指輪を嵌めようとしている!
固唾を飲んだ魔法師全員が注目する中、ルカスの指に指輪が吸い込まれる様に嵌められる。
――ルカスとティアナの指輪が共鳴し始めた――
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