10 婚約者は強欲な人ではない
寝室では、『夢見の魔法』でティアナの夢を覗いていたルカスが驚きのあまり声を失っていた。
俺は、悪夢にうなされていたティアナを助けてやりたい……ただそう思って『夢見の魔法』をこの子に掛けた。
しかし……まさか、これは?
『夢見の魔法』は、夢を見ている人間と同じ光景を見る事が出来る。
そして、ルカスが見たティアナの夢は……。
俺は一体何を見せられているのだろう。
ティアナの夢に出て来る能天気な俺。
この小さな少女の頼みを聞いてやった気でいた馬鹿な俺。
この子の魔力を考えたら、大人の女性に変身させて狼の群れに放り込む様な真似は出来ない筈だ。
この先を見なくても結果は目に見えている。
あの欲望にまみれたレイブン王子の残忍な表情……。
恐らくガラスの靴を手掛かりにティアナの正体はバレるだろう。
そして、この子の家族もただでは済まない。
ティアナが魔力持ちだと知っていて隠していたのだから。
「一刻も早く結婚したい」
ティアナが言っていたこの言葉の意味がようやくはっきりと分かった。
ティアナは血の繋がらないこの家族を誰よりも愛しているんだ。
しかし……。
ここまで夢見の魔法を見ても合点がいかない。
この夢は、何だ?
明らかに今の状況とは違う。
第一に、ティアナの髪色は確かに魔力が暴走した時に一瞬だけ紫色に変化した。
しかし、俺が魔力を吸収したから今でも綺麗な銀髪のままだ。
第二に、あの夢に登場した俺はフェアリーゴッドマザーの伝言を伝えてあの子にガラスの靴を渡して舞踏会に行かせている。
第三に、あの子の願い。助けを求める内容が違い過ぎている。
つまり、あの夢は現実には起きていない。
それなのに……。
可能性があるとすれば、この子には未来を予見出来る魔法がある、という説。
――しかし、それならばあんなにも家族に対して罪悪感を感じない筈。
ティアナは夢の中で義母のローズに謝り続けていた。
つまり……まさか。
そんな事が現実にあるのか?
***
「嫌――――――――っ!」
大声で泣き叫んだティアナが飛び起きる。
ガタガタと震えるティアナをしっかりと抱き締めて落ち着かせる。
「全部……全部私のせいなの……! お義母様は意地悪な継母なんかじゃないっ! 私を……私を助けようとしてっ……!」
今のティアナの言葉で疑問が確信へと変わっていく。
この子の時間は巻き戻っている……!
「もう大丈夫だ。俺は……もう二度と間違わないから。本当にすまなかった。俺がお前を間違った方向に導いてしまった。だからティアナ……俺達、結婚しような。俺は王家と違ってお前の魔力を狙う程、強欲じゃないから、安心してくれ」
泣きじゃくるティアナの頭を優しく撫でる。
そう……。
この子の魔力には特別な加護がある。
死んだ人間は生き返る事は出来ない。
しかし、死んだ人間は違う時間軸や、異世界へなら転生する事が出来る。
そんな信じられない魔力を持つ事が出来るのは……。
「本当にこの世に妖精がいるのならば……可能だ!」
***
朝になって、私は部屋のレースのカーテンに差す太陽の光が眩しくて起きた。
「んん……」
昨日の夜……恐ろしい夢を見ていた。
舞踏会に行く為に、私がとんでもない過ちを犯したあの夜の記憶。
あれ?
私……あの後、一回飛び起きた様な……?
でも、泣いている私をルカス様が抱き締めて下さって……。
ん?
抱き締めて……?
恐る恐る目をしっかりと開けると、私の目の前に少しはだけたガウンから見える見事なまでの逞しく厚い胸板と、瞳を閉じて眠るルカス様の彫刻の様に美しい顔のドアップが飛び込んで来る。
そして私の身体はルカス様にしっかりと抱き締められている……?
「キャア――――――――ッ!」
悲鳴に驚いてルカス様が目を覚ます。
真っ赤になった顔で、私はそのまま声を出せずに口をパクパクさせていた。
「ん……お早うティアナ……もう起きたのか。眠れたか?」
私を抱き締めたまま、とても静かな優しい声……。
あぁ……この声を私は一晩中聞いていた様な気がする。
まさかね……。
「ルカス様……あっ……あのっ!」
恥ずかしいから離して下さい――!
心の中で絶叫してみても声にならない。
茹でだこみたいにな顔をしている私の部屋の扉が勢いよく開いた。
「ティアナ! 今の悲鳴は何?」
昨日の夜気絶して今起きて来たお義母様は、私のベッドで胸をはだけた物凄い美丈夫が大事な娘を抱き締めている姿を見て、また卒倒してしまった。
***
「一体何がどうなっているのか、説明しなさい!」
お義母様が怒るのは当たり前だわ……。
応接室ではお義母様によるフレデリカお義姉様と、アンジェリカお義姉様へのお説教が続いている。
2人のお義姉様方の説明にお義母様はソファに倒れ込んで頭を抱えていた。
「まったく……そんな大変な事が起きていたのなら、わたくしを叩き起こしなさい! それで……ティアナ、貴女はその……ルカス様との結婚を本気で考えているのね?」
私がコクリと頷くと、横からルカス様がお義母様へ跪く。
「俺……いや……私、ルカス・ブロアはティアナ令嬢を幸せにする事を誓います。私から、ティアナを捨てることは絶対にありません。ティアナに愛する男が出来た時は潔く身を引きます。誓約書もここに!」
ルカス様は、昨日書いた誓約書をお義母様に見せた。
お義母様は、誓約書をじっくりと読んで溜息をつく。
「――いつかティアナを手放す時が来る事は、勿論覚悟していました。亡くなったこの子の父……アルバートは私と再婚する時に、ティアナの秘密を打ち明けましたの。そして、私はその時に誓いましたわ。この子を我が子として命を懸けて守ると……」
私は驚き、目を見張る。
フレデリカお義姉様は扇子で口元を隠すとにっこりと微笑んだ。
「ティアナの秘密……とは、聞き捨てなりませんわね。お義母様はわたくし達に何をお隠しに?」
お義母様は顔を上げると私を見て優しく微笑んだ。
「ティアナ……貴女のお婆様があの有名な魔法師、フェアリーゴッドマザーだという事は昨日初めて聞きました。でもそれで全て合点がいきました。貴女を産んだ実のお母様は人間と妖精の間に出来た娘だ、と亡くなったアルバートから告白されてましたから」
ええええ――――っ!
私……妖精と人間のハーフの娘、クォーターだったの?
「んまあっ! だから我が家の天使はこんなにも妖精みたいだったのですわね? まさか、本当に妖精がこの世に存在するだなんて!」
アンジェリカお義姉様が鼻息を荒くして興奮している。
お義母様はルカス様をじっと見つめる。
「それでも……この子と結婚する事を誓いますの? この先本当に命を懸けて守る事をお約束して頂けないのでしたらこのお話は無し、とさせて頂きます」
***
なるほどな……。
この話の通りだとすれば、ティアナの実の母親は魔法師フェアリーゴッドマザーと妖精の間に出来た娘、という事になる。
フェアリーゴッドマザーはただの呼び名で実際彼女は人間だった。
ただし……妖精の加護の力を持っていると噂になった事がある。
人間の寿命は約100歳。
それなのに彼女は100歳になるまでずっと若々しかった。
その年齢と見た目の違いから魔女では? 妖精の加護でもあるのでは? と騒ぐ者が出て来て、その頃から彼女は自身の名を捨てて自らフェアリーゴッドマザーという名を使う様になった。
噂を聞きつけた王家の要請で、神殿にて鑑定を受ける事となったマザーは、この時に神殿で正式に只の人間である、とのお墨付きをもらってこの噂は自然消滅したのだった。
マザーは100歳を過ぎた頃からは急速にその姿は本来の年齢に近い見た目となり、120歳でこの世を去った。
マザーは本当に妖精の加護を受けていたんだな。
俺は改めてティアナの義母、ローズを真っ直ぐに見る。
凄い女性だ。
実の娘ではないティアナをこれ程までに愛する事が出来るとは!
それ程の覚悟を持って育てて来た娘と俺は夫婦になる。
その覚悟はあるのか、とその目が訴えている。
遠い昔、俺を命懸けで守ってくれた母親とローズが重なる。
「貴女をお義母様、と呼べる事を何よりも幸せに思います。どうか、ティアナとの結婚をお許し下さい。私も覚悟を持ってお守り致します」
ローズはにっこり微笑むと、俺に深々と頭を下げた。
「その言葉、お忘れなきように。では、早速この子の婚約と婚姻の日取りを決めましょうか」
***
その知らせが王城のレイブン王太子の耳に入ったのは、レイブンの誕生を祝う舞踏会を1ケ月後に控えた頃だった。
ラキアスは、魔塔からの報告書を読み、腰を抜かした。
「レイブン殿下! ルカス殿がご結婚されるそうです。既に婚約式をすませていて、婚姻は1カ月後とか……!」
レイブンは魔塔からの報告書をグシャリと握り潰した。
「ふ……ふふふ。ルカス……私という兄を差し置き先に婚姻だと? しかも、間も無く私の妃候補を選ぶ舞踊会が始まるこの時期に? 許せぬ……。それで、その相手というのは?」
ラキアスが慌ててクシャクシャになった報告書を読み返す。
「……どうやら、男爵家のご令嬢みたいですね。良かったです。公爵家等のご令嬢ではないので身分もそこまで気にする事はありませんし」
「……あの、女性にまるで興味が無かったルカスが婚姻する娘……気になるな。まさかとは思うが魔力持ちでは無いよな?」
「はい! こちらの家門で魔力持ちが生まれた事は無いみたいですし」
「それでも……何か匂うな。私の影の者達を使っても良い。探りを入れろ。魔塔の魔法師達から情報を聞き出せ」
「ははっ!」
ラキアスが部屋を出て行くと、レイブンは執務机に置かれた物を腹立ちまぎれに全て床に払い落した。
高価な置時計や、インク、羽ペン、書類、それらが不快な音と共に床に散乱する。
「婚約……? 平民風情が生意気にも! 強欲なあの卑しい男が婚約するのだ。何か……何かあるはずだっ!」
散乱する書類の中に、レイブンは自身の舞踏会への招待状への返信の束を見つけると、独りほくそ笑んだ。
「そうか。私があいつの婚約者の顔を拝む機会があるじゃないか。フフフ……ハ―ッハッハ」
その日、レイブンの誕生を祝う舞踏会の招待状が魔塔へと送られた。
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