1 プロローグ
「ティアナ・ウェズリー。ずっと貴女を探していた。どうか私の伴侶となって欲しい。私の妖精姫……」
ティモール王国の王城では、華やかな舞踏会の会場で王子レイブンが妖精姫と呼ばれているティアナに跪き、愛を告白していた。
驚きの余り口を開く事が出来ないティアナに王子は優しく微笑む。
「さぁ、最初のワルツを貴女と踊る栄誉を私に……」
――その時だった。
舞踏会の会場に突然12時を告げる鐘が鳴り響いたのは。
「なっ、何だ? まだ12時ではないのに……っ!」
驚きざわめく会場をすり抜け、ティアナは走る。
喜びに満ち溢れて。
一目散に走り抜けて扉を開けると、階段を駆け下りる。
「なっ……! 待て! ティアナ――!」
追い駆ける王子の声などもう聞こえない。
階段を駆け下りるティアナのガラスの靴は脱げる事はなかった。
駆け下りた階段の先にこの世で一番愛している人が腕を広げて待っている。
「ティアナ! 迎えに来たぞ……帰ろう! 俺達の家に!」
階段の途中、下までまだ数段あったがティアナは飛んだ。
愛しい夫がティアナを抱き上げる。
「――お帰り。俺の可愛い奥さん!」
***
――私は生まれてから今まで、大それた事を願った事はない――
人並に愛されて
人並に勉強が出来て
人並に仕事が出来て
人並に結婚をして
人並な人生を穏やかに過ごせたら……。
でも人並の幸せって……私には難しい事なのかな……。
***
灰被り姫
灰被り姫
――君はいつまでそこにいる?
願いは誰かに叶えて貰うものじゃないのに……。
君が履いているその靴は願いを叶えるものじゃない。
そのガラスの靴は……。
――誰?
夢の中で話しかける低く穏やかな声。
光の中に深海を思わせる深い深い蒼みがかった不思議な黒髪の男の人。
金色に輝く瞳が私を見つめる。
貴方は誰?
真っ黒なローブに身を包んだ不思議な人。
初めて会った筈なのに、何故か懐かしい。
貴方は……?
***
――ピピピピピ――
目覚まし時計が鳴って、時計の針が朝の5時を告げる。
大変!
早く起きないと!
急いで朝食の準備に取り掛かる。
昨日買ってきた食パン……。
どうしよう。
いつものお店で買ってたパンと違う事……バレたらどうしよう。
――結婚して2年。
昨日は仕事が忙しくて、いつものメーカーの食パンを買う事が出来なかった。
見た目は同じ食パンなんだもの。
分かる筈ないよね……。
卵焼きを焼く。
いつもと同じ。
甘い砂糖がたっぷり入った卵焼き。
夫は甘い卵焼きしか食べない。
サラダはフリルレタスにフルーツトマトを3つ添えて。
ハムはくし形に切ったものを4切れ。
一度だけ、間違ってハムを細切りにしてしまって怒鳴られた事がある。
あれからは間違う事はない。
お湯を沸かしてコーヒーを淹れている間にパンが焼けた。
コーヒーは夫曰くこのメーカーのドリップコーヒー以外はクソだとか……。
朝食の支度が出来たタイミングで夫が起きて来た。
「……」
朝が弱い夫は機嫌が悪い。
「お早う。ご飯出来たよ!」
努めて明るく声を掛ける。
黙って食卓に着いた夫に出来上がった朝食を置く。
夫が食べ始めている間に急いでお弁当を作り始めていると夫の怒鳴り声が聞こえた。
「おい! 光華……何だ! このパンは!」
まずい!
どうしよう……バレた。
私は慌ててダイニングテーブルに向かう。
「あ……あぁ~。食パンね……。売り切れてて。同じメーカーじゃないけどおいしそうだったから……」
――バン――
夫が激しくテーブルを叩く。
私はビクリと身体を硬直させる。
「俺が怒ってんのは、黙ってこのパンを出した事なんだよ! お前……俺が言わなかったら誤魔化すつもりだったろ!」
「ご、誤魔化すとか……そんなんじゃなくて……その……昨日は凄く忙しくて買う時間無くて……言おうと思ったんだけど……お弁当作るの忙しくて……」
心臓がバクバクする。
怖い。
夫が、はぁ……と大きな溜息をつく。
「お前はいつも言い訳ばっかだな……。もういい。食う気が無くなった」
立ち上がると、ダイニングテーブルの脇にあるごみ箱に皿を持って行くとバラバラと私が作った朝食を捨てた。
カッとなり、私が抗議する。
「なにも捨てる事ないじゃない……。人が一生懸命作ったのに!」
「お前がやる事はいつも空回りなんだよ! 一言今日のパンはいつものパンじゃないって何故言えない! 俺さ、そんなに大それた事要求してる? 違うよね? 朝はサラダと卵焼き、食パンを作って欲しいってだけのこんな簡単な事が何で出来ないかな。情けないよ」
胸が張りさせそうになり涙が溢れてくる。
「はぁ……。少しきつく言うとすぐこれだよ。お前さ、悲劇のヒロインか? 突っ立ってないで早く弁当!」
――胸の中に大きな鉛の塊が入ったみたいな感覚。
苦しくて痛い。
痛いよ……。
出来上がったお弁当を渡すと夫は私の顔を睨みつけて、黙って大きな音を立てて玄関ドアを閉めて会社に出掛けた。
「ふっ……うぅぅぅ……」
独りになった部屋に私の押し殺した泣き声が響く。
人並の幸せ……私にはこんな願いは贅沢なんだろうか……。
***
電車に乗った私は会社に向かう電車に乗ろうとして、足が止まった。
今日……仕事行きたくない……。
私は通勤で使う電車に乗るのをやめて、違うホームの電車に飛び乗った。
何処でもいいから……。
離れたい。
消えてしまいたい。
結婚して2年経っても、いつもこんな感じだ。
悪いのはいつも私。
結婚するまでは自分は人並の人間だと思い込んでいた。
7歳年上の夫と結婚してから私の自分への評価は変わった。
人並に家事が出来ない
人並に料理が出来ない
人並に義実家との付き合いも出来ない
数え上げたらきりが無い位の評価を突き付けられて、私はどんどん萎縮し、卑屈になる。
適当に電車に乗って窓から景色をぼんやり眺めていた私は、電車の窓から見える見覚えのあるお城が目に入ると胸がドキン、と高鳴った。
あれ……。
子供の頃、行きたかったなぁ……。
シンデレラのお城……。
子供の頃の私はあのお城には本物のお姫様と王子様が暮らしているんだと信じていたっけ……。
入場券が高いという理由で子供の頃、連れて行って貰った事はない。
学生時代はバイトと部活で忙しくてテレビで見た事しかない。
夫と付き合っていた時はくだらないって馬鹿にされて連れて行って貰った事はない。
――行ってみたい――
突然私は強く決心すると、シンデレラのお城を目指して電車を乗り換え、気が付くと初めてのテーマパークに足を踏み入れていた。
***
――来ちゃった……。
我ながら、何処にこんな大胆な行動を取る事が出来たのか感心する。
――今月の私のお小遣い……これでなくなった。
でも何だかすっきりする。
いつも決められたお小遣いの中で切り詰めて、化粧品も最低限のもの、誰かとランチに行く事も無い、そんな毎日だったから。
足取りが軽くなる。
今日だけは贅沢をしよう。
今日だけは自分だけの為に楽しもう。
***
子供の頃にテレビで見ていたシンデレラのお城は、本日ミステリーツアーがあるのだとか。
お城の地下を探険するツアーらしい。
ガイドの女性の指示に従って、出発する。
テーマパークなのに、乗り物に乗るんじゃないのね……。
お城の地下を歩いて探検だなんて……。
ドキドキしながらツアーガイドの女性の後ろを歩く。
一つ目の部屋に到着すると、沢山のファンタジー映画の肖像画が飾られていてガイドの女性が説明している。
私は何故か沢山の肖像画よりも、その反対側の壁に飾られている1枚の絵に釘付けになっていた。
灰被りと言われて蔑まれた少女が優しいフェアリーゴッドマザーの魔法で美しいお姫様に変身して、素敵な王子様と舞踏会で踊っている。
――? 違う……!
突然ズキズキと頭が割れる様に痛みだし、頭の中で自分の大きな声が聞える。
何? これ……。
痛みはどんどん強くなっていく。
「ううっ……あぁぁぁ!」
突然頭を抱えて苦しみだした私にびっくりして、ツアーガイドの女性が声をかける。
「お客様? 大丈夫ですか? お客様?」
私はよろよろしながら、扉を開けて外に出ようとした。
怖い……。
よく分からないけど、早くここから逃げ出さないと!
フラフラの足で階段を登る。
「お客様?」
背後に私を呼ぶ女性ガイドの声が聞える。
地下の階段を登りきる寸前で、私の頭の中に鮮明な映像が押し寄せて来た。
美しいドレスで優雅に踊る私
美しい王子様の顔
――やがて美しい王子の顔が悪魔の様に妖しく微笑み私の腕を掴む。
私は恐ろしくなって階段を駆け下り逃げる。
途中でガラスの靴が脱げて、私の……私の髪が……!
――城から乱暴な兵士が家にやって来て2人の姉達を問いただしている。
怖い!
暖炉の灰の中へ母が私を隠す。
姉が私を庇ってガラスの靴は自分のものだと嘘を言っている。
嘘がバレて兵士達が残忍にも姉達の足の爪先を……!
姉達の踵を……!
斧が振りかぶられて、悲鳴が聞こえる。
ごめんなさい……ごめんなさい……許して下さい……。
嫌!
駄目……っ!
「……やめて――っ! その靴は私の靴なの!」
ポケットに入っていた靴を取り出してガラスの靴を履いた私は……私は……!
「ああぁぁぁぁ――!」
――――――バリィ――ン――――――
ガラスの砕け散る音が私の頭の中で木霊して、気が付くと私は地下の階段のてっぺんから真下へ落下していった。
悲鳴が遠くから聞こえる
私の人生って……これで終わりなの……?
私は……ただ……平凡で……人並の……幸せを願っただけ……なのに……。
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