第7話 邂逅3
カルディア歴334年2月。
自身も冒険者になると言い出したソフィアを連れ、その答えは保留として旅を再開しようと準備を進めるノエルとソフィア。そんな二人を待つのは怒りと復讐心に燃えたエレナだった。
彼女は前回の敗因は距離の問題と考えた上で確実に倒すために男子学生に事情を伏せて助っ人を申し出た。そして前回の取り巻きの女子学生と計6人で街の外で襲撃をする計画を立てていた。
一通りの旅支度を終えたノエルとソフィアは街を出て南下する事にした。後ろから5~6人ほどの気配を感じていたが敢えて無視し続け、街を出てしばらく離れてからノエルはソフィアに耳打ちをして隠れる様に指示をして、声を掛けた。
「コソコソ付いて来ているのはこの前の女とその取り巻きか?出てきたらどうだ」
その声に反応して6人の男女が現れる。なるほど、今度は数で勝負をしようという魂胆か。つくづく性根の腐った小物だとため息をついた。
「あんた…ここで消えなさいよ!」
「人の事は散々いたぶっておいて、やり返されたら随分と…」
「黙れ!彩無し!ストーンランス!」
豪勢な杖を持ち出して今度は本気とでも言いたいのか、ご自慢の杖を振り下ろす。だが魔力の起こりを気によって感知できるノエルにそれは通用しない。魔法発動前に地面をトンと蹴り気を流しリーダー格の女の魔法を撃ち消す。
「みんな、お願い!アイツは許しておけないの!」
そう叫ぶと彼女の熱心な信者なのか、以前に連れていた女子学生とは別の3人の男子学生が剣を構え襲い掛かって来た。一人は炎、一人は雷、一人は毒といった所だろうか、いずれも属性付与魔法を剣に掛けているようだ。それらを見て太刀と小太刀を抜く。
「くらえ!」
男子学生の一人が主犯の女の前で恰好を付けたいのか、わざわざタイミングを教えながら斬りかかって来た。こんな素人を相手にするのかと気が抜ける。
気を纏わせた太刀の刃で男の剣をいなす。その際に相手の刃に掛っていた属性付与魔法は解除した事で、男は驚いている様子を見せていた。一人また一人と同じように襲い掛かってくる愚かな男子生徒を同じようにあしらう。
そのまま相手をしていてもキリがないので、容赦なく彼らの脚を一回ずつ致命傷は避けて斬る。そして声を上げて喚き散らす男たちの腹を蹴り飛ばし主犯の女の元へと転がしてやった。
「な…あんた!正気!?」
「相手に刃を向けて何を暢気な事を言ってるんだ?お前こそ頭大丈夫か?言っとくがここはもう外だ。それとお前だけはこの程度じゃ済まさないぞ」
主犯の女は自分達は何かに守られていると勘違いしているのだろうか。どこまでもお目出度い頭をしているようだ。構わず距離を詰め、主犯の女の前に居た取り巻きの女子生徒二人の腹部を致命傷をにならないように加減して軽く斬り割く。これでこいつらから戦う意思は消えただろう。
「は、犯罪じゃない!こんなの!」
「だからさ、お前がその犯罪を仕掛けてきた張本人で、ただ返り討ちにあってるだけだ。加減はしたから傷は残るだろうが致命傷にはならん。だがこういった扇動を行うようなお前の思想は危険すぎる。周りはお前に毒されているだけのようだったが、お前は今ここで殺す」
「ふざけるな!ファイ…」
その言葉を聞く前に杖の先端を切り落とし、空中で粉々に斬り割く。そしてその首を狙おうと殺気を込めた瞬間だった。
「お兄ちゃん!待って!」
そこで気付いた。この毛先だけが青い紫の髪色、珍しい緑と琥珀のオッドアイ、見覚えがある。かつての妹、エレナだ。
「お前、エレナか?」
「そう!あなたの妹よ!」
「その妹がなぜ俺を狙う。父親の差し金か?」
「パパに言われたわけじゃないけど、この前の事が悔しくて…」
ノエルは妹と名乗るこの女の思考がまるで理解できなかった。
「悔しい?それだけの理由で俺達は命を狙われたと?」
「そんなつもりはなかったの!ごめんなさい!」
人に刃を向けて『そんなつもり無い』とはなんだ?そして劣勢と見るやこの変わり身。エレナのその態度はむしろ逆効果であり、とても同じ人間とは思えないほど醜悪な生き物だとノエルは一層の嫌悪感を募らせた。
「それで、遺言は以上か?」
「え?だって兄妹だよ?許してくれるでしょ?」
「許すはずないだろう。そもそも俺は家族など心底どうでもい。今お前と血のつながりがある事を知って吐き気を催しているくらいだ」
「そんな…ごめんなさい!許して!」
「もう黙れ」
ノエルはそう言うとエレナを袈裟斬りに切って捨てた。
「うそ…」
その言葉を最後に倒れ込むエレナの姿を見てあたりに悲鳴が響き渡るが、刀を向け睨むと一斉に止んだ。そこへソフィアが走ってくる。
「ノエルさん、やり過ぎです!ヒールライト!」
そう叫ぶと全員に高度な治療魔法が施される。それは強力な魔力を秘めており、その場にいる全員の傷を跡形もなく消し去るほどだった。暖かな光がその場を包んだ後に消え、皆が一様にソフィアを見つめていた。ノエルさえもここまでの力を持っているとは思っておらずただ魅入ってしまった程だ。
ふと我に返ったノエルはソフィアに言う。
「ソフィア…こういう手合いは生かしておいても碌な事にならないぞ」
「みんな凄く痛そうでしたし、妹って言ってた人なんて致命傷ですよ!?」
「それはそうだ。こいつだけは本気で殺すつもりだったからな」
「妹さんならなおさらダメです!どうか私みたいにならないでください…」
どうもソフィアは甘い。そしてそんなソフィアの前では、これ以上は冷酷にはなれない自分もまた甘いのかとノエルはため息をつくと、他の生徒に向かって言った。
「ソフィアに免じて今回はこれで許してやる。虐めて追い回した相手がこれだけ強大な魔力を持っていた事にお前らは気付いてすらなかっただろうが、あいにく彼女は彩無しじゃない。俺と違ってな」
男子生徒は何が何やら分からないと言った様子だったが、女子生徒達はバツが悪そうにしている。
「それからこの性悪女に言っとけ。次同じ事を繰り返すならその時はその首を撥ねて殺すとな」
それだけ言うとノエルは刃に付いた血を払った太刀と小太刀を鞘に納め、ソフィアに「行くぞ」と促し歩き出した。
「ノエルさん、どうしてあそこまでしたんですか?」
「主犯の女、あれは昔俺を捨てた家の娘だ。それが君をあんな形で虐める様な屑に育っているとは思わなかったが、血縁は関係ない。ああいう人間はこの世から消した方が俺にとっては都合がいい。それにここは街の外でありそこで刃を向けられた。それがどんな意味を持っているか君でもわかるだろ?」
「殺し合い…」
ソフィアでもさすがにそれは理解できるらしい。
「そうだ。そのつもりが無いと言っていたのが何処まで本気か知らないが、それが通るほどこの世は甘くない。ソフィアが助けに入った事は奴らにとっては幸運でありいい薬になるだろうがな」
「私が回復すると思ってやったんですか?」
「まさか。君の力が高い事は魔力で分かるがあんな高度な回復魔法を使うとは思わなかった」
「じゃあ本当に殺す気だったんですね…」
「ああ。その選択に間違いはないと思っている」
ソフィアは黙り込んでしまった。これは信用を失ったかなと思ったが、黙ってついてくるあたりそうではないのかもしれない。この子にとって自分が本当に救いになるのかノエルは分からなくなっていた。
その日の夜は野営をする事になった。ソフィアとはあれから気まずい雰囲気のままだ。ノエルはこういう事には全く慣れておらず、どうしていいか分からずに時間だけが過ぎていた。
戦闘経験のないソフィアに見張りは任せられないので予め街で買っておいた野営用の警戒用の魔道具をセットし、ソフィアはテントで、自分はいつでも戦闘態勢に入れるように焚火の側で寝ると指示をした。
そして準備が終わり食事を終えた後、ソフィアが意を決したように口を開いた。
「私は、確かに甘いのかもしれません」
「ああ。そう思う」
「それは悪い事なのでしょうか?」
「それを悩んでいたのか?」
「はい。ノエルさんの気持ちとか行動に意味や信念があってそうしたのなら、私の行為がそれを無駄にしてしまったのではないかと考えてしまいます。でも同時に私にはあの時のノエルさんは怖くて、その姿を忘れたくて回復魔法を使ったのかもしれません」
どうやらノエルは勘違いしていたようだ。この娘は確かに甘いが、どこまでも優しい子だと認識を改めた。
「すまない、余計な気を使わせてしまったようだ」
「いいえ!私がその、余計な事をしたのではないかと…」
ノエルは少し考え、言葉を選んでソフィアに語る。
「ソフィア、君と俺は育ってきた環境も経験も違いが大きい。同じような境遇だったとしてもだ。俺にはあの妹は他人と変わらない。だが君が正しいと思った事を否定する権利も俺には無いと思う。だからあれはあれで良かったんじゃないか?」
「ノエルさん…」
「俺は妹が碌でもない奴ですぐにでも始末したいと考えた。しかしソフィアは家族という物を知っている。もうアイツと会う事もないと思うが、万が一改心していてこれから変わったアイツと会う事があれば、その時は謝罪して歩み寄る可能性が出来た。そう考えれば君のとった行動もまた正しいと言える」
「そうでしょうか?」
かつて師がそうしてくれたように、力強く頷き言葉を続けるノエル。
「そうだ。ソフィア、これから君が別の国で暮らすにしても冒険者になるにしても、自分の決断にはキチンと責任を持つ事だ。君は君の考えで行動すればいいんだよ、それが正解だ」
「自分の決断と行動に責任を持つ…」
「ああ。それと、これだけは覚えておいてくれ。自分の命が狙われている場合、相手に情けを掛けるのはダメだ。そんな相手を助けたら必ず死ぬ事になる。君はとても優しい子だ、だから死んでほしくない」
「ノエルさん…ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらの方だ。歩み寄ってくれてありがとう」
「はい。ノエルさんは怖いけどやっぱり良い人です」
どうもソフィア相手だと調子が狂う。こんなことを他人に言うのも初めてだ。なんだか照れ臭くなってしまったノエルは余計に気まずくなった気がした。しかしソフィアの表情は穏やかだ。それを見ると少し安心もする。本当に不思議な子だ。
「さぁ、もうテントに入って休め。外は俺が見張ってるから安心していい」
「はい、すみません。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
そんな挨拶をするのも久しぶりだ。これからの旅路について楽しみであるような不安であるような不思議な感覚を覚えた夜になった。




