第5話 邂逅
カルディア歴334年、ノエル18歳の時である。
リバーベールで2年弱過ごしたが、居心地の悪さを感じる周りからの視線に耐え兼ね拠点を移す事にした。彩無しである事が原因かと本人は考えていたが、実際は少し違う。
彩無しなのにも関わらず、たった一人でダンジョンを幾つも踏破・封印し、その数はこの2年弱という短期間で実に6つに及んだ。その脅威的な業績とダンジョンをあっという間に封印してしまう事が、稼ぎたい者たちから疎まれ始めたのだ。
貴重なダンジョンをふらっと入ってはすぐに攻略してしまう彼に対し、周りからは「黒の踏破者」という異名で呼ばれ始めた。異名に彩が入るのはこの世界では仕方のない事なのだが、当人にしてみればやはり気になるものであり、少し周りとは行き違いはあったにせよこの選択は間違いではないだろうと思えた。
ノエルは拠点を移すにあたってどこに行くべきかと考えていた。師曰く、このアルティスディアは最も色彩を尊重する宗教『フォルディ教』を国教として定めており、それは他国の比ではないという。ならばいっそ国外へと出るという選択肢も考えた。
アルティスディア南部から独立したセリアディスは同じフォルディ教を国教としながらも解釈が異なると聞く。「個々人の行動や実績が神の恩恵を受けるための基準であり、個人の努力による」という解釈だそうだ。
東のフリガイア帝国の『ヴィルトゥス教』も個人の勇気と得を重んじるとされており、西のウェスティアの『アセスティヴァ教』には四色の神以外の神も存在するとされているそうだ。いずれにしても生まれたアルティスディアが最も自分にとって過酷な国だったというのは、何とも残酷な話である。
もし神と会う事があるならば文句の一つでも言ってやりたいものだ、ノエルはそんな事を考えながらリバーベールの南にあるウィズダムアイルへと渡った。物資補給と魔法学園があるこの都市ならではの旅に役立つ魔道具でもないかと寄ったのだ。
そしてそんな時、ふと路地裏で喧騒と魔力を感じる。通常、魔力そのものは外に溢れ出すものではなく魔法の行使の際にも、その魔法に込められた魔力量を感知する事は相当な魔力の持ち主が放つ魔法でもない限り不可能だ。
しかし魔力の高さは気に滲み出る。また魔法の行使の際の魔力も周囲の気を感知できればその微細な量の変化も感じ取る事が可能だ。故に操気法を身に付け日常的に気を感じ取るノエルは、周囲の気の流れに魔力が混じるとそれを敏感に感知する。
気になってその場所を見てみると、その光景は吐き気を催すほどの醜悪な虐めの現場だった。袋小路に追いやられたフードを被った子供が必死に耐えているようだ。
3人の加害者の一人が放った『彩無し』という言葉が聞こえた時、咄嗟に体が動き加害者を飛び越して子供の前へと間に割って入るノエル。放たれた魔法を気を込めた掌で弾く。
「路地裏でしょぼい魔法をバンバン撃ってるバカが居ると思って見に来たが、なんだお前ら?性根の曲がったクソ女共が、見てるだけでも吐き気がする。殺されたくなかったら失せろ!」
目の前の3人の女たちに向かってそう言い放つ。脅しではあるが殺気も込め太刀に手を掛けている。
「いきなり現れて何様かしら?私に指図するなんていい度胸ね!ウィンドカッター!」
その言葉と同時に風の刃がノエルを襲う。先ほどの虐めの時とは違い直接的な攻撃だ。交戦の意志ありと見るやノエルは太刀で魔法を切り裂く。その余波で細かく加害者たちの衣服が裂けた。
「女性に向かってなにするのよ!」
「他人にいきなり攻撃魔法を放っておいて、それを返された程度で文句を言うな」
「この、生意気な奴!ストーンバレット!」
人の話を聞かないタイプらしい。複数の石礫を操る魔力の源を剣で絡めとり、地面に向かって叩きつけた。
「これで満足だろう?次に攻撃してくるなら容赦はしないぞ」
「この…いい加減にしなさいよ!フロストペイン!」
相手に凍傷を与える冷気の風を繰り出す魔法、ノエルはこれを気を込め手で絡め取り自らの気を流す事で威力を増大させ3人に向かって放った。不意にローブが捲れてしまい顔が露出したが、今はそんな事はどうでもよかった。
「ひっ!」
情けない声で同じようなをする女たち。よくよく見れば皆一様に白のローブに、白を基調としたワンピースのような形状の服を着ている。この都市にあるという魔法学校の生徒のようだ。被害者の少女は違う格好だが、これはこの生徒たちによる陰湿な遊びなのだろうか?だとしたら本当に胸糞悪い。
ノエルは凍傷に苦しむ彼女たちのリーダーと思われる女学生の眼前に切っ先を向け最後に脅しておくことにした。
「お前ら程度の魔力の持ち主などこの世にいくらでもいる。その気になれば簡単に殺せるが、自分の放った魔法で苦しむような雑魚ならその価値もない。彩だけに頼る愚物が、二度とこんな真似をするな!」
言葉を言い終わると同時にその刃で前髪を軽く斬り割く。この程度の脅しをかけて置けばこの手合いは心が折れるだろう。事実、目の前の女は床を濡らしていた。その様子に呆れ果てたノエルは早々に立ち去ろうと後ろにいた少女に手を差し伸べ、その手を引いて路地を後にした。
「あ、あの、助けてくれて、ありがとう」
「君、アイツらよりよっぽど魔力高いだろ?なぜ抵抗しないんだ?」
その言葉にソフィアはビクッとした。それは秘密の一端に気付かれている事を意味したからだ。
「ああ、言いたくないならいい。俺も色々と詮索されたくない過去があるから」
「あ、はい、すみません。私はソフィア・レイムです」
「俺はノエル・カイウスだ。見た所この街で苦労しているようだが、守ってくれる人はいないのか?」
「はい…両親は2年前に死別して今は独りです。孤児院も先日潰れてしまったので行く宛がなくて」
「そうだったのか。嫌な事を思い出させてしまった。すまない」
「いえ!大丈夫です」
ノエルはふと思案する。この子をこのまま放ってはおけない、そういう気持ちが強く湧いてくる。それは彼女の見た目は同じ彩無しという境遇への同情心かもしれない。だが理由は問題ではない、ノエルがそうしたいと思った。そして彼女に提案をしてみる事にした。
「なら当面は俺が面倒を見よう。この街にいてもどうにもならないだろう?」
「でも私、何も返せるものが無いです…」
「それは見た目が彩無し同士の助け合いだ、気にしなくていい。ダンジョン攻略をして懐はそれなりに暖かいからな」
「ダンジョン攻略…ですか?」
「ああ、俺は冒険者なんだ。まぁこうやって話しているのもなんだ、まずは俺が借りている宿にもう君の分の用意を借りて…服も新しくした方が良い。その後に落ち着いたら話そう」
ソフィアは躊躇っているようだがやはり放ってはおけない。またあのような光景が何処かで起きるなんて考えたくもないのだ。これはノエルの彩無しとして生きてきた経験が、せめて目の前の子の子だけにでも手を差し伸べたいという衝動の源になっていた。
宿屋迄の道でソフィアの服をローブから中に着るワンピースやサンダルと一式を揃え、宿でもう一部屋借りてソフィアに湯浴みをさせ、着替えるように促した。彼女は素直に従い、奇麗な姿でノエルの部屋まで来る。
「髪も切った方が良いな。せっかく奇麗な髪なのに勿体ない」
それはかつて父母がかけてくれた言葉と同じだった。両親の事を思い出し、不意に涙が溢れ出してくるソフィア。ノエルはそれを勘違いしたようだ。
「すまない、髪を伸ばしてる所だったか?」
「違うんです、昔両親がよくそう言ってくれて。それで…」
「そうか。ソフィアの両親は君を大切にしてくれていたんだな」
「はい」
ノエルはソフィアが落ち着くまで待った。家族の事は自分にはわからない。だが師を失った時の悲しさと比べたら同等、あるいはそれ以上なのだろうという事は想像に難しくなかった。
暫くしてノエルが落ち着いたところで彼女の前髪を切りそろえ、後ろ髪もバッサリと切り落とした。ソフィアからの要望だ。改めてローブを見に纏ったその姿は、偏見さえなければ周りから褒め称えられるほど美しいと感じる。その髪もそうだが、透き通るような淡いグレーの大きな瞳も彼女の魅力を一層引き立てていた。
そしてノエルは彼女に、自分が恩恵無しの彩無しである事とそれを理由に暮らしやすい国へ移り住もうかと考えている事、この旅に一緒について来ないかという事を提案した。
「すぐに決めなくてもいい。暫くこの街に滞在したいなら可能な限り助力するつもりだ」
「どうして私にそこまでしてくれるんですか?」
「言っただろ?彩無し同士の助け合いだ」
ソフィアは悩んだ。もしこの男が自分の力を狙っていたら、両親の想いを無駄にしてしまう。しかしこの街にもう居場所はない。どうするのが正解なのか分からない。すると不意にお腹が鳴ってしまう。
「腹が空いてたら考えも纏まらないよな。何か食べに行くか」
ノエルはソフィアを連れて宿を出て食事に連れ出した。この出会いが後にソフィアにとってもノエルにとっても大きな出会いになるとは、まだ二人とも考えもしていなかった。