第4話 白き彩無しと多彩の少女
カルディア歴334年2月。
寒さの厳しい時期、ノエルはリバーベールを拠点にする事に居心地の悪さを覚えていた。拠点を移す事を決めた先のウィズダムアイルでは、白き少女と『四色の女王』と呼ばれる少女が出会っていた。
それはノエルを含む3人の運命が初めて交差した瞬間であった。
ソフィア・レイム。現在16歳の少女は両親と共に外出中の街の外で魔物に襲われ両親を失っていた。2年前の話である。彼女は白に近い白金の美しい髪と薄いグレーの瞳を持つ『彩無し』だった。平民として生きてきた彼女の救いは、両親が祝福の有る無しに関係なく愛情を注いでくれた事だった。
両親はこの世界において多く存在するライトブラウンの髪色に母は琥珀色、父は赤色の瞳を持っていた。しかしその両親のどちらの影響を受ける事無くソフィアは生まれた。そんなソフィアに世間は冷たかったが、両親が必死になって守ってくれた。直接的な虐めからも謂れなき中傷からも、全ての彩無しの不条理から彼女を守ってくれたのだ。
だが、彼女は決して恩恵を受けていないわけではなかった。それは光の神の恩恵だ。その力は強力で治癒や攻撃と幅広く応用が可能な魔法がある。ただしこの恩恵には彩が無く、単体での恩恵というものは稀でありその認知度は低い。その殆どは彩のある恩恵と混同されていた。
両親が何より恐れたのは、これが知られる事で彼女が誘拐されたり悪意を持った者に利用されないかという事だ。貴族からの圧力で連れ去られる事も考えた。何よりもソフィアを愛した両親はソフィアと平和に暮らせるように、彼女を大切にその力を秘匿するように育てた。
父は言った。
「ソフィア、君は神に愛されている。でも大きくなるまで決して人前でその力を使ってはいけないよ」
母は言った。
「ソフィア、あなたはとてもこの世界に愛されて生まれてきたの。でもあなたが受けた神から寵愛は周りからはとても羨ましいと妬まれるもの。だから私たちが良いというまで誰かに力を見せない様にね」
ソフィアはとても素直で良い子だ。この教えを忠実に守った。虐めで傷を負う事もあったがそれは治癒魔法ですぐ治せる。傷跡は一切残らない程だ。痛みは消せないが、それは我慢すればいいと耐えた。外に出る事も少なく家で母から沢山の事を学び、仕事から帰ってきた父には沢山の愛情を注がれた。
その両親ももういなくなってしまった。この2年間は彼女にとって過酷であり、彼女は世間から隠れる様に過ごす日々を送った。家族を失い、家も失い、やがて過酷な日々に希望も感情も薄れていった。それでも彼女は両親の言いつけを頑なに守った。彼女は孤児院に身を寄せた。自分がどんなに傷ついても隠れて癒せばいい、雨風が凌げて食べ物が少しでも貰えるのならそれでいい。
しかしそんな孤児院を運営している教会も先日潰れてしまった。当てもなく街を彷徨うソフィア。神の寵愛とは何なのか、母の言葉が頭に過ぎる。そんな時、ソフィアは出会った。色彩が全てのこの世界において最も愛されていると噂の人物、この貴族が多く通う魔法学校が存在する中で成績トップの恵まれた存在である「エリナ・ブルーヴェイン」だ。
エリナ・ブルーヴェイン。この世界ではもっとも寵愛を受けるとされる四つ柱の神の彩をすべて持って生まれた少女はここウィズダムアイル で長年魔法学校に通い続け、常に成績トップを治める才女である。その恵まれた環境は恩恵のみならず、美貌、貴族という出自にも恵まれていた。
もっとも、貴族である父は一度王都から追い出された身であるが、それでも平民に比べて恵まれている事に代わりはなかった。かつて彼女には兄が居た。それは遠い記憶の向こうにうっすらと残っている程度だが一つだけ覚えている事があった。それは父の言葉だ。
「我が家に神の恩恵を受けていない子などいない。存在してはならない。あの存在を忘れなさい」
それからエリナが兄の事を忘れるのに時間はかからなかった。程なくしてこのウィズダムアイルで暮らすようになり、6歳から魔法学校に通い始めた彼女はその才覚を周りに示し、羨望の眼差しを受け続けた。そしてその全ての環境が彼女の性格を傲慢な物へと育てていった。
エリナは彩無しが大嫌いだ。理由は神に祝福されていない存在がこの世に居るべきではないという、極めて理不尽なフォルディ教の原理主義的な考え方を強く持っている為である。それは危険な思想であり、時に直接的な行使を伴う事もしばしばあった。
幼い頃に学校で才覚のない者を虐める事から始まり、彼女はその存在の大きさを盾に女王のように振舞う。事実、学校内でも彼女のその態度と才覚の大きさから羨望と侮蔑の両方の意味で『四彩の女王』と呼ばれているほどだ。才覚なき者からは疎まれ、才ある者からは羨望を受ける。エリナが16歳になる頃には学年だけでなく学校全体からも絶対視される存在へとなっていた。
その傲慢な振る舞いは学内だけに止まらず街中でも変わらない。彼女に対する評価もまた学内同様に二分していた。
そんなある日、ソフィアはエリナと出会ってしまう。たまたまエリナの視界に入りフードから出たその髪色が目に止まった、それだけの理由でエリナはまるで狩りでもするかのようにソフィアを執拗に追い詰めた。共にいる学友の女子二人もまたエリナと共にソフィアを彩無しと嘲り笑い、直接当てる事はなくとも出力を弱めた魔法でソフィアの精神を削る。
ソフィアは只々無言でこれに耐えていた。それが一層エリナの怒りを買う。
「この世界に彩無しが居る、それだけで私は許せないの。彩無しはこの世から消えるべき存在のはず。なぜあなたはそうまでして生きているの?」
同じ人間を見ているとは到底思えない。いや実際に同じ人間と思ってないのだろう、そんな言葉を遠慮なくぶつけるエリナ。周りもそれに同調するかのようにソフィアの存在を否定する言葉を並べる。そして嘲りながらも魔法で威嚇を続けるのだ。それでも耐えるソフィアの身体には、直撃していなくとも魔法で散った破片の傷や火の粉などの跡が残る。
「本当にどうして生きているのかしら?お望みなら骨も残さず消して差し上げてもいいわ。選びなさい」
ソフィアは只々耐えた。この理不尽が過ぎ去るのを。
「口がきけないの?選びなさいと言っているの」
ソフィアは知っていた。何を言っても無駄なのだ。だから耐え続ける。
「この彩無し!本当に焼き尽くすわよ!」
ソフィアはそれでも自分ならきっと大丈夫だと分かっていた。自分ならどんなに傷つけられても後も残さず治せる。だから耐える。耐え続ける。
その時、ソフィアの視界が茶色いローブに覆われる。自分ではない、誰かの背中だ。大きい、それは男の人の背中だと分かった。そしてその人はフードを被ったまま言った。
「路地裏でしょぼい魔法をバンバン撃ってる馬鹿が居ると思って見に来たが、なんだお前ら?性根の曲がった屑共が、見てるだけでも吐き気がする。殺されたくなかったら失せろ!」
その言葉は強い怒りを伴い、目の前の理不尽へそれを叩きつけた。嘘偽りのない殺意と共に。




