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色彩のエクリプス  作者: いちこ
3.各地を巡る旅と魔人の謎
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第46話 アンティルカイアへ

カルディア歴336年7月。

フリガイア帝国の帝都で定期的に行われている闘技大会、これにノエルとエレナが参加した。エレナは前年度のチャンプ、ドレイク・ヒューズと予選で当たってしまった。惜しくも敗北するが、決勝でノエルとドレイクが相見えエレナの雪辱を果たす形で優勝した。


そして現在ノエル達は洋上に居る。アンティルカイアへ向かう船に乗っているのだ。

 船のデッキで見渡す限りの海を眺めているノエルとソフィア。予てから興味のあったアンティルカイアへと向かう船は、あと1日ほどで港町『へブルパス』に到着する予定だ。


「アンティルカイア、どんな国なんだろうね?」

「俺たちの国とは違う文化を持っているんだろうな。セリアディスとゼナリアス以外に住むとしたら、アンティルカイアを選ぶかもしれないな」


 ノエルにとってこの『天斬』と『命断』は特別なものだ。これまで常に共にあり、己の命を守りどんな障害もこの刀で斬り割いてきた。その刀を作る国と言われれば興味がわかないわけがない。


「イズナとコウテツはアンティルカイアに所以がある魔人なのだろうか?」

「マーメイドコープで会った魔人も、まるであの伝説の人魚のように思えた…もしかしたら魔人と人間に何か関わりがあるのかもしれないね」


「ダンジョンと魔人については謎だらけだ。未だ何もわかっていない。神々の試練なのか、世界の理なのか、それを追い求めるのも悪くないな」

「でも私は、ノエルと一緒に静かに暮らすのも良いと思ってるよ」


 ノエルはそっとソフィアの頭を撫で応える。


「ああ、それも良い。命があってこそ、それは叶うものだ。無茶はしないさ」

「うん。私はどこまでもノエルについていくよ」




 そんな様子をアリアとエレナは遠くから見守っていた。


「お兄ちゃん、ゆっくりだけどソフィアさんと距離を詰めているみたい」

「決めたら一直線かぁ、ノエル君らしいね」


「あんまり心配する必要ないかな」

「ダメよ!まだ油断しちゃ。あの二人には幸せになってもらわないと!」


「アリア、なんでそんなにお兄ちゃんとソフィアさんを応援するの?」

「私は私の知る人たちの幸せが見たいの!エレナ、あなたもよ!」


「アリア。ありがとう、でもアリアも人の事ばかりじゃなくて自分も幸せを追い求めないとね」

「エレナに一本取られるとは…成長したわね、エレナ」

「そんな方向に成長したくないわよ」


 アリアはいつものようにエレナをからかう。だがそれはエレナにとって心地いい物だった。ぶっきら棒な兄と対照的なアリアは、まるで姉のような存在だ。エレナは心の中でアリアの幸せも祈る。




 翌日、へブルパスへと到着した一行は港町を出て街中に入ると、その文化の違いを早速感じ取った。アンティルカイアの街並みに足を踏み入れるや否や、彼らは道の違いに目を見張った。


 これまで彼らが歩いてきたのは、整然と敷かれた石造りの道。一方、この新しい地では、長い年月を経て自然に踏み固められた土の道が、街の至る所に広がっていた。その道は、素朴で温かみのある風景を形作り、足元に感じる土の感触は柔らかく、歩きやすいことがその文化の違いを教えてくれた。


 道端には低く垣根が設けられ、その向こうには精緻に手入れされた庭が広がっているのを見て、ノエルたちはこの地が持つ歴史と文化の深さに改めて驚かされた。石造りの道が与えてくれたのは冷静さと秩序だったが、ここアンティルカイアの道は、歩く者に穏やかな安心感と共に、どこか懐かしさを感じさせるものだった。


「ここがアンティルカイア…国が違うとここまで違うものなのか」

「建物は木で出来ているのね。自然との調和を大切にしている感じがするわ」


 ノエルとソフィアはそう感想を述べる。エレナ達も同様に感じているようだ。


「庭の造りが興味深いわね。ただ花を飾るだけじゃなくて地面や置物にも意味を持たせているみたい」

「アルティスディアの侵略の影響をあんまり感じさせないわねー。全然染まってないもの」


 アリアも流石にこの文化の違いには思う所があるようだ。いつもの雰囲気は鳴りを潜めている。そしてレオンが占めるように歴史的背景を語る。


「この国は侵略が一番遅かった事もあるが、固有の文化を大切に守る努力も欠かさなかったという事だな。強い国だ」


 レオンの言う通り、アンティルカイアは歴史上もっともアルティスディアの支配歴が短い。その期間はおよそ54年程に及ぶが、それでも文化を守り続けるのは大変な事だ。当時の事を知る由もないが、アルティスディアの民達が自国の文化を大切にしてきた事は理解できる。


 そして街の構造だけでなく服装もまた文化の違いを感じさせるものであった。皆が身に纏っているのは襟が整然と重なり合い、長い袖が特徴的な衣服を帯でしっかりと腰を締めていた。この衣服は伝統的な素材で作られ緻密な柄が施されており、その文化的な重要性を物語っていると感じられる。




「他国からの旅人かい?アンティルカイアに来る旅人とは珍しいね」

「この国の文化に興味があってな。実は、かつてダンジョンでこの刀を魔人から託されたんだ。」


話しかけてきた人物はノエルたちと同じ人間で、文化は違えど、この世界の人々は肌色に大きな違いがない。


「ダンジョンの魔人が刀を?そんな事もあるんだな」

「ああ。名をイズナと言ったか。刀の作り手であるコウテツという魔人とも戦った事がある」


「イズナとコウテツだって?」

「ああ、そうだが…それがどうかしたのか?」


 アンティルカイアの民は何やら考えている。


「お前さん、それは本当にその魔人が名乗ったのかい?」

「ああ。イズナは聞く間もなく散ってしまったが、コウテツと語った際にイズナの名を聞いた。魔人の名が何か気になるのか?」


「その名はその昔、この国の剣聖と謳われた御仁と名工と名を馳せた刀鍛冶と同じ名だ」

「剣聖と刀鍛冶と同じ名だと?」


 そう、偶然とは思えないほどの一致だ。ノエルはダンジョンとこの世界の間に未解明の何かが存在するのではないかと感じざるを得なかった。


「その話、もっと詳しく聞かせてくれないか?」

「有名な話だよ。コウテツが作った刀は名刀とされ、今でも高値で取引されたり、代々の家宝として受け継がれている。イズナはアルティスディアの侵攻を何度も退け、その戦場で負け知らずの伝説が残っているんだ」


「コウテツは金棒で戦う事があったんじゃないか?」

「お前さん、良く知ってるな!刀鍛冶の割に獲物は金棒でその腕力は一振りで5~6人をなぎ倒すほどだったそうだ」


 戦闘スタイルまで同じだ。ノエルの疑惑はほぼ確信に変わっていた。この世界で何らかの偉業を成し遂げた人物が、何らかの理由でダンジョンの魔人として再び現れる可能性が高いと考えられた。


「この国に来て早々、気になっていたことが聞けて良かった。これは情報量だ、受け取っておいてくれ」

「お、おい!たかが世間話した程度で銀貨なんてもらえないぜ!」

「俺にとってはそれだけ重要な情報なんだ。受け取っておいてくれ」

「兄さんがそこまで言うなら有難く受け取らせてもらおう。役に立てたなら何よりだ!」




 話しかけてきた男から有用な情報を得られたことは僥倖だった。アンティルカイアに来たことは間違いではなかったと、ノエルは確信していた。


「ノエル、今の話…」


 ソフィアはどうしてもダンジョンで出会った伝説のマーメイドと似た魔人のことが気になっているようだ。


「ああ、いよいよダンジョンってものが分からなくなってきたな」


 ノエルが答える。今回の会話で、実際に存在した人物が魔人として現れダンジョンを形成することがあるという疑惑が深まっていた。


「ノエル君。その話も気になるけれど、今は王都を目指そう」

「そうだね、王都ならもっと有益な情報が得られるかもしれないよ」


 レオンはノエルたちを王都へと向かうよう促し、ソフィアは提案を肯定する様にノエルを促す。エレナもまたダンジョンに興味を持っていたが、今は王都を目指すことを優先する意見に賛成だった。


「お兄ちゃん、今日はここで一泊して、明日王都を目指してもっとこの国を知ろう」

「そうだな、王都であればより詳しい情報を持つ者もいるだろうし、この刀を見て何か反応する者もいるかもしれない」




 一行は宿を探し一泊する事とする中、ノエルはこの国で知れることは多いと期待に胸を膨らませた。

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