第44話 東方を目指して
カルディア歴336年7月。
ノエルは自身の鍛錬とエレナに操気術の手ほどきをする。その中でノエル自身もまた剣技に磨きをかけ、エレナは操気術の基礎を学び、ソフィアは魔法に特化した操気術を模索し理解を深めていた。
冒険者として魔物の討伐依頼を受けながら半年にわたる鍛錬の日々を過ごしたノエルは、東方を巡る旅に出る良い頃間と判断し、イザベラの店で壮行会を行った後に王都のギルドへ挨拶に出向く。
ノエル達一行はこれまでセリアディス王都で活動をしていたが、旅に出る為に挨拶に出向いていた。そしてその中でふとノエルは思い立つ。エレナをまだパーティ登録していないかったのだ。
特段パーティ登録をしていなくても問題ないのだが、せっかく一緒に旅をするのだからとパーティ登録を提案すると、エレナは戸惑った。
「私も?でも二人で『エクリプス』として活動してきているのに、私も入っちゃいいて良いの?」
エレナはソフィアに気を使って言った言葉だったのだが、ノエルにもソフィアにもその気遣いには届かない。この二人はある意味、似た者同士なのだ。
「一緒に旅をするならエレナさんも入っていた方がいいと思いますよ」
「ソフィアさん…分かったわ。どうすればいいの?」
「じゃあカウンターに行くぞ」
受け付け嬢にパーティの登録申請をし、無事にパーティ登録が終わったところでノエルは声を掛けられた。
「ノエル君、丁度よかった!」
「レオン?どうしてここに?それにアリアも」
「久しぶり、ノエル君!エレナもなんか冒険者って感じだねぇ」
「アリア…ここに来たという事は何か国からの依頼?」
二人は顔を見合わせて言う。
「ノエル君たちは東側を周るつもりなのだろう?」
「私達、三ヵ国同盟以外の国を周って、セリアディス全土の国と平和条約を提案して回っている最中なの」
「西側は無事に終え、これから東側に向かうのだが…よければ君たちの力をまた貸してもらえないだろうか?」
3人は顔を見合わせて頷いた。
「レオンとアリアと旅が出来るなら心強い。喜んで引き受けよう」
「旅に出ると決めた途端にこの5人、私は立場が変わっただけで何も変わらないわね」
「まぁいいじゃないですか!こうやってまたみんなで旅が出来るんですから」
エレナはふと思い立つ。兄とソフィアが結婚すれば、ソフィアとは家族になるのだ。ならばもっとソフィアと距離を縮めたいと考えた。
「ねぇソフィアさん。私達ってこれから家族になるわけじゃない?同い年なんだし、そろそろ他人行儀はやめない?」
「かっ…ぞっ!」
「何々?もうそんな話が進んじゃってるの!?」
その言葉でアリアの導火線に火が付いた。
「えっと、そのつもりですけど、そのあのっ!」
「ママに紹介しもう何度も話をしているじゃない。お兄ちゃんも一緒に住むって話もしたし」
「それはそうですけど、そのつもりだけど…もう!エレナさん!」
顔を真っ赤にしてエレナに抗議する。だが火のついたアリアは止まらない。
「ソフィアちゃん!おめでとー!遂にノエル君と結ばれるんだねぇ」
「アリアさん!えっとその、ありがとうございます…」
消え入りそうな声で肯定するソフィア。もはやアリアを止める事は出来ないと判断したのだ。
「俺はソフィアと母と暮らす、母にも話をしは通してある。その為に東方を周り、本当に俺達が安心して暮らせる国が何処なのかを見極めるつもりだ」
「ノエル君はからかい甲斐がないなぁ」
アリアの言葉もノエルにとってはどこ吹く風だ。
「決めた事をからかわれてもな。恥ずかしがる理由はない」
「ノエル…私は恥ずかしいんだけど…」
「うんうん、私は応援してるよー!」
アリアはそんなソフィアの様子を見てケタケタと笑う。しかしそれは決してただからかっているわけではない。心の底から幸せを願って、笑顔を作る。それがアリアなりの『祝福』だった。
「ともかくだ。俺達は東方を、まずは帝国からアンティルカイアへと向かおうと思うんだ」
「アンティルカイア?我々も向かうつもりではいたが、何故アンティルカイアからなんだ?」
レオンの問いにノエルは答える。
「アンティルカイアの文化に興味があるんだ。俺の刀、そしてイズナとコウテツという魔人が持っていた物がアンティルカイアで使われている物らしい。その文化をこの目で見ておきたくてな」
「魔人と会話したのか!?」
レオンは驚いた。ダンジョンは何度か封印に赴いた事がある。だが魔人と会話が出来た事などなかった。その意思が感じ取れた事などなかったのだ。
「ああ。会話できないものが殆どだが彼らは他の魔人と違う武人だった。お互いの武で語り合った後に会話したんだ。なぜあの魔人達がアンティルカイア由来の物を使っていたのかはわからない。その文化を体感すればわかる事もあるんじゃないかと思ってな」
「なるほどな。ならばまず目的地はアンティルカイアだな」
「ああ。宜しく頼む」
「エレナさん…ううん、エレナのせいで私顔から火が出そうだよ」
「ごめんね、ソフィア」
一方でソフィアとエレナはその仲を確実に詰めようとしていた。もし家族になったならエレナはソフィアの姉となる。エレナが4月、ソフィアは5月生まれなのだ。
こうして一行はまた共に旅をする事になった。そして一行は特に問題なくフリガイア帝国の帝都へと辿り着く。ここから北東の港町『オリエントポート』を経由しアンティルカイアへと向かう予定だ。
「ここが帝都か。この東側の南方はフリガイア帝国とは別の国だったか?」
「ああ、それはソルヴェルギアの領土だ。ソルヴェルギア本国は、同じ人種である霊人の国アルケミラと親交を深め、霊人の文化を学びかつての霊人の文化を取り戻す事を目指している」
「それと帝国南部の状況と何の関係があるんだ?」
「過去のアルティスディアの占領時には、霊人と人間のハーフが多く生まれた。ソルヴェルギアではこれを排斥する流れが強まり、そのハーフたちが居場所を求めて、報復も兼ねてフリガイア帝国の南方に攻め入ったんだ」
「では、南側は霊人と人間のハーフが支配しているのか?」
「その通りだ。我々の旅の予定にも、その支配領域を訪れることが含まれている」
「アルティスディアのかつての犠牲者たちか…」
「そうだな。我々は平和条約に彼らも参加してもらい、その過去を少しでも払拭できればと思っている」
「今度の任務は思ったより大変なんじゃないか?」
「今回は提案と『風の宝珠』を渡すだけだ。断られればそれまでだが…よほど人間を拒絶していない限りは問題ないだろう」
風の宝珠は遠方に素早く『声』を届ける魔道具だ。対となる宝珠同士で手紙や使者とのやり取りよりも早く声を届ける事が出来る。これはアルティスディア包囲網を敷く際にも使われたものだ。
レオンの任務を聞きノエルは思案した。帝都からであればアンティルカイア、帝都南方、どちらから向かうのもさほど変わりは無い。
「俺達の当初の行動計画は興味からの計画だ。レオン達はどちらから向かうのが好都合だ?」
「アンティルカイアへ向かい、南方のソルヴェルギアに渡航する。その後はさらに南方のアルケミラ、最期に帝国南方のソルヴェルギア領へと渡るのが一番いいだろう」
「なぜだ?陸路から向かうのもそれほど変わらない気がするが」
「まずソルヴェルギアと話をする必要があるからさ。ハーフの扱いについては彼らも苦渋の決断だろう。その決定にはアルケミラの影響が大きいと聞いている。彼らは霊人の文化を守る為に人との関わりを望まない傾向にあるようだ」
「なるほど…ハーフに対する軋轢を確認、あるいは少しでも解消した上で向かうという事か」
「そういう事だな。だからこそあんまりアンティルカイアには長く滞在できないかもしれないが、それは問題ないだろうか?」
「ああ、構わない。今回はあくまで土地や文化を知る旅だ。それになんとなくだが、俺達の最終的な安住の地はセリアディスかゼナリアスになるのではないかと思っている」
「住み慣れた土地か平和都市に住むか…それはいいかもしれないな。その為にも他国を知る旅という訳だな」
帝都の冒険者ギルドへと向かった5人、念のためこの国の状況を確認する為もあった。
「ようこそ、帝都フリガイア、冒険者ギルドへ!」
「ダンジョンの情報は…なしか」
「ノエル…」
「お兄ちゃん…」
「ノエル君、もうダンジョンは無しだよー」
「本物だな、これは…」
咄嗟にダンジョンの情報を確認してしまうノエルに対し呆れる4人。もはや見慣れ光景ではあるのだが。そんな中でアリアはあるものを見つけた。
「闘技大会ってこれはなんだろう?」
「帝国では定期的に武を競う大会が催されると聞いた事があるな」
レオンは帝国の闘技大会の噂を思い出した。
「武を競う…それは面白そうじゃないか」
「ノエル向きの大会だね」
「明日開催らしいけど、ノエル君出てみる?」
「興味あるな。時間に余裕があるなら参加したい」
「我々は構わないぞ。今回はそこまで急ぎでもない。ダンジョンは勘弁して欲しいところだがな」
アリアが促し、レオンはこれを了承した。
こうしてノエル達は闘技大会へと参加する事にし、帝都で宿に泊まる事となった。




