第42話 セリアディス王都にて
カルディア歴336年1月。
戦勝記念パーティを終えて恩賞を受け取ったノエルとソフィア。ノエルは王都でミスリルインゴットで鎧をオーダーし、ソフィアは魔法で織り込まれた特殊な繊維で作られた布地を受け取り、魔法付与を行える裁縫師にローブをオーダーした。
そしてエレナは兵の宿舎から出る準備を整えた後、レオンとアリアの元を訪れる。
「レオン、アリア。今まで本当にありがとう」
エレナはアルティスディア殲滅戦においての恩賞として『冒険者としての自由』を望み、兵士から冒険者としての道を選んだ。今日は荷物をまとめてノエル達と合流する予定なのだ。
「俺達は元々アルティスディア兵のお前を監視する為にお前と組んだが…いざお前が居なくなると寂しくなるな」
「私も。からかい甲斐のあるエレナが居なくなると寂しいわぁ」
「アリア、お前は最後まで…」
「ふふ、冗談よ!エレナ、これを持って行って」
そう言ってアリアはダンジョンで得たミスリルの防具をエレナに渡す。
「アリア!こんなもの受け取れないわ!」
「貴方だって命は大事でしょう?それに騎士の私が高級騎士となったレオンより良い装備を付けていたらおかしいでしょう?」
レオンとアリアはそれぞれ恩賞としてそれぞれ騎士として昇格していた。レオンはより立場の高い高級騎士になり、アリアは騎士見習いから騎士になったのだ。そう騎士になったはずなのに、アリアは変わらず接してくれている。
「アリア…」
「エレナ、それは餞別だと思って受け取っておけ。それにこれが今生の別れでもない、王都からまた依頼を出すかもしれんしな」
「レオン…ありがとう」
二人はエレナを優しく見守り、元気付けるように声を掛けた。
「エレナ、お前と仲間として旅できたことは誇りに思う。お前の活躍が俺たちにも聞こえてくることを願っているぞ」
「エレナ!ソフィアちゃんのサポートをお願いね!一歩前進したとはいえ、ノエル君はまだ時間がかかりそうだから」
「はい!サーナイト・レオン、サーナイト・アリア、短い間でしたが、お二人には本当にお世話になりました。あなたたちのおかげで私は自分自身を強くすることができました。アリア、あなたとの出会いが、私と兄との溝を埋める助けになりました。本当に感謝しています。皆さんの未来に幸福と栄光があることを心から願っています!」
エレナは二人に敬礼をし、宿舎を後にした。そして、ノエルたちとの合流場所へ向かうためにその一歩を踏み出した。不安はあれども、その一歩は力強く、決意に満ちていた。この一歩は新しい人生に向けての大おきな始まりの一歩だ。
「お兄ちゃん!待った?」
「エレナ。大丈夫だ、先ほど着いたところだ」
「エレナさん、その鎧はアリアと同じものですか?」
「アリアから貰ったの。餞別ってね。」
「俺達も防具を揃えた所だ」
「恩賞でもらった素材でね」
ノエルはシルバーピークタウンの武具店でミスリルの鎧を、ソフィアは王都の裁縫師に青い魔法糸に美しい金の装飾が施されたローブを仕立ててもらっていた。
ノエルの鎧は動きを阻害せず防御力を高める物で、ミスリルの性質もありこれまでとは比較にならないほど高い防御性能を誇りつつも、これまで変わらない装着感の一品だ。
ソフィアのローブは自らの魔力を貯め込み強度を上げるだけでなく、魔力を流し込む事で遠距離攻撃をある程度は防ぐことができる。矢は風で、火属性は氷風の障壁で、水属性は炎風の障壁で防ぐ術式が金糸で編み込まれている。
「行こうお兄ちゃん!」
「ああ、行こう」
ソフィアは緊張していた。これから会うのはノエルとエレナの母、イザベラだ。イザベラの休みに合わせ彼女の働く食堂に訪れる約束をしており、今日はソフィアを紹介すると共に、エレナも冒険者として活動をするという報告をしに来た。
「いらっしゃませ!」
「予約を入れていたエレナ・アッシュフォードです」
「イザベラさんの娘さんね!こちらへどうぞ」
席に通されるとすでにイザベラが待っていた。その面持ちが少し硬いのはやはりノエルとの再会に緊張しているからであろう。
「ママ。お待たせ!」
「エレナ、それにナティと…」
「初めまして。私はソフィア・レイムです。ノエルの…その…」
「恋人よ!」
「エレナさん!」
「間違ってないでしょう?」
ソフィアは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「その…母さん。彼女はこれまで俺と共に旅をしてきた仲間でな。今は一番守りたいと思えるほど大切な女性だ」
「!ナティ、今…」
ノエルは実に15年ぶりに「母」と呼んだ。これまでの旅、ソフィアとの関わり、エレナとの再会、レオンとアリアの存在がノエルの心を包んでいた闇を少しずつ薄めていった。そしてその蟠りはアルティスディアの崩壊と共に完全とはいかないが「母」と呼ぶ抵抗感さえも砕いたのだ。
ノエルは自分の感じている事を素直に伝えた。
「俺は今まで自分が生きる事にばかり目を向けていた。あなた達の境遇などには考える余裕すらなかった。しかしエレナと旅を続け他の人々と関わり、俺も考え方が変わった。あなたもまたあの男の被害者だと、今では考えてる」
「ナティ…」
「さすがにまだ自然にとはいかないが…俺はエレナと母さんについてはあの男の被害者として、家族として受け入れる努力をしようと思う」
「ありがとう…ナティ」
「それで、俺はソフィアと共に生きる事を決意した。暫くは色々な国を周り俺達にとっての安住の地を探す…それが俺達の旅の目的だ」
「私はずっとノエルと一緒に居たいと思っています!」
それは事実上の婚姻宣言だ。イザベラは感動を通り越して驚いていた。恋人と聞いたばかりだが、まさかそこまで考えていたとは思わなかったのだ。しかしそれは同時に、ノエル達が別の土地で暮らす可能性を示唆していた。
「そこで…もし俺達が定住する場所を見付けたらの話なんだが、皆で一緒に暮らさないか?」
「皆で、一緒に?」
イザベラはその言葉の真意を理解していたが、信じられない気持ちだった。息子と一緒に暮らすという提案を受ける事など想像もしていなかった。
「ああ。『皆』で一緒に、だ」
「こんなに嬉しい申し出は無いわ…ありがとう、ナティ」
エレナは母の背を優しく撫で、そして自らの決意を伝えた。
「ママ。私は自分をより磨くためにお兄ちゃん達と冒険者として旅をする事にしたの」
「安心してくれ。エレナは強い、それにいざという時は俺とソフィアが守る」
「傷を負っても私が跡形もなく癒してみせます!」
イザベラはその言葉を聞き、自分もまた決心した。
「そう。なら私はここであなた達が無事に帰ってくることを祈っているわ」
そうして家族一同でテーブルを囲み、イザベラは久しぶりに息子と娘との会話と食事を楽しんだ。それは彼女が長い事望んでやまなかった瞬間だ。
イザベラにとってその時間は夢のようであり、そして時間は和やかながらもあっという間に過ぎ去った。だがこれは終わりではない、これからまたこうした時間を過ごすことが出来るのだ。それは何よりも幸福な事であった。
「ナティ、エレナ、気を付けて。ソフィアさん、二人をよろしくね」
「ああ。エレナを少し鍛えるから、もう数か月は王都に滞在する。また来るよ」
「私も力になれるように精一杯頑張ります!」
「ママ、大丈夫よ。お兄ちゃんは強いしソフィアさんは凄い癒しの魔法を使うんだから」
「ええ!行ってらっしゃい、みんな」
イザベラは3人を見送った。かつての確執はまだ残っていてもまたこのような日が、失った物が戻って来た事を神に感謝し、その姿が見えなくなるまで背中を見つめ続けた。その顔はこれまでと違い幸福に満ちていた物であった。




