第38話 天命断
カルディア歴335年12月初頭。
ノエル達は王城への侵入を果たすもエドワードが指揮するRTUの待ち伏せにあう。
敵地という不利な状況の中、ソフィアが戦術的才能を開花させる事によって状況を覆しノエルもまた奥の手である『破界』を使い因縁の敵であるエドワードを討ち取った。
だがノエルは破界による身体負荷により通常通り動けなくなってしまう。それでもなお進み続けるという意思を見せるノエルに、各々が覚悟を秘めて作戦の続行を決意し前に進む。
エレナとノエルを先頭に敵城を進み続ける一行。戦力の多くはやはり同盟三ヵ国同盟による軍の侵攻に当てられており、城内の兵士たちはノエル達の侵入に狼狽えていた。そして王城内を駆けるエレナはノエルの動きがいつもと違う事に不安よりも違和感を抱いていた。
(お兄ちゃんの動き、確かに鈍いけどいつもよりも滑らか…まるで敵が自ら斬られに来ているみたい)
エレナの感じた通り、ノエルはこの極限の状態でいつもと違う気の流れを感じ取っていた。これまでは敵の悪意や殺気を感じ取っていたのだが、敵の気の薄い部分が見えている。そこに刃を滑り込ませるように意識をすると、これまでよりずっと楽に敵の命を断つことが出来た。
そしてノエルはなおも力強く前に進み続ける。それは自分の為か、ソフィアの為か、あるいはエレナの為なのか分からない。ただ、眼前の敵を切り伏せ前に進む。そして斬るたびにその感覚は一層研ぎ澄まされていき、身体の重さも気にならなくなっているほどだ。
それは武芸に明るくないソフィアにも伝わるほどであり、その姿には人間の可能性を感じさせる眩しさすら感じた。満身創痍のはずのノエル、だがこれまでのどの瞬間よりも力強く眩しい。
レオンとアリアの二人はノエルを『自分達が知りうる限り、最も武力を極めた存在に近しい者』という認識でいた。だがこれは武力ではなく洗練された舞のような芸のように見え、その刀を振るう姿は美しいとさえ感じた。
ノエルは走り続け敵を斬りながら、隠し通路や隠し部屋などが無いかを気で感知する様に探り続けている。気を探るふとした瞬間に、手にした二刀からいつもと違う感触を感じた。それは微弱な違和感に過ぎないが、進み続け斬り続けるごとに増していく。
そしてその違和感は次第にあるイメージを形成した。太刀とも小太刀とも違う刀の形をした武器、それは太刀よりも長い刀身と両手で扱う事を前提とした長い柄を持っている。なぜこのような物が頭に浮かぶのか分からないまま、ノエルは進み続ける。
兵たちはある方向から次々と行く手を阻むように現れている。それを無意識にノエルは斬り進んでいたが、他の4人はある可能性に気付いていた。彼らは時間稼ぎの為に王を守る兵として守るように指示をされているのではないか?という事だ。
「こいつらが来る先にきっと大切な王様がいらっしゃるようね!」
「でもまさかこんな単純な防衛策を取るものでしょうか?」
「アルティスディアの王族はその力を疑わない傲慢な者達、だからこそこういう事態を想定した事も無いんだろう」
「だとするとこの先はひょっとして…玉座の間?一時とは言えこんなバカな国に仕えていたなんて呆れるわ」
アリアの意見にソフィアは疑問を抱くも、レオンとエレナはアルティスディア王族の性質から進む方向が間違いないと見当をつけた。
アルティスディア国王『マクシミリアン・アルティディア』は玉座の間で今にも逃走せんと準備を終えようとしていた。下賎な者達による包囲で一時は国を明け渡す事になろうとも、必ずやこの高貴な血は栄光を取り戻すだろうと信じている。
弟である『フレデリック・アルティスディア』もまたすでに準備を終え、城内に侵入したという者達へ兵を向け、防衛と排除を命じている。だがその顔は焦りを隠せていない。自分と弟の血族たちも集まり皆が不安な様子を見せている。
四色の王の末裔である我々がこのような無様を見せるなどあってはならない、この屈辱はたとえ自分が晴らせなくとも必ずや子孫が晴らすだろう。そう考えていると玉座の間の前が騒がしくなってくるのを感じた。
「ゴードン!ゴードン・グアドラド!我らの逃亡までの時間を稼げ!」
「仰せのままに」
近衛兵長であるゴードン・グアドラドは大盾とハルバードを構え近衛兵達に王を守る布陣を整えさせる。RTUのエドワードが敗れたというのは信じがたいが、アレを相手にしては消耗しているであろう。エドワードとは血筋が違う自分であればこの状況なら守り切れるはず。そう信じて疑っていなかった。
そして直後、玉座の間の扉が開く。その者は黒い髪と黒い瞳の彩無しだ。後ろには4色持ちが一人と彩無しがもう一人、2色持ちが二人。たった五人、それもこのような者達に後れを取るとはエドワードも存外不甲斐ない男だと蔑んだ。そして号令を飛ばす。
「総員、陛下をお守りするのだ!構え!」
敵を切り伏せながら進んだ先の扉を開くと、ノエルの眼前に赤い絨毯が敷かれ金の装飾品がふんだんに使われた豪勢な玉座の間の風景が飛び込んできた。目の前にはこれまた豪華な鎧を着た騎士とその配下の者達30名程だろうか、隊列を組んで待ち構えている。その向こう側に王と思われる人物たちが居た。誰が王か判別できないが、豪勢な服を着た壮年の男がそうなのだろう。
敵の大将と思われる人物の号令が聴こえる。同時に刀からの語りかけも一層強くなり、その武器は今ここに有るとさえ感じるほどになる。その刀の意思に応えるようにノエルは二刀の血を払い鞘に納める。そして『天斬』と『命断』が告げるまま武器の名を呼んだ。
「来い、『天命断』」
言葉と同時に空間に歪みが生じ、イメージと同じ柄が飛び出す。それを掴み引き出すと、頭に浮かんだままの大きな太刀が姿を現す。その大太刀はミスリルとは違う漆黒に輝く刃を持っていた。手にした瞬間、これが尋常でない力を持った武器であるという事が分かる。
右足を引き刃を後ろに向ける様に大太刀を構え、ただ刀に誘われるがままに敵へめがけて進むノエル。刀身に気を流すと大太刀が応えるような感覚を覚える。これまで感じた事のない武器との対話をしながら、ノエルは刀を横薙ぎに振るった。
エレナ達はノエルの背中からその刀が虚空から現れた事に驚きつつも、ノエルの邪魔にならない様に陣形を整えた。しかし4人が皆、ノエルと刀から異常なまでの力を感じておりどう動いて良いものか分からない状態だ。そしてそんな事を気にも留めずにノエルは迷わず歩を進め、敵を目掛けて刀を横に横薙ぎに一閃した。
漆黒の刃が斬り割いた空間に近衛たちの死体が転がった。何が起きたのか分からない程の速さで次々と近衛兵と思われる者達が斬られていく。エレナ達の目には黒い軌跡だけが見えており、ノエルはその中心でジリジリと歩を進めているようにしか見えなかった。
ノエルはこの大太刀がどんな刀なのか、使いながら理解をしていた。これは使い手の能力を向上させるものでも切れ味が良くなる魔法が掛かっているわけでもない。ただ『天斬』と『命断』に認められた者のみが扱える、命と恩恵を斬り割くための刀。それがこの大太刀だ。
ノエルが今エレナ達に見せている奇跡のような光景は、純粋にノエルの技のみによる結果である。より正確に言えば大太刀がノエルに技を導き、それを体現することが出来るノエルだからこそ起こせる奇跡と言えよう。
そのひと振りは洗練され、力に一切の無駄がなく的確に相手を斬り割いていく。最初に来た者達を横に薙いだ。一振りで何人斬ったはわからない。横に薙ぐ動作と同時に次のイメージが頭に浮かぶ。刀が語りかけてくるのか、自分が培ってきた経験なのかわからないが、そのイメージに従うとまた敵を斬れた。
ノエルが刀と自身と対話しながらその刃を振るう事およそ3分弱、30名ほどいた近衛兵たちが全て切り伏せられてた。その光景を目にした王族たちは何か喚いているのが見えたが、ノエルの耳は刀と自身に向けられたままだ。
ノエルは大太刀を構えたまま王族と思われる者達に向かって行き、相手が誰であろうとただ切り伏せていく。そしてその刃は遂にマクシミリアン・アルティスディアを捉えようとしていた。だが、それをソフィアが止めた。
「ノエル!もう十分だよ!お願い止まって!」
ソフィアは決死の覚悟でノエルに近づき、後ろから抱きしめて声を掛ける。魔法を使う事も考えたが、ノエルに言葉を届けるにはこうするしかないと感じたからだ。そこに理屈などはなく、ただそう感じて必死に動いた結果だった。
「ソフィア?ああ、すまない。刀に意識を集中していた」
「よかった、ノエル。もう敵はいない、この人も戦えない。終わったんだよ」
「そうか…ソフィア、いつも迷惑ばかりかけているな。ありがとう」
「ううん。私はノエルのパートナーだもん」
レオンが目の前の男に槍の切っ先を向け問う。
「貴方がアルティスディアの国王で間違いはございませんか?」
「無礼な!余に槍を向けるなど…」
「ご自身の立場をよく理解していないようですね。アルティスディアはやり過ぎました。あなたの身柄を拘束し、この戦争とアルティスディアの歴史に終止符を打たせて頂きましょう」
「優れた血を引く者こそがこの世を統べるべきと何故わからんのだ、愚か者が」
「優れた血ですか…貴方は眼前の光景を理解すらできないようですね。彼は何の恩恵も持たずただ己の努力のみで我々を超えた力を持っているのですよ」
「この者とてそこの娘の恩恵の助けがあってこそ、ここまで来れたのだろうが!」
国王はエレナの事を言っているらしいがエレナ自身がそれを否定する。
「いいえ、貴方の言っている事は間違っています。私はこの兄に遠く及びません。この兄が最も頼りにする者は、兄の側にいる白金の髪の彼女ですよ」
「馬鹿な…彩無し風情に我々が屈するわけがない!」
「貴方の主張を聞き入れる事はありません。ただ我々の正義に従い、この戦いに終止符を打つのみです。エレナ、王を拘束しろ」
「了解」
エレナはソフィアのマジックポーチから縄を受け取ると王を縛り上げ拘束した。
「こんな事が…こんな事が許されるわけがない。いつか四つ柱の神がお前たちに天罰を下すだろう。愚かな行為の報いを受けるがいい」
その言葉を聞いたノエルはハッキリと答える。
「神や恩恵に縋るだけでは人は成長しない。鍛錬と探求を行う者こそが尊い。それを理解できないから恩恵を与えられてなお、お前たちは負けるんだ。もしこれが罪というならば、俺はその神の天罰とやらも切り伏せてみせる」
「ふ、不敬な!この彩無し風情が!」
「ノエル君…煽ってやるな。さあ、我々に付いて来て頂きましょう」
王を捉えその命を握った時点でノエル達、そして同盟三ヵ国の勝利は確定した。こうして336年弱に及ぶアルティスディアの歴史は幕を閉じる事になる。




