第37話 白光の聖女
カルディア歴335年12月初頭。
三ヵ国同盟による宣戦布告直後に主戦場とは別の場所でノエル達は戦っていた。彼らに与えられた任務はアルティスディアの最高戦力と思われるエドワード・トリステインと彼が指揮を執るルーン・タクティク・スユニット(RTU)の排除。そして彼らが保護するであろう王族を抑える事に合った。
ソフィアの魔法を駆使し、城内までスムーズに入る事に成功した一行。だが、予測とは裏腹に脱出の準備を行っていると考えれていた王族の警護を捨て、一行の前にRTUとエドワードが立ちふさがる。
敵陣の絶好のポジションでの戦闘を余儀なくされた一行は覚悟を決める。だが戦況は不利な状況が続いていた。そしてこの状況を覆す鍵を握ったソフィアが今、動き出す。
ソフィアは壁上で状況を分析していた。ノエルの状況は未だ最悪と言っても良い状況だ。他の仲間も余裕はない。自分も含めた仲間が持っている技や魔法の全ての手段を模索した結果、この状況の打開策としてエレナの力が必要だと判断したソフィアは、エレナを魔法で援護しながら大声で呼びかける。
「エレナさん!霧をノエルに!ライトニングブレイズ!」
エレナの側の敵を高威力の魔法で薙ぎ払いその隙を作るソフィア。
「霧!?なんだかわからないけど、クラウドシェード!」
エレナの魔法によりノエルとエドワードが居る城門前の空間が濃霧で埋め尽くされる。その霧はエドワードの周りに纏わりつくように動き、魔法で振り払おうが暫くの間エドワードは霧中にとらわれ視界を塞がれる事になった。
ノエルは即座にその意図を汲み取りこれを利用して一旦距離を取る。そしてまず厄介なRTU隊員たちの排除へと動きを変えた。彼にとっては視界以外に気もまた感覚器官の一つなのだ。エレナの気が立ち込める中で別の気を捉える事である程度の壁の位置などは判別できる。
「クソ!次から次へと!」
エドワードの苛立つ声を聞きながらこの霧を有効活用する為、壁を蹴りあがり一気に壁上へと昇ったノエルは、エレナ側のRTU隊員たちを挟み撃ちにする事で瞬く間に制圧した。そしてエレナにはそのまま壁上に兵士が上がってこない様に階段を抑える様に指示し、再度霧の中へと降りて行く。
ソフィアはノエルがエレナの援護に行くと読んでいた。自分がレオン側の壁上に居る為である。その期待に応えるべく、レオンの後ろから射撃魔法『グリマーアロー』で援護、レオンはその援護で出来た隙を突き次々とRTU隊員たちを仕留めていった。これで壁上はレオンに任せても問題ないだろう。
そして眼下に自分を狙っていた兵士たちが霧の前に集結している事を確認したソフィアは、これまで使う事のなかった上位魔術『フォトンテンペスト』を発動する為に集中をする。これはイーストセーブルアズルに居た際に習得した魔法であったが、その威力と効果が凶悪過ぎる為に使う機会が無かった。
だが今は戦時、相手は敵であり情けを掛ける事はノエルの死に直結する。彼女に迷いはなかった。
「フォトンテンペスト!」
その魔法は兵士たちの周りに光を発生させると瞬く間に光の奔流の嵐となる。術者すら直視できない程の眩い光を放つ光の竜巻は、巻き込まれた者を熱で攻撃し命があったとしても失明は免れないだろう。
ソフィアの使う魔法の性質ををよく理解している仲間たちは、ソフィアが魔法を使うその言葉を聞いた瞬間に視界を塞ぎ戦闘の継続に支障が出ないように動く。これは長い旅で培ってきたコンビネーションによるものだ。
しかしエドワードは霧の中で乱反射するフォトンテンペストの眩い光に完全に視界を奪われた。その隙をノエルは見逃さず気で正確に位置を読み取りエドワードの胴を薙いだ。
「くっ!またしても…あの女か!」
ミスリルの鎧で守られたのか、腹部を斬り割くも命を奪うまでには至らない。エドワードは魔法を放ち自らの前面に大きな爆発を引き起す。それはノエルを爆発で遠ざけ、自らも爆風で後ろへ後退する為だ。その直後、エドワードの魔力が再び高まる。
そしてエドワードの右手は大剣を逆手持っていた。恐らくそちらが本命であり、投擲するつもりだろう。その光景を見たノエルは覚悟を決める。魔法のガードと剣の投擲、この二つをアリアだけではカバーしきれない、ならば自らの限界を超えた操気法の奥義を使わざるを得ないと判断したのだ。
「白き魔女、消え去れ!インフェルノ!」
だがその直前、エドワードは『破界』というノエルの呟きを聞く。そしてインフェルノを放ったその瞬間、吹き飛ばしたはずのノエルが目前で二刀で十字に魔法を斬り割く。僅かにその衝撃で後ろに下がるもすぐさま距離を詰め苛烈な攻撃を繰り出し始め防戦一方となる。それはこれまでの攻撃とは比べ物にならないほど速く、力強い物だ。
(何なんだこの男は!?)
エドワードはただ困惑しながらも必死に耐える。だがその大剣は太刀によって切断され、鎧は今まで異なり意味をなさず斬り割かれていく。彩無しに自分が、アルティスディアが敗れる事は断じて認められない。彩ある強きものがこの世界を導く必要があるのだ。ではこの男はなぜこうまで強いのだ?彩無しの強さ、それは神を否定するものだ。
もしやこの男は神さえも殺すのではないだろうか?切り刻まれていく身体の痛みと共に、そんな恐怖が刻まれていく。それはすぐさまエドワードの思考を支配し、彼はただ眼前の黒い恐怖への絶望に染まった。それは彼が最期に抱いた感情となった。
その後、エドワードの後方から駆け付けた部隊は霧の晴れた中でエドワードの無残な姿と黒い男の異様な殺気に気圧されていた。
ノエルが使った『破界』は自らの筋力を限界以上に引き出す代償に、筋繊維や骨にダメージを負う諸刃の剣である。
気の流れをコントロールする操気術の奥義であり、最終手段の奥の手だ。効果時間はせいぜい3分といった所だろう。それ以上は身体が持たないのだ。だが今のノエルにはその暇があるだけで眼前の兵士たちを散らすのには十分だった。
鬼神の如く二刀を振るうノエルはアルティスディアの兵にとっては正に具現化された恐怖であった。加勢に来た兵達は仲間の命が容易く散らされていく様を見て恐れ戦いた。
狂乱状態でノエルに斬りかかり散る者、ただ恐怖し立ち尽くして散る者、逃げようとして散る者と様々であったが、一様にその命は後に繋がれることは無く、全ての命がその場で消えていく。
城門のすぐ向こう側で起こった喧騒が静まり返る。多くの死と血にまみれた静寂が周囲を支配しており、その中心にノエルは立ち尽くす。仲間の4人でさえ知らなかったその秘めたる力の大きさにただ茫然と見入っていた。
二刀に付いた刃を一振りで払い納刀し皆の無事な姿を見た瞬間、ノエルは糸が切れたようにその場に倒れ込んだ。突如として倒れたノエルの安否を心配しその場に皆が駆け寄った。
「ライトヒール!ノエル、しっかりして!」
「ああ、大丈夫だ。だが回復魔法で完治とはいかないんだ。これは奥の手でな、使った後はしばらく満足には動けない」
「凄まじい戦いぶりだった…まだあんな力を隠していたとは、本当にノエル君には驚かされてばかりだ」
レオンは驚愕しているが、使った後に動けなくなる技は真っ当な技とは言えない、ノエルはそう考えている。『使わされた』というのが正確な表現だ。
「出来れば使う事無く終わりたかったが、流石に敵陣ではそう上手くはいかないな」
「あんなに凄い力なのになんで使いたくないの?」
「この技は筋肉と骨に負担を掛け過ぎる、言わば自傷覚悟の奥の手だ。気の力も大きく消費する。回復魔法で骨の損傷は癒せるかもしれないが、筋肉の完全な修復や気力の回復は難しいだろう?使った後に満足に動けなくなるものは技とは言えないさ」
「なるほどねぇ…ソフィアちゃんを守る為、ってことかな?」
「ああ。あいつは決死の覚悟で魔法の直後に手にした剣を投げるつもりでいた。それを許せばアリアかソフィア、どちらかが死んでいただろう。それは断じて許容できないからな」
「私の為?それは嬉しいな!でも、いつまでも長居は無用だね」
一行は目標であるエドワード・トリステインの殺害とRTU壊滅に成功した。残るは城内に侵入し王族の確保を行う事だが、今のノエルにとってはそれは難しいように思える。
「ここは後詰の部隊に任せよう。ノエル君の安全確保が優先だ」
「いや、そこまで役には立てないだろうがまだやれる。エレナ、カバーを頼む」
「無茶よ!私たちの最優先目標はエドワードとRTU、それは達成している。もうこれ以上は戦う必要ないわ!」
エレナの訴えにノエルは首を横に振り答えた。
「俺の…俺達の人生を狂わせた国の元凶が目の前に居る。この手でその因縁を断ち切る事が出来るなら俺は前に進む」
「お兄ちゃん…」
「無理だと判断したら引く!これを守れるなら私も協力してあげる。ノエル君、守れる?」
アリアはノエルの意思を汲みつつ、妥協案を提示する。それをノエルが守るとは思ってないのだが、その時は自分の命に代えてでも皆を守るつもりで提案した。レオンはもちろん、ノエルとエレナとソフィア、この3人はもっと幸せになって欲しい。それはアリアの心からの願いだ。
「その判断は…ソフィア、お前に任せる。お前なら的確に状況判断が出来るはずだ」
「うん、わかった!絶対従ってね!」
「ああ。お前に拗ねられたら後が怖いからな」
ノエルはそんな軽口を叩き、仲間たちと共に作戦を継続する為に進み始めた。




