第36話 王城への潜入
カルディア歴335年12月初頭。
セリアディスの内通者による誤情報がアルティスディアに行き渡るタイミングを計り、セリアディスを中心とした三ヵ国同盟は遂に動き出す。
ノエル達はシルバーピークタウンで予めアリア専用の新しいミスリル製の盾をオーダーし、本体より少し早く王都を目指す事になる。王都南部にセリアディス軍を迎え撃つ陣を敷いたアルティスディアの王国軍。その本体から密かに先行してノエル達は王都への潜入を行う。
ノエル達一行は夜間に潜入を試みるべく王都の城壁前まで到達していた。すでに魔法で半透明化された一行は壁面を登り王都へと侵入する。この暗がりの中で半透明化したノエル達を見つけるのは、余程その場所に意識をしていない限りまず気付かないだろう。
市街地を抜け王城内部まではエレナが先導、これにノエルが随伴しソフィアとアリア、レオンが続く。ここまでは安全なルートで侵入に成功したが、ここからが本番である。
「まだ姿を隠していられる分、ここまで楽に来られたと思いたいけど…これはこれでちょっと手ごたえが無さすぎる気がしない?」
「同感だな。いくら軍を動かしているからと言ってここまで城の警備が手薄というのも不自然が過ぎる」
「まさか私にまだ探知魔法でも掛かってたりするのかしら?」
レオンとアリアの会話からエレナが不安を口にするがノエルははっきり否定する。
「流石にそれはない。俺が直接確かめた限り、エレナの体内に流れる気の流れは正常化した。もし魔法が掛けられていれば気の流れが乱れた箇所が必ずあるはずだ」
「ならこの状況って、侵入者が来ると読んでるって事よね」
「その可能性は大いにあるな。気を抜かず進もう」
慎重に城内へと進む最中、どうあがいても通過しなければならない一本の通路があった。それは左右に壁面があり上部には人員を配置する事も可能、門を閉めれば侵入者を足止めし仕留める事が出来る絶好のポイントだ。ノエルはいち早くその壁上に複数の気配を察知していた。動きを止め気配を殺す一行。
だがそれもあの男にとってはお見通しのようだった。エドワード・トリステインの声が響く。
「妙な魔法で侵入してきたようだが、お前たちがそういった類の魔法を使ってくることも想定済みだ!こそこそしていないで姿を見せたらどうだ?」
ノエルは自分だけ解除をするようにソフィアに指示し、姿を見せる。
「貴様か。だがもう4人いるだろう?普通に侵入して来れば判別する手段は目視しかないが、魔法を使っていれば話は別だ。行使している魔法の魔力、その発信源を特定する魔道具をわざわざお前たち様に作らせたのだ。お陰様で大よその動きは掴めていたぞ」
「さてね。あいにくおしゃべりに来たわけではないんだ。この前の続きといこうじゃないか。今度はその頭を叩き割ってやる」
「口の減らない彩無しが!調子に乗るなよ、総員!かかれ!」
その号令の瞬間壁面からRTUの隊員たちが顔を出す。総勢で16名、8名ずつが左右に配置されているようだ。この数の魔法を散らしながらエドワードと切り結ぶのは至難の業だが、今はまだ耐える時だ。
様々な属性の魔法がノエルに向かって放たれる。そしてエドワードもまた距離をゆっくりと詰めながらも魔法を放つ。壁上からの魔法と前からの魔法、それぞれの気の流れを探知しながら全てを散らさず範囲の狭い魔法は避け、範囲が広い散らす必要があるものだけを散らす。
だがエドワードが接近してくるとその余裕も途端になくなる。
「ウィンドアクセル!ドライブ!」
自らを加速させる魔法で詰め寄り、剣の一撃を加速させる魔法を組み合わせ強力な一撃を放つエドワード。その一撃はノエルの動きを止める為に袈裟切りに振り下ろされる。だがそれこそが反撃開始の絶好のタイミングだった。
「ルクスバースト!」
ソフィアの閃光魔法が辺りを照らす。それは敵にとって想定していた物だが、やはり対処が難しいのがこの光属性の魔法の特徴だ。一瞬の油断を作りその間にエレナは自身で風属性魔法『フェザーフォール』と『エアバースト』を使い壁面を登り、レオンはアリアの盾に乗って『ウインドショック』を足に受け強引に壁上へと昇る。
ノエルとエドワード、RTU隊員8名とエレナ、同様にRTU隊員とレオンという構図を作り出す事に成功したが、壁上での戦いでは敵は一列に並んでいる。エレナとレオンにとっては戦いやすい状況だが、以前としてノエルを狙う者達が残る状態は続く。
だが、この状況をエドワードが読んでいないわけがなかった。予め指示していた通りに部隊が動き始める。ノエルの弱点であるソフィアの存在を狙う為の一般兵を20名用意していた。未だファントムヴェールの効果で明確な姿を隠すソフィアに対し、一般兵たちは当たりを付けて包囲を狭めていく。
「お前たちの手札は見せてもらっているからな、我らの城でそう易々と自由にさせると思うなよ!」
エドワードはあらゆる状況を想定して伏兵を潜ませていた。そして時間が経つにつれその術中にはまるような感覚をノエルは感じている。この男は武人ではなく戦術家として優れた兵士だ。武で勝っていてもそれを超えるにはより強い力が必要となる。それは容易に超えられる壁ではない。
エレナとレオンは善戦しているが、RTUの隊員たちも伊達ではない。そう簡単には突破させてくれないだろう。この状況を打開するための方策を思案する余裕も、今のノエルには無かった。ただ気の流れに集中し魔法を避け、エドワードの攻撃を受け流すだけで精一杯だ。
ソフィアは自らの周りに兵士たちが集まっている状況を打開する策を考えていた。側にはアリアが付いてくれているが、この人数相手ではアリアも危険だ。早く手を打たねば…そう考えている時、さらなる伏兵がノエル達を襲う。
通路の奥、門の向こうから続々と援軍が近づいてくるのが見える。それは間もなくこちらに到着するであろう。布陣を見るに壁上からと地上からの総攻撃を仕掛ける止めの部隊といった所か。エドワードはこの場所で完全に決着をつけるつもりでいる、そう考えたソフィアは一つの賭けに出る。
「アリアさん、私を上に行かせてください!アリアさんもその後を追って上に!」
「何か策があるのね。了解…フェザーフォール!ジャンプしたら私が下から上に押し上げてあげる!」
「はい!」
ソフィアがジャンプをすると身体がふわりと空中に浮く。その下でアリアが構えた盾でソフィアに足場を作り、自らもまた『フェザーフォール』を掛けた状態で跳躍する。そしてそのままソフィアを力いっぱい上に押し上げ、ソフィアはその勢いも利用して自らも跳躍した。
遥か上空に飛び出しこの壁面で挟まれた門を一望できる高さまで達したソフィアは、俯瞰的に戦場を把握する。エレナは未だ一列に並んだ壁上の敵に苦戦している。一人は倒しているようだがこれでは時間が掛かるだろう。レオンもまた同様だ。二人倒しているようだが攻めあぐねている事には変わりない。
ソフィアは全体の援護をする為にエレナ側とレオン側の双方の壁上の敵の対して貫通性の高い魔法『ルミナスピアス』を次々と放つ。滞空時間で撃てたのは合計で4発、それぞれの壁上戦力を2名ずつ減らした。さらにこちらに向かってくる敵兵たちに対して『ライトニングブレイズ』を長時間照射し足止めをする。着地際の無防備な姿を晒すソフィアを守る為に即座にアリアがカバーに入った。
戦況がソフィアによって動いた事でエドワードは苛立っていた。ノエルと切り結ぶ最中に恨み節のように叫ぶ。
「全く粘り強く鬱陶しい!」
「それはこちらのセリフだ!」
「白い女が居なければ何もできない彩無しめが!」
「人の手を借りないと俺と勝負も出来ない戦術家風情がよく言う!」
「それが戦というものだ、青二才が!」
言葉を交わす程度は余裕が出て来たものの依然として不利な状況は変わらない。その内、地上でソフィアを狙っていた者達がソフィアが上に移動した事に気づき、ノエルを狙う戦術に切り替えて襲ってくると予測できる。その場合、むしろ乱戦となった方がエドワードは動きずらいだろうかと思案する。
依然としてRTUとその大隊長であるエドワードに行く手を阻まれているノエル達の戦況を左右する者、それはソフィアの存在だった。ソフィアの戦術的才能が今まさに開花しようとしていた。




