第35話 決戦に向けて
カルディア歴335年11月末。
ノエルとソフィアはアルティスディア侵攻に向けた依頼を受ける為に王都に出向く。
事前にエレナより極秘の依頼として受けていた物だ。
ノエルとソフィア、そしてエレナとレオンにアリア、再びこの5人で行う特殊任務の対象、それはアルティスディア特殊部隊『ルーンタクティクスユニット』の大隊長エドワード・トリステインの殺害と部隊の排除であった。
三ヵ国同盟が成り、大きな戦の裏でノエル達は任務を遂行する為の作戦を行う事となる。
ノエルとソフィアは事前にエレナから伝えられていた合言葉『エレナから指導を受けたいと申し出があった』と王都の守備兵に伝え、レオンとアリア、そしてエレナと合流した。今回の依頼に関する詳細な打ち合わせの為だ。最も、ある程度この合言葉に合わせて手合わせなども行っておく。まだ内通者に誤情報を流している状態なのだ。こういった姿を見せておく事も重要である。
3時間ほど訓練を続け、休憩を取るていで密談に相応しい場所へと移動する5人。
「訓練にまで付き合わせて悪かったね。しかしまたこうして君たちと同じ任務に付ける事を嬉しく思う」
「構わない。ある程度の情報はエレナから聞いている。情報戦略として必要な事だろう」
「ノエル君は軍でも十分やっていけると思うけどなー、勿体ない」
「私は逆にアリアさんは冒険者向きだと思います」
「そうね、アリアは騎士というより冒険者の方がしっくりくるわ」
挨拶もソコソコにまたこうして集まって軽口を叩き合う5人は笑い合う。そして作戦の詳細を詰める事となった。
「今回の俺たちのターゲット、RTUの壊滅とエドワード・トリステインの殺害はアルティスディアの兵力を削ぐ為の重要な役割だ。そして王族の確保までが任務に含まれている」
「私が知る限りだけど、恐らくRTUは王族か貴族の護衛あるいは逃亡に使われる可能性が高いわ。RTUは少数精鋭のエリートで構成されているけどその殆どが男爵か市井の出の者で構成されているの」
「血族主義のアルティスディアらしい考え方ねー。自分達の血筋だけは守れば国を再建する機会はあるとでも思ってるんでしょ?」
「そんな所だろうな。エレナの予測は俺も正しいと感じている。そこで私たちはこのRTU殲滅に関して最も効果的なタイミングで攻める事が必要だ」
エレナの知識と経験を元にレオンとアリアはある程度は策を練っているようだ。ノエルはここまでの説明で気になった点を挙げる。
「エレナの推測をベースに動くとしてだ、王族や諸侯の逃亡や安全確保となると隠し部屋や隠し通路などがあると考えてよさそうだが、そのあたりは検討は付いているのか?」
「そこまで詳細な情報は私も教えてもらってないの」
「そうなると逃げる準備をしている所を抑えるのが一番理想的だな」
その発言を聞いたソフィアが提案をする。
「私の魔法『ファントムヴェール』で夜間に侵入するのはどうですか?日中よりも発見されるリスクは低いですし、注意深く進めば比較的安全に進めると思います」
「それはどんな魔法なの?」
「こんな感じです。ファントムヴェール」
アリアの質問に実際に魔法を使ってみるソフィア。身体が半透明になるさまを見て3人は驚いていた。
「こんな魔法まであるのか。光属性の魔法は本当に多様だな」
「動けば流石に判別がつくが、気配を殺して隠れてながら行動すれば相当なリスクの軽減につながるだろう」
「本当に薄ぼんやりと姿が見えるって感じで面白いわね…悪戯に使えそう!」
「アリア、真面目に考えて!でも確かにこれは便利だわ」
「だがこの魔法で潜入したとしても、あの男が無策で侵入を許すとは思えないな」
「エドワード・トリステインか。エレナ、その男の強さは見たが実際これが通用しないと思うか?」
「私は意識なかったけど、以前にソフィアさんの幻影魔法を見たとなると何らかの対策は取っていると思っていいと思う」
ノエルはエドワードと刃を交えた際、その戦術的な才を感じていた。レオンもまた同様でエレナに意見を求めたが、やはりすんなりとはいかないと考えた方がいいだろう。
「あいつは恐らく俺の弱点にも気付いている」
「弱点?ノエル君に?」
「ああ。単純な物量作戦、あるいは守る対象を絞った集中砲火で釘づけにされれば嫌でも俺は魔法を相殺しようとするだろう。そこをあいつは狙ってくるはずだ」
「確かに前回の戦闘でもそれで苦戦してたしな…」
考える一同に、ふとノエルが疑問を口にした。
「そういえば魔法を撃たれた時って普通はどう対処するんだ?盾で防ぐとか避けるとかだろうか?」
「それに加えて同意力の魔法をぶつけるって手もあるけど、これは力量が拮抗しているか上回っていないと成立しないわ」
エレナがノエルの質問に答えた。なるほど、魔法には魔法をぶつける事で相殺が出来るのであればとノエルは思案する。
「ソフィア。今手持ちの魔法よりも、より広範囲に高い威力の魔法を展開する事は可能か?例えばそうだな…通路で待機して前面だけを集中して威力の高い面の攻撃をする魔法とか、イメージは付くか?」
「面?今言われただけだと難しいかな…それに、私の魔法はどうしても眩しい光が出ちゃうからノエルの戦闘の邪魔になりそうだよ」
その会話を聞いていた3人は不思議そうな顔をしている。
「ねぇ、もしかしてだけど…今から新しく魔法でも考えるつもり?」
「ああ。ある程度イメージが出来ているならそんなに難しい事ではないんだろう?」
「いやいやいや、無理だって!普通はイメージをしっかり固めた上でかなり時間を掛けてそれをどう扱うか魔力の練り方とか色々と考えた上でようやく練習で成功するかしないかって感じなんだよ?」
「そうなのか?ソフィアはイメージさえ明確に掴めれば簡単に魔法を作っているが…さっきのもそうだしな」
アリアの反応から見るにそれが常識なのだろう。レオンも含めて呆れかえった表情だ。ソフィアもまた常識とは異なる才能を持った逸材だった。
「ソフィアさんがおかしいのよ、お兄ちゃん。普通はそんなに簡単に魔法なんて作れないし、覚えるのだって苦労するんだから」
「さっきのって…どのくらいで出来たの?」
「ノエルにイメージを伝えてもらって試したら出来ましたけど…」
「ソフィア君もどうやら常識が通用しないようだ。高い資質は感じていたがそこまで常識外れとは思わなかったぞ」
ここへ来てようやくソフィアの異質さが明白になった。3か月で多数の魔法を習得した事も、ノエルに言われてイメージから魔法を想像するのは並大抵の事ではなかったのだ。ノエルもそれを聞いて改めてソフィアと出会えた事は僥倖だったと感じる。
「話がそれてしまったな、本題に戻そう。王都への潜入はソフィア君の魔法に頼るとして、その後は姿を晒して敵陣に乗り込むことになるとなると…タイミングとしては宣戦布告直後が最も望ましいか」
「そうね。軍を動かしている最中であれば手薄になるでしょうし、その間にあいつらも準備している所を狙って奇襲するのが一番楽そう」
「大隊長も恐らく指揮を執っていると思うわ。それはお兄ちゃんに任せるって事で良いのかな?」
ノエルは力強く頷き答える。
「ああ。あいつは俺がやる。この中で最も適任だろうし、その状況はRTUの隊員たちも動揺するだろう」
「あとは私が自分の身をどう守るかが問題かな…」
「アリア。ソフィアさんの護衛はアリアに任せられないかしら?」
エレナがアリアを護衛役として提案した。
「それはいいけど、何か策でもあるの?」
「私はお兄ちゃんから貰ったエストックの扱いにも慣れてきてリーチの問題も解消できたし、今ならRTUの隊員とも渡り合える。レオンもRTUの隊員と戦うのが適しているでしょ?なら護衛はアリアが一番適しているわ」
「ちょっとまだエレナだと戦力的に不安があるかなぁと思うけど…あんたがそこまで言うなら任せる!」
エレナも信用を積み上げている。アリアはそれを認めたようだ。
「それなら、アリアに新しい盾でも渡しておきたいところだな。昔やり合った魔人のマジックポーチにミスリルインゴットが入っているのを放置しててな、それを盾としてオーダーしとくか」
「ノエル君、太っ腹!それ貰って良いの?」
「ああ。ソフィアを守ってくれる礼として先に渡しておこう。シルバーピークタウンに懇意にしてた武具屋の知り合いがいてな、彼に頼みたい」
ノエルは久しぶりにあの武具屋の店主に依頼をするつもりだ。どの道王都からなら通過するのだ、作戦進行の日程にオーダーの日程も組み込むようにしてくように提案する。一通り作戦の詳細を確認し終えた後、ノエルが懸念を抱いた。
「この作戦はあくまでこちらの誤情報に敵が油断している事を想定している物だろう?万が一に誤情報の可能性も含めて警戒を強めているとしたらどうするつもりだ?」
「潜入部隊として後詰の部隊を用意しておく。我々が先行すれば最悪の場合は彼らに任せる事で王族の逃亡などは阻止できるだろう」
「その為にはやはり俺達がRTUを抑え殲滅する必要があるって事か」
「その通りだ。俺達は最優先でRTUを叩き最大戦力を削ぐ。その後余裕があれば王族の確保を行う」
「一番のお手柄を持ってかれるのも癪だしね、RTUをぶっ飛ばして王族を捕まえちゃいましょ!」
「それが理想的だな。みんな、宜しく頼む」
レオンの言葉に頷く一同。こうして着々と開戦まで準備が整う。そして内通者がアルティスディアへと誤情報を流したことを確認した後、作戦は開始される。この世界を揺るがす大きな戦いが遂に始まろうとしていた。




