第33話 ウェスティア国王との謁見
カルディア歴335年10月。
一行は同盟締結に向けてウェスティア王都を目指し、ウェスティア大陸の中央に位置するアイアンデールまで到達していた。馬でおよそ1週間の距離である。
ウェスティアに入ってからは問題なく街道を進み、このまま王都へと向かう。果たして同盟はなるのか、ウェスティアの決断によってセリアディスの運命は決まる。
アイアンデールで一泊した後、渓谷の河を馬たちと共に小舟で渡りさらに街道を北上するノエル達。ここまでと変わらずさして大きなトラブルに見舞湧える事無く、1週間ほどかけて遂にウェスティア王都へと辿り着いた。例の如くギルドへと顔を出し後、レオンを含む3人は王城へと向かった。ノエルとソフィアは情報収集をすると言って別行動を取る。
ウェスティアの王城へと辿り着き、レオンは自らの身分を明かした上で王からの書状を見せ同盟締結に向けた謁見を申し出る。すぐに許可が下り王城へと案内され、程なくしてウェスティア国王との謁見が叶った。
「貴国における謁見の機会を賜り、厚く御礼申し上げます。私はセリアディスに仕える騎士、レオン・マーシュと申します。」
「レオン・マーシュ騎士と共に参じました、騎士見習いのアリア・キンスリーです。」
「レオン様の従者を務めております、エレナ・アッシュフォードと申します。」
3人はそれぞれ国王に対し跪き礼をした。
「セリアディスの使者よ、このウェスティアの地へようこそ。私はこの国を統べる、リチャード・ソヴェレインだ。貴国のアルティスディアによる苦境は伝え聞いておる。今回の提案が彼らの侵略的野心に対する防衛策であるとのことだが、その理解で合っているな?」
「はい、正にその通りでございます、陛下。我々はアルティスディアの動向を非常に危険視しておりまして、それに対抗すべくこの度は同盟の提案を持ちかけさせていただきました。書状に詳細を記しておりますので、そちらをご覧になっていただければ幸いです。また、フリガイア帝国とも連携を取りつつ、三国でアルティスディアの企てを挫くための同盟関係を模索しております」
「なるほど、我がウェスティアも過去に彼らの侵略を受けた経験がある。セリアディスが彼らの手に落ちることは、明日は我が身という事態である。同盟の件については、我が国内で十分な検討を行いたい。城内に部屋を用意しよう。我らが答えを出す間に旅の疲れを癒すといい」
「陛下の寛大なご提案、心より感謝申し上げます。しかしながら、ここまで冒険者2名を護衛として雇い、共に冒険者としての旅をしてまいりました。彼ら護衛と共にこの美しいウェスティアの街を体験したいと考えております。したがって、ご好意に甘えず街の宿で休ませていただきたく存じます」
「分かった。宿泊の手配はこちらで指示しておく。同盟についての決定が出次第、報せを届けるようにする」
「ご理解いただき、誠にありがとうございます」
ウェスティア国王リチャード・ソヴェレインとの謁見は無事に終わり、ギルドでノエル達と合流した後、手配された宿へと向かう。王国側で用意された宿は豪華なもので、アリアは謁見の見事な立ち居振る舞いが嘘のように目を輝かせてはしゃぐいつものアリアに戻っていた。
「アリアって正式な場ではあんなに立派なのに、普段はなんでこうなんだろう?」
「エレナ、何か言った?」
「率直な感想を述べたまでよ」
それを聞いたノエルはエレナに尋ねる。
「いつもとそんなに違ったのか?」
「ええ。それはもう立派な騎士のようだったわ。普段からそうしてくれればいいのに…」
「だがこの明るさに助けられる事もあるだろう?実際、俺はアリアのお陰でお前ともこうして普通に会話できるようになったと感謝している」
「お兄ちゃん…言われてみれば確かにそうね」
それを聞いたアリアは胸を張って答えた。
「エレナはまだまだお子様ねー、ノエル君は私の意図をしっかり汲んでくれている優秀な男の子だね!」
「アリア、お前はそんな事考えていないだろう?」
「やだなぁ、レオン。私だって色々と考えたり悩んだりすることはあるわよ」
「人間なんだからそれは当たり前だ。俺は『もう少し自重しろ』と言いたいと分からんのか?」
「それはそれ、これはこれ。これが私なの!」
ソフィアはノエルと同じ意見のようだ。アリアの事を評価する発言をした。
「でもアリアさんの作る空気って不思議な魅力があります。私もノエルの言う事は分かりますよ」
「ソフィアさんまでアリアを甘やかして…」
エレナが呆れていると、アリアはその頬っぺたをツンツン突ついて言った。
「エレナが固すぎるのよ。そんなだと行き遅れるぞー?」
「エレナだってまだ相手さえいないでしょう!?」
「さて、どうでしょう?」
毎度ながらエレナの扱いは見事だ。エレナは確かに変わった。だがこの旅で一層変わったように思える。ノエルはそんなエレナの様子を見て、心の中に閊えていた物が薄れている事を感じた。
「今更だがアリア、感謝する」
「え?何々急に?」
「俺はこのパーティにアリアが居なければ、エレナとうまくやれなかった…と思う。今エレナとこうして接する事が出来るのも、アリアのお陰だ」
「またまた、ノエル君ってば誉め上手だねぇ」
「俺とエレナはお互いに溝がある。だがその溝が少し埋まった気がするんだ。それはきっと、アリアのお陰だ」
「あははー!そう言ってもらえるとなんか嬉しいなぁ」
アリアはこういったストレートな物言いに弱いようで顔を緩ませ照れている。その顔を見たエレナは日頃のうっ憤を晴らすそのチャンスだと攻勢に出た。
「あれ?アリア、ひょっとして照れてる?お兄ちゃんって思った事そのままストレートに言うタイプだと思ってたけど、意外にそういうのには弱いんだ?」
「む!エレナのくせに生意気だぞ!」
エレナは会心の反撃したつもりだったようだが、その後アリアによる猛反撃を喰らう事になったのは言うまでもない。
ウェスティア国王からの返答次第で、セリアディスの運命が決まる。だが今だけは使命を忘れゆっくり休むのも悪くない、レオンは酒を片手にそう考えていた。
「レオン」
「なんだ?ノエル君」
「俺にも酒を貰えるか?」
ノエルはあまり酒を嗜まない。その提案に少し意外と思いつつ、レオンはノエルに酒を注ぐ。
「もちろんだ。ここまでこれたのも君たちのお陰だ。感謝する」
「礼を言うのはこちらの方だ。良い経験をさせてもらった」
「そう言ってもらえると嬉しいね」
ノエルは少し間をおいて語る。
「俺は…レオン達のように愛国心などを持ち合わせていない。自分を守りたい、周りの者を守りたい…そういう事だけを考えて生きて来た」
「みんなそうだと思うぞ」
「レオンは騎士だろう?国を守る事も考えているじゃないか。それは俺には無い考えだ」
「動機は同じさ。国を守る事は自分の家族や友人を守る事に直結する」
「なるほど、そういうものなのか」
ノエルは酒を傾け納得したように答えた。
「エレナは…どうだろうか?」
「君とエレナの確執は少しは解消できたのか?」
「そう思える。少なくとも一人の人間として接する事は出来るようになった」
「エレナもまた愛国心とは別の動機で動いている。彼女は…そう、君に対しての贖罪の気持ちと一種の憧れを持っているように見えるな」
レオンはエレナの評価を隠すことなく率直に述べた。それを聞いたノエルはエレナを再評価する。
「よく考えてみればあいつには直接に攻撃を受けた一件以外は罪はない。それでエレナが改心したのは驚いたが、俺を捨てたのは父だしな。母も従うしかなかった。二人も被害者とも言えるか…」
ノエルは客観的に考え、エレナ達の評価を改めてみた。とはいえそうそう簡単にわだかまりが解ける事はないとも思えたが、この考えは事実でありやはりこの旅の前に母に会った事、エレナと旅をした事は正しかったように思う。
「本気で斬ったそうじゃないか」
「あの時のエレナは傲慢でアルティスディアの腐った貴族その物だった。だが今は違う。アリアに言った事は本心だ。俺はエレナとの溝が薄まっていると感じている」
「君は本当に本音を隠す事を知らないんだな」
レオンは少し笑う。
「だが、その正直さは好ましい。君という人間に会えたことは我々にとっても僥倖だったさ」
「まだ終わりじゃない。戻りの護衛もあるだろうし、万が一アルティスディアを落とすとなればその戦いに参加するつもりだ」
「それは心強いな!」
「俺にとって最も不都合な国、それがアルティスディアだという事がこの旅でハッキリわかった。別の国で過ごす事も考えてはいるが、障害は自分の手で取り除くのが俺の主義だ」
「もう少しこの5人で行動できるなら俺も嬉しいところだ」
「ああ、俺もそう思う。いっそレオン達も冒険者になってくれたらとさえ思うくらいだ」
レオンはキョトンとした後、笑った。
「俺達が冒険者か!それは難しいかもしれんが…悪くないな」
「俺はこのパーティが存外気に入っているんだ。今この瞬間が幸せなんだろうとさえ思う事がある」
「そうか。君にとってこれまでが過酷過ぎた。俺としてもこれからは幸福な人生を歩んで欲しいさ」
「ああ。本当にな。だが師の遺言だけは守りたい」
「遺言?どんな事か聞いてもいいか?」
「師は最後に言ったんだ。『俺の授けた武の極みをお前が証明し、そして後世に託せ』とな」
「なら今はそれを証明している最中という所か」
ノエルは酒を傾け、頷いた。
「いつかは弟子を取る。俺の実感だが、操気法は幼少時から学ぶ事でより高い効果を発揮する。それを実践し証明する事で師の恩に報いたい」
「自分の子供に託せばいいんじゃないか?」
「自分の子供か…考えた事もなかったな」
レオンは一瞬ソフィアの事を考えたが、藪蛇と思い言葉を飲み込んだ。
「色々と片付いたらまた考えたらいいさ。そろそろ休むか」
「ああ、付き合ってくれてありがとう」
「君とこうして語り合う時間ももっと欲しいところだ。機会を見てまた話そう」
「そうだな」
一行は長い旅路の一区切りとして、久しぶりに心休まる一夜を過ごす事になった。




