第32話 ソフィアの苦悩
カルディア歴335年10月。
ウェイブリーフでの一夜を過ごした翌日、ノエル達一行は遂にウェスティア国内へと渡った。
最南端のヴェインクロスから街道沿いに北上を続けウェスティアの首都を目指す。順調にいけば2週間ほどの行程だ。
目的地は未だ遠いが着実に進む一行。果たしてウェスティアはこの同盟を受け入れるのか、アルティスディアの侵攻が再び起こるとも限らない中でセリアディス、ウェスティア、フリガイア帝国の3国が下す決断がアルティスディアの運命を決める。
ヴェインクロスへと到着したノエル達は冒険者としてギルドに顔を出し、情報収集を行った。ウェスティア国内の情勢は安定しており、首都であるウェスティア王都を目指す事は難しくないと思える。
そしてセリアディス侵攻の噂はまだこの地には届いていないようで、ウェスティア国内のアルティスディアに対する評価は確認できないままでいた。
現在彼らはヴェインクロスで馬を購入し、早めに王都を目指す為街道を北上している。馬でペースに寄るがあれば1週間ほどで辿り着けると思われた。ダンジョンで稼いでいた事も功を奏したと言っても良い。
「ソフィアちゃんの魔法、馬にも効くんだねぇ。なんだかご機嫌そうに走ってくれるよ」
「体力の消耗も抑える魔法ですから。以前商人さんにも同じような事を言われました」
馬には予め持続性の回復魔法である『ヒーリンググロウ 』を掛けている。これは傷を徐々に修復するだけでなく、体力の消耗を抑える効果がある。以前のイーストガードフォート攻防戦において最前線部隊にこの魔法を掛けた事による奮闘ぶりからも、この魔法の有用性の高さは実証済みだ。
「魔法の効果時間が馬の休憩の目安にもなる。本当に便利だな」
「こんな魔法、どの属性にも存在しないわ。光属性ならではの魔法ね」
レオンとエレナもその効力を高く評価していた。実際、光属性を単体で持っている者は少ない。そしてそれが露見した者達は貴族でもない限り多くの場合は貴族たちに目を付けられ過酷な環境で生きる事になるか、利用されて使い捨てられることが多い。
この為、光の恩恵持ちというのは希少価値が高くその魔法の効果を知る者も少ないのだ。世間の認識では「回復魔法と補助が得意程度な四色の下位互換の恩恵」という認識である。ソフィアの親が必死に秘匿しようとしたのもこれを知っていたからだ。
また多くの者は光と同時に彩の有る恩恵を持っている。そういった環境では敢えて光属性を伸ばすという発想は生まれ辛い、あるいは気付かない者さえいる。ソフィアはノエルとの出会いによってその才能を開花させ、修練によって魔法の練度を高めた、光単体の恩恵持ちとしては実に恵まれたケースだ。
レオン、アリア、エレナが操る馬とノエルとソフィアを乗せた馬の4頭で街道を並足で北上している。ノエル達の馬は若干負担が増えるが、そこは『ノエルの馬』という認識のお陰もあり、真珠の杖の特殊効果で高まった魔法により補えていた。
馬のお陰で野営する事なく、適度な休憩を挟みながら移動し宿場町を経由。アイアンデールという鉱山都市に到着しようとしていた。今晩はこの都市に泊まる事になる。アイアンデールはウェスティア南部の鉱山都市として栄えており、南部の鉱山資源の重要拠点だ。この他の鉱山都市は王都の北西に『オアハースト』、海を渡った南西に『ジェムストーンハム』が存在する。
特にジェムストーンハムで採れる宝石類の原石はこの国の工芸品には欠かせない物であり、女性であれば訪れたい街であろう。実際、アリアはウェスティアの地理に「せめて道中にあってくれれば寄れたのに」と文句を垂れていた。
アイアンデールで冒険者として振る舞いギルドに顔を出し、宿を取った5人はここまで順調に来れている事に安堵していた。アイアンデールの鉱山は渓谷の横にあり、その渓谷を渡る為に小舟を使わなければならない。しかしそれさえ越えてしまえばあとは王都まで街道を北上するのみである。
宿を取ったノエルは食事は個別に取ると言い、ソフィアを連れギルドへと向かっていった。この国の冒険者事情を確認する為である。
「ようこそ、アイアンデール冒険者ギルドへ!」
お決まりの受付嬢のセリフから始まり、この国での活動のルールやダンジョン発生頻度、依頼の内容や彩無しが活動しやすい国かなどを聞きだすノエル。プレートを提示して自分達の実績を見せると、ウェスティアでも二人は歓迎されるようだ。
ウェスティアは『四神聖教』という宗教が国教だが、名前のように四つ柱の神だけでなくそれらを中心に『自然界の全ての力が人間の生活に重要であり、自然との調和を重要視する』という教義のようだ。この為、彩無しであっても自然との調和を重視した行動を取る者であれば不自由なく暮らせると考えられた。
実際、この街でもフードを被らず移動しているが特段ノエル達を軽蔑するような目を向ける者は居なかった。ただ、冒険者としては使える魔法の有無を判断される為に舐められる傾向にはあるようだ。
こうして色々な国を訪ねてみると四つ柱の神というのは影響力こそ大きいものの、それを絶対視しているのはアルティスディアくらいなものと考えた方が良さそうだ。それはこの同盟でアルティスディアが滅びる事になれば、ノエル達はこの彩の呪縛から解放されることを意味する。
「俺達は生れてくる場所さえ間違えなければ、ごく普通に過ごせていたかもしれないな」
「私は隠し事しなければいけない事には変わりなかったかもしれないけど…でも今となってはアルティスディアで生まれてよかったって思ってるよ」
ソフィアの返答はノエルにとって意外だった。
「確かにそうだが、なぜだ?」
「だって、アルティスディアで生まれてなかったらノエルと会えなかったもん」
「まぁ確かにそうだが、それは結果論だろう」
ノエルの返答にソフィアは心の中で『まぁそうくるよね』と思いつつも言葉をつづけた。
「それでも今はいいの!両親を失った事もその後の2年も辛かったけど、今は幸せだよ」
「幸せか…俺もそうだ。孤独が当たり前だったが、今ではソフィアと一緒に居るのが当たり前になっている。それは幸せと言ってもいいかもしれない」
ノエルは決してソフィアの事を仲間以上の感情を持って見ているわけではない。ノエルとて男性である、この美しい娘に対して思う事が無いわけではない。だがそれ以上に大切な仲間という認識が強かった。
一方のソフィアはその言葉を聞いてサッとフードで顔を隠す。なぜならその顔は緩んでいたからだ。ノエルの正直すぎる言葉は彼女にとって刺激が強すぎた。ノエルがそう言った感情を抱いていない事は理解しているのだが、いつかは…と考えるのは年頃の娘としてしょうがない事である。
この世界では15歳で成人し、貴族では結婚相手を決めて16歳で出産までしている者も多い。実際ノエル達の母がそうだ。庶民でも20代前後で出産する事が多く、今から考えるのは自然な事だ。だがこのダンジョン狂に対してどうすれば『結婚』の2文字が頭に浮かぶのか、ソフィアには想像がつかなかった。今はまだそれでもいいが、近い将来に意識させる為にはどうしたらいいか密かに悩んでいたりする。
動機こそ違うが、二人にとって安住の地を求める旅にこの護衛依頼はいい切っ掛けとなっただろう。
ウェスティア王都までおよそ1週間の距離。ソフィアの想いが伝わる来る日が来るのか、それはまだわからないままだ。




