第31話 ウェイブリーフの一夜
カルディア歴335年10月。
ムーンライトベイの冒険者ギルドでダンジョンの情報を仕入れたノエルは4人を説得し、これに挑む。ダンジョンの報酬は少なかったが、攻略により灰等級だったエレナ達3人は緑等級へ昇格。ミスリル製の武具を魔人から奪い、ソフィアとアリアには防具を、エレナにはエストックを分配した。
一行は馬車で1日かけ、夕刻にはウェイブリーフへと到着していた。
ウェイブリーフ。ナイアドリアの港町の一つで主にウェスティアとの交易を行う大きな港町だ。亜人の文化では種族ごとのコミュニティが築かれていると聞いている。ムーンライトベイもそうだったが、ノエルが想像していた者とは異なり、一つの街に多くの亜人種が存在する。
その街の中で彼らはそれぞれの区画に別れ居住しており、市場などの場所ではそれぞれの得手不得手を活かして協同して生活しているようだ。亜人種は主に以下の種類が存在する。
虎人:膂力と素早さのバランスが高い。主に戦士や護衛の役割を担うことが多い
豹人:素早くしなやかな筋力を持ち、偵察や探索、狩猟を得意とする
狼人:集団での狩猟や地域コミュニティの組織化に貢献する
熊人:亜人種中最高の膂力を誇るり力仕事や建設、運搬作業に従事している
狐人:独自の魔法に加え狡猾さと知恵を兼ね備え、魔法使いや学者として技術の発展に寄与する
兎人:亜人随一の素早さを誇り、伝令や情報伝達、探索任務を担当する
「亜人種と言ってもバラバラに街に住むわけじゃないんだな」
「彼らもお互いの部族間で短所を補う事で発展してきた歴史があるのだろう」
「人間と一緒ね、見た目にそれが出てるだけで得手不得手はある事に変わりはないのよ」
ノエルの感想にレオンとアリアが答える。アリアの言う通り見た目に出るだけと考えるとしっくりくるものがあった。
「なんか私、凄く見られている気がするのだけれど…」
「亜人種には四色持ちなんてそう滅多にいない。人間か霊人くらいなものだから珍しいんだろうな」
エレナは紫の髪色だが、これは火と水の恩恵が混ざった色だ。そしてオッドアイという事もまた目を引くのだろう。ただでさえ目立つ人間で4色持ち、目立つのも無理はない。
「ノエル、ここでもギルドに顔を出すべきか?」
「冒険者としてならそれが正解だろうが…先に船の交渉をしてみた方がいいかもしないな。陸路と違って海路ならギルドに寄らなくても不自然ではないだろう。渡航の日程が空くようなら寄った方がいいが」
「なら一度ウェスティア行きの船を探すか」
一行は港まで進んでいくと、実に立派な港が見えてきた。その船の中からウェスティアへ最も早く渡れる船を探すと、明日の朝に出港する予定の船があるという。貨物船だったが荷物と一緒に運んでくれるように手配してもらえた。
船を確保しウェスティアへと渡る算段が付いた一行は宿を決め、それぞれ部屋を取って休む事となった。ノエルは寝る前に一人でこの街の冒険者ギルドへと向かう。この国に興味が出てきており、人間が活動しても問題がないか確認しておきたかったのだ。
「ようこそ、ウェイブリーフ冒険者ギルドへ。人間の冒険者の方とは珍しいですね。お一人ですか?」
「いや、ちょっと長い依頼のついでに寄らせてもらっている。今後の為に聞いておきたいのだが、このナイアドリアで人間が冒険者として活動し続けるのはやはり難しいのだろうか?」
「そんな事はないですよ。ただ私達には私達の掟や信仰がありますので、それに理解があるという前提ですが、人間でも私達と分かり合える方なら歓迎します」
「俺は見ての通りの彩無しであまり人間の価値観と合わないんだ。むしろこういった土地の方が自分に合っているように思えてな」
「人間は多かれ少なかれ四つ柱の神を重要視していますからね。苦労されたでしょう」
「ああ。アルティスディアでは散々な目に合ったよ」
ギルドの受け付け嬢である狼人の女性はノエルの事情を汲んでくれる。やはり彩無しにとっては居心地の悪い国ではなさそうだ。
「あなたはアルティスディアの冒険者なのですか?」
「最初はアルティスディアで登録したが、今はセリアディスを拠点にしている。だがどこで活動するかを決めかねているというのが本心だな」
「なるほど…実績を確認させていても?」
「ああ、構わない」
ノエルは冒険者プレートを受け付け嬢に渡す。読み取り用の魔道具で情報を確認した受け付け嬢はその実績に驚いているようだった。
「凄い実績…かなりの実力をお持ちなんですね。失礼ですがお幾つなんですか?」
「19歳だがもうじき20歳になる。活動歴はもうじき4年といった所か」
「この実績ならどこに行っても引く手数多でしょう。我々としても多彩持ちより余程接しやすいです」
「多彩持ち?この国では恩恵の数が多い方が疎まれるのか?」
ノエルはその呼び名を出した時の受け付け嬢の口調からやや侮蔑のような感覚を受けた。
「人間の多彩持ちは傲慢な割に大した実力のない者が多いですからね。もちろんそうでない方も居るのでしょうが、あまりナイアドリアでは好かれないですよ」
「亜人種でも3色以上の恩恵を持った者は居るのだろう?」
「居るには居ますが、我々はあまり恩恵を気にしませんから多彩持ちでも傲慢な者は居ないんです」
「なるほど、それは良い事だな」
「あって困るものではないですが、恩恵の有る無しで数多の神々への感謝の心が変わる事はありません。それが私達の誇りとする国、ナイアドリアです」
「なるほど。一段とこの国がいい国だと理解できたよ。感謝する」
そう言ってノエルは小銀貨一枚を受け付け嬢へ渡した。その対応に困る受け付け嬢。
「お話しただけでお金なんて受け取れません!」
「俺は今までこんなに気分よく人と話せたことが無くてな、嬉しかったんだ。これでは大したものも食べられないかもしれないが、仕事終わりに食事か酒でも飲んでくれ」
「そうですか…分かりました。有難く頂きます。その長期の依頼が終わったらこの国に来ることも考えてみてください。少ないですが人間もいるんですよ」
「本当か!?それはますます興味が出て来た。連れも彩無しでな、依頼の後に相談してみる。ありがとう」
「ええ。またお会い出来ることを願っています」
ノエルは気分よく冒険者ギルドを後にし宿へと戻る。するとノエルの部屋の前でソフィアが待っていた。
「ノエル、どこに行ってたの?みんなが食事に行こうって待ってたんだよ?」
「すまない、冒険者ギルドに寄ってたんだ。この国の事をもっと知りたくてな」
「何かいいことあった?」
「ああ。この国が良い所だという事と人間も少ないが住んでいるという事が知れたぞ」
「だから嬉しそうなんだ」
「そんな顔に出てたか?」
「うん!」
ソフィアはクスクスと笑うと、皆の所へとノエルを引っ張っていった。
「あ!ノエル君、遅ーい!」
「何かあったのか?」
「待たせてすまない。ちょっとこの国の事が気になってな、冒険者ギルドで情報を仕入れていた」
「結局ギルドに行くんならみんなで行けばよかったのに。まぁいいや!ここの料理美味しいよ!」
アリアはこの国の食事が気に入ったようで満面の笑みで食事を楽しんでいた。変な奴だがこんな能天気な性格の人間ばかりならもっと平和なのだろうかとも考える時がある。アリアは不思議な魅力を持っている女性だと感じた。
「ノエル、この国は過ごしやすそうなの?」
「ああ、特に俺たちのような彩無しにとってはな」
「そうなんだ。だからそんなに嬉しそうなんだね」
ノエルとソフィアは注文をしながらもそんな会話をしていると、すかさずアリアが割り込んでくる。
「嬉しそう?全然そんなふうに見えないけど」
「私も最初は分かり辛いと思ってましたけど、一緒に過ごしていると分かるようになりますよ」
「そんなにわかり辛いか?」
「アリアさんと比べたらよっぽどわかり辛いよ」
そんなソフィアの言葉に興味深そうに話を聞いていたエレナが割って入る。
「それは比べる対象がおかしいわよ、ソフィアさん」
「エレナ?あんた後で覚えておきなさいよ」
「アリアはもうちょっと自重すべきです!」
「お堅いなぁ、エレナは」
「いや、俺もそう思うぞ」
「レオンまで!?ひどーい!」
なんだかんだこのパーティでも上手くやっていけている。ノエルは、エレナとも上手くやれているのはアリアが居るからこそではないかと考えた。実際この性格は仲間内の潤滑油として良く働いているように思えるのだ。
「アリアのそういう性格は好ましいと思う。困る事もあるが結果的にみんなが助けられている」
「お?ノエル君、遂に私の魅力に気付いちゃった?気付いちゃったかな!?」
「お兄ちゃん、アリアを甘やかさないで!」
そんなエレナの肩にポンと手を置き、アリアは哀れんだ表情を作りこう言った。
「エレナ…嫉妬は見苦しいよ?」
「アリア!」
アリアとエレナのこういうやり取りはもう定番だ。そしてこんな空気に居心地のよさを感じ始めている自分に気づいたノエルは、一人で旅をしていた頃とは違う何かを見つけられるような気さえしていた。
ナイアドリアでの楽しい夜を過ごした翌日、一行は遂に目的のウェスティアの南端の港町『ヴェインクロス』へと渡る。




