第29話 ウェスティアを目指して
カルディア歴335年9月。
エドワード・トリステインの策略によりノエル達は狙われ窮地に立たされるも、ソフィアの機転によりこれを乗り越えた。
しかし今後もアルティスディアを抜ける事は難しいと考えられた一行はセリアディスへと戻り海路で渡る事を選択する。
この時間ロスの結果、ヴェルクラドに渡る頃には10月を迎える。アルティスディア包囲網を敷く為の同盟は時間をかけて行う事となる。
レオン達は一度王都へと戻り事の次第を報告。陸路での検問とエレナに掛けられていた魔法、そして内通者による同盟に関する情報漏洩を訴え、作戦の変更を検討する。マーメイドコープから海路でソルヴェルギア領を通ってフリガイア帝国を目指す班と、ヴェルグラド・ナイアドリアを経由してウェスティアを目指す班で同盟関係を持ち掛ける事とした。
そしてウェスティアを目指す班として引き続き任務を継続するレオンとそれを護衛するノエル達は情報を王国上層部に共有し、内通者の特定を他の者へと託す。任務へと戻った一行はマーメイドコープへと移動しヴェルクラドへと渡ることとなった。
「亜人の国ヴェルクラドか。俺は今まで人間ばかりと関わってきたがどんな土地なんだ?」
「ここはアルティスディアとセリアディスの支配が長かったから、その影響が強い。ナイアドリアは完全に亜人が支配する国家だがな」
「普通にしてれば問題ないよ。ただナイアドリアはちょっと気を付けた方がいいかもねー。人間は物好きな冒険者か交易でしか出入りしない国だから」
ノエルの質問にレオンとアリアが答える。実際、宗教的な価値観もヴェルグラドはセリアディスと同じ『フォルディ教』だがナイアドリアは『自然崇拝』だ。
亜人種は通常それぞれの人種によるコミュニティを築いている。その信仰はそれぞれにおいて自らが自然に生かされ共に生きるという共通点はあるものの、詳細はその人種によって異なると聞く。ただ、ヴェルグラドは長い占領下でこういったコミュニティも失っており、亜人種同士の垣根が無い独自の発展を遂げていた。
ヴェルグラドは小さな大陸でありアルファベットの「Y」のような形をしている。北東の岬に『マーリンクロス』、北西の岬には『クリスタルハーバー』という港町がある。マーメイドコープから最も近いのはマーリンコープだが、レオンはナイアドリアに近いクリスタルハーバーへと向かう事とした。
クリスタルハーバーはその名に恥じぬ美しい景色で有名であり、アルティスディア支配時代から人気の観光地だ。貴族階級の別荘として人気が高かったが、それはセリアディスに渡った後に現在ヴェルグラドへと所有権が移っている。ヴェルグラドはその屋敷を宿として運営しているそうだ。
「ここがクリスタルハーバー…奇麗な街!」
「人間はやはり少ないな。目立たない様に行動しよう」
はしゃぐソフィアにあまり興味のないノエル。対照的な二人を後ろから見ているエレナはソフィアを哀れんだ。ノエルがこのような性格になったのはきっと自分達家族のせいだ。どうすればソフィアの力になれるのか、そんな事を考えていた。
「今日は宿を取って明日出航する貨物船に乗せてもらえるように交渉してきた」
「どこに向かう貨物船?」
「ムーンライトベイだ。そこから陸路でウェイブリーフへ向かい、航路でウェスティアを目指す」
レオンが手配したルートで渡る事になった一行は宿を探す。いくら独立運動で争ったとは言え人間に排他的ではないヴェルグラドはまだ警戒をせずに済む。亜人種の支配域では冒険者として振る舞った方がいいだろう。この為にレオン・アリア・エレナの3人もセリアディスで冒険者登録をしておいた。
「宿を借りたい、3人部屋と2人部屋で借りれるだろうか?」
「かしこまりました。おひとり様、銀貨5枚になります」
「ああ、頼む」
こういった行動に慣れているノエルが宿の手配を済ませる。元貴族の館だった施設を宿としたものだ。値は張るがアリアがここがいいと言って聞かず、結局ここに決める事になった。
「わー!やっぱりいい宿だねここ!」
「アリア…いくらなんでも無駄遣いが過ぎない?」
「私たちはダンジョンの報酬で潤ってますし、多少は平気ですが…」
「私達だって命がけの任務続きなんだもん、これくらいの贅沢いいでしょ?」
アリアの破天荒な行動に呆れるソフィアとエレナ。エレナはこの組み合わせに嫌な予感を覚えていた。そして予感は的中、アリアはソフィアをターゲットに質問攻めにし始めた。
「ねぇねぇ!ソフィアちゃんってさ、ノエル君とずっと一緒に過ごしてて何もないの?」
「何もって何ですか?ダンジョンや依頼以外では訓練を一緒にやっていて、たまにアドバイスしてもらってます」
「そうじゃなくて…」
「アリア!ソフィアさんは『兄』の仲間!仲間だよね?ソフィアさん!」
「え、ええ。仲間ですし師弟のような関係です」
「ふーん…なーんだかなぁ」
アリアの確信を付いた質問に対して必死に話を逸らそうとするエレナ。ソフィアを守れるのは今、自分しかいないのだと奮闘する。アリアに対しての必殺のキーワード『兄』を使う事でこの状況を打開する。
「エレナぁ、私たちの前でまで『兄』なんて他人行儀じゃなくていいんだよ?」
「アリア!もう、からかわないでください!」
「でも、家族なんだから別にお兄ちゃんでもいいんじゃないですか?私は兄妹が居ませんので分かりませんが」
「そうよー、エレナ!ほら、言ってごらん」
「いい加減にしてください!アリア!」
エレナの誘導にまんまと乗って来たアリア。その反応に怒って見せる事で何とかその場の空気をソフィアから逸らす事が出来たとホッとするも、その後もアリアははしゃぎ続けそれは夜更けまで続くのであった。
「おはよう。って、どうした二人とも?」
「いえ、別に何も」
「…アリアですよ」
ソフィアが誤魔化すもエレナは正直に答えた。その一言で状況を察したレオンはアリアを睨むがアリアは何食わぬ顔だ。そんなやり取りを経て一行は港へと向かい、ムーンライトベイへと出航した。
ムーンライトベイへの船旅は1週間ほどを予定しいたが、天候の助けもあって6日も掛からなかった。そしてムーンライトベイで降りた一行は一旦冒険者ギルドへと向かう。これはあくまで偽装の為に寄ったのだが、そこである情報が入った。いや、入ってしまった。ダンジョンだ。目敏くこれを発見したノエルはある提案を皆に行う。
「偽装とは言え冒険者登録しているんだ、一回くらい実績を積んでおいた方が自然とは思わないか?」
「ノエル、ダンジョンに行きたいだけでしょ?」
「これは筋金入りのダンジョン狂いねぇ」
「しかしただでさえ時間が掛かっているこの状況では…」
アリアは呆れ、レオンは時間が気にかかっているようだ。しかしこの状況にエレナが助け舟を入れた。
「お兄ちゃん、ダンジョン攻略にかかる時間はどのくらいなの?」
「ダンジョン自体の攻略は内部の構造次第だが…半日も掛からないだろう」
「そんなに早く攻略できるの?」
「出来ると思いますよ、ノエルなら。ただ私はレオンさんの指示に従いますが」
アリアの反応に対してソフィアは肯定するも、ダンジョンへ向かう事には否定的なスタンスだ。ダンジョンはムーンライトベイからウェイブリーフへの街道から外れた所に発生したという。ここからだと徒歩で半日ほど、攻略の時間を計算しても往復で1日半のロスが発生する。
「ダンジョン攻略を行えば恐らく灰等級から緑等級に上がる。その方が冒険者として行動しやすいだろう?」
「俺たちは冒険者として行動するわけではないのだが…まぁいい。確かに灰等級で長旅というのも不自然だ。旅費も稼げるしな。だが今回だけだぞ、ノエル君」
「ああ」
レオンはアリアを意味ありげな視線で見つめると、ノエルの提案を飲んだ。そんな視線にもアリアはどこ吹く風である。
「よし、馬でも借りて早々に挑もう」
ノエルの提案でムーンライトベイで馬を借りた5人はダンジョンへの道を急ぐ。馬でならば2時間ほどで着く距離であり、入り口には亜人の冒険者達が集っていた。中に入ろうとすると、この土地では独自のルールがあるようで虎人の冒険者に呼び止められた。
「おい、そこの人間たち!先に向かった連中が入ってまだ1時間も経っていない。ここのルールは守ってもらおうか」
「すまない、ナイアドリアでダンジョンに挑むのは初めてなんだ。どういうルールなんだ?」
「入ったパーティが1時間経ってから次に待っているパーティが入る。それがナイアドリアのルールだ」
「待ちパーティ数は3組か。なら待たせてもらおう」
3時間と少しを過ぎた頃、ようやく順番が回ってくる。戻って来たパーティはおらず、中で朽ち果てたか探索中のどちらかだろう。
「さて、俺達も入るか」
ノエルはそう言うなり張り切って歩いていき、後を追うように4人は中に向かう。今回のダンジョンは洞窟のような入口だったが、中に入るとキチンと整えられた階段が下へと向かっていた。
「地下に潜るタイプか。これは複雑な構造も考えられるが何とかなるだろう」
そう楽観的に言うノエルに呆れるソフィア。3人も続いて向かっていった。




