第2話 リバーベールにて
カルディア歴332年。ノエルは師の墓の近くに現れたダンジョンを封印し、師に別れを告げた後にこの世界で独りで生きる覚悟を決めて外の世界へと踏み出す。
かつてナサニエル・ブルーヴェインだった少年。彼は師の名前を貰い家名とし、師から呼ばれたニックネームを捩ってノエル・カイウスと名乗る事にした。彼が師を埋葬した際、墓の近くに現れたダンジョンを封印し、師に別れを告げた後は深々とローブを被り育った山を下山した。
途中、苦い記憶のあるエバーシールに立ち寄らなければならなかったが、自分を捨てた後どこかに移ったのだろう、すでに彼の生家は無く別の者が住んでいるようだった。あの家族に会う事が無いのは幸いと旅に必要な物資を手に入れ、大きなバッグに詰め込んでさらに南下する。
目的地はリバーベール。アルティスディアでは比較的大きな街の一つであり、まずはここを拠点として冒険者として活動をする為だ。目立たぬようにフードを被り人目を避けて歩く事7日後、目的地に到着した。まずはギルドで登録をする為に冒険者ギルドを探し街を彷徨った。
くまなく街を探し40分ほど歩いてようやく冒険者ギルドに到着することが出来た。彩無しでなければこんなに苦労する事もなかっただろうが、彼はこの世界では隠者として生きる事が定めなのである。
冒険者ギルドの中に入ると、1階は数人の冒険者たちがテーブルを囲っている。話し合っている者、飲み食いしている者、様々である。奥にカウンターらしき場所があり右手方向には階段があった。まずカウンターで登録について尋ねる事にするノエル。
「こちらは初めてですか?ようこそ、リバーベール冒険者ギルドへ。他の街で冒険者登録はお済ですか?」
「いえ、都会に出てきたばかりで冒険者登録をしたいと思ってここに来ました」
「かしこまりました。では貴方の持つ恩恵を確認させてください」
「恩恵は…ありません」
「はい?」
受付の女性が訝し気に聞き返してくる。そこでノエルは仕方なくフードを少し上げ髪色と目の色を見せると、女性は納得したように手続きを進めてくれた。どうやら冒険者という物は恩恵の有る無し問わず登録できるらしい。
「確認させて頂きました。得意な事とかはありますか?」
「剣術と格闘術、あとは弓は多少使えますが魔物相手にはあまり有効打にはならないでしょう」
「では剣術が主な前衛がご希望ですね」
「前衛というよりは単独で動きたいのですが」
それを聞いた受け付け嬢は戸惑っているようだ。
「パーティーを組まれないんですか?それは危険でお勧めできかねますが…ご事情がご事情ですからお止めしません。もし実績を積んで前衛としても問題なく活躍できると証明できるようになったらいつでも言ってください。ギルドから斡旋する事も可能ですから」
「ありがとうございます」
「では書類を纏めてきます。その間、こちらに記載されているギルドの仕組みとその制度について読んでおいてください」
「分かりました」
受け付け嬢は書類を持って奥へと引っ込む。その間、渡された書類に目を通すノエル。一回で覚えられる内容か不安だったが、ざっと目を通した。冒険者の等級は以下の色に分かれるそうだ。
灰色 - 初心者:大地の神『デマース』から生まれた基盤。未熟さと可能性の色。
緑色 - 自然の守護者:大地の恩恵と成長を象徴。新芽や自然との調和を表す。
青色 - 海の探求者:水の神『ヒュダロス』の知恵と冒険。海の深さと秘密を探る者。
赤色 - 火の戦士:火の神『ピュロス』の情熱と力。変革と挑戦を求める勇者。
琥珀色 - 光の導き手:火と太陽の輝き、知恵と照明の色。道を照らす存在。
紫色 - 聖なる調和者:四柱の神の力が融合した最上位。神話と伝説の境界を越える者。
虹色 - 神話級の冒険者:全ての色が合わさり、究極の調和と力を持つ。神々の選択した英雄。
この色彩が全ての世界らしい何とも色鮮やかな等級分けだ。彩無しの存在など考慮されていないのを改めて痛感する。ともかく、まずは灰色等級からのスタートになるようだ。
報酬は依頼毎に依頼者より提示されており、失敗時のペナルティとして一定以上の失敗が重なると降格や依頼受諾の禁止期間などが設けられるらしい。この際、ギルドにて再教育を受ける必要があるそうだ。
また、依頼毎に受けられる最低等級が決まっており、その等級に達していない者はその条件を満たしたパーティーに一時所属する事で参加は可能。これは利用する事はないだろう。
気になったのはダンジョンの攻略についてだ。ダンジョンの情報はギルドでも定期的に仕入れており、これに挑むのは完全自己責任であるとされる。ダンジョンボス攻略による封印の成功には相応の報酬が支払われ、その功績も通常の依頼よりも高く評価されるらしい。その他細々とした事が書いてあったが、読み終わる前に受け付け嬢が戻って来た。
「登録処理は完了しました。このプレートを首から下げておいてください」
「これは等級を証明するものですか?」
「それだけではないですよ。魔物やダンジョン攻略の際に限っての話になりますが、倒した敵の数や種類が記録されます。また、依頼達成時や失敗時に提示して頂く事で、あなたがどんな依頼をこなしてきたかという記録をすることが出来るんです。その功績に応じて今は灰色のそのプレートも自然と色が変わります。そういう魔道具なんです」
「便利ですね。ちなみにこれまで倒したものは関係ないですよね?」
ノエルはあのダンジョンを思い出して聞いてみた。
「プレートを身に着けている状態で倒して頂かないと、その効果は発揮されません。何か希少な魔物でも倒したとかですか?」
「いえ、この剣はダンジョンボスから奪ったもので、その攻略が勿体なかったなと思いまして」
そう言ってノエルは天斬を受け付け嬢に見せる。
「それは…ミスリルの剣ですか!?しかも見た事もない形…どちらのダンジョンを攻略されたんです?」
「えっと、この街の北にあるエバーシールのさらに北、その山の中に突如ダンジョンが現れたんです。俺はそこで師と修行をしていて、師が亡くなった墓の近くにダンジョンが出来たのでつい…」
「エバーシールであればここリバーベールの管轄内です。詳しい場所を教えて頂けますか?調査隊を派遣します」
ノエルは山中の具体的な場所を教えた。そしてその付近には師の墓があるので気を付けるようにとも付け加えておく。師の墓が荒らされてはダンジョンを封印した意味がない。
「情報提供ありがとうございます。プレートで確認できない以上、ダンジョン攻略の報酬はお渡しできませんが情報提供料はお支払いさせて頂きますね」
「ありがとうございます」
「それでは何か依頼を受けたい時はこちらに依頼札と一緒にお持ちください」
そう言われたノエルは早速依頼が張り出されている掲示板の方へと向かう。掲示板には複数の釘が打ちつけられており、そこに依頼内容を記載した木製の板が引っ掛けられていた。どうやらそれを受け付けに持っていけばいいようだ。
「最低等級だとやはりろくな物はないか…とはいえ生活費は稼がないとな」
一先ず簡単そうな薬草採取の依頼を受ける事にし、その日中に必要な薬草を集めて依頼を終わらせる。報酬は小銀貨1枚と銅貨5枚。これでは宿にも泊まれないかもしれない、そう危惧したがどうやらギルドの二階は宿泊施設もあるようだ。決して寝心地が良い場所ではないだろうが贅沢は言えない。今夜はそこで泊まらせてもらうことにした。それでも銅貨5枚は取られたのだが。
それからという物の毎日のように雑用のような依頼を受けては小銭を稼ぐノエル。10日ほど経った頃に受け付けから情報が確認できたと報酬を貰うことが出来た。なんと銀貨1枚も貰えたのだ。そして好奇心からそのダンジョンが他とどう違うかを聞いてみると、ノエルの考えた通りあまり大したダンジョンではなく、ボスの強さも青等級以上と考えられるとの事だった。
あのボスが青色ならもっとレベルの低いダンジョンがあるのかと思ったが、どうやらあんなに簡素なダンジョンでもそれくらいの強さのボスが待ち受けているらしい。今更ながら自分が無茶をしたのかと考えたが、もしかするとこれが師匠の言っていた「操気術の強み」なのかもしれない。
その日も節約の為にギルドに泊まり翌日の事だった。身支度を整えギルドに顔を出すと何やら騒がしい。人だかりが出来ているのだ。人が少なくなるのを見計らってその場所を見ると「ダンジョン出現」の速報だった。場所はこのリバーベールから西、徒歩だと2日くらいかかる場所になる。
先日のダンジョンの調査依頼とその結果から得た情報を聞いたノエルはこのダンジョンにがぜん興味が湧いていた。そしてそのままの足でダンジョン攻略へと乗り出すのだった。