第28話 苛烈な攻防の末に
カルディア歴335年9月。
アルティスディアを通過しウェスティアを目指すノエルそソフィアを含む使節団一行。
宿場町であるグリーンデール前でRTUが検問を張っていた。
RTUの大隊長であるエドワード・トリステインは事前にエレナに仕掛けていた魔法でエレナの意思を操りソフィアがこれに対応する。エドワードはソフィアを狙った攻撃でノエル達を翻弄。この状況を改善できないまま、苦戦を強いられていた。
隙を見てRTUの隊員がソフィアを狙い放った魔法を相殺する為、ノエルは決死の覚悟でエドワードから離れその魔法を相殺する。だがそれはエドワードに致命的な隙を見せる行為だった。
一方ソフィアは、支援を封じ込まれ自らが守る対象となる事を強いられている状況を打開する為、ノエル達を救う策を練りそれを実行する。
ソフィアの『ルクスバースト』と『ライトヒール』で危機的状況を逃れたノエル。だが、エレナの刃がソフィアに迫り、今まさに振り下ろされようとしていた。
エドワードは確信していた。エレナを操り厄介な支援魔法を使うソフィアを排除する事に成功したと。エレナのその刃は確実にソフィアの脳天を目掛け振り下ろされたのだ。だがその一撃はあまりにも空虚な物でただソフィアの身体を剣が通り抜けるだけだった。
「よくやっ…なんだ?」
ソフィアとて無策でノエル達の援護行動を取ったわけではない。混乱の最中で自身の姿を別の場所に映す魔法『デセプティブヴェール』を掛け、正気がないエレナはただソフィアの姿をした残像に攻撃したのだ。
エレナは正気を失っている為、見た対象を攻撃している。正気のないエレナの性質を見抜き自らの残像を作り出し、状況を改善する為の隙を作り出したのだ。
そしてその光景をに驚き一瞬の隙を見せた者を3人は見逃さない。前線の3人はそれぞれ一人ずつ隙を見せた者達を仕留め、ノエルは太刀と小太刀を拾い体勢を立て直しエドワードへと距離を詰める。状況が好転した事を確認したソフィアは再度エレナに集中し治療魔法に気を流し込事に専念した。
エドワードは敵戦力の想定を見誤ったと判断した。優先排除目標はノエルだ。その為に先にソフィアを潰す、あるいはこれをノエルが守るのであればそのまま力押しをすれば優位に運べる、そう判断しての指示だった。これに対するノエルの行動は意外にも稚拙に見えたが、剣を持たずともその脅威は変わらず、ソフィアの知恵と機転を働かせる援護としての立ち回りも実に見事だ。
そして眼前にノエルが立ちふさがる。自身の剣と魔法の腕がこの男に劣るとは思えない。しかし未だその能力は不明な部分が多い。残存するRTUの隊員は4人、自分も含めて5人と以前数的優位は変わらない。撤退の判断はまだ早い、エドワードはそう判断した。
ノエルは迷う事無くその大剣の間合いに入る。エドワードはその瞬間に上段からの剣戟を見舞うが、これをノエルは右ステップで避けながら左手の小太刀で逸らし、太刀の突きを繰り出す。しかしエドワードはこれを最小限の動きで兜で防ぐ。
エドワードは横薙ぎに大剣を振るう瞬間、剣を加速させる魔法『ドライブ』を口にする。その剣速は数段上がっており、魔法の発動の気配を感じ取るノエルで無ければ胴を真っ二つにされていただろう。魔法察知によりいち早く反応したノエルはこれを2刀で防ぐ。
ノエルとエドワードの戦いは一進一退の攻防を見せてるように見える。しかしエドワードはノエルに対して劣勢に立たされている事を感じつつあった。尽くの攻撃を見切られているような感覚、どんなに虚を突こうが対応し反撃してくる。ミスリル製の防具が無ければ何度傷を負わされているか分からない。
ノエルの武器もミスリル製と見える。それは両者にアドバンテージはなく、エドワードの防具の隙をノエルが突けるかどうかが勝敗を決める事を意味しているとエドワードは考えた。
一方ノエルはエドワードの隙を見つけては攻撃を繰り返す中でエドワードを分析していた。これまで戦った人間の中で師を抜けば一番強いと言っても過言ではない。
ただコウテツに比べればその武芸も力も劣るように思えた。『ドライブ』を使った剣技は意外だったが、対応できないスピードではなく力も差はほぼない。だがこの男はそう簡単に隙を見せないだろう。
そしてそれを作る手段をノエルは持っている。剣での斬り結ぶこと数分、不意にそのチャンスは訪れた。左袈裟切りの攻撃を勢いを殺しながら2刀で受け、上方に刀でそのまま弾くと気を練った蹴りを首に喰らわせた。たまらず怯んだエドワードの脳天を目掛け太刀の一撃を見舞う。だがそれは兜を縦に斬り割きエドワードの顔に傷をつけるに止まった。
「お…のれ!」
その顔を斬り割かれたエドワードはすかさず距離を取ろうと魔法を放つ。やはりこの男とこれ以上無策でやり合うには不利が過ぎる。あと少し踏み込まれていたら命はなかっただろう。撤退を決意したエドワードは即座に魔法を放った。
「エクスプロージョン!」
それが効かない事はエドワードも理解しているが、ノエルはこれを消すために剣を振るわなければならない。そしてエドワードの意図した通りに魔法を剣で斬り割くその隙に、さらに距離を取ったエドワードは撤退指示を出しノエルを魔法で攻撃しながら自身もまた引く。
「撤退!撤退だ!」
指示に従いRTUのメンバーはそれぞれ魔法を放ちながら散り散りに撤退していった。何とか窮地を脱した一行は敵の姿が見えなくなると、一斉にエレナの元へと向かう。
エレナはソフィアの魔法で未だ苦しんだ様子を見せていた。しかし、エドワードが遠のくと共にその苦しむ様子は薄れていき、やがてその場に倒れ込んだ。
「エレナ、潜入する前に魔法を掛けられていたのね」
「どうにかしてこの状況を改善しないとエレナを軍に置いておけなくなる。ソフィア君、何とかならないか?」
「私の魔法でも取り除く事は難しいと思います」
「俺がやってみよう」
ノエルはエレナに近づくとその頭を触る。体内の気の流れを探ると不自然な流れを感じた。その部分に気を集中させ整える様に流し込む。他人の気を整えるという行為は行った事が無かったが、ソフィアの魔法でさえ効かない以上はこの方法しか思いつかなかった。
気を流した瞬間に防衛行動を取るように仕組まれているのか、エレナは素手で攻撃を放つがノエルはこれを抑え込みながら気を流し込み続けると、やがてエレナは大人しくなった。
「恐らくこれで大丈夫だろう。体内の気の流れを整えた」
「気の流れ?」
アリアの質問に対しノエルは答える。
「万物が持つ根源的な物、その流れを整えたんだ」
「どういう事か良く解らないけど…エレナはもう心配ないの?」
「魔法の気配は消えた。問題ない」
レオンもアリアも安心した様子だ。ソフィアは自分の気のコントロールがまだ上手く出来ない事に落ち込んでいた。そんなソフィアを見てノエルはソフィアを褒める。
「ソフィア、よくやってくれた。お前が上手く立ち回ってくれなければこの戦いは負けていたかもしれない」
「ノエル。ごめん、上手く魔法を無効化できなかった」
「いや、十分だ。そもそも操気法は魔法に込めるものではない、それは俺も知らない未知の領域だ。俺が教えた事を上手く応用して抑え込んだだけでも上出来だ。それにもしソフィアが機転を利かせなかったら俺はきっと死んでいただろう。それだけ極限の戦いだった」
ノエルはソフィアの頭を撫でるとエレナを馬車へと運ぶ。ソフィアはノエルに気を取り直したようだ。そしてこれからの行動を再度検討する為に話し合う。
「俺とソフィアの方がアルティスディアでは目立つ。このままではイーストセーブルアズルに辿り着く事さえ難しいだろう」
「それもそうだけど、今の戦闘で余計に警戒を強めちゃったよねー。どうしようか?」
「こうなればもう陸路ではウェスティアに辿り着くのは無理だろう。ならば海路しかないな」
「ヴェルグラドとナイアドリアを経由してウェスティアに向かうって事?」
レオンとアリアは国へ戻り海路での移動を選択する事にしたようだ。時間はかかるがアルティスディアの包囲網はより強固になるだろう。ならば残された選択肢は一つだ。
「ここは…私一体?」
「あ、エレナ気付いた?」
「アリア…あの男!エドワードは!?」
「なんとか撃退したわ。あなたのお兄ちゃんがね」
「お前は特務部隊に入る時に何らかの魔法を掛けられたか?」
レオンの問いにエレナはRTUの入隊直後に行われた強化魔法と言われていたものを思い出す。
「強化魔法を掛けられたわ。特段変わった感じもなかったけど…」
「それが何らかの支配をする魔法だった。お前があの隊長に声を掛けられてから正気を失ったのをソフィアが魔法で止め、今ノエル君が魔法を解除した。もう大丈夫だ」
「…私を疑わないの?」
アリアは悪戯っぽく笑いながら答える。
「疑わないわよ、だってあんたソフィアちゃんの幻影に懸命に攻撃し続けてたんだから!」
「そ、そんなことしていたの?ソフィアさん、ごめんなさい」
「謝る必要ないですよ。私がそうし向けたんですから」
バツの悪そうな顔でしょぼくれているエレナをアリアがからかいながら、一行はセリアディスへと戻る道を進んでいく。こういう時にアリアの明るさは役に立つと、その様子を見て思ったノエルだった。
一方、エドワードはノエルの評価を見直していた。戦力は想像以上に高いが、その行動は武力と魔法を散らす能力に任せた無謀な行動を取る愚かさも見せるものだった。多対一、あるいは仲間を狙う今回のような作戦であれば打倒は可能と思われる。
ソフィアの重要度はノエル程は高くない。ノエルに対して回復魔法を遣わせない状況さえ作らせてしまえば良いだけだ。確かに回復魔法の練度は常軌を逸しているほどだが、回復班が数名いる戦争ではその差は人数で埋めればいい。
「アルティスディアの敵…次こそは必ず消してやるぞ」
エドワードは撤退する中でそう呟いた。




