第26話 使節団、出発前日に
カルディア歴335年9月。
ノエルとソフィアは冒険者としてウェスティアに同盟を持ち掛ける使節団の護衛任務を受ける。使節団は騎士レオン、騎士見習いアリア、そしてセリアディス軍に入隊したエレナの3名だった。
過去を顧みて変わったエレナと同様、自らもまた過去と向き合い確執を乗り越えると決めたノエルは母との面会も済まし、エレナ達と共に行動する決意を固めた。
アルティスディアのセリアディス侵攻の事実が世界を変える事になるのか、その全てはこの同盟に掛っていた。
ノエルとソフィアは王都の騎士練兵場へと足を運んでいた。既に使節団護衛の受諾はしていたが、レオンとアリアが実力を見たいと申し出てきたのだ。お互いの力量を知っておくのは悪い事ではないとこれを快諾。出発の準備を整え互いの得意不得意などを確認した後、ここから出発をする予定だ。
「さて、噂の『黒の踏破者』の実力を見せてもらおうか」
「お手柔らかにお願いします」
まずレオンとノエルが対峙する。武器は実戦で使うものをそのままと言われてしまい、ノエルはどう手加減しようか悩んでいた。レオンの実力はソコソコと見える。普通の騎士達と比べその纏う気の質がやや高いように見えるのだ。
「じゃ…はじめ!」
アリアの気の抜けたような開始の合図と共にレオンは槍の先端に魔力を集中させる。その速度、練度は高いと見られた。
「ファイアボール!」
小手調べの魔法といった所だろうか。これを小太刀で斬り散らす。
「本当に魔法を消すのか、面白い!」
どうやらレオンは『魔法が効かない』というエレナの言葉を確認したかったようだ。だがこれだけでは終わらないとレオンの気が告げていた。彼は距離を詰め走りながら魔法を放つつもりだ。
「スラッジマイア!」
地面に魔力が伝わるのを察知したノエルはレオンの攻撃を放つ瞬間の気に注意を払いながら自身もまた踏み込むその足で地面に気を流し込む。ノエルの踏み込む姿を見てレオンはノエルの胸を目掛け突きを放つが、ノエルは魔法を撃ち消すために一瞬大地を踏みしめた後その力を抜き、さらに後ろ足で大地を蹴り槍の一撃を躱すと、太刀の切っ先をレオンの首元で止めた。
「おいおい、これは本物だな。俺の負けだ」
「魔法無しでもう一戦やりますか?」
「あんな芸当する奴に魔法無しで勝てるもんか。完全に俺の負けだ」
レオンはあっさりと負けを認める。この男なら槍の攻撃だけに集中して入ればそれなりに渡り合えると思ったのだが、過大評価だろうか?とノエルは刀を納める。
「じゃあ次、私!」
「分かりました、やりましょう」
アリアがやる気になっているようだ。再び二刀を抜き互いに距離を取るアリアとノエル。
「準備はいいか?はじめ!」
レオンの開始の合図と共にアリアが盾を構える。そして彼女は前進すると同時に魔力を込めると意外な魔法を使った。
「ウィンドショック!」
それは衝撃波を発生させる魔法だ。牽制用などによく使われる魔法だが、彼女はそれを自分の背中に使ったのだ。それは踏み込みの速度を上げ、急速にノエルへ接近するためだった。だがノエルはその魔法が何処で発生するのかも含め、気の流れで読んでいた。
盾を構えて急速に突進してくるアリアの盾を蹴り、その進行を止めると同時に盾を弾き飛ばす。たまらず体勢を崩したアリアに太刀を突き付けた。
「えー!意外性に掛けてみたんだけどこれも通じないかぁ」
「意外は意外でしたけどね。まだ普通に自己強化した方がマシだったと思いますよ」
「むー。無念」
アリアという女性は本当に騎士見習いなのか?と思えるほど態度も言葉遣いも軽い。発想も突飛で彼女を見ていると騎士の概念が崩れていく。
「おに…ノエルさん、私も手合わせお願いします!」
「エレナまでやるのか?構わないが」
「お、兄弟対決だねぇ」
アリアが茶々を入れながらも背中をさすって去っていく。自分に掛けた魔法が痛かったらしい。ソフィアが治療魔法を掛けようと近寄っていく。
「互いに用意はいいか?よし、はじめ!」
エレナは魔法を使う気が無いらしい。彼女からは気迫こそ感じるが魔力の高まりを一切感じない。なるほど、自らの腕を確かめたいという事か。ノエルはそう判断すると距離をじりじりと詰める。
エレナは手にしたショートソードを前に構えを取りながら距離を詰める。リーチの上ではこちらが勝るが、どう出るか見物だ。ノエルの太刀の間合いに入った瞬間、エレナは距離を詰めた。その脚裁きはノエルを模倣した物で、前足の力を抜き重心を前に低くし懐に入り込む。
ノエルはその動きに感心しながら攻撃時に起こる気の流れを的確に読んでおり、エレナの突きを小太刀で受け流しながら右ひざで胸を蹴る。膝蹴りで仰け反ったエレナの首に太刀の袈裟切りを寸止めした。蹴る直前に魔力の高まりを感じたのは恐らく接近し攻撃直後に魔法を狙うつもりだったのだろう。
「う、参りました」
「見ただけで俺の動きを真似るとは驚いたぞ、良い突きだ。だが魔法よりも体術の方が速い。何を打つつもりだったか知らないが、もう少し切り結んでからの方がより効果的かもしれないな」
「ありがとうございます!」
「なんかエレナが一番まともじゃない。それに魔法を使おうとしてた事まで分かっちゃうなんてズルい」
アリアは不服そうに口を尖らせている。この3人の中ではエレナだけがノエルの特性を知っているのだ、無理もないと思うが。
「しかしいくら魔法が効かないにしてもここまで強いとは思わなかったぞ。頼りにしている」
「ありがとうございます」
「あー、そういうの無し無し!雇い主と雇われた関係であっても私たちはこれから仲間、堅苦しい言葉遣いとかやり辛いのよ。だからノエル君もソフィアちゃんもフランクにね」
レオンの言葉に対するノエルの返答を聞いてアリアがそう言った。本当に妙な連中だとノエルは思いつつ、その言葉に甘える事にした。
「分かった、アリア。これからはそうさせてもらおう」
「うん!それでよし!エレナより物分かり良いじゃない」
エレナにとっては上官だ、そう言われて『では遠慮なく』とは中々言えないだろう。この上官ではエレナの苦労も容易に想像がつく。
「エレナもノエル君の事は『お兄ちゃん』って呼んでいいんだよ?」
「アリア!からかわないでください!」
やはりエレナはアリアの玩具にされているようだった。そこへレオンの檄が飛ぶ。
「アリア!その辺にしておけ。お前という奴は…」
「いいじゃないレオン、私たちは一時的とはいえチーム。面倒なこと考えて指示が遅れるよりマシでしょ?」
「それとこれとは話が別だ、全く…だがノエル君にソフィア君、私たちに対して堅苦しいのはなしでいい。我々3人もお互いそうしているのでな」
どうやらレオンの方は考え方はまともらしい。何か理由があってこういった砕けた雰囲気を出しているのだろうとノエルは感じた。
「出発は明日だ、まだまだ時間はある。訓練に付き合ってくれるか?」
「そういう事なら喜んで付き合おう」
「私、ソフィアちゃんの魔法もみたいなぁ!」
「私ですか!?いいですけど…身体を動かすのは得意じゃないので魔法が撃てるところとかないですか?」
「あるよ!それともっとフランクにいこうよ!」
「い、いきなり言われても難しいです」
「アリア!あんまり無理強いはするなよ」
「分かってるわよ、レオン。じゃあこっちこっち!」
そんな調子でアリアに連れていかれてしまうソフィア。そしてその日の夜、訓練の後に宿舎の食堂で共に食事をする事になる。
「ソフィアちゃんの魔法すごいねぇ!ノエル君もメチャクチャ強いし君たち一体何者なの?」
「何者って、冒険者としか答えられないな。等級は赤と青だからそれなりの実績はあるつもりだ」
「ノエルは私と会った時にはもう赤だったもんね」
「それって1年以上前でしょ?ノエル君は19歳だから17歳の時にはもう赤等級だったの?」
「ダンジョンばっかり攻略してたらそうなったんだ」
さも簡単に言うノエルに呆れる3人。ソフィアも苦笑いをしていた。
「恩恵云々の前に、単独でダンジョンに挑み魔人とやり合うおうという思考がそもそも理解できん…」
「魔人って言っても強いのから弱いのまで様々だし、一概に魔人だからと言って強いわけでもない」
「ノエル君の場合、弱いの基準が一般的かどうか疑わしいわね…」
レオンとアリアはただノエルの異質な強さに呆れている。その強さを知っていたはずのエレナでさえ少し呆れていた。
「先日に聞いた話を信じていなかったわけじゃないが、認識を改めたよ。二人とも想像以上だ。ソフィア君も回復や牽制、攻撃に至るまで魔法を駆使するのも実に心強い」
「私なんてしばらく目が眩んで大変だったわ」
「アリア、それはお前の自業自得だ」
ソフィアはアリアにせがまれ閃光魔法である『ルクスバースト』を見せたのだが、アリアはこれをまともに見てしまい暫く喚いていたらしい。そんな様子を聞いたレオンは呆れ果てていた。
「戦闘時に使う時は皆さんの視界を潰さない様にちゃんと配慮しますから安心してください」
「後衛として頼りにしてる!あんなの喰らった敵なんてみんな悶絶してるだろうしねぇ」
「実際ソフィアがいるだけでかなり戦いやすいぞ。それは俺が保証する」
「おおー信頼関係バッチリだね!私たちもあやからせてもらうよ、ソフィアちゃん!」
その後、アリアの軽口を中心に皆で夕食を楽しむ。そして宿舎の空室を借りたノエルとソフィア。明日はいよいよ出発だ。
翌日、商人に偽装した3人を守る冒険者というていで出発した5人。まずは王都からシルバーピークタウン、イーストガードフォートを抜けアルティスディアの領内を通り、イーストセーブルアズルまでを目指す事になる。




