第25話 歩み寄り
カルディア歴335年8月。
王都の冒険者ギルドに召集を受けたノエルとソフィア。内容は別室で話すという事で個室に連れられた。
二人が待っていたその部屋に現れたのはセリアディス王国の騎士レオン・マーシュと騎士見習いのアリア・キンスリー、そしてあのエレナだった。
エレナが護衛対象として入っている事で受諾を迷うノエル。そんな様子を見てエレナは二人きりで話がしたいと申し出た。
ノエルは突然のエレナの申し出にただ困惑していた。ソフィアとレオンとアリアの3人は退出し、少しの沈黙が部屋を支配した後エレナが覚悟を決めたような顔で話し出す。
「お兄ちゃん。私は、あなたに許して思えるなんて思ってない」
「…」
「ただ、お兄ちゃんに切っ掛けを貰って私は大きく変われた。今はとても充実しているわ」
エレナは自身の気持ちを正直に紡ぎ続けた。
「私はただ強くなりたいわけじゃないの。私は私の道を見付けて、守りたいものを守る為の強さを手に入れたい」
「…お前は何を守りたいんだ?」
「ママ、そして私を認めてくれた人、仲間…本当の意味での矜持を持ってそれを守りたい。あの頃のような傲慢さを守るんじゃなくて、お兄ちゃんのような人間になりたい」
「俺はそんな立派な人間じゃない。ただ必死に、好きなように生きているだけだ」
「でも、その結果として沢山の人を救っているわ。感謝もされている。それが羨ましいとかそういう事じゃないの、私の目標なの」
ノエルはただエレナの言葉を聞く。
「私が一緒に行く事、気になるでしょ?でもお願い。私はあなたと共に旅をしたい。この依頼を受けて欲しいの」
「…確かにお前の言うとおりだ。お前の存在がこの依頼のネックだ。俺は冷静にお前を見る事は出来ない」
「ええ」
「しかし、今のお前はやはりずっとまともだ。なら…俺も変わる必要がある、かもしれないな」
「お兄ちゃん…」
「それが出来るのかどうか、自分を試す意味でもこの依頼を受けても良いだろう」
その言葉を聞いた瞬間、エレナは自然と涙が溢れた。それをただノエルは見ている事しか出来ない。今自分が出来る精一杯の事をした。ノエルにとってこれ以上歩み寄る事はまだ難しいのだ。
「レオン様。依頼の件、お受けしましょう」
「本当か!?心強いよ!」
「二人とも、宜しくね!」
レオンとアリアは交互に感謝を述べられた。そして堰を切ったかのように二人はノエルを質問攻めにする。
「ところでさ、ノエル君ってどうやって生き残ったの?5歳で雪山に捨てられたんでしょ?」
このアリアという女は本当に言葉を選ばない。もっとも秘密にする事でもないが。
「偶然ですよ。あの直後に私に武芸と知識を与えてくれた師匠に拾われたんです」
「その師匠って人も強かったの?」
「恐らく今でも敵いませんよ。武に全てを捧げてきた人ですから」
エレナはその光景を見てアリアの空気の読めなさに呆れ果てていた。
「アリア…お前はもう少し人の心ってものを考えろ」
すかさずレオンがカバーに入る。しかしレオンもノエルに興味があるようで、結局は根掘り葉掘りと質問攻めにあってしう。
暫く質問攻めを受けた後、ようやく解放された直後にエレナはノエルに一つの願いを申し出る。
「お…えっと、ノエルさん、もう一つお願いがあるの。王都に居るママに会ってもらえないかな?許すとかそういう事じゃなくて、ママに謝罪の機会を与えて欲しいの」
「謝罪…それは親の為にという事か」
「ええ、これは私の我儘よ」
「どこに居るんだ?」
「今は王都の飲食店で住み込みで働いているわ」
「ならその場所を教えてくれ。一度だけだ」
「ありがとう…」
その後に正式にギルドへ依頼の受諾を伝え、その時を待つこととなった。そしてノエルは母の働いているという飲食店へと向かう。エレナとの旅を行うにあたり過去と向き合う事は必要だと考えての事だ。
「いらっしゃいませ!」
「ここの従業員にイザベラ・アッシュフォードという女性はいるか?」
「はい、居りますが彼女に何か御用でも?」
「ナサニエル。この名を伝えてくれ、それで判るはずだ」
「分かりました、お待ちくださいね」
従業員の女性はイザベラを呼びに奥に入っていく。暫くすると、遠い記憶と重なる母が姿を現した。
「ナティ?あなた、本当に…ナティなの?」
「今はノエル・カイウスと名乗っている。エレナに頼まれてここに来た。まだ仕事が残っているのであれば出直すが…」
そうノエルが言うと先ほどの従業員が機転を利かせてイザベラに時間を与える。
「イザベラさん、お店の事はいいわ。話をしてきなさい」
「ありがとうございます!」
「ナティ…いえ、ナサニエル。本当にごめんなさい。私はただヴィクターの言うままにあなたを…」
「分かっている、あの状況では仕方なかったと。恨んでいる事もない。気に病む必要はない」
「いえ、その上私はエレナにまで辛い思いをさせてしまったわ。信じられないかもしれないけど、私はあなたを愛していた。そのあなたを捨てる選択を受け入れてまでエレナを育てると決めたのに、私はエレナを正しく導く事すらできなかった」
「それはエレナの慢心もある。あなたのせいではない。全てを背負う事はないはずだ」
「ナティ…」
「エレナとの再会の時、アイツの印象が悪かったからな。それで余計に拗れたが、俺は今の自分に…いや、冒険者として独りで活動を始めた時もあなた達を恨んだことは一度も無い」
本心を言うと『気にした事もない』なのだが、ノエルでもその言葉を使うべきではないと理解できた。この女性はこの14年間ずっと悔いていた。その呪縛からだけはもう開放されても良いと思ったのだ。
「それでも私はあの時あなたを、あなたの身体から手を離したあの瞬間を、私が恩恵を与えてあげられたかった事を…そんな自分を許すことが出来ない」
イザベラの言葉を聞き、言葉を選び語りかける。
「あの男は血統主義に捉われた考え方をしていたのだろう?ならばその選択に抗えなかったのは必然だ。あの時に死んでいたとしても恨みはしなかった。そして俺はあの後すぐに師匠に出会った。それは運命だったのだと思っている」
イザベラはただノエルの言葉を聞いていた。ノエルはさらに言葉を継ぐ。
「それに恩恵は神が与えているのだとしたら、少なくともそれはあなたのせいではない。もし親から子に恩恵が受け継がれるのだとしたら、エレナは四色持ちにはなっていなかっただろう。同じように俺に恩恵が与えられなかったのは、きっと神の意思だ。あなたのせいではない」
「私は…」
「あなたが罰を受ける事が必要だとするなら…俺はエレナとあなたをまだ家族と受け入れられない。それがあなたが受け入れるべき罰なんだと思う」
「ナティ…」
「すまない。これが今俺が出来る精一杯だ。だが俺は今とても充実している。だからあなたも悔いる事はもうやめて欲しい。それはきっとエレナの為にもなる。あいつは変わった、ずっとまともになった。人は…変われるんだ」
これだけは本心からの言葉だ。そしてそれはイザベラに伝わったと思われた。彼女は涙を流し只々頷いている。これが正解だったのか分からない。だが、出来る事を精一杯したつもりだ。
「俺は冒険者を続ける。どこかで野垂れ死ぬような事はしないと約束しよう。だからあなたもどうか自分の幸せを見つけてくれ」
「ナティ…やっぱりあなたは優しい子ね、小さい頃と変わらないわ。ありがとう、ありがとう…」
相手を気遣う気持ちを言葉にする事はとても難しい、斬り合っている方が余ほど楽だと感じた。だがこれで自分もエレナも前に進める、そう感じた。
そしてカルディア歴335年9月、ノエルとソフィア、エレナとその仲間であり監視役でもあるレオンとアリアの5人はウェスティアへと向かい出発する事となる。




