第23話 人魚伝説のダンジョン
カルディア歴335年5月。
ノエルとソフィアはマーメイドコープへ到達。街の老婆からこの街の人魚伝説について聞く。それは漁師の男性と人魚の悲恋の物語であった。その後、ギルドに到着した二人は情報収集をしている最中にダンジョンが発生したとの報告を聞く。
ダンジョン好きのノエルと、この街を守りたいソフィア。二人はダンジョンへと向かって行った。
ノエルとソフィアはダンジョンが発生したという東の海岸沿いにある湾へと向い、ギルド職員にプレートを提示しダンジョンの内部へ入っていく。どうやら一番乗りらしい。
内部を進んでいくとかすかに歌声が聞こえてくる。まるであの人魚伝説を思い起こさせるものだ。だがノエルはもちろん、ソフィアもこの歌声に違和感を覚えていた。その空気の振動に魔力を伴った気が紛れ込んでいる事を感じたのだ。
何かの魔法が掛かっていると考えられ、それは深部へ向かうにしたがって大きくなると予測できる。その魔法には何か精神に働きかける様なものと感じた。
ダンジョン内部はまるで海沿いの洞窟のような場所で、足場の不安定さと滑りやすさに慎重に進んでいく二人。その内部に居たモンスター達はセイレーンと銛を持ったサハギンだ。
「厄介な組み合わせだな。セイレーンを頼む!」
「うん、閃光が走るよ!フレアインパクト!」
フレアインパクトは熱ダメージを伴った閃光魔法だ。中心のセイレーンに向かって放ちその一体は熱の発生源にいたためそのまま絶命、残りを怯ませる事に成功した。その隙に残ったセイレーンを『グリマーアロー』で仕留めていく。
ノエルは閃光魔法を喰らわない様に視界を防ぎながら距離を詰め、サハギン達を斬り払っていく。二人の連携はより一層高まっていた。
「セイレーン…まるで本当に人魚伝説みたい」
「ダンジョンが土地に合わせて発生するとはあまり聞いた事ないな」
「あんまり伝説にとらわれない様に注意しないと」
「ソフィアは気に入っていたものな、あの伝説」
そんな会話をしながらも先に進み最深部を目指す。このダンジョンは魔物の生態系も豊かで、蛇の魔物や魚の魔物などが襲ってきた。この様子では放っておけば近くの生態系に大きな打撃を受けるだろう。早々に対処が必要だ。
「これは危険な部類のダンジョンだな。これだけの種類を使役している魔人、かなり頭が回る奴だと考えた方がいい」
「人間を相手にするつもりで戦った方がいいね」
「ああ。気を付けよう」
何十体相手にしただろうか、長い時間を掛けて進んでいき分岐などもくまなく探索をしていくと、ようやくボスの部屋と思われる扉を見付けた。
「覚悟は良いか」
「大丈夫、マジックポーションも飲んだよ」
「よし、行こう!」
扉を開けて中に入ると水場に囲まれた広間の中心の一段高い岩場に、魔人と思われる者が座っていた。その姿はセイレーンや人魚と似ている。そして魔人は物悲し気な声で歌を歌っていた。その歌に込められた魔力は強く、少しでも気を抜けば精神に影響をきたすだろう。恐らく睡眠、あるいは幻覚の類だと思われた。
「この環境にあの歌、ホントに厄介だな」
「それとあの魔人…」
ソフィアが呟いた瞬間、こちらに気付いた後に男女の二人組だと分かると、途端に殺気立つ魔人。
「人間…それも男女?」
「ああ、ダンジョンのボスだな。悪いがこの地の安全の為に死んでもらうぞ」
「気を付けよう。あの敵は魔人だけとは限らないよ」
ソフィアの掛け声に頼もしさを覚えつつ天斬と命断を抜き、ボスへと向かう。しかし魔人は周りの水場へと姿を隠した。水中に潜ったにも関わず歌は鳴り響いたままだ。
「逃げるだと?本当に手間を掛けさせてくるれるな」
「この空間、歌で気配が感じ取り辛いわ」
背を合わせて周囲を警戒していると、水中から配下の魔物が這い出てくる。ボスさえ倒せばこの配下は消える。しかしボスは水中、これは時間が掛かりそうだと覚悟するノエル。
「水の中なら…ちょっと集中させて!」
「任せろ!身を低くして集中するんだ」
魔法の集中を始めたソフィアを守るように立ち回るノエル。得意の気の流れが読みづらい環境での戦闘はノエルの長所を一つ潰すものだ。ノエルが経験してきたダンジョンとは勝手が違う。やり辛い事はに変わりないが視覚・聴覚・肌で感じる空気の流れ、その全てを感じ取りながらソフィアの護衛に努める。
周囲の水場の上に複数の光が集まり始め、それが徐々に増えていく。その輝きが増し、ソフィアが準備を終え合図を掛ける。
「行くよ!ルミナスピアス!」
『ルミナスピアス』は上位の光魔法で貫通性が高いが範囲の極めて狭い魔法だ。通常は単体で使い急所を狙う。これを複数展開させるまで成長しているとは想定外の成長にノエルは関心をした。
しかし水中で光は拡散するはず、果たして効果があるのか?そう思っているとその強い光が拡散し、水面が強く光り輝く。
「水中でもこの威力ならそれなりにダメージが入るはず!」
そのソフィアの言葉通り配下の魔物たちも含め魔人が飛び出て来た。想定外のダメージと閃光にたまらず飛び出て来たのだろう。それこそがソフィアの本当の狙いだった。
「見つけた!ライトニングブレイズ!」
光魔法の中でも射程が長く威力の高い中級魔法だ。その光は力強くボスの下半身を貫く。たまらず声を上げるダンジョンボス。そしてその歌声が止んだ。
「やるな、地上ならこちらの物だ!」
飛び出て来たダンジョンボスが苦しみながら地面へ転がる。その眼前へと飛びだしたノエルは即座にその心臓を貫いた。その直後の今わの際に、ダンジョンボスはこう呟いた。
「せっか、しんかいから…ルー…カス、あなたに…もう一、度…」
人の名だろうか?なぜこの世に現れたばかりの魔人が人の名を口にするのかと不思議に思った。そしてその言葉を最後に魔人は塵と化していく。
「ノエル、あの魔人の最後は…」
「人間の名前を呟いたように思えたが、ここには俺達が一番乗りで来たはずだよな?」
「うん。じゃあいったい誰の事を言ってたんだろう?」
「分からないな…魔人もダンジョンも未だに不明な事ばかりだ」
ソフィアはふとあの魔人と伝説の人魚を重ねてしまった。理由はない、ただそう感じたのだ。
「これは大きな真珠だな、杖の素材に使えるんじゃないか?」
「杖に?この真珠に何か力があるの?」
「あると思う。ダンジョンの遺物だからな」
「戻って鑑定してもらって、魔力があったら使っていい?」
「もちろんだ。今回はソフィアのお手柄だからな…ソフィア、プレートが青くなってるぞ」
ソフィアはプレート見ると確かに青く変化していた。今の戦いが原因か遂に等級が上がったのだ。
「私も遂に青等級になったんだ、やった!」
「もう少しで俺と並ぶな」
「まだ早いよ」
「時期に追い付くさ」
そんな話をしつつダンジョンを後にする二人だった。
マーメイドコープの魔道具店を探し、早速拾った真珠の鑑定をしてもらう。
「いらっしゃい。魔道具が入用かい?それとも鑑定?」
「鑑定して欲しい物があるんだ」
ノエルがそう言うと、ソフィアがマジックポーチから大きな真珠を取り出した。
「これは立派なもんだ。どれどれ」
店主はルーペで鑑定を始める。その顔は徐々に輝いていく。
「こいつは大物だね!魔法使いに向いてるから杖に付けると良い。特にこれは想い人に対しての特別な効果が付くようだ。あんたら向きじゃないか?」
ニヤリと笑う店主にノエルは真顔で応える。
「想い人?俺たちは仲間だがそれでも効果があるのか?」
「あー、いやそういう事じゃないが。まぁ魔法使い向けである事は変わりないさ」
「それなら期待通りだ。良かったな、ソフィア。」
「そうだね!」
ソフィアはなぜか不機嫌そうだ。良いアイテムが手に入ったというのにどうしたのだろうか?
その後、ギルドへ報告し小金貨7枚という報酬をもらった二人は武具店で杖をオーダーした。幸い今は注文が空いているらしく3日ほどで出来るという。その後、ソフィアはノエルにある提案をする。
「ねぇノエル、あの魔人の最後の言葉が気になってるんだけど…この街の人魚伝説の漁師の名前と一緒だったりしないかな?」
「それは考え過ぎじゃないか?伝説と魔人が関連するなんて聞いた事ないぞ」
「でも何か引っかかって調べたいの」
「詳しそうな人物か伝承に関するものが残っているか当たってみるか…」
「うん!ありがとう」
二人はギルドへと戻り、この街の人魚伝説について詳しい人物か資料がないかを受け付け嬢に聞く。するとギルドに古い資料があるかどうか探してくれた。目的の漁師の名前を聞くと、伝承ではルアンやルーク、ルーカスとも伝わっており正確な名前は不明だったが、あの魔人が口にした名前と一致する名前が入っていたのだ。
宿に帰りノエルとソフィアは話し合う。
「ソフィアの勘が当たったな。しかし関連性があるというのは一体どういうことだ?」
「まさか本当に伝説の人魚だったってことはないかな?」
「そんな馬鹿な…だとしたらこの街を守っている存在を殺してしまった事になる。しかしダンジョンは明らかにこの街周辺を害するものだったぞ」
「だよね…偶然にしては出来過ぎているけど考え過ぎかな」
「今分かっている事だけじゃ何とも言えないな。もしかしたらこの先また会話ができる魔人が出てくるかもしれん。その時に聞いてみるのも良いかもな」
今回のダンジョン攻略で謎に直面した二人。この出来事が後にどう関わってくるかは未だわからないままだ。




