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色彩のエクリプス  作者: いちこ
1.色彩だけが全ての世界で
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第17話 ノエルとコウテツ

カルディア歴334年8月。

ノエルとソフィアはシルバーピークタウンの鉱山内に出来たダンジョンへと赴く。そこには鉱物を腐食させる鉱夫の天敵、コボルド達が待ち受けていた。ダンジョン内部をくまなく探索し、遂にボスの部屋へと辿り着く二人。


そこにいた魔人はかつてノエルが最初に出会った魔人とよく似た者だった。そしてノエルの天命断を打った本人であると言う。魔人の名はコウテツ。運命の巡り合わせか、天命断の作り手と使い手の戦いが今始まる。

 コウテツの攻撃は豪快かつ単純、それでいて速度があり隙が少ない。一件ただ振り回しているように見えるその金棒も独特の型があるのか振り終わりに隙を見せないように工夫がされていた。まさに洗練された武技である。


 ノエルもただ回避を続けるだけで終わらず積極的に仕掛けていく。だがリーチの違う相手となると今一歩踏み込めない。その距離こそが相手に傷を負わせるか負わせないかを分けるギリギリの距離だった。


 コウテツは全身を覆う鎧を身に纏っていた。それは人間が作る防具とは違うもので変わった形をしている。胴を一枚の板状の物で守り、肩には段々になった盾のようなものが付いている。同じようなものが腰回りにもついており、前腕と脛もしっかりと防具で覆われている。首と頭、上腕部の内側だけが露出していた。


「どうした人間!貴様はその程度か?」

「そういうセリフは俺に手傷を追わせてから言うんだな!」


 互いに距離を取った後にまた至近距離での斬り合い。二人の顔は気迫と歓喜が混じったような不思議な顔をしている、そうソフィアには見えた。


 ノエルは金棒の横を刀で弾き軌道を逸らす事が出来るか試みたが、その重量は見た目以上のようでビクともしない。下手な武器であればこの時点で叩き折られるかもしれないと感じさせるほどの勢いだ。


 そしてコウテツもまたノエルの見切りに驚嘆していた。自分が放った攻撃を尽く避けるその技術は魔法などではなく修練で身に着けたものだと分かる。これぞ斬り合い。これぞ殺し合い。命を賭けるにふさわしい相手だ。


 コウテツの身体はノエルよりも大きい。ノエルの身長が178㎝に対しておよそ20㎝ほど高くその分腕も長い。筋肉量もコウテツが上、体格差は歴然だ。その分、懐へ入れば隙も生まれる。それをノエルは狙っている。当然、魔人もそれは承知の上。洗練された立ち回りでそれを許さない。




 空を切る棍棒と鎧に浅く当たる剣戟。ギリギリの戦いの中でどちらが先に隙を見せるかで勝負は決まるように思えた。しかし勝負は一向に終わらない。戦い始めて20分は経とうとしているのにも関わらず、お互いが集中を切らさずに斬り合い続けている。


 このままでは体力で押し切られる。ノエルは覚悟を決め、もう一歩先の死線の向こう側へと踏み込み自身に攻撃が当たる前に相手を斬る。どこでもいい、今までと違う一撃を当て続けるのだ。そしてノエルの動きが変わった事をコウテツも感じ取る。


 ノエルはさらに踏み込みを深く、まるで刀に導かれるようにその刃を振るい、左胴に対しての諸手の武器を同時に横薙ぎにする。それは鎧を斬り割き相手の腹部を深々と斬り割いた。ほんの一瞬遅れていればノエルの脳天は砕かれていたであろうギリギリのタイミングだ。


 流石のコウテツもこれには怯む、その隙をノエルは見逃さない。そのまま身体を一回転させながら太刀(天斬)の軌道を縦に変え、左腕を脇下から斬り落とす。だがコウテツとて伊達ではない、その痛みをこらえてなお金棒を残った右手で横に薙ぐ。全力で攻撃に集中していたノエルはこれを手にした二刀で防ぐが吹き飛ばされてしまう。腕が、胸が、背中が激しく痛む。




 お互いが満身創痍の身体を動かし、終局に向けてその命を燃やす。ソフィアはただその光景に魅入っていた。これがノエルの強さの源泉、武の極地にいる者たちの戦いなのだと。


 最初に手を出すなと言われた理由が少しだけ理解できた。もしここに割って入りでもしたらノエルは決してソフィアを許さないだろう。だが、どうしてそこまでするのかまではソフィアには理解できなかった。




 そんなソフィアを尻目にただ斬り合い(たわむれ)を続ける二人に決着が訪れる。コウテツは片腕を無くしたその穴を埋める手段を持ち合わせていなかったのだ。そしてとうとう右手さえも斬り落とされてしまう。武器の持てないその身体でもはやノエルを倒す事は出来ないだろう。出血量も多く命が尽きるのも時間の問題だ。


「なるほど、イズナが敗れるのも頷ける…良き戦いであったぞ、ノエルとやら」

「あんたも中々だった。こんなに強い奴とは久しく会ってない。どこかでズレていたら俺が負けてたかもな」

「かっかっかっ!あぁ…人間を、この世界を壊すつもりで来たつもりが、かような気分で逝けるとはな…」


 コウテツの顔は実に清々しいという表情をしていた。人間も魔人も生きたいように生き、納得できる死を迎えるという事は幸せなのかもしれない。


「俺はこの刀に相応しかったか?」

「見事に使いこなしている。その内、刀からお主に語り掛ける事もあろう。その真の力を刀が明かす時がな…」


「ならば刀に認められるまで己を鍛え上げるのみだ」

「ふ…それでこそ我が最期の相手よ、天晴である」


 妙な話だがこのコウテツとなら話が合う、ノエルはそんな気がしていた。それはきっと最初の魔人イズナもそうだったのだろう。


「コウテツ、お前たちはなぜダンジョンを作る?なぜ人を敵視する?そしてなぜ俺と同じ髪と目をしている?」

「我らは…恩恵を持たぬ。お主と同じよ。そういう…定め、恩恵を享受している者を憎み…うばう…」


 ノエルはコウテツの命の火が消えようとしていると感じた。聞きたい事はもっとあるが、もう時間はないだろう。


「そうか。言い残す事はないか?」

「ふ…もはや存分に、語った。礼を、言う…」


「神に愛されていなくとも、安らかに眠ってくれ」

「おかしな…人間、よ。さら、ば…」

 コウテツはその言葉を最後に息を引き取る。そして間もなく塵として消えていった。その場に金棒と鎧を残して。




「ノエルさん、もう治療をしても良いですか?」

「ああ、頼む。ありがとうソフィア。見守っていてくれて」


「手出しをしたら私が殺されると思う程の気迫でしたもん、手なんか出せませんよ」

「殺しはしないが、怒ってはいただろうな」

「ほらやっぱり…ヒールライト!」


 ソフィアの暖かな光が全身に満ちる。魔法名を言う時にちょっと怒り気味だった気がするのは気のせいだろうか?


「魔人とダンジョン、人間とその恩恵を与えた神を憎んでいるように言っていましたが、いったいどういう事なんでしょうか?」

「さぁな。ただ恩恵に頼らずともあそこまで強くなれる、それはきっと全ての生き物の可能性なんだと思う」


「ノエルさんのようにですか?」

「そうだな、操気法や武芸を極めたり、そういった不断の努力には恩恵も関係ない」


「恩恵も同じですよね。授かった力をどう伸ばすか…」

「そういう事だ。出来る事が各々違うのは当たり前だ。なら自分が出来る事を極めればいい」

「私は…神様が何を考えているのか分からなくなりました」


 ソフィアは塵となったコウテツの方を見てそう呟いた。


「いずれにしても俺たちに出来る事は、ただ己の納得が出来るように生きる。それだけだ」

「そうですね…あの金棒とかがダンジョンのボスが持つ貴重な物なんですか?」

「ああ、装備品として持っている物を落とすんだ。それが自分に扱えるかどうかは別問題だが…今回の物は無理そうだ。持って帰るがな」


 そう言って回復してもらい軽くなった体で近付くと、鎧と金棒以外に袋状の物と陶器で出来た奇妙な形の入れ物が落ちていた。恐らく水などを入れておくものだろう、コルクのような物で栓がしてある。


「この袋は…マジックポーチか?そしてこの壺のようなものは…良く解らんが鑑定してもらうとするか」

「これでダンジョンは封印出来たんですか?」


「ああ。ボスを倒せばその後に魔物は現れない。封印成功だ」

「ではギルドに戻りましょう!」




 ソフィアのダンジョン初体験、それは結局ノエルの希望でほぼ道中の体験だけで終わってしまったのであった。

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