第12話 ソフィアの囮捜査
カルディア歴334年3月。
ノエルとソフィアは冒険者ギルドからの依頼で最近市場に出回っている粗悪品の薬の製造元を探っていた。ギルドの情報によると港付近の商店でその被害が出ている事から聴き込みを開始し、店側は白と判断しその仕入先である輸入業者を特定するまでに至る。
そしてこれからその輸入業者を調べる為に動き出したのだった。
イーストセーブルアズルの港は対岸にあるウェストセーブルアズルと多くの船が行き来する。渡航目的の船や商品を乗せた商船があり、それぞれ区画が分かれていた。
カルディア歴88年までは同じ国としておよそ80年近くもアルティスディアの領地だったウェスティアの港町と今でも交流があるのは、単純に交易目的というだけでなく同じ背景をもって発展してきた姉妹都市でもあるからだ。
その商船の停泊する区画の一つの船、それが今回のターゲットと思われる輸入業者の船であった。その船から出てくる者たちを見張り、商店へ卸している者たちを特定するところから調査を再開したノエル達は品々が集められている倉庫に辿り着いていた。
「あの倉庫か。さて、どうしたものかな」
「これから商売を始めるにあたって取引先を探してるという体で話しかけてみるのはどうですか?」
「うーん、かなり無理があるが、敢えて怪しいと思わせた方が尻尾を掴みやすいか」
「今回は私が話して、ノエルさんが監視をするという事ですよね」
「ああ。危ないと思ったらすぐに助けに入る」
「分かりました。では…ファントムベール」
ノエルの身体が魔法によって半透明になる。動けばすぐに分かる程度には薄らいで見えるが、この状態で気配を殺して潜んでいればまず気付かれる事はないだろう。準備を整えた二人は作戦を実行する為に近づいていく。
「あ、あの!すみません!」
「ん?なんだ、こんな所に用でもあるのかお嬢ちゃん」
「あの、私、その、新しく商売を始めたくて…最近ウェスティアからの輸入品に粗悪品があるから気を付けろって言われて、その、ここは平気なのかなって…」
なんとも間抜けな聞き方をするソフィアに、気配を殺すのを忘れてしまいそうになるノエル。しかし気を抜かずしっかりと備える。
「それはつまり、俺達の輸入品が怪しいって思ってるって事かい?」
「えっと、なんかその、親切な商人さんがここが怪しいかもって…」
「へぇ。ちょっと話を聞かせてもらおうか」
あっさり食いついてきた。世の中意外と馬鹿が多いのかと呆れながら男2人がソフィアに近づく。その様子を見て確信した。あの目は悪意に満ちている、こいつらは関係者だ。
「話ですか?えっと何を聞きたいですか?」
「ちょっと俺達に付いて来いよ、話を聞くだけだからさぁ」
後ずさるソフィアに逃がすまいと近づいてくる二人の様子を見たノエルは飛び出した。
「あ?なん、だっ!?」
半透明のままのノエルの拳が男の腹に深々とめり込む。その拳は気を練りこみ相手の体内へのダメージを増加させるものだった。
「な、なんだてめぇ!がっ!」
即座にもう一人の男の首に蹴りを叩き込んだ。こちらは下手をすると殺してしまったかもしれないが、危なかったらソフィアが癒すだろう。
「ノエルさん!またやり過ぎです!」
「馬鹿!敵の前で名前を呼ぶ奴があるか!とりあえず一人は眠った。残りを尋問する。そっちは癒したらこれで縛っとけ」
「すみません…ライトヒール」
気を失った方を癒すソフィア。そしてノエルがマジックポーチから取り出した縄で全身をグルグル巻きにする。やや甘い縛り方だが、逃げそうになったらまた熨せばいいだろう。その様子を確認してから悶絶している男と頭を軽く蹴り、寝転ばせてから脚を踏みつけ挫く。
「ぐぁっ!てめぇ、なに」
「騒ぐな、殺すぞ」
「ひっ!」
首筋に太刀の刃を当て、男に問いかける。
「こいつの下手な芝居に付き合ってくれてありがとう。で、そんな芝居にまんまと乗っかって来たお前たちが粗悪品の密売組織の人間って事で良いんだな?知ってる事を全て話してもらおうか」
「な、何のことだかわからなぇよ。俺はただ難癖付けられたから…」
白を切る男の肩を容赦なく刺すノエル。
「ノエルさん!」
「だから名前を呼ぶなって言ってるだろうが…それよりこいつはあとで治せばいい」
「あ、すみません」
「こ、この野郎…」
「お前が正直になるまで続けても良いが、次に俺の問いに答えないならもう一人に聞く、この意味が分かるか?」
「ま、待てよ、殺しをするってのか?」
「お前がそのままふざけた態度を取るなら、その瞬間に首を落とす」
殺気を込めてぶつけられたその言葉に男は観念したようだ。
「わ、分かったよ、全部話す。だから命だけは助けてくれ」
「サッサと知っている事を全部話せ」
「俺たちは下っ端だ。あの商船の船長が船の中でその密造品を作ってばら蒔いてるんだよ」
「船の中で?」
意外な所に拠点を作るものだと感心するノエル。
「ああ、商船なら倉庫くらいしか調べられないだろ?だから船員の部屋の中に施設を作ってそこで薬を作ってるんだ」
「なるほどな。疑いが掛かったら全部ウェストセーブルアズルからの商品のせいにするって魂胆か」
「そこまでは知らねぇ。俺が知っているのはここまでだ」
「よし、ならお前を証人として当局に連行する」
「みみ、見逃してくれよ!俺はただ金に目がくらんで」
「その金を真っ当に稼いでいる奴らから非合法な手段で巻き上げておいて許されるわけがないだろう?俺はギルドから関係者の下っ端程度なら殺してもお咎めなしと言われてるんだ。今死ぬか?」
「わ、分かった…言うとおりにする」
「おい、こいつにも半透明の魔法を掛けてくれ。そっちの縛ってる奴にもだ。こっそり連れ出して証人として連行する」
「分かりました。ファントムヴェール」
尋問していた男を縄で縛りあげながらノエルが指示を出すと、動けなくなった男にファントムヴェールを掛けたソフィア。両手を後ろに、その上脚まで縄をきつく締めあげられた男は逃げる事は出来ないだろう。
「こいつも癒してやれ、もう動けないだろうからな」
「はい!ヒールライト」
男の傷も挫かれた脚もたちまち治っていく。この治療魔法の精度は大したものだ。
「い、痛くねぇ…なんだこれ」
「あいつの治療魔法は一級品だ。相手が俺達で運がよかったなお前たち。他の奴なら拷問されていたかもしれないからな」
「こんなもんが運がいいわけあるかよ…」
「それはお前が罪に対する相応の報いを受けるだけだ。その過程がこんなにも慈悲深いんだから運が良いだろう?」
「もう好きにしろや、あんたらには何をやっても勝てねぇ」
「それが賢明だ。そっちの奴も縛り直す、ちょっと縛り方が甘い。こういう時の為に縛り方も教えてやるから見ておくんだ」
「はい!」
そういって昏倒している男の縄を一旦ほどき、同じように後ろ手に縛り脚を縛るノエル。そして猿ぐつわをして目立たない場所に移動させ、証人として男を担いでギルドまで連行した。
「あら、ソフィアさん。ノエルさんは一緒じゃ…あれ?」
ノエルと一味の男は半透明魔法がかけられたままだった。受け付けの女性は薄らいで見えるノエルの姿を訝し気に見る。
「あ、魔法を解くの忘れてました」
ソフィアは魔法の行使を辞めると、その場にハッキリとノエルと縛られた男が現れる。
「なんですか、今のは?」
「ああ、ソフィアのちょっとした特技でな。それより例の件、こいつが洗いざらい喋ってくれたぞ」
ノエルは男から確認した情報を端的に伝える。商船の中で密造している事。それを輸入品に紛れ込ませて売っている事、そして主犯が船長である事だ。
「証人として連れて来たからここでも話を聞きだすと良い。もう一人は昏倒させたうえでその商船が使っている区画の倉庫に縛っておいたが、こっちは直に目を覚ましてバレる可能性がある。疑いのある商船にサッサと乗り込んで頭を押さえた方が良い」
展開に驚く受け付けの女性はすぐにギルドの階段を駆け上がり上層部に報告に行った。その間、周りからかなり注目を浴びるノエルとソフィア。物珍しい魔法に掲示板にも載って無いような依頼の報告だ、皆が注目をするのも無理はなかった。
程なくしてギルドの幹部が降りてくるなり冒険者たちに声を掛ける。
「皆!聞いてくれ!巷に出回っている粗悪品の薬、この製造元の特定した。これからその商船に乗り込む!今すぐ動けるものは準備してくれ、特別報酬を出すぞ!」
途端に湧くギルド内。多くの冒険者がこれに参加する様子を見せており、これ以上ノエル達が動く事もなさそうだ。
「なぁ、俺たちはこれで依頼達成で良いか?」
「君があの『黒の踏破者』か。意外に若いんだな。俺はこのイーストセーブルアズルのギルドマスター、ヨアヒムだ。捕り物に参加するなら特別報酬を出すが、行かないのか?」
「この人数がなら俺は必要ないだろう。集団戦となると味方まで斬りかねない。あまり慣れてないからな、遠慮しておこう」
「そうか、分かった。街の警備兵も動くだろうから問題なかろう。協力に感謝する!」
そうして早々に集まった冒険者たちは港へと向かっていった。これでこの一件は片付いただろう。予測に反して簡単な依頼だったが、ソフィアには今回の件で注意しておくべきことがいくつか見つかったのは収穫だ。
「ノエルさん。今回の件、協力ありがとうございました。まさかこんな早く製造元を割り出すとは思っていませんでした」
「ギルドの情報とソフィアのお陰さ。ソフィアが囮として敵に話しかけた時なんて『疑ってます』って言っているようなものだったからな。こんな少女が独りでそんな事を言って油断しない奴はいないだろう」
ノエルはあの下手な芝居を思い出して笑ってしまった。
「え?私そんなに下手くそでした?」
「君は嘘が苦手だというのが良く解ったぞ」
「む、ノエルさんは意地悪です」
抗議をしてくるソフィアをなだめ、報酬の話へと移る。
「それで報酬はどうなるんだ?」
「そうでした!このギルドで保管している資料の中に、ソフィアさん向けの魔法書がありました。そちらを閲覧して魔法を覚える、というのはどうでしょうか?」
「できれば本を貰いたいところだが、それは難しいか?」
「申し訳ありませんが、貴重な物なので流石にお譲りする事は出来ません」
少し悩むところだが、どのみちソフィアを今のまま旅に連れ出すのは危険だ。ならばここで暫く活動するのも良いと考えた。
「報酬は魔法書の閲覧許可か…まぁ良いだろう。ここに練習が出来るような場所はあるのか?」
「新人冒険者などが使う練兵場がありますから、そちらでなら大丈夫だと思います」
「ではこれで依頼達成、報酬の件も問題ない。閲覧の際にはカウンターに申し出ればいいか?」
「はい!それで伝わるように周知しておきます。では依頼達成の記録をしますのでプレートをお預かりしてもいいでしょうか?」
「ああ。ソフィア、首から掛けているプレートをこの女性に渡してくれ」
二人分のプレートを受け取った受け付けの女性は魔道具に翳しプレートの記録を更新した。
「はい、これで依頼達成です。お疲れ様でした!」
「ああ。ありがとう」
「ありがとうございます」
無事に依頼を終えた二人は宿へと戻っていく。その後は今回の反省会だ。
「さてソフィア。今回はお疲れ様だったな」
「はい。緊張しました」
「反省点はいくつかあるが…ああいう依頼の場合はお互いの名前を言わない事だ。万が一、長期に渡る依頼の場合は名前を知られる事が仇になる事を覚えておいてくれ」
「すみません、いつも通りに呼んでしまいました」
「いや、俺も事前に伝えておくべきだった。今後気を付けてくれればそれでいい」
「はい、気を付けます!あの、ノエルさん。ありがとうございます」
「なんだ?急に」
「今回の依頼、私の為に報酬一銭も受け取ってないじゃないですか」
「俺たちはパーティーだ。戦力増強のための投資と考えたら十分な報酬だと思うが」
「それでも、ありがとうございます!」
「ああ。暫くはここで依頼をこなして依頼と魔法の習得に専念しよう」
「はい!頑張ります!」
ソフィアの冒険者としての初依頼を無事に終え、食事をした後に休む二人。ノエルはソフィアの育成方針を考えつつ眠りに落ちていった。




