第9話 新天地を求めて
ノエルとソフィアはウィズダムアイルから徒歩で南下、旅をしながら情報を集めて過ごしやすい国を求める。あの気まずくも少しは理解し合えたような夜の後、南方の小さな宿場町であるウェイフェアーズレストへと到着していた。
その南にはウェスティア大陸へ渡れる港町イーストセーブルアズルが存在し、海を超え西に渡れば大陸名をそのまま国家名としたウェスティアが存在する。二人はまずイーストセーブルアズルを目指す事にして二人旅を続けていた。
ウェイフェアーズレスト、ウィズダムアイルから南西に位置する街道沿いの宿場町にノエルとソフィアは辿り着いていた。ここまでの道中は2日間かかっており、ようやくまともな宿で過ごせるとソフィアは喜んでいるようだ。
両親と死別してからの生活であまり感情を表情に出さない様になっていた彼女だったが、ノエルからすれば感情豊かな女の子に見えた。他者を警戒し信用しないノエルは感情を表に出す事が滅多にない為である。もっとも、普通に生活している人々からすれば些細な差なのだろうが。
宿に着いたノエルは部屋を借りようと宿屋の店員に話しかける。
「すまない、一泊したいのだが二部屋借りれるだろうか」
「お客さんすまないね。今日は一部屋しか開いてないんだ。同室で良ければ用意できるけど…どうする?」
「ほかに宿屋はあるか?」
「もう2件ほどあるよ、あの辺りさ」
そう言って店員は場所を教えてくれた。店員に礼を言い、他の宿を当たるも満室とやはり一部屋しか開いていないという。なんという事だ、流石にこの危機感のない子を一人宿に放り込むのは危ない。そう悩んでいるとソフィアは不思議そうに声を掛けてくる。
「ノエルさん、二人一緒に一部屋で泊ればいいじゃないですか」
「ソフィアは本当に危機感が無いな…」
「ノエルさんなら大丈夫ですよね」
「いや、そういう問題ではなくてだな…君は年頃の女だろう?男と宿を共にする事の危険性を考えないのか?」
「いくらなんでも私だって見ず知らずの人なら危ないって分かります」
やや抗議しているような表情を見て、言いたい事は全く伝わっていないと感じた。だが、こうなるともう諦めるしかないのはここ数日で嫌と言うほど理解していた。
「分かった。ソフィアの信頼に応えるよ」
「じゃあ、宿屋さんが全部満室になる前に行きましょう」
「はいはい」
そして結局最初の宿屋で一部屋借り、その日はソフィアをベッドに寝かせてノエルは床で寝る事にした。ソフィアは何か言いたげだったが、そこは何も言わせないノエル。本来一人用の部屋にあるベッドで二人でなんて寝られるわけがない。スペース的にもノエルの心情的にも厳しいものがある。
翌日、宿で食事をとった後に少し情報を集めてみる事にした。現在のイーストセーブルアズルの様子とウェスティアとの関係を知っておく必要があるからだ。
「ちょっと聞きたいんだが、イーストセーブルアズルは港町なんだよな?どんなところなんだ?」
「あそこはいつも賑わってるよ。過去にアルティスディアから独立した国とは言えウェスティアとも盛んに交易があるし、対岸のウェストセーブルアズルとは姉妹都市みたいなもんだからなぁ」
「じゃあ比較的簡単にウェスティアへと渡る事も可能なのか」
「可能だと思うぜ。お客さんはアルティスディアから他国を目指しているのかい?」
「ああ、ちょっとこの国は俺には合わないと思っててな」
「まぁこの国の歴史と宗教観じゃやり辛いよなぁ、俺たち凡人だってやり辛いからな」
「そういうものなのか?」
ノエルはこの国では恩恵さえ外見に現れている者ならば住みやすいものだと思っていたがどうやらそうでもないらしい。
「そうさ、恩恵の強い奴は態度もデカい性格も悪い。客商売やってるとそういう客の対応で疲れる事なんて沢山あるぜ」
「それは災難だ。実際、確かに俺の時もそうだったしな」
「お客さんも恩恵持ちに苦労したのか?お互いついてないよなぁ」
「ああ、全くだ」
この店員は彩無しではないがその特徴は薄い。この世界では一般的なブラウンの髪にやや青っぽさが強い紺色に近い瞳だ。難癖をつけてくる奴には彩無しとまで言われる可能性もあるだろう。そう考えると自分は少し悲観し過ぎな気もしてくる。
「ウェスティアは宗教的にも四色の神以外も大切にする国だし、もうちょっとはマシだと思うぜ」
「貴重な情報だ、ありがとう」
そう言うと情報料として小銀貨1枚を渡す。
「そんなに気を使わなくていい…と言いたいところだが、好意は素直に受けとらせてもらうぜ。毎度!」
気さくな店員だ。こんな奴ばかりならこの国に居座っても良いのだが、世の中そう都合よく出来ていないのはノエルが身をもって知っている事だった。
「飯も美味かった、ご馳走さん。世話になった」
「ありがとうよ!こちとらそれが仕事だから気にすんなって。頑張りな!」
「お世話になりました」
「おう!お嬢さんも頑張んな!」
宿場町の特徴なのだろうか、この町では自分達をそれほど特別視するような人間は少なく感じる。ソフィアもそれは感じ取っているようだ。
「なんだかウィズダムアイルと随分雰囲気が違う所ですね」
「ああ、こんな所ばかりならいいのにな」
「そうですね、それで予定通りイーストセーブルアズルへ向かうんですか?」
「ああ。この町からなら乗り合いの馬車にでも乗せてもらえるかもな」
「私はどちらでも大丈夫です」
そう話し合いながら乗合馬車を探し、イーストセーブルアズルへと乗せてもらえることになった二人はそのまま港町へと向かう事になる。馬車でなら1日ほどで到着するらしい。途中、どうしても野営が必要になると思っていたが、安全な中継地点がありそこで一泊するそうだ。もちろん、自分も協力する事にした。こういう時に冒険者のプレートは良いアピールになるのだ。
「へぇ、お客さん赤等級かい?若そうなのに大したもんだね」
「ダンジョンばっかり攻略してたらいつの間にかにこうなったんだ」
「ダンジョン!?あんた凄いな。良いアイテムもたんまりあるんだろ?」
「全てが必要な物とは限らないさ。自分にとっては不要な物はゴミと一緒だからな、サッサと売っぱらうに限る」
「そりゃそうだ!ともかくあんたが居てくれるならこちらとしてもありがたい、一人分の路銀はサービスするから護衛を頼めるかい?」
「構わない、契約成立だな」
「よろしくな!」
こうして自分の分はタダにしてもらいソフィアの分だけ払って馬車に乗って移動を始めた。暫くたって日が落ちかける時、野営場所に到着したようだ。
「今夜はここで休んでいくから、もし自分のテントが無いなら言ってくれ」
「大丈夫だ、用意はしてあるし俺は見張りがあるからな」
「わかった。頼んだぜ!」
夜、焚火の近くで警戒に当たるノエル。最優先で守るべきソフィアのテントに近い場所で警戒に当たっていた。あの日から時折、妹の事を考える事がある。あのままの人間性で育つなら殺す事に何ら躊躇いはない。それは今でも変わらないはずだ。
だがソフィアを見ていると、同じ年の妹がもし改心して目の前に現れた時、自分はどうしたらいいのだろうかと考えてしまう。斬った事実が無ければ無視をすればいい。もう他人なのだ。だが確実に殺す為に斬った、それは謝罪すべきなのだろうか?それは違う気がするのだ。
ならばどう接するのが一番いいのか、その答えがわからないのだ。他国に渡る以上、もう関わる事はないと思いたい。過去はもう捨てたのだ、自分はノエル・カイウス、ナサニエルはもう死んだ。そう言い聞かせてその夜は過ぎていった。
翌日、昼過ぎにはイーストセーブルアズルに着いた。ノエルにとってはこれまでと違う実に快適な旅路だった。そしてウェスティアに渡る前にソフィアに冒険者とはどういうものなのかという事を教えておかねばならない、そう考えたノエルはこの街の冒険者ギルドへ足を運ぶ。
イーストセーブルアズルはアルティスディア西部では最も栄えた街といっても良い。それだけにギルドも立派な建物だ。中に入り、ソフィアにギルドの仕組みや施設の利用方法などを説明しながら何か情報はないかと探す。依頼はあるが、残念ながらダンジョンの情報はなかった。
「冒険者ギルドってなんだか賑やかなんですね」
「そうだな、血の気の多い奴から元気の有り余ってる奴まで様々だ。当然騒がしくなるさ」
「この依頼っていうのを受けて報酬を得るんですよね?何か受けないんですか?」
その目は期待に満ちているようにも見える。
「確認するが、ソフィアは本当に冒険者になりたいのか?」
「今はそう思ってます」
「その場合は力を隠しておくことはもう出来なくなる。それで本当に良いのか?」
「私一人なら怖いです、でもノエルさんとなら大丈夫だと思ってます」
その言葉はノエルの予想していないものだった。
「待て、君は冒険者になって俺とパーティーを組むつもりなのか?」
「ダメですか?私一人では経験不足ですし、体力的にも不安です」
「いや、確かに回復してくれるソフィアが居るなら心強いのだが…」
「じゃあ私とパーティーを組んでください!」
「躊躇いが無いな、君は…分かった。登録を済ませるぞ」
諦めたノエルはソフィアを連れてカウンターへ向かう。
「ようこそ、イーストセーブルアズル冒険者ギルドへ」
「この娘、ソフィア・レイムが冒険者登録をしたいそうでな、手続きをお願いできるだろうか」
「かしこまりました。ではソフィアさん、あなたの恩恵を確認させてください」
「えっと私の恩恵は光です」
「ひか!…いえ、すみません。つい驚いてしまいました」
ノエルは焦った。この受け付けの女性がうっかり大声で属性を周囲にばらす所だったのだ。それほどソフィアの恩恵は稀少で秘匿する価値がある。
「武器などはお持ちではないようですが、後方での支援担当をご希望ですか?」
「はい、こちらのノエルさんのサポートをしたいです」
「ではノエルさん、プレートをお借りしてもよろしいですか?」
「俺のか?構わないが」
そう言ってノエルはプレートを受け付けに渡す。
「ありがとうございます。ではまず、こちらに記載されているギルドの仕組みとその制度について確認しておいてください。その間に手続きを進めて参ります」
ソフィアは例の書類を手渡されそれに目を通している。必要な事はあとで教えるからザっと確認しておけばいいとアドバイスをしておいた。
「ノエルさん、赤って丁度真ん中の等級なんですね。凄いです!」
「依頼の難易度や達成率、あとは強敵と戦ったりと経験によって変わるんだ。いつの間にかに変わるから自分でも気づかない内に上がってたりするぞ」
「そんなに簡単に上がるものなんですか?」
「ダンジョンばかり攻略していれば嫌でも上がっていく。だがここから上はそうそう簡単には上がらないそうだ」
「そうなんですね。ダンジョンってどんなところなんでしょう?」
「本当に様々だ。そのダンジョンを作った魔人の性質によって変化する。例えば最初に討伐した魔人はシンプルな武人肌の奴でな、内部構造も単純だった。その逆に罠だらけで厄介なダンジョンでも魔人は弱い場合もある」
「臆病だから沢山の罠を仕掛けて自分の所にまで来れない様にするって事ですね」
そう敵の心情を分析するソフィアに、意外に思慮深いところもあるものだと感心するノエル。
「かもしれないな。そいつがマジックポーチを落としてくれたんだ」
「じゃあその罠だらけのダンジョンを攻略したって事ですよね?ノエルさんって凄いですね!」
「俺には相性が良かっただけだ。あれは運が良かった」
そんな事を話していると受け付けの女性が戻って来た。
「ソフィアさん、あなたの登録処理が終わりました。このプレートを首から下げておいてください」
「はい、ありがとうございます」
「パーティーの登録も完了しています。ノエルさん、プレートお返ししますね」
「ああ。パーティーの登録にはプレートが必要なのか?」
「はい。パーティーメンバーの情報がそれぞれのプレートに記録されるんですよ」
「そうだったのか」
「ノエルさん、知らなかったんですか?」
「ああ、初めてパーティーを組んだからな」
「ソフィアさん、あなたは幸運ですよ。この方は有名ですから」
受け付けの女性がソフィアに笑顔で余計な事を言う。
「あんまり余計な事を吹き込まないでくれ」
「でもあの『黒の踏破者』がパーティーを組んだなんてすぐ噂が広まりますよ」
「その不名誉な呼び方は好きじゃないんだ」
そのノエルの言葉に受け付け嬢は不思議そうに答えた。
「不名誉?そんな事ないですよ、みんな凄いって褒めてます。一部の人は妬んでるみたいですが」
「そうなのか?俺はてっきり彩無しの事でそう言われているのかと思っていたが」
それを聞くなり大げさなアクションでやれやれといったポーズを取る受付の女性。そして真剣な顔で言う。
「ノエルさん、初見でのダンジョン攻略の成功率を知ってますか?」
「いや、気にした事もない」
「10%以下、それもパーティー前提です。それを単独で100%なんて普通じゃないですよ」
「そうだったのか」
「だからもっと胸を張って良いと思いますよ。当ギルドでも活躍して頂けることを期待しています!」
「あ、ああ。ありがとう」
受け付けは笑顔でそう言った。どうもソフィアといると調子が狂う事ばかりだ。他人にまでこんなこと言われるとは思わなかった。
「ノエルさんはやっぱり凄い人です!」
「やめてくれ…ともかくこれでソフィアも冒険者だな。これからよろしく」
「はい、よろしくお願いします!」
ソフィアの視線に今まで以上に気恥ずかしいものに感じる。そしてこの街で何か依頼を受けるか思案しつつも、どう行動するべきかを考える為に一旦宿を探し、休むことにした。ソフィアに杖は必要ないと思っていたが、宿屋を探すまでの道中で物欲しそうに見ていたので買ってやると、嬉しそうに抱えている。
そんなソフィアがこの先、冒険者としてやっていけるのか一抹の不安を覚えたノエルだった。




