第0話 旅立ちの日に
ゼナリアス。この世界では多数の神が存在し、そのほとんどが認知されていない。その中でも人に恩恵を与える『四色の神』と呼ばれる神が信仰の中心となっている。地・水・火・風にそれぞれ琥珀・青・赤・緑の色が対応し、その恩恵は髪色と目の色に現れる。
そんな世界でこれから描かれる者は『黒い髪と黒い瞳』という特徴を持つ、この世界では異質な存在であった。この物語はそんな彼が長年修行していたアルティスディアという国の北方、エバーシールの北の雪山から始まる物語である。
※ワールドマップ(適当)です。森とか丘とかそういう地形は一切考慮してないので参考まで。
ダンジョン、それはこの世界に突如として現れる謎の存在であり災厄である。ダンジョンを起点にして魔物が現れ人類に被害を及ぼすのだ。その原因も仕組みも不明。分かっている事はダンジョンを支配する『魔人』を倒し、そのダンジョンを封印する事だ。
ダンジョンの規模は様々でありその構成も支配する魔人の性質に合わせて変化する。少年が初めて足を踏み入れた今回のダンジョンは比較的簡単な構造をしていた。
少年の名前は『ノエル・カイウス』。先ほど長年世話になった師を埋葬し、その名を引き継ぎ考えた新しい名前だ。新しい旅立ちを決意した直後に、突如として師の墓の近くにこのダンジョンが現れた事に怒りを覚えたノエルは、師の安らかな眠りを邪魔されたくない思いでここへと脚を踏み入れた。
洞窟のような単純な空間を進む道中、度々襲い掛かる魔物たちを手にした長剣で斬り払い、最奥部まで辿り着く。そこには重厚な扉があった。躊躇なく中に入ると、広い洞窟のような空間にポツリと人型の魔人が待ち構えていた。
魔人は上半身には服や防具を一切付けず、下半身は体形が分からない程の幅広のズボンを履き、白い靴下に草で作られたような変わった形のサンダルのような物を履いている。その腰には二つの剣を帯剣していた。
その変わった服装以外の特徴は肌色は人と変わらず、黒い髪を伸ばし後ろで束ねており額には角が二本生えている。角以外は人間と変わりないように見えた。だがその結膜は赤く、瞳は漆黒だ。結膜が赤か白か、角の有る無し以外はノエルと変わりはないと言っても良い。
「ほう。こちらに来てから間もないというのにもう客人か。見れば小僧ではないか、勇ましい事だ。さて、神の恩恵を受けた者…いや、お前のその髪、その瞳。我らと同じ恩恵を受けていない者か?」
「魔人が会話できるとは思ってなかったな。ああ、俺は何の恩恵も受けていない。彩無しだ。だがそんな物の有る無しなんて些細な事。それを師が教え導いてくれた。そんな師が眠るこの地にダンジョンが出来るのは見過ごせない。だからここに来た」
「恩恵を持たないお主が某と剣を交えると?面白い!ならばその武、某に見せてみよ!」
そう言い放つや魔人は二本の剣を抜く。それは美しいミスリルの輝きを持ち、片刃でやや反った刀身には波紋のような模様が浮き出ている。厚みはないがミスリル製だ、さぞや硬かろう。対するノエルの武器は至って普通の鉄製の長剣である。
魔人とノエルは互いに剣を構えジリジリと距離を詰める。相手の力量は高いと見える。それはノエルが師に教わった万物が発する『気』を感じ取り操る秘術『操気術』により推し量れた。しかし師ほどの物ではない、そう感じたノエルは意を決し間合いを詰めた。
ノエルが剣の間合いに入るのに合わせ、魔人は袈裟斬りに右手の曲剣を振るう。これを初動から見切ったノエルは左に半歩身体をずらしながら躱して見せると、魔人はその身体を回転させ左手の曲剣でノエルを横薙ぎにする。
ノエルは体勢を低く構え剣でこれをいなし弾いた。しかし魔人の攻撃は止まらない。今度は右手の縦切り、左手の突き、それが交わされれば右手の逆袈裟と次々と攻撃を繰り出してくる。それを躱し、逸らし、弾くノエル。手数が多く防戦を強いられていたがノエルに焦りはなかった。相手を観察しながらどう攻めるかを考えているくらいである。
そして魔人の右の縦斬りを剣で受けながらも自身の左側へといなし、その次に来るであろう左の曲剣の攻撃に全神経を集中させる。初動から突きと予測したノエルはその突きが放たれた瞬間を横薙ぎに剣を振るい弾き飛ばす。その反動を利用して剣を真っ直ぐ構え、魔人の心臓へと深々と剣を突き立て引き抜くと魔人は膝から崩れ落ち、その場に座るような形となった。
「恩恵に頼らず、その若さでそこまでの武を身に着けるとは…見事。褒美にこの刀を…授けよう」
魔人はそう言って命の灯が消えそうなその身体の力を振り絞り、右手に握る刀を持ち上げた。
「この太刀の名を『天斬』、小太刀の名を『命絶』、一対で『天命断』の名を冠する…刀よ。武の道を進みし忌み人よ…この天命断を使いこなし、色彩が全てのこの世界で…己が苦難の命運を…切り開くがいい…」
魔人は清々しい顔でその言葉を紡ぐと共に息絶えた。そしてその身体は塵となって虚空へ消えていく。その場に残された鞘を拾い、一対の刀を拾ったノエルは無事に師の墓の安寧を守れた事に安堵し。ダンジョンを去った。
カルディア歴332年、ノエル16歳の旅立ちの日の出来事であった。