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第九章 若き緑の鷹たちの飛翔 前編

 結構カッコよくて、気にってるタイトルです。

 えっ、そうでもない。はい、そうですか。

第九章 若き緑の鷹たちの飛翔 前編



 ホスワード帝国歴百二十三年四月十日。グィド・キュリウス下級大隊指揮官率いる、騎兵五百と歩兵五百の計千の部隊は、メルティアナ州の北東部に到着した。

 陣を築き、周辺の衛士や事前に偵騎に向かった者たちが、情報をキュリウスに報告する為に、この陣に次々に現れる。

 凡そ、この陣より直線距離にして、馬で丸一日程南西へ奔れば、討伐対象の賊の根拠地が在る事が判明したが、周辺には広い道路は無く小道だけ、平地が少なく山地が多く、数少ない平地も林に覆われ、大小の河が流れ沼沢も多く、根拠地に至っては、小都市程度の広さの湖だと云う事が判明した。

 この湖に臨む小村を占拠して、近辺の村落から略奪行為を始めたのが、四月に入ってから。そして、同時期に同じメルティアナ州の北西の市、人口約一万のスーアを目指してバリス軍が侵攻している状況である。

 余りにも出来過ぎているので、ホスワード側はこの賊とバリスが裏で繋がっていると見ていた。


 ガリン・ウブチュブク下級中隊指揮官は、騎兵五百を統括するエゴール・ルーマン上級中隊指揮官の元、事実上の副隊長であり、ティル・ブローメルト上級中隊指揮官は、歩兵五百を統括している。

 騎兵も歩兵も鉄の防具は籠手や脛当て等の最小限で、頭から上半身は皮革の鎧に身を包んでいる。

 対峙する賊徒は武器は有すれど、防具など身に付けていない動きやすい上下の衣服だけ、との情報も得ている。

 この複雑な地形で機動力を発揮する事と、逃げる際には湖や小川を使用するからだろう。当然全員歩兵である。


 ガリンが北方で賊の討伐をしていた時は、規模こそ百を越えるのは少なかったが、全員武具に身を固め、馬に乗っていた。賊と表するより傭兵団の様な者たちだった。

 大半がエルキト帝国からの脱走兵で構成され、エルキトでは生活の為、一般人でも弓矢や防具や馬を揃えている。と云うより、単純に兵と民間人の区別が無い。

「ホスワード帝国内で、民衆が武器を所持するのは、認められているのでしょうか?」

 ガリンは上司のエゴールに疑問を発した。

「例えば特殊な職。…そうだな馬牧場を経営し、馬を売りに行く場合は、途上盗まれない様に武装する事は認められている。但し、役所にて正規の手続きをしていないと不可(ダメ)だ」

「では、彼らの武器の出所は何処なのでしょう?」

「軍施設が襲われたり、又は武器の横流しが有った等聞いていないし、何処か地下で金や物が動いているのだろうな。其れがバリスか、或いはホスワードの反体制派の大貴族たちか…」

 クラドエ州の大貴族たちについては、現在詳細な調査中である。


 キュリウス、ティル、そしてエゴールの三者の会議で、討伐方法を以下と決した。

 先ず、根拠地に絶えず見張り部隊を張り付け、彼らが出撃した時に、陣より全軍挙げて、其の方向に向かい、正面から決戦を挑む事。

 次に、時間は掛かるが、軍船を数十艘用意して貰い、直接賊の根拠地へ湖を渡って急襲し、別働隊が地上から隘路を通り、同時に合わせての根拠地攻撃だ。

 この地の衛士やこの辺りの地に詳しい兵を集め、第一の策である、見張り部隊を結成させ、彼らは山中へと入って行った。


 早くも十二日には千の賊徒が集結し、やや西よりの北側へ進路を取っている、との情報がキュリウスの幕舎に届く。

「進路を予測すると、ゼルテス市を目指しているのか。当市の周辺は平地なので、騎兵による攻撃が可能だ」

 幕舎で地図を確認したキュリウスは、全軍に出撃準備をさせた。

 ゼルテス市は人口三万程。この辺りでは一番の人口を擁する街だ。

 処が、出撃間際に別の連絡兵が遣って来た。北のバルカーン城からスーア市を囲むバリス軍を駆逐する為に進軍中のトゥムスン・ラスウェイ将軍の連絡兵で、将軍の書をキュリウスに差し出す。

「スーア市を囲む五千の内の騎兵一千が、ゼルテスへと進行している。卿らが対応する賊徒共と連携した動きの可能性が高い」

 キュリウスは騎兵五百をバリス軍に、歩兵五百を千の賊徒に分けて当てるか、と判断したが、ティルが意見を具申した。

「兵の分散は宜しくないと愚考致します。先ず向かって来るバリスは、この地に詳しくないと思われますので、全軍を挙げてバリス軍を破り、反転して賊徒に対応すべきです」


 キュリウスはティルの言い方に何かを気付き、質問をした。

「今、卿は『バリスは、この地に詳しくないと思われます』と言ったが、詳しい可能性もあるな」

「はっ、賊と通じていれば、賊の数名がバリス軍に既に入っており、道案内をしていますでしょう」

「其れでも全軍を挙げて、バリス軍を優先するか」

「賊徒は全て装備らしき物は無く然も歩兵。バリスの騎兵を先に対処する方が優先かと」


 騎兵五百が正面から向かい、偽装退却を続け、伏兵の歩兵五百の奇襲作戦が決まった。

 ウェザールの練兵場でも何度も調練した用兵である。

 だが、懸念点はティルが言った様に敵軍に地理に詳しい者が居て、埋伏させるに適切な地を教え、別路を通る事だろう。



 エゴール・ルーマンが率いる五百騎が西に向かう。

 東進しているバリス軍千騎を迎え撃つ為だ。

 ホスワード軍騎兵は緑の軍装に、皮革の防具で、騎乗している馬は馬具のみである。

 一方、バリス軍騎兵は赤褐色の軍装の上に鉄兜や鉄の鎧を身に付け、更に馬には鉄の鎖帷子を纏わせている。

 機動力ならホスワード騎兵が、突撃力ならバリス騎兵が有利である。

 このホスワードの騎兵隊の事実上の副隊長であるガリン・ウブチュブクの眼光は鋭い。

 彼は対峙するバリス軍のバリスの正規兵で無い、つまりホスワードの賊徒と思わしき者が居たら、即座に射殺す心算であった。

 将か、バリス軍が自分たちと同じ軍装を分け当て得ていないであろう。赤褐色の軍装以外の者を敵軍中に見つけたら、自慢の弓で狙いをつける。


 開けた地。西から赤褐色の軍勢が見え始めた。近付くに連れ、先頭では旅人風で腰に剣を佩いただけの軽装の人物五名が奔っている。

 エゴール部隊のほぼ先頭を奔るガリンは、其の一騎に狙いを付けた。

 距離にして二十丈(二百メートル)は有るが、ガリンの強弓は見事にこの旅人風の人物を射殺した。

「全軍斉射後に反転!」

 エゴールの指示が飛ぶと、ホスワード騎兵は全騎バリス軍に矢を射ると、反転して東へ逃げて行った。

 距離も有り、ガリンの様な強弓でも無く、然もバリス騎兵は鉄具に覆われている。この斉射の被害は無きに等しかったが、先頭を奔るバリス騎兵は、隣のこの部隊の指揮官と思われる人物に言葉を発する。

「矢張り、私たちに狙いを付けている様ですな。軍装を変えて正解でした」

「…こちらは貴重な兵を一騎失ったのだぞ」

「必ずやホスワード軍を蹴散らす案内を致しまして、勝利を貴軍に与える事で報います」

 ホスワードの賊徒五名は、バリスの指揮官に提案をして、身に付けていた物を事前に変えていたのである。

 この五名は騎乗が出来るので、バリス軍中に入った。彼らの衣服を着たバリス兵は、予備の馬に乗っていたのだ。


 そして、このバリス軍に変装し、軍装の提案をした男こそ、この賊徒の首領であり、更に長年地下活動をしていたヴァトラックス教徒の「師父」と呼ばれる人物である。

 彼は五十代だが、少年の日より、この地下活動をしていた。彼の父はホスワード帝国第四代皇帝マゴメートの側近だったが、即位後のフラート帝に処刑されている。

 又、妻子も居るが、彼は敢えて、現在係争地と為っているスーア市に居住させている。

 自身に万が一の事が有ったら、妻子が身分を隠して安全に暮らせる為だ。将か、乱の首謀者が妻子を戦乱の地に送っている等、先ず誰も思わないであろう。


 軽騎兵のホスワード軍五百騎の速度の方が速い。其れ処か其の速度を活かして、再度立ち向かい矢の一斉斉射を行ない、再び逃げて行く。進路はティルが埋伏している箇所だ。

「この辺りだと、兵をを伏せるのに適切な地が多々在ります。別路より向かいましょう」

「…任せる」

 バリスの指揮官が冷たい声なのは、ホスワードの旅人の姿をした部下五名が全員射殺されたからだ。


 エゴールが率いる騎兵が、一時停止したのは、バリス騎兵が自分たちに向かって来なかったからだ。

「数人の賊徒が、あのバリス騎兵隊に地理案内として居るのか?」

「恐らく。賊徒はバリスの正規の軍装をして、小官が討った賊は、逆にバリスの正規兵かと」

 ガリンがエゴールに自身の推測を述べると、部下の一人を呼んだ。

「ユースフ。ブローメルト指揮官の部隊に赴いて、バリス騎兵隊は此方の想定進路を変更して、ゼルテス方面へ向かっていると伝えてくれ」

 簡易な敬礼をして、ユースフ・ダリシュメンはティルの部隊が埋伏している箇所へ、一騎で奔る。


「ご苦労だった、ダリシュメン指揮官。バリス軍はゼルテスを目指しているのだから、別路を通っても、必ずゼルテスに至る公路(ルート)を使う筈。我が部隊は予想されるこの二つの地に埋伏に向かう事を、ウブチュブク指揮官に伝えてくれ」

「ブローメルト指揮官。兵を二つに分けるのですか?」

「いいや、分けんよ。兎に角この二カ所と伝えてくれ」

 ティルはユースフに、二つの印を付けたこの周辺の地図を渡した。



 全軍の総指揮官のグィド・キュリウスは、側近たちだけでゼルテス市付近に居た。

 若し、賊徒の到達が早ければ、エゴールとティルの両部隊に撤退命令を出し、賊徒との戦闘に切り替える為だ。

 キュリウスを初め、僅か十数名だが、全員騎乗し長柄の武器を持っているが、千の賊徒を一時的に相手にする覚悟を決めていた。

「卿ら、衛士たちは、住民たちの安全のみに傾注せよ」

 キュリウスはゼルテスの全住民を市庁舎を初め、幾つかの大きな建物に避難させ、建物外部は衛士たちが守る事を命じていた。


 バリス軍の千の騎兵は、ゼルテス市を至近に捉えていた。二刻程奔ればゼルテス市に乱入出来る。

 だが、奔っているのは、広い草原だが、二十丈程離れた南に鬱蒼とした森林地帯。同じく二十丈程離れた北側はやや丘陵であり、丈高い草地に覆われている。

 どちらも伏兵が潜むに適した地である。

 南の森林地帯から、ホスワード軍の歩兵が現れ、大声と緑の軍旗を振り、矢を射て来た。

 然し、其の数は数十にも満たない。バリスの騎兵指揮官は、騎兵が連動した動きが取れない森林地帯に誘き寄せる策だと断じた。


 そして、絶えず吹いていたが、一際強い北風がこの一帯に吹き荒れる。

 バリス軍の誰もがこの北風に乗った、草の臭いの中に或る物を感じた。

 人や皮革の鎧の臭いが混じっている。南に向かわせ、其の実、北の草地に伏せた主力が背後から襲う事、明白であった。

「敵主力は北の草地に伏せている!全軍北へ向え!」

 バリスの騎兵指揮官は命じた。同行しているバリスの軍装をした「師父」は何やら嫌な予感はしたが、流石の彼も地理案内は出来ても、用兵案までは提案出来ない。


 北へと騎兵隊は向かう。緩やかな丘陵を登り、一尺を越える草地に到達すると、バリス軍は愕然とする。

 草地には大量のホスワードの軍装の肩掛け(ケープ)や、皮革の兜と鎧が点在しているだけだった。

 歩兵のティルの部隊は、戦場を移動するには疾走するしかない。季節は通常に歩く位なら汗は出ないが、全力疾走と為れば別だ。軍装や防具の大半は汗臭い。


 南の森林地帯から大音量の怒声を発して、向かって来るホスワード歩兵が確認された。

「奴らは防具を外している!このまま逆落としで突撃だ!」

 当然の選択だろう。ティルの部隊は矢を斉射するも、殆どバリス騎兵の鎧に弾かれ、防具の無いティルの部隊が蹂躙されるかと思われた、其の瞬間。

 今度はバリス騎兵隊の背後から、ホスワード騎兵が現れた。

 完全に挟撃された格好と為った、バリス軍は南のホスワード歩兵隊を突破しようと、突撃を続ける。

「耐えよ!必ずやルーマン指揮官が背後から敵を壊滅させてくれる!」

 馬上で鉄の薙刀を振るうティルだが、防具と肩掛けは身に付けていない。露わと為った側頭部を剃り上げ、襟首で編んだ薄茶色の髪が揺れる。


 一方、北から襲われたバリス騎兵は恐慌する。一騎、尋常でない戦士が居て、彼が手にする先に斧が付いた長槍で蹂躙される事この上ない。

 バリス騎兵の北側は南へと逃げ出し、南側はホスワード歩兵の奮戦で突撃が止まりつつある。

 必然的に圧縮され、味方同士で馬がぶつかり合い、最早戦闘の続行は不可能と為りつつあった。

「…全軍、西へ撤退!」

 バリスの騎兵隊の指揮官は、側近と共に殿を務め、如何にか自部隊を順次西へと向かわせる。

「逃げる者は追わずとも好い!完全に奴らが逃げたら、キュリウス指揮官の元に合流だ!」

 ティルとエゴールが同時に自部隊に対して同じ命を発していた。


「全く、何と云う無茶を…。俺たちが即座に後方から襲撃したが、半刻(三十分)遅ければ、君の部隊は全滅していたぞ」

 周囲に将兵が居るが、ティルに階級を無視した注意をしたのは、ガリンである。

「君の剛勇を信じていたからな」

 ティルもガリンもバリス騎兵を討ち取る事夥しかったが、後方から防具を身を包み暴れたガリンと、前面で殆ど防具なく、薙刀を振るったティルとでは、危険度は段違いだ。

「…これがホスワードの軍人貴族の矜持か。身分の高い者が率先して、危険に身を晒せば、下々の将兵は熱狂して戦う」

 ガリンはホスワード軍の強さを改めて感じ取った。

 このバリス軍との一連の戦いは、四月十四日に行われたので、休息もそこそこに、歩兵は北の草地に置いた武具を回収し、ホスワード軍歩騎千近くは、ゼルテス市付近で待機しているキュリウスの元へ出発した。



 西へ落ち延びるバリス軍から二騎が密かに、進路を勝手に変え、別路に落ち延びて行く。

 バリス軍に入っていたホスワード賊徒の内通者たちだ。

 半ば壊乱状態だった事も両者の離脱を可能にした。

 このまま行動を共にすれば、後でバリスの指揮官から何らかの制裁を受けかねないし、何より両者とも負傷している。五名が軍中に入っていたが、一連の戦闘で三名が戦死してしまった。

 逃げ延びる際に、彼らはバリスの軍装を脱ぎ、上下の肌着だけに為り、出血した箇所をバリスの軍装を切り裂いて、覆っている。

 五十代と思わしき「師父」は重傷で、三十代半ば程の部下が彼を支えている。

 馬の軍装も解き、二頭の馬を近くに繋ぎ、何とか川の在る地へ逃げ込んだ。

 部下は「師父」を川の水で以って傷口を洗う。


「…お前が私の後を継ぎ、二代目の『師父』と為れ。スーアに我が息子エレクが居る。息子を教え導いて欲しい」

 息も絶え絶えの「師父」は部下に命じる。

 そして、自身が絶えず身に付けていた、幼児の握り拳大の紫水晶(アメシスト)を部下に渡した。

 この紫水晶には(カラス)が彫刻されている。

「必ずやフラートを…、ホスワード朝を滅ぼすのだ…」

 程無くして「師父」の死が確認された。二代目と為った男は、バリスの軍装を全て処分し、先代の「師父」を埋葬し、馬に乗り、もう一頭の馬を何処かで売る為に引き連れて行った。


 この「師父」の死は、十五日の日の沈む直後だったが、同時期にスーア市を攻囲するバリス軍四千に対して、北からトゥムスン・ラスウェイ将軍が五千の騎兵を率いて、駆逐する事に成功している。

 同時に東に向かわせた騎兵隊千が半壊した状況を知ると、バリス側はスーアの攻囲を解き、次第に西へと逃げて行く。

 ラスウェイ将軍も深追いはせず、スーア市の住民の安全の確認を最優先した。

 スーア市は宿屋が多く、住民は宿屋や市庁舎に避難し、ゼルテス市同様に建物の外で衛士が護衛していた。

 城郭都市だが、城壁の高さは五尺程で、然も厚みも無く、所々に木柵の箇所もある。

 被害状況を調べる為に、スーア市内に入ったラスウェイ将軍は、住民に被害は無く、常駐の兵二百の内、数十名が戦死した事を伝えられた。


 家々に戻る住民を見ていたラスウェイは、ある母と息子と思われる二人に声を掛けた。

「失礼。貴女の夫、この子の父親は無事なのか?」

「私の父は旅商人をしていて、此処スーアに戻る事は稀です」

 エレク・フーダッヒと名乗った少年はラスウェイにそう語った。

「そうか。旅商人も最近は流賊の発生で危険だからな。君の父親の安全を願う」

 ラスウェイはバルカーン城から、兵五百の補充と、城壁関係の修復の職人五十名をスーア市に呼び寄せ、彼らの到着まで自身と数十名の側近は残り、騎兵をバルカーン城へ戻した。


 約一カ月後。トゥムスン・ラスウェイ将軍は、既に司令官を務めているバルカーン城に戻り、職人たちに因るスーア市の城壁の補修と強化の中、ある旅商人がスーア市に入った。

 二代目の「師父」だ。彼はエレク少年に父である初代の死を知らせ、形見の烏の紫水晶を渡す。

「…判りました。父は貴方との行商の途上、病を得て死んだ、と云う事にすれば宜しいのですね」

 其の後、エレク・フーダッヒは、表向きはスーア市の学院に通い、定期的に訪れる二代目と、スーア市の地下深くに在る、曾てのダバンザーク王国の遺構で、ヴァトラックス教徒の「師父」としての教育を受ける。



 四月十七日の早朝。ゼルテス市付近にグィド・キュリウスの軍は再集結をする。

 賊徒はこの半日前にゼルテス市に到達し襲っていたが、夜半だった事と、援軍のバリス軍が潰走した事を知ったのか、数刻の攻撃だけで逃げ出し、近辺の村落に籠った。

 この村落は彼らが以前に襲撃した処だ。既に近隣住民はゼルテス市や南の城郭都市に避難している。

 ゼルテス市もスーア市同様に城壁は五尺に達せず、所々木柵が合わさった造りだ。

 籠城戦には不向きなので、キュリウスの軍は討って出る事を決している。


「奴らが村落に籠っているのは、我々が村内に入り、家々を壊し、田畑を荒らさない、と見ているからだ。事実、村を囲み火を放てば、奴らを壊滅させる事は容易いが、其れは最終手段とする。村への被害を最小限としての、奴らを壊滅させる策を講じたい」

 キュリウスが述べ、部下たちは互いの顔を見合わせ、何か良策はないか、と囁き合う。

 この会合は士官以上、つまりガリンも列席しているので、二十人近くの参加者と為っている。


 ガリンは意を決して意見を述べる為に合図した。キュリウスは促す。

「村を囲み、数十の決死隊で以って、村内に入り、先ずは首領と思わしき人物の捕縛、或いは殺害に成功すれば、賊共は降伏しましょう」

「其の様な事を言うのは、自身が其の決死隊に入る事を前提で言っているな。下策では無いが、卿の様な勇士たち無駄に失う恐れがある」

 キュリウスはこのガリンの策を「保留」とした。

 続いてティルが意見を述べる。「ウブチュブク指揮官の案を改良した物です」、と前置きする。


「先程、キュリウス指揮官は最終手段の火計を言いましたが、実際に其れを行なうのです。但し村を燃やさない様に発火位置と即座の消火が出来る様に。火もそうですが、大量の煙が近辺で上がれば、敵は恐慌するでしょう。更に村を囲む将兵には大声や、鼓や鐘を持つ者は大音を出させ、松明を振り、馬を嘶かせれば、この決死隊の危険性は低く為る筈です」


 キュリウスは決断した。

「ティル・ブローメルトの策を採用する。ウブチュブクは自身を隊長とした決死隊五十名の選抜。ブローメルトは村に延焼が出ない様に、火計位置の選定を命ずる。私と全軍は村を囲み大音量。逃げ出す賊が有れば当然捕縛。武器を捨てず抵抗する者は容赦なく切り捨てよ!」

 決行は十八日の夜二十二の刻と決まった。


 ガリンの目の前にユースフ・ダリシュメンが立った。ガリンの身の丈は二尺を軽く超えるが、ユースフの頭頂部はガリンの眉の辺り、十寸ほど低いだけだ。体の幅も厚みも有するが、無駄な肉の無いスラリとした立ち姿である。

「当然、俺は決死隊に入りますよ、隊長。後は例の村について詳しい者を入れた方が好いですね」

 ユースフが自ら志願した事で、次々に志願者がガリンの元に集まる。ガリンは十名程の近辺の地理に詳しい者を確認し加えると、残りはユースフの様な屈強な勇士だけを選抜した。


「ウブチュブク指揮官。私は炎を上げる場所に向かうので、先に進むぞ。場所が決まったら連絡兵を出す」

 ティルはそう言うと、彼も十名程のこの地に詳しい将兵を率い、出発して行った。

「本隊はこのまま村落へ進発!炎が上がったら、村を攻囲し、ウブチュブクの部隊は村内に突撃をせよ!」

 ティルたちが出発してから二刻後、キュリウスの号令で全軍は賊の籠る村落へ出発した。

 時に十八日の午後十四の刻だ。


 一方、賊たちが撤退し、籠っている村落では、首領を中心に会合が行われていた。

 この村の人口は約六百。其処に千の賊徒が籠っているのだから、見張りで交代制で外に出していても、家屋で窮屈な生活を強いられている。首領たちの居る場所は村長の家屋だ。

「半月程なら此処で粘れますが、其れ以上は我々が消耗いたします」

「だが、本拠地に撤退と為ると、ホスワード軍が即座に襲って来るぞ。奴らは騎兵を擁している」

「上手く小部隊毎に分かれて、森林地帯を通り、湖に到達すれば、敵を振り切れる」

 首領が明日十九日早朝に小部隊に分け、本拠地への撤退を決した時、見張りの者から連絡が入った。


「村の西側から火の手が上がっています!ホスワード軍はこの村を焼き尽くす心算です!」

 外に出ると、西側のやや北側から火が起こり、風に乗って煙が村内に入り込む。

 其れと同時に村周辺をホスワード軍が囲んでいる事も確認された。

「…信じられん。彼奴等は護るべき市民の人家を焼き尽くす、と云うのか」

 首領の言葉も当然であろう。フラート帝の登極以降、いや始祖のメルオン大帝より、無抵抗な者、民間人への略奪や破壊は、ホスワード軍の軍規では重罪とされている。



 村の周囲にはホスワード軍が展開し、有らん限りの大声で叫び、鐘や鼓が打ち鳴らされ、騎兵は馬を嘶かせ、周囲を奔り馬蹄を響かせる。

 村内の賊徒は完全に混乱している。其処へガリンが率いる五十名の決死隊が村内に入った。

「ウブチュブク、任せたぞ!」

 声を掛けたのは、馬を嘶かせているエゴールだ。もう彼はガリンの判断に意見をせず、見守るだけである。


「此処を真っ直ぐ行けば、この村の村長の家に着きます。首領が其処に居るかは判りませんが…」

 ガリンの隣を走る、この付近出身の兵士が述べる。

「何れにせよ、武器を持ち、我らに向かって来る者は斬り伏せろ。周囲に護られている者が居たら、そいつが首領だ」

 ガリンたち緑の軍装をした一団が村内に入った事を賊たちは察した。

 剣を抜き、次々に向かって来るが、ガリンが走りながら長剣を振るう。致命的な箇所を斬られ、皆一撃で倒されて行く。

「こいつは隊長一人だけで済んじまうな。…おっと!」

 そう言って、少し避けたユースフはガリンに注意を促す。

「隊長!人家の屋根に乗って、矢を射てる奴らが居ますぜ!」

「構わん!止まらず走り続けろ!賊徒の矢の精度等、たかが知れている」

 火の手が上がり、村周辺は松明をホスワード兵が掲げているが、夕闇の中で走る一団を命中させる技術を持つ弓兵は、ガリンの言う通り存在しなかった。

 然もガリンたちは交戦中である。味方に当たりかねないので、矢は殆ど降らず、飛んで来ても、付近の地に刺さるだけだった。


 村長の家付近にガリンたちは到達した。周辺に十数名に因って護られている人物が居る。首領と見て間違いないだろう。

 其の途上でも周囲の賊からガリンたちに剣が振るわれる。

 ガリンは剣で受け止めれば、即座にその長い脚を付き出し、相手の腹部を蹴り、遠くへ吹き飛ばす。動きは止まらず、流れる様に次々に剣を振るい、別の賊の武器を弾き飛ばす。剣先を突き出し突撃して来る者には、巨体からは信じられない身のこなしで躱し、剣の柄頭を相手の背に討ち据え、其の者は痛みに悶絶し斃れる。


「何をしておる!其の者を殺せ!」

 この言葉で完全に首領が判明する。あの護られている男だ。ガリンは一人突撃し、次々に切り伏せ、一人残った首領には、柄頭を側頭部に当て、気絶させる。

「如何します?此奴の首を取って、降伏勧告をしましょうか?」

「いや、この男からは色々と聞き出さないといけない。今度はこの男を担いで、村の外に出て本隊への帰還だ」

 素早く首領を縛り上げ、二名の屈強な兵が担ぎ上げる。

「これを好く見ろ!お前たちの親分はこの様だ!死にたく無ければ、武器を捨てて降伏しろ!」

 ユースフが叫ぶと、賊たちは其々の行動を起こした。

 降伏する者、村を出て本拠地へ逃げる為、周囲のホスワード軍と戦う者、逃げるにしても上手く囲いの隙間を見つけて、目聡く落ち延びる者。

 

 翌朝。既に火は消火され、村への延焼は防いでいる。

 捕えた賊徒は六百を越え、抵抗を続けた末に殺害されたのは二百程。百にも満たない賊徒は取り逃したが、この規模なら、後で本拠地を叩き潰せば、問題無い。

 こうして、メルティアナ州北部に於ける、バリス軍と連動した賊徒の鎮圧を、ホスワード軍ほぼ達成した。


第九章 若き緑の鷹たちの飛翔 前編 了

 書きためたものなんですが、いざ投稿する時、それを分割編集して、タイトルをつけるのって、とにかく大変でした。

 書きための欠点ですね。



【読んで下さった方へ】

・レビュー、ブクマされると大変うれしいです。お星さまは一つでも、ないよりかはうれしいです(もちろん「いいね」も)。

・感想もどしどしお願いします(なるべく返信するよう努力はします)。

・誤字脱字や表現のおかしなところの指摘も歓迎です。

・下のリンクには今まで書いたものをシリーズとしてまとめていますので、お時間がある方はご一読よろしくお願いいたします。

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