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第七章 出世と家族 前編

 そして戦は大規模に…!

第七章 出世と家族 前編



 ホスワード帝国歴百十九年五月二十三日の午前。場所はホスワード帝国の北方の城塞オグローツ城。

 此処のある棟の大広間にて、論功行賞が行なわれている。尤も建築途中なので、内装等は殆ど無い。

 この三日前に、エルキト軍の襲撃をオグローツ城は受け、其の撃退に成功したのだが、再度の襲撃が無いか。二日間徹底して偵騎を行ない、今この論功行賞と為っている。

「ガリン・ウブチュブク!」

「はっ!」

 大広間に参集している将兵たちはどよめく。大半は彼の名と実績を知っているからで、知らぬ数少なき者たちも、呼ばれた人物が尋常為らざる偉容の持ち主であるのに驚く。


 呼ばれた人物は、下級小隊指揮官だが、中級に上がり、更に報奨金も大いに出るのだが、姿勢好く、大股に進み出るこの下士官に周囲は釘付けと為る。

 二十寸(二十センチメートル)の壇上に立つ、ある高級士官が面前に進み出たガリンと云う若者に、中級小隊指揮官の昇進と報奨金を約するのだが、其れでもガリンの方が五寸以上、正対した高級士官より背が高かった。この高級士官の身の丈は百と七十五寸は超えている。


 特徴は身の丈だけでは無く、肩幅は広く、胸板は厚く、腰回りは引き締まり、臀部は後ろに突き出て瞬発力を感じる。何より両腕と両脚の長さと逞しさが際立つ。

 其の一方で、顔付きは端正で整っているが、何処か少年期を完全に脱していない造りであった。黒褐色の頭髪は短く刈り、大きな双眸の瞳は、澄み切った空に輝く太陽を思わせる明るい茶色。

 ガリン・ウブチュブクは来月の六月五日に二十歳と為る若者だ。


 ガリンと同じ位の若者が進み出る。彼も同じく中級小隊指揮官に昇進した。

「ガリン、何れ本格的な戦が起こるだろう。だが今日の夕食は酒が大い振る舞われるそうだ。共に色々と語り合いたい」

「ティル、其れは構わないが、本格的な戦とは…?」

 ガリンは同年で同格のティル・ブローメルトに疑問を発した。そして内心思う。「彼は貴族の子弟だから、今は同格でも直ぐに昇進して行くんだろうな。対等の立場で酒が飲めるのは、今日だけかも知れない…」

 ティルは子爵家の跡取り息子で、然もこのバルカーン城の司令官は、ティルの父親のフィン・ブローメルト将軍が就いている。

「貴官が真っ先に討ち取ったエルキトの指揮官だよ。私が思うに彼は可寒(カガン)に連なるルアンティ・エルキト族の者だ。可寒が身内の復讐の兵を挙げる可能性は高い」


 ほぼ同時期。オグローツ城より遥かに北方のエルキト帝国の北庭、と呼ばれる首都に急報が入った。

 其れは現皇帝の弟が戦死した報である。この弟はガリンが一刀に切り捨てたエルキト側の総指揮を務めていた人物だ。

 現在のエルキト帝国の皇帝は、イネル・ルアンティ・エルキトで、年齢はこの年で三十八歳。

 弟には、余り自分たちに協力的で無い、シェラルブク族等の統治を任せ、ホスワードの北辺を切り取る事に成功したら、このエルキト南部一帯を任せる心算であった。

 そう言えば聞こえは好いが、もう半分は弟を対ホスワードの前線に立たせ、自身の即位前に後継として争っていた弟を、この様な形で始末して貰うのも、一計として有ったので、内心でイネルは「上々だ」と思っていた。


 皇帝の執務室の巨大な(ゲル)に、一人の少年が皇帝に拝謁に現れた。

 甥に当たる戦死した弟の息子だ。年齢は九歳に為る。

「伯父上!我が父を殺したホスワードの討伐軍を起して下さい!そして如何か私にも従軍許可を!」

「バタルよ。当然軍は起こす。だがお前の従軍は認めない」

 イネルは弟の息子可愛さからでは無く、未だ少年だと云うのに、騎射や武芸をさせて大人顔負けのバタルを従軍させ、功でも立てられたら、周囲から「次の可寒はバタル様だ」と為る事を懸念したからだ。

 バタル少年は怒りに身を焦がす。其れは従軍を認めない伯父にか、父を殺したホスワード軍にか。



 ガリンの部隊とティルの部隊の合計四十二騎が偵騎に出る事に為った。

 中級小隊指揮官は二十名の部下を持つが、両指揮官の部隊は其のまま十名の部下が追加されただけなので、元の十名も其のまま付き従っている。

「ユースフ、案内を頼むぞ。出来たら可寒の影響力の強い地まで深く探りたい」

 ガリンは部下のユースフ・ダリシュメンに言った。ユースフはガリンの五つ上。事実上のウブチュブク部隊の副隊長だ。

「了解しました隊長!今度エルキトの高貴な狩人さんに出くわしたら、この数ですから皆殺しにしましょうぜ!」

 エルキトに出自を持つが、中核部族のルアンティ・エルキト族を憎むユースフは息巻く。


「狩りなどしていないだろうよ。恐らく各地から何百、何千の騎兵が集結している筈だ。集結地を確認次第、城に戻り、帝都に急報だ」

 ティルが今回の目的であろう偵騎を説明すると、部下たちはどよめく。

「大規模な会戦ですか?」

「うむ。帝都より援軍として、陛下御自ら中央軍を率いて来られるだろう」

 現在オグローツ城の兵力は歩兵三千、騎兵が四千だ。数万の兵力で来られたら、一溜まりも無い。

 数日は廻るので、簡易に出来る天幕の資材と寝袋を各自馬の後方に据え付けている。

 水と食料は現地調達なので、寧ろ狩りは自分たちが行なう側だ。

 又、全員の姿はホスワードの軍装では無く、エルキトの戦士が着こむ姿をしている。この様な物もオグローツ城には揃っている。流石にガリンに合う物を見繕うのは一苦労したが。


 出発日は偶然にもガリンが二十歳を迎えた六月五日。早朝の出発だが、既に二刻前の午前の四の刻から、空は青く、雲は疎ら、風も時折気まぐれに吹くだけ。完全に日が沈むのは午後の九の刻を過ぎてからだ。日のある内は炎熱では無いが、身体を動かしていると、軽く汗ばむ。

 だが、日が完全に沈むと、一気に大気は冷気を孕み、天幕の中で厚い寝袋での就寝でないと、凍死する事は無いが、確実に体調を崩すだろう。


 情報の共有も済ましてある。確かにユースフを初め、この一行にはエルキトの地に詳しい者たちが多いが、彼らも広大なエルキトの地の隅から隅まで知っている訳では無い。

 先に偵騎に出た時のティルの情報は、父のブローメルト将軍直下の情報を扱う士官に預けられ、この偵騎に出るティルたちにも、他の偵騎を行なった仲間に因る情報が、この士官から渡されている。

 既にティルの持つ地図と台帳(ノート)の書き込みは、格段に多く為っている。


 北へ、其れもやや少し西側の北へと、一行は進む。南廷は東側の海に近い位置に在るが、北廷は完全に高原に位置している。

 慎重を期しながら、四日程進むも、人の気配が感じられない。だが、ティルが何かに気付き、一旦停止を提案し、彼は下馬して、数十歩歩く。

「これを見ろ。数百の騎馬隊の蹄の跡だ。風による土埃で、この程度の跡だと、二日前には通っているな」

 跡はほぼ真北に向かっている。

「此処から北へ丸一日馬を飛ばせば、背後の北に山脈、湖も近くに在り、幅も深さも在りませんが、川が幾つも流れている広い草原に着きます」

「何万騎が揃い、馬を休ませるには適した地、と云う訳だな」

 ティルの言葉に、ユースフとガリンが意見を述べ合い、ティルも頷く。

 一行の姿はエルキト人の戦士の様なので、このまま当地へ赴き、総兵力が確認出来たら、上手く離脱をしないといけない。



 広い草原には、三万とも四万とも数えられる騎兵が揃っていた。ガリンたち一行はユースフを先頭にして、ある大きな天幕へと進む。

 天幕の前で、派手な軍装をした者が居る。恐らく高級の指揮官だろう。

「お前たちは何処から来た?」

「シェラルブクからだ」

「シェラルブク?来たのはお前たちだけなのか?相変らず忠誠心が無く、やる気も無い奴等だ」

 シェラルブク方言が母語のユースフを仮の隊長として、シェラルブク族を装って、ガリンたちは集結地に入った。


「集結地は判った。この地で夜まで過ごし、当日の兵数を最小で見積もって、として報告に戻ろう」

 ティルがガリンに囁く様に言う。

「問題は、上手くこの場から離脱できるか、だな…」

「今日の深夜に発つが、二十二騎全員が別路から各自脱出し、落ち合う場所を決めよう。一塊で脱出は拙い」

 二十二騎は下馬して、ティルが広げた地図を見入る。ティルが指差し落ち合う場所を決め、二十二騎は其々別行動を取った。


 ガリンは愛馬を引き連れ、川が流れている処に向かった。愛馬が水を飲む。同種の事をしているエルキト兵も多い。

「随分デカいな、お前さん。何処から来たんだ?」

「と、遠い西の方からだ」

 問うたエルキト兵は、ガリンの話し方で、思い付く節が有った様だ。

「クミール王国に近い部族の出身か?俺も西の方だ」

「あぁ…、其の為言葉では苦労している」

 ガリンは部下たちが心配に為った。ユースフたちは大丈夫だろうが、ホスワード人の部下たちはエルキト語は片言しか出来ない。


 夜が更けた。かなりの寒さだ。だが、人馬が四万以上集まり、所々に篝火が在る為か、凍える程では無い。事実、天幕内で無く、寝袋で就寝している兵士も居る。

 ガリンも寝袋だけで草地の上で寝るふりをした。

 空を見上げる。幸いにも満天の星空と月明かりが煌々としている。

 周囲を確認し、起き上がったガリンは寝袋を畳んで、愛馬を繋いだ仮設の馬場へと行く。

 周辺には見張り等居ない。其れ処かこの時間帯に集結地に現れるエルキト兵も遣って来ている。

 ガリンは集結地に遣って来た兵のふりをして、「別の場所に馬を繋ごう」と言って、この地を脱出した。


 暗闇の中、三刻は馬を奔らせたか。合流地点に既に何名か揃っていた。ユースフが居る。

「ユースフ、何名居る?ティルは?」

「ウブチュブク隊長、隊長で八人目です。ブローメルト隊長は未だ来ていません」

 ガリンは一人の部下に目を向ける。ホスワードの兵でエルキト語など解せぬ兵だ。

「好く無事に脱出出来たな。問答は大丈夫だったのか?」

「実はブローメルト隊長からこれ等を渡されていまして。小官の様にエルキト語が出来ない者は、戦傷で耳が悪いとか、声を出すのが辛い、等と云う事にしていました」

 部下が出したのは、エルキト語で書かれた「自分は戦傷で耳が悪い」とか「声が出し辛い」等の紙片で、他の紙片は「用を足しに行く」等、問答用の紙片だ。

「全く大した策士だな、彼は。然し、其の様な傷痍兵もエルキトでは駆り出す物なのか」

「えぇ、乗馬さえ可能なら、片目でも目が見え、片腕でも武器が振るえれば、駆り出されますよ。合図は旗等で出来ますからね」

 ユースフの答えに、ガリンはチクチクとした何とも云えぬ怒りを覚えた。


 こうして次々に部下たちは合流地点に現れ、最後にティルとホスワードの兵が揃って遣って来た。

 ティルは単独行動をしながら、特にホスワードに出自を持つ部下たちを、遠くで見ながら、彼らの脱出を全て確認してから、自身も離脱したのだ。

「俺の部下まで助けてくれて、ありがとうティル」

「何、言い出したのが私だから、責任を持って全員の無事を受け持っただけだよ。周辺を巡り兵数の確認も兼ねてな」

 ガリンは心の中で嘆息する。

「彼は貴族の軍人だから、では無く、今直ぐにでも高い地位に出世させるべきだ。そう遠くない内にヨギフ・ガルガミシュ指揮官が兵部尚書、ティル・ブローメルトが大将軍と為るだろう」


 出発をしてから九日目。ガリンたち二十二騎はオグローツ城に戻った。

 急を要する偵騎なので、一行は其のまま城内に入ると、司令官棟に進み、司令官室に入出し、フィン・ブローメルト将軍に直の報告をする。

 伝えるのは息子のティルだが、親子は完全な公的な言葉使いだ。

「ご苦労だった。ブローメルトとウブチュブク両指揮官。即座に内容は帝都へ飛ばす。卿らは本日と明日の休日を許す」

 一行は右拳を左胸に当てる敬礼をして、司令官室から退出して行った。



 帝都から歩騎五万をフラート帝自ら率いる報せが、オグローツ城に届いたのは、ガリンたちの休日の終りの翌日の十六日だった。

 内容は、五日後の二十一日までには当地に到着するので、其れまで只管防備に徹せよ、との事だったが、エルキトの兵力は最小で見積もっても四万近く。この軍団がオグローツ城付近まで展開して来るのは、二日か三日は掛かるだろう。

 凡そ、一日か二日、如何にか寡兵にて耐えれば、陛下の親征軍が到着為さる、とブローメルト将軍は檄を飛ばし、当地のホスワード軍は戦意が大いに高まった。


 二日後の昼過ぎには、オグローツ城の最も高い場所にて、北から騎馬軍団が向かって来るのが確認された。

 先頭には狼の頭蓋骨を長い木製の柄の登頂に掲げている。

 牙門と呼ばれる大本営が在る事を示し、エルキト皇帝の親征を意味する。

 既に北側はブローメルト司令官の命で、馬防柵の設置、土塁の構築がされているが、迫って来ているエルキト軍は四万は確実に超えている。

 一軍で北側で攻勢し、左右に一万以上の騎兵を回り込ませる事が可能だ。


 オグローツ城は先ず対峙する北側を優先して城壁が造られている。東と西と城壁の造りは七割、南は四割、と云った処で、北壁はほぼ出来上がっているので、ガリンの部隊は北壁の歩廊で弓兵と為る事を命じられた。

 眼下には歩兵三千が揃い、五百の石弓と五百の弩を各自一つを三人掛かりで扱う。

 これなら多少の連射が可能だ。ガリンたちは城壁上から少しでも矢を射て、彼らの支援をする。


 城の東西には、各十五輌の鹿角車が配置されている。これを防壁として、其の後方に千五百ずつの騎兵を配置している。

 つまり南面には完全に兵を配置していない。其処まで兵を分散させると、四面で消耗するだけだろう。

 南方から若し侵入された場合は、司令官棟で全体の指揮を執るブローメルト将軍が五百騎の精鋭を率いて、迎え撃つ事が決まっている。

 彼の息子のティルもこの精鋭部隊に入っている。

 そして、当然城の建築に携わっている職人たちは、南方の村落に避難済みだ。


 十八日の午後の三の刻過ぎ、エルキト帝国軍はオグローツ城を北から激しく攻め立てた。

 四万を越える騎兵が北面を突撃しつつ、左右に徐々に一万騎ずつを回り込ませ、オグローツ城の侵入を果たそうとする。

 更に其の内の左右の数百騎が南ががら空きと断じて、回り込んでオグローツ城内に侵入を果たした。


 この瞬間、フィン・ブローメルト将軍自ら率いる騎兵五百騎が迎撃に出る。

 事前に其れを支援する様に、南の未だ中途に建てられた建築移内から、約百名の弓兵が南から侵入したエルキト騎兵に矢を射る。そして、鉄製の薙刀を持ったブローメルト将軍を先頭に突撃したホスワード軍は、エルキト騎兵を接近戦で討ち取って行く。

 ティルも同じく鉄製の薙刀を振るい、エルキト騎兵を打ち倒す事夥しい。


 ガリンは其の前に北の城壁上で、何時もの様に敵の指揮官に狙いをつけて矢を射る。

 これが功奏したのか、北側のエルキト騎兵は混乱し、土塁と馬防柵の後方で、ホスワード歩兵が余裕を持って準備した石弓と弩の斉射を浴びせ、北のエルキト軍は被害を被る。

 東と西の攻防も鹿角車内からと、其の後方のホスワード騎兵の矢に苦戦し、少し勢いが止まると、ホスワード騎兵は飛び出し、エルキト騎兵に接近戦を挑み、戦闘を優位に進める。

 更に南の戦闘では、ブローメルト将軍の個人の剛勇で、侵入したエルキト騎兵は撃退されてしまった。

「これは事前に我が軍の兵力を想定して、対策をしていたな!」

 エルキト皇帝イネルは、全軍に撤収指令を出し、オグローツ城から三里程離れた北の箇所で、全軍を纏める。

 日が落ち、完全に夕闇に為った事も、この強襲を止めた理由だろう。


 だが、イネルは夜襲を行なう事を命じた。

「恐らく、ホスワードから大規模な援軍が到着するだろう。其の前に城の制圧は出来ずとも、城内の物資の強奪だけは行って、ホスワードの援軍の到着前に、本拠地に帰還する!」

 イネルは戦略をオグローツ城の占領では無く、ホスワードの本隊到着前までに、奪える物は奪う、掠奪作戦に切り替えた。

 翌十九日の午前の二刻近く、エルキト軍は引いた位置から、松明も掲げず、再度のオグローツ城への侵攻を始める。


 其の四刻前。ブローメルト将軍が、上級大隊指揮官と為ったスミレツ・バールキスカンに、以下の事を命じていた。

「夜襲にて、この城の物資を奪う目的に切り替えたかも知れん。剛の者を五千集め、城の南面に配置するのだ」

 ガリンとティルの部隊は全員この部隊に選別され、城の南面に位置する。

 ガリンは久々に二尺を越える先に斧が付いた長槍を携えた。

 ブローメルト将軍は城内の武器庫から、簡易な罠が作れる部材の用意もさせ、命じられた将兵も南面へと罠を配置する。


 夜が明け始める、午前四の刻過ぎ。エルキト軍はオグローツ城を北から東と西に攻囲し、大音量で叫びまわり、鼓や鐘を持つ者は馬上で其れ等を鳴らし続けた。

 馬の嘶き、馬蹄の響きも有り、未だ薄闇の中では、まるで何万もの兵に囲まれた様に思えたが、エルキト軍の配置は北と東と西に其々一万にも満たない騎兵で、残りの一万の精鋭は最も遠回りして、南からオグローツ城へと突撃を敢行しようとしていた。

 この部隊だけは、猛速度だが音を出さず進み、オグローツ城の未だ殆ど出来ていない城壁を越えようと計る。



 馬が叫び声を上げて、騎乗しているエルキト兵は制御に苦しむか、単純に馬上から投げ出されている。

 場所はオグローツ城の南。城壁が出来ていない箇所から、次々に侵入して行ったエルキト騎兵の馬群が苦痛で狂奔している。

 城壁が出来ていない箇所に、鉄菱を撒いていたのだ。城内への進入路が有るのは痛手だが、夜襲されるのを逆手にとって、鉄菱をありったけ進入可能な諸箇所に撒いていた。

 其れでも城内に進入してくるエルキト騎兵は出てくる。

「討て!」

 バールキスカンが命じ、約二百名の弩を準備していた兵が斉射する。

 如何にか城内に達したエルキト騎兵は、又も倒されて行く。其の弩の斉射と同時に、オグローツ城南面の各所の建物内に明かりや篝火が灯された。

 南側は一気に明るくなる。そしてエルキト兵は仰天する。約五千程の歩兵が主に長槍を持って立ち塞がっていたのだ。

「全軍突撃!」

 この南面部隊の総指揮官であるバールキスカンが命じ、ガリンやティルは二尺を越える武器を振るい、馬上のエルキト騎兵に突撃を敢行した。


「馬上の兵を討ち取るのが難しければ、馬に槍を突き刺せ!」

「やれやれ、鉄菱と云い、馬を主に殺傷するのは、余り気が進まないのだが」

 愚痴を零すのは、騎馬遊牧民のユースフだが、彼も手にした百と五十寸を越える鉄製の槍を振るい、エルキト騎兵の馬の脚を狙う。


 未だ建築途上が大半だが、オグローツ城の南側は建物が多い。先のブローメルト将軍の騎兵での撃退では、双方五百騎程だったが、一万の騎兵を突入させると為ると、建物が邪魔で機動力が無くなる。

 ホスワード軍は全軍歩兵にて、建物の死角からうろつくエルキト騎兵を確実に討って行く。

 戦闘が始まり、二刻が過ぎ、完全に夜が明けると、明るい日差しの中でエルキト軍は自軍の想像以上の被害に唖然とする。

 其処へ総撤退命令が出された。エルキト騎兵は今度は明るい中なので、上手く馬を操り、地の鉄菱を避けて、オグローツ城の南面から南へ、そして左右に分かれ北へと逃げて行った。


 全軍を纏めたイネルは未だ略奪を諦めていなかった。一軍をオグローツ城に張り付け、別働隊にホスワード領内深く入り、村落の略奪を決行しようとしていた。

 だが、軍の編成に時間が掛かり、襲撃部隊約二万が進発したのは、二十一日の早朝であった。

 この頃には、ホスワード軍の歩兵四万が、主に河川や運河を使い、ほぼオグローツ城の近辺に達しつつある。

 騎兵一万は皇帝フラート自ら率い、定期的にオグローツ城のブローメルト将軍からもたらされる情報から、軍を二分しての動きをフラート帝は察知していた。

「ガルガミシュ将軍にエルキトの略奪軍を撃滅する様に連絡しろ。余はこのまま北上してオグローツ城を囲むエルキト軍を一蹴する」

 歩兵四万はラドゥ・ガルガミシュ将軍が統括し、この軍には上級大隊指揮官として、彼の息子のヨギフ・ガルガミシュも居る。

 フラート帝の命を受けた連絡兵は馬を飛ばす。


 二十一日の昼頃に、又もエルキト軍はオグローツ城を囲んだ。

 総兵力は一万五千程で、猛攻を仕掛けず、矢を射ては後退し、城の南側に回り込もうともしなかった。

「我が息子が造り上げた詳細な地図を陛下にお渡ししたのは正解だったな」

 ブローメルト将軍は息子のティルが造った、この近辺の地形の地図を模写したものを、フラート帝の本営に渡していた。

 恐らく、このまま耐えて居れば、フラート帝が率いる騎兵が虚を点いて、このエルキト軍を強襲するだろう。オグローツ城の将兵は其れに合わせての出撃をするので、この時点では只管城内にて防衛に徹している。


 二十二日の夜半。オグローツ城に張り付いているエルキト軍の野営地に対して、突如襲撃が行なわれた。

 この城攻囲部隊を直接指揮していたイネルは、当初オグローツ城のホスワード軍が城を討って出て来たと思ったが、次々に来る連絡では、夜襲に来たのはホスワード皇帝自ら率いる騎兵だと判り、流石に狼狽する。

「拙い!このまま立て直しが出来ぬと、オグローツ城のホスワード軍も出撃して来る!」

 然し遅かった。フラート帝とブローメルト将軍は緊密な連絡をし続けており、オグローツ城の騎兵四千も全騎出撃していた。

 スミレツ・バールキスカンを総指揮官として、ガリンやティルやユースフたちもこの一軍に入り、混乱を来たしているエルキト本営を直撃する。


 オグローツ城でブローメルト将軍は連絡を待っていた。

 彼が待っていた連絡が来たのは、二十三日の午前の一の刻である。

「やったか!即座に北へ飛んで触れ回れ!エルキトの別動隊が敗れた事を!」

 ホスワード領深く進撃していたエルキト軍二万は、ラドゥ・ガルガミシュ将軍率いる四万の兵で蹴散らされ、敗走している。

 この報がエルキト本営に伝われば、彼らは完全に瓦解する。


「味方が敗れ、逃げ出してる!我らも此処に留まれば、全滅だぞ!」

「早く北へ逃げるんだ!」

「最早、この戦は我らの負けだ!」

 各所で悲痛な叫び声が続出する。だが、幾つかはエルキトの言葉に堪能な、ホスワード将兵が夜陰も有り、叫んでいたのだ。

 そして、軍の維持が不可能と悟ったイネルは、全軍に本拠地への総撤退を命ずる。

 ホスワード軍の追撃は徹底して行われ、漸く朝日が昇る頃には、フラート帝が全軍にオグローツ城への帰還を命じた。

 ガリンが殺傷したエルキト兵は数知れない。暗闇でも好く分かる人馬が巨大で、振るう武器も巨大。「ウブチュブク隊長」とか「ガリン」とか「ガリン・ウブチュブク指揮官」とか呼ばれていたので、エルキト兵は彼の名を恐怖と共に刻み込んだ。


 昼過ぎには全軍がオグローツ城に揃う。歩兵を率いていたガルガミシュ将軍の軍もだ。

 皇帝に因る勝鬨で、然も六万近い兵数。其の勝利の叫び声は大きく、この辺り一帯の地を鳴動させる。

 ガリンの元にフラート帝が騎乗したまま現れる。ガリンは軍神とも思える程、フラート帝が眩しい。

「ウブチュブクだな。卿の活躍は聞き及んでいる」

 ガリンは下馬していたが、相変らず拝跪は止められた。

「今は、面を挙げ、皆と勝利の祝いをするが好い。余は他の者たちの活躍を労いたい」

 そう言ってフラート帝は、高級士官、士官や下士官、更には兵卒、と誰彼構わず言葉を交わしに離れて行く。

「将に、英雄の帝王だ…。失礼ながら御年の事を考えれば、この様な即断の行動を御自ら行われるとは思わなかった」

 ガリンは近くのティルに質問を発する。

「後継と為られる皇太子殿下も、陛下同様に英武の方なのだろうか?」


 其れを聞いた、ティルは少し渋い顔をした。

「ガリン。貴官も出世して行くだろうから、これは知って於いた方が好いな」

 ティルは皇族の事。つまりフラート帝の家族について語った。

 フラートには五人の子が居る。三番目が男子で、上の二人と下の二人は女子だ。

 そして、五人とも程度の差こそあれ、皆病弱である。

 皇太子に立てられている男子はナルシェと云い、この年で二十四歳。

 又、この年にはナルシェの長男で、フラートの嫡孫のカルロートが生まれているが、この赤子も病弱で、医師たちが四六時中ついている状態である。

 ガリンは驚く。あの様な覇気に満ちた帝王の子たちが皆病弱だと。

 ホスワード帝国は、若しこの稀代の帝王を失ったら如何為るのだろう、と心の中でも不敬すぎる思いをガリン・ウブチュブクは振り払った。


第七章 出世と家族 前編 了

 フラート帝の家族に関しては、本伝でも書きましたが、本当に呪いか、たまたまか。

 書いていた当の私もよく分かっていません。(てきとーすぎる)



【読んで下さった方へ】

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・下のリンクには今まで書いたものをシリーズとしてまとめていますので、お時間がある方はご一読よろしくお願いいたします。

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