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第五章 各地での任務 前編

 ガリンのホスワード軍での初めての戦はどう決着するか!?

第五章 各地での任務 前編



 ホスワード帝国歴百十六年十一月二十三日。夜の二十の刻。

 バルカーン城から出撃した五千の騎兵隊が猛速度で北進している。

 暗闇の中を奔っているが、空には雲が無く、月明かりと満天の星々、其れと数十名の騎兵を片手に松明を持って奔っている。

 何より、先頭を奔るヨギフ・ガルガミシュ下級大隊指揮官は、事前に偵騎をしていた事も有って、この辺りの地に詳しい。

 この五千騎を統括する総指揮官が、ヨギフの部隊に先陣を命じている。

「このまま一刻程進めば、バリス軍の本営に辿り着く。先ずは全軍矢を射て、其のままの勢いで突撃だ」

 ヨギフは左右を奔る、彼の従卒のザンビエとガリン・ウブチュブクの二人の若者に話すと、両者はヨギフの主だった旗下の指揮官に今の言葉を通達して行った。


 ヨギフの傍らで先頭を奔るガリンは、遠くに大量の篝火が灯された陣営を見つけた。

 規模から五万程は駐屯していると思われる大規模な陣営だ。

 周囲には木柵や馬防柵で囲われているが、全体的には囲われていない。

 殆ど直進してこの陣営を騎兵で突破可能な箇所に対して、ヨギフの部隊は進路を変え進み、後続の本隊も其れに続く。


 流石に五千の騎兵が近辺まで来れば、バリス側も察知して、防備と迎撃態勢に動く。が、彼らの動きは遅く混乱している様だった。バルカーン城から討って出た騎兵隊が、自陣に接近しつつある事を察知する其の直前。北方の物資集積地がホスワード軍に襲われているので、其の為の援軍がバリスの本営に齎されていたのだ。

 この物資集積地には、精鋭を揃えていない。バリス本営は即座の援軍の編成をして、進発させた瞬間、今度は自分たちの本営に対してのホスワード軍の攻撃が来たのだ。

 連動した動きである事は、容易に判る。


 二十一の刻を過ぎた頃、ホスワード軍の五千騎はバリス陣営に斉射し、先頭部隊が陣内に突撃を敢行した。

「止まるな!一気に駆けよ!」

 ヨギフの指示で、五千の騎兵は速度を緩めずにバリス軍の本営内を奔る。

 ガリンは斉射時に矢を五本速射していた。恐るべき事に篝火が有るとは云え、全てバリスの将兵に当たっていた。

 ガリンは弓を鞍の袋に納めると、背の長槍を閃かす。両脚で見事に速度を落とさず騎行し、長槍の先の斧がバリス兵を殺傷して行く。

 更にかなりの巨大な篝火を槍を使って倒し、この倒れた篝火は近辺の幕舎を燃やし始めた。


 バリス本営は混乱の極みにある。つい先程に北へ援軍を進発させたが、これを呼び戻すか、如何にか現状の戦力でこの乱入して来たホスワード軍の突進を止めるか、首脳部が迷い、適切な判断を出すのが遅れた為、このホスワードの騎兵隊はバリス本営内を好き放題に駆け、そしてバリス本営の出撃場所である南の木柵の門から、堂々と抜け出して行った。


 バリス軍の本営を襲撃して、南へ一里程離れて、ホスワード軍の騎兵隊は集結し、動静を待つ。

 肝心の更に北方の物資集積地が壊滅していなければ、この襲撃は意味を為さない。若し、北方部隊の援軍が失敗したら、この部隊が改めて北へ転進して、物資集積地を襲う、との命を全軍の総指揮官が通達した。


 二刻程待つと、北からホスワード軍の連絡兵が遣って来た。援軍五千は見事に物資集積地を破壊し、これでバリス軍の軍事行動は進退窮まった、と報告する。

 ホスワード軍の襲撃部隊は歓声を上がる。如何やらバリス軍が向けた支援部隊は、中途で本営の襲撃の連絡を受け、北に向かうか、本営に戻るか逡巡した結果、どちらの援軍にも間に合わず、完全な遊軍と化した様だ。



 ヨギフは念の為に、部下のエゴール・ルーマンを呼び、一部隊を率いて、実際に北方のバリス軍の物資集積地の偵騎を命じた。ガリンがヨギフをじっと見ている。意図を察したヨギフは応えた。

「ガリンよ。卿は十分に働いてくれた。バルカーン城に戻り、じっくり休息だ」

 このエゴールの偵騎に入りたがった、ガリンをヨギフは制した。


 エゴールが選抜した十騎程を連れ、北へ奔ると、この五千騎の総指揮官がバルカーン城への帰還を命じた。

 最後尾には襲撃されたバリス軍が反撃に出ないかを確認しながらの帰還だ。ガリンはヨギフに頼み、この部隊には入れさせて貰った。ガリンが未だ大量に矢を保持しているのも選ばれた理由だろう。

 翌、三の刻過ぎには、この部隊はバルカーン城に無事に帰還し、十二の刻に戻ったエゴールたちの報告でも、バリス軍の物資集積地は完全に破壊され、機能していない、との情報が確認された。

「偵騎を放て。バリス軍は総撤退の準備をしているだろう」

「追撃は行いますか?」

「彼等としても、これ程の恥辱を晒したからには、十分な策と用意で以って撤退するだろう。窮鼠と化した彼らに噛み千切られるより、遺棄した攻城武器の押収を優先しよう」

 ヨギフとバルカーン城司令官ラグナール・ホーゲルヴァイデ将軍のこの日の夕の会話である。

 偵騎でバリス軍の完全な撤退を確認したら、バルカーン城の東と西に遺棄されている攻城兵器の押収をホーゲルヴァイデ将軍は全軍に命じた。


 十一月三十日。この日の前日にバリス軍が完全撤退したとの報が齎されたので、バルカーン城の将兵は東西から城を出て、バリス軍が遺棄した兵器を運び込む。

 かなりの重労働だ。西には八輌の衝車、東には五輌の梯車と十機の投石機だが、全て車輪を使用不可にしていたので、数十人掛かりで持ち上げ引き摺り運ぶ。特に高さが二十五尺有る梯車は、其の場で解体して、部材毎に運ぶのだ。

 ガリンはこの解体された梯車の部材を担いでバルカーン城へ運ぶ作業をしていた。

 又、天候も数日前から厚い灰色雲に覆われる様に為り、日の光は殆ど拝めない。作業開始日は小雨ではあるが、冷たい雫が作業をする数千人のホスワード将兵を濡らしていた。

 一週間の作業でバリス軍の遺棄した攻城兵器は全て、バルカーン城に搬入したが、この頃から小雨は霙に、そして小雪へと変化して行った。


 時同じくして、帝都ウェザールからフラート帝からの勅使が、バルカーン城の将兵に対する論功行賞を行なう為に遣って来た。

 事前に各部隊の隊長が功績を纏めた物を、ヨギフの様な幹部たちが更に精査し、其れをホーゲルヴァイデ将軍に渡し、将軍の最後の審査を経て、帝都へとバルカーン城の将兵の功績を纏めた書類が渡り、フラート帝が昇進や恩賞の勅許状を自ら認めたのだ。

 ヨギフ・ガルガミシュは中級大隊指揮官と為り、エゴール・ルーマンは昇進はしなかったが、かなりの恩賞が出される。

 ガリンについては何の沙汰も無かったが、昇進したヨギフがガリンを自分の執務室に呼んで、こう告げた。


「これ程の活躍。本来なら下士官に相当するが、未だ卿は十七だ。下士官は軍学院を出た十九の者が付く地位。故に卿が二十に為ったら、自動的に下士官に昇進だ」

 ガリンは立ち上がり姿勢を正して、右拳を左胸に当てる敬礼を施して答える。

「異国の地より、兵卒として受け入れて頂いただけでも光栄です。二十までにホスワードの下士官として相応しい者と為る様、あらゆる任務に励む所存です」

 任務、と云う言葉を聞いてヨギフは付け加えた。

「実は衝車五輌と投石機十機、そして解体した梯車五輌分は、全て南のメルティアナ城へ搬入せよ、との命が下されている。其れに伴い、私の部隊もメルティアナ城が任地と為る」

 ヨギフの部隊の二千への増員と再編成、衝車と投石機の修理が終わり次第、このヨギフの部隊は、メルティアナ城への異動と為る。

 其の代わり、先にバリスの物資集積地を壊滅させた五千の内二千が、バルカーン城に着任と為るそうだ。

 ガリン・ウブチュブクの次の地は、曾ての大陸に覇を唱えた超大国、プラーキーナ帝国の首都のメルティアナ城と決まった。



 年が明け、百十七年一月三日。ヨギフ・ガルガミシュの部隊二千は、南のメルティアナ城へと出発する。

 出発前日、ガリンはエゴールとブートと別れの挨拶と激励を受けた。ヨギフの部隊の再編で、この辺りの地に詳しいエゴールを初めとする将兵たちは、別の高級指揮官の部下と為り、ブートもバルカーン城に残る。

「ガリン。お前なら、直ぐに俺より上位の指揮官に為る。その時は部下として宜しく頼むぞ」

「俺は多分、このまま一般兵のままだけど、お前さんなら、ルーマン指揮官の言う通り、絶対出世するぞ!」

「有難う御座います。御二人とも色々お世話に為りました」

 こうしてガリンは二頭立ての巨大な四輪の荷馬車の馭者として出発した。中には梯車の解体した部材が詰まっている。メルティアナ城にて再構築する為だ。

 十二月から度々降雪があったが、大雪は無く、残雪は日の当たらない処に積もっているのみ。

 其の分、道は濡れ、大地はぬかるんでいる。空は半ば灰色に覆われ、吐く息は白い。そんな中、ヨギフの部隊二千は、衝車五輌、投石機と梯車の部品を積んだ荷馬車が十輌以上、無論途上の野営の為の物資を積んだ輜重車も連ねて、南へと一列に進んで行く。


 一月十日。大荷物とあって、ヨギフ率いる二千の部隊がメルティアナ城に入城したのは、この日の十六の刻過ぎ、南下するにつれ、ごく僅かだが、寒さは和らぎ、空には日が拝める天候だったが、吐く息は未だ微かに白い。

 特に北風が強ければ、体感する寒さは、ガリンの故郷のクミール王国と変わらない。

 違いは降雪量が少ないのと、日中に日が見える機会が少し多い位だ。其れでも数日前に大雪が有ったのか、この日は朝から天候が好かったが、周囲は雪化粧されている。人や馬車が通る道路の雪は、通行で自然にどけられているが。


 メルティアナ城は南北に五里と五十丈(五千五百メートル)、東西に五里の城壁に囲われていて、その城壁の高さは二十尺(二十メートル)近く、厚さは五尺近くだ。

 処が、城壁はそこかしこで毀れており、四方の塔も崩れたままである。

 城の周囲に在る城を守る様に点在している、大小さまざまな城塞も、大半が荒廃したままである。

 巨大な衝車や、梯車の部材を入れた矢張り巨大な馬車が連なっているので、一行は南の最も高く幅を有する正門から入城した。


 ガリンは色々な意味で驚愕する。先ず、この都市だけでも彼の生まれ故郷のクミール王国の領域を超えている。そして、外部からは城壁の損傷の激しさに対して、内部に入ると、まるで軍事基地の様相を呈しているのだ。

 一応、都市なので、住民が十万近く住んでいるが、軍事要塞色が強い。フラート帝の前の皇帝の四代皇帝マゴメート時代には、バリス帝国に奪われていて、フラート帝の登極で再奪取した都市である事も関係している。

「まあ、薄々判っていると思うが、此処での我らの役目は、城壁や城塞の修復が主任務と為る」

 馬車を御しながら、周囲を忙しなく見回すガリンに、騎行して傍に近づいたヨギフが言った。


 メルティアナ城に駐屯している兵は二千で、彼らは偵察以外は基本的に城の修繕に携わっている。

 ヨギフの部隊も其の城の修繕の増員部隊だ。司令官職は北方のバルカーン城のホーゲルヴァイデ将軍が兼任で管轄していて、普段は司令官代理で五十代半ばの中級大隊指揮官が務めている。

 ヨギフと同格と為る訳だが、年齢がずっと上のこの人物は平民出身だ。ヨギフは副司令官代理として、この閲歴の在る人物を補佐する。

 将来的に軍の第一人者と為る、とフラート帝はヨギフを見ていたのであろう。この様に若い内は様々な人物の下に就けて、経験を積ませたい、との思いが感じられる。


 この日はヨギフが司令官代理に着任の手続きを済ませると、十七の刻を過ぎ、既に闇夜と為っていたので、各自は事前に宛がわれた営舎へと入り、湯あみをし食事を取り就寝した。

 翌十一日。早くもヨギフの部隊は一カ所に集合する事を命じられる。幾つかの班分けだ。持ち込んだ梯車の部材を城内の造兵廠に運搬する班。城壁の修繕を担当する班。城外の各城塞の修繕を担当する班等だ。

 ガリンは梯車の部材を造兵廠へ運搬する班に配属された。


 部材運びは三日で終了した。其の為部材運び班は、其のまま城壁の修繕の班に加わる。

 日々の任務は朝の九の刻から始まり、十七の刻で終了で、丁度十二の刻から一刻間が昼食兼休憩時間だ。又、七日に一日は完全休養日で、この日は多くの将兵はメルティアナ城の飲食街や歓楽街で過ごす。

 日々の労働はバルカーン城でも同じだが、娯楽施設等無いバルカーン城では、休日に将兵は自室で寛ぐ位しか無いので、このメルティアナ城での任務に就きたいと思う将兵は、実は多いのだ。

 七日間に一日は完全休養日だが、最低でも週に一日、多い時は三日は城内の軍事訓練施設で、武芸や騎射等の軍事訓練に費やされる。

 日々の労働で体力は付くが、其れが戦場での活躍に繋がらなければ意味が無い。

 時として、城外に出て模擬戦さえ行われる。


 一対一で、剣や槍、そして徒手空拳でも、武芸を行わせると、ガリンに勝てる者など一人も居なかったし、騎射をさせれば、ガリンより正確に的に当てる者も居なかった。

 模擬戦で、ガリンが先に布が捲かれた矢を放つと、確実に相手陣営は崩され、木製で矢張り先端が布で捲かれた槍を閃かし、ガリンが突撃をすると、相手側は恐慌して逃げ出す有り様である。

「何とまあ…。然し、これで今年十八だと云うのだから、末恐ろしいな」

 指揮するヨギフはガリンの勇猛さを讃えつつも、自部隊に喝を入れなければ、と思った。



 ある日の早朝、ヨギフは訓練施設で、部下を集めこう言った。

「本日より、弓矢の訓練は二十名の指導員を私が選び、選ばれた指導員は大変だろうが、各百名を指導する形式を執る。今より名を呼ぶので、呼ばれた者は、私の傍に並ぶ様に」

 其々が各自で弓術の訓練をするよりも、練達した者が指導した方が効率的だ、とヨギフは判断したのだ。

 弓は戦の基本。相手陣形を崩すのも、防御に徹するのも、奇襲を掛けるにも、全ての戦の局面に関わる。故に精度が高ければ高い程、これ等の局面で有利に立てる。

「ガリン・ウブチュブク!」

 ヨギフが名を呼び、部下たちはどよめく。確かに彼の弓術は一級品だ。だが、十七・八歳の若者。何より彼の地位は見習いの輜重兵だ。


 名を呼ばれたガリンは暫し忘我の状態だったが、直ぐに律動的で力感も有する足取りで、ヨギフと彼が名を上げた者たちの元へ進む。丁度ガリンが最後の二十人目だった。

「今呼んだ様に、階級が其々異なっているが、この調練だけは階級を無視して、指導員の命に絶対服従する事を言い渡す。故に彼ら二十名の誰の指導を受けたいかは、卿らの判断に任す」

 更にどよめいた将兵たちは、並んだ二十名の前に進む事を言い渡された。

「……!」

 ガリンは声が出ず、其の太陽の様に輝く、明るい茶色の瞳の眼を大きくして、自分の眼前を凝視する。

 彼に対して、明らかに百人以上が並んでいるのだ。

「少し調整せねば為らんな。これは私が遣ろう」

 ヨギフはそう言って、二十の列の調整をして、各百人ずつに並べ替えた。


「ガリンよ、弓矢を構えよ。そしてこれを飛ばすので、最も高く上がった時点で射抜け」

 ヨギフは縦横十五寸(十五センチメートル)の木の板を手にしている。そして彼は其れを空高く遠くへ投げ飛ばした。

 ガリンは弓を構え矢を番え、遠く高くに飛んだ、この板目掛けて射る。

 見事に矢は突き刺さり、板は半分に割れ、矢を共に落ちて行く。

 将兵のどよめきは、歓声と拍手に変わる。

「此処まで出来る必要は無い。取り敢えず、八十尺離れた的に確実に当てる事が出来る様に」

 ヨギフの部下たちの将兵は、上は士官から下はガリンと同じ輜重兵まで、この自部隊で一番若く、一番身の丈が高いガリンを改めて畏怖し、齢の近い者は完全に尊敬の眼差しで仰ぎ見ていた。


 弓術専用の訓練場がある。丁度的が二十設置出来るので、ヨギフは二十に分けたのだ。

 二十の列が並び、指導員たちが一人ずつ構えから指導して行く。

 ガリンの武芸は殆ど自己流、其れも実戦で身に付けて行った物だ。だが、少年の日にエゴール・ルーマンからホスワード軍の武芸書を貰い熟読していたので、彼の教えはホスワード流で、ホスワードの将兵からすると、身に付き易かった。

 ガリンとしても、若くして人に教える体験を持ったのは、後年に様々な影響を与える。


 こうして、城壁や城塞の修復。武芸と模擬戦に明け暮れたヨギフの部隊だが、三月に入る頃から、元々メルティアナ城に駐屯している将兵と共に、周辺偵騎を行うように為った。

 偵騎は、この辺りの地に詳しい長くメルティアナ城に駐屯している将兵が行なっていたが、彼らの指導と案内でヨギフの部下たちも、徐々に偵騎へと奔るように為る。

 ガリンは今度は周辺の地理を覚える教わる側だ。


 主に西部や南西部に赴くが、メルティアナ州の西を越えると、バリス帝国とテヌーラ帝国が領有を争っているカートハージ州、メルティアナ州の南を越えると、ホスワード帝国の一番の南西のレーク州だ。

 レーク州の南はドンロ大河が流れ、其の影響か、この辺り周辺は河川や水路や沼沢が多く、草原で馬を奔らせるのとは異なる馬術を求められる。

 だが、ガリンは即座にこの様な地での騎馬を覚えて行った。



 時には物資運搬の護衛任務も行なう。メルティアナ城は市民十万近く、純粋な兵は四千。城内には作物を生育する場所もあるが、基本的に物資消費都市だ。

 帝国全土から運ばれる食料を初めとする、様々な物資の護衛任務にもガリンは就いた。

 其れも河川や運河で、輸送船で運ばれる。ある地域から来た輸送船が、メルティアナ城の近辺に来ると、ガリンたちは乗り込み、船内で警護に就く。

 ある日、メルティアナ州の東隣のバハール州から、五艘もの輸送船が遣って来た。

 船団を指揮するのは、クロード・ヌヴェルと云う四十近くのバハール州の小貴族で、ヌヴェル家は代々バハール州を中心に輸送船団の指揮を執っていた。

 入船した二十名に対して、無論ガリンが一番席次が低い輜重兵だが、ヌヴェルは隊長を初め、一人一人と丁寧に挨拶をする。


「いや、何とも立派な体格ですな。然し、顔を見ると、未だ若い様だが、君は幾つですかな?」

 ヌヴェルからガリンは問われた。

「今年で十八に為ります。ヌヴェル船長」

「はっは、私の息子と八つしか違わないのか。おーい、アレン。甲板に来い!」

 十歳位の少年が船内から出て来て、挨拶をした。

「アレン・ヌヴェルです。兵士さんは戦場の経験が有るのですか?」

「ガリン・ウブチュブクだ。有るが、未だ見習い兵。学ばなければ為らない事が沢山有る」

 こうしてメルティアナ城までの短い時間に、ガリンはアレンと色々な事を話し合い、アレンはすっかりガリンに魅了された様だ。

 メルティアナ城付近の波止場に着き、積み荷を降ろすガリンを見て、アレンは父に言った。

「父上、俺やっぱり軍学院に行って、軍務に就きたい」

「…そうか、中途入学だから大変だぞ。覚悟は有るな」

 これが後のガリンの副帥と為る、アレン・ヌヴェルとの出会いであった。


 ガリンのメルティアナ城の任務は大過なく過ぎて行った。時折の騎馬、徒歩、または小型の軍船で国境地帯への偵察に赴いた事も有ったが、敵、つまりバリス軍と遭遇しても、相手は逃げて行くのが常だった。

 ガリン個人を恐れての事では無い。単にテヌーラ帝国とも近いこの地で、ホスワード軍と事を構えるのは、ほぼホスワード帝国の同盟国化しつつあるテヌーラ軍との挟撃に合う事を避けたいからだ。

 西のカートハージ州近くの偵察は、主にバリス軍の城塞等の位置を確認する任務が主である。


 ホスワード帝国歴百十九年。ガリン・ウブチュブクが二十歳に為る年の三月の初日。ガリンは自身が所属する部隊の主帥である、ヨギフ・ガルガミシュ中級大隊指揮官から、メルティアナ城内の軍施設の彼の執務室に呼びだされた。

 ヨギフはガリンの十歳上だから、この年で三十歳と為る。

「ガリン・ウブチュブク。卿を本日付で、下級小隊指揮官に任命する」

 ホスワード軍では、下士官である小隊指揮官までは、高級士官の独断で選抜できる権が有る。

「ガルガミシュ指揮官。小官が二十に為る日は、六月ですが」

「別に誕生日に合わせる必要もあるまい。実は四月から我が部隊は解散と為る。私は中央で軍の高官に就く予定だ。そして、恐らく卿は北方の対エルキトの駐屯兵と為る可能性が高い。騎射に長じた優秀な将兵を当地に集めよ、との命が下った」


 メルティアナ城にヨギフの部隊が着任して二年以上。

 ヨギフは中央で上級大隊指揮官として、軍の高官として働き、ガリンは下士官として、北方の任務に就く。

 軍籍に入った以上、当然だが拒絶する権も無いし、ガリンもヨギフもお互い何時までも共に居られる物とは思っていない。

「軍命、謹んで承ります」

 ガリンは直立不動の姿勢でヨギフに右拳を左胸に当てる敬礼を施す。

 彼の身の丈は僅かだが、又も少し伸び、身体の幅や厚みも凄みを増している。


 ヨギフの二千の部隊が再編され、ガリンを含む五百騎が北方へ、五百の兵が中央へ、残りの千の兵は其のままメルティアナ城の任務継続だ。

「先ず、北へ行く前に、ウェザールに向うぞ。尤もウェザール西隣の練兵場だがな。だが、恐らく陛下の視察が有るかも知れんな」

 ヨギフは更に付け加えた。軍事に明るいフラート帝は、兵卒との直の対話を好むのだ、と。

「皇帝陛下に拝謁出来るのか…」

 ガリンは心中で呟く。彼の故郷の小国クミール王国の王には、何かの式典で国内を移動してたのを、遠くから見た事しかない。其の顔も姿も、もうほぼ忘れ始めている。


 こうしてヨギフと共に中央軍に向かう五百の兵と、上級中隊指揮官に率いられた五百の騎兵は、共に四月の初日にメルティアナ城を発ち、帝都ウェザールを目指す。

 この時期のメルティアナ城付近はしばしば霧が発生するが、珍しく空にまばら雲が有る晴天で、吹く風は未だ冷気が強いが、確実に冬の終わりを告げる爽やかな天候だった。


 ウェザールまでは陸地にて進む。ホスワード帝国内の大小様々な河川は、運河で繋がっているので、帝国内の主要都市群には、水路で短期間で到達出来る。

 だが、水路は民間を主としていて、軍用では先のヌヴェル船長の様な、補給船団が運行する位だ。

 一方で、国の大事が起こった場合、短期間に大軍を中央から国境方面へ移動させる為に、民間の使用を制限し、軍用と化す。


 陸路も整備され、此方も主要な都市群に対しては、二方向の道路が設置されている。

 千の将兵が一方を通っても、もう一方は逆に進む旅商人や、国内移動の馬車が通行出来る広さだ。

 途上では、軍施設と云う軍関係者用の宿泊施設も在り、流石に千人を収容可能な施設は無かったが、施設の広い庭で、野営は可能である。

 特に急ぎでも無いので、ヨギフはまるでガリンにホスワードの各地を見させてあげる様に進み、ウェザール州に入ったのは、出発してから一週間以上である。全員騎馬か馬車に乗り、徒歩の者は居ないので、若し急げば五日以内に帝都に着いたであろう。


 ウェザール州は、帝都ウェザールの所在地だけあって特殊な州だ。

 州の中央に約二十万が住む、東西四里、南北五里の城壁に囲われた帝都。

 帝都の西にはそれ以上の規模の練兵場が在り、東にも同規模の狩猟場としての森林が在る。

 北方にはボーンゼン河が流れ、更に山地なので、主に夏場の避暑地としての皇族や貴族の別宅が点在している。

 南部には歴代皇帝や功臣の陵墓が在り、葬儀を執り行う大規模な円蓋(ドーム)が在る。

 そして周辺には帝国各地からの物資や集積と仕分ける為の、殆ど市と云って好い位の施設が幾つか存在し、これ等でウェザール州は構成されている。


 練兵場では基本士官以下の将兵が宿泊できる棟が数えきれない程在る。

 一つの棟で五百人は生活出来る棟だ。ガリンには其の内の一つを居住場所とされた。

 ヨギフは当然帝都内に自身の邸宅が在るので、其処から兵部省へ勤務する。

「ガリン、四月末までに各地から騎兵二千が集まる予定だ。其の後に卿の十名の部下が決められる。私の方でなるべく年齢の近い者たちが配属される様に言って於くから、心配はするな」

「…そうか、俺は部下を持つ身なのか」

 神妙な面持ちのガリンは軽い緊張を覚える。あと二カ月程で彼は二十歳だ。ガリン・ウブチュブクは早くも部下を持つ身分と為った。


第五章 各地での任務 前編 了

 本伝もそうでしたが、主人公が何時までも下積みの力仕事をしているのはどうなんだろう、と思い、早くもこの出世です。

 この辺りは、主人公優遇と大目に見て下さい。



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