第四章 ホスワード軍での日々 後編
激戦はまだまだ続く…!
第四章 ホスワード軍での日々 後編
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ホスワード帝国歴百十六年十一月六日。午後三の刻を過ぎた頃。場所はホスワード帝国の北西部のバルカーン城。
ホスワード軍は、北より来寇したバリス軍の歩騎五万との決戦中である。
バルカーン城内は二万を超える人々が詰めているが、純粋な戦闘員は一万五千程。
其れ故、バルカーン城の戦略は、籠城に徹して、援軍にバリス軍の補給路を断つ方法を採択していた。
バリス軍は北から、バルカーン城の北辺と西辺を囲う様に襲う。
先ず、衝車が其々十輌ずつ城壁破壊に迫り、其の後方に歩兵が続き、更に投石機と梯車を進めている。
最後尾には騎兵を揃え、ホスワード軍が城を討って出た時の襲撃用だ。
バルカーン城の西側は、城から討って出る為の正門がある。
分厚い木製の両開きの巨大な扉で、各所が鉄で補強され、城内で閂で因って閉じられているが、衝車なら石造りの城壁を壊すよりも容易だ。
其れ故、バリス軍は北から右に向かい、衝車を先頭に正門の破壊を敢行しようとしている。
ホスワード軍も、この正門が在る西の城壁上に強兵を揃えていた。
正門の上の城壁上は数十人が入れる櫓となっており、バルカーン城司令官、ラグナール・ホーゲルヴァイデ将軍が側近と共に、此処で全体の指揮を執っている。
バルカーン城から西へ十丈(百メートル)程進むと、ボーンゼン河が南から北へ流れている。
此処がホスワード帝国とバリス帝国の境に為っているのだが、長期戦も視野に入れたバリス軍は、この国境の真東の河を渡河せず、ずっと北のボーンゼン河を渡河して来た。
十一月も後半に入れば、次第に北方のボーンゼン河は凍結して行き、其処から補給物資を得る為だ。
故に、バリス軍全体の本営はバルカーン城の遥か北に位置してある。
バルカーン城の北西の城壁上では歓呼が起こっている。ある兵士が弓で以って、バリス軍の指揮官を討ったからだ。
見事に射殺した兵士は、ガリン・ウブチュブクと云い、当年で十七歳。其れもホスワード軍に入って、二カ月程だ。
否、厳密には彼は兵士ですら無い、地位としては輜重兵で、殆ど見習い兵士であるのだが、火急の事として特別に戦闘員として参加している。
「皆伏せろ!」
大声で叫んだのは、このバルカーン城の北辺の城壁上に詰めている、約二百五十名の将兵の指揮を執っている、エゴール・ルーマン中級中隊指揮官だ。
バリス軍の投石機から放たれた石弾が、北の城壁に、更に城壁上に、中には城内へと落ちて行く。
石弾の大きさは成人の人頭大だ。こんなのが体に直撃すれば、箇所に因っては即死である。
ホスワード軍の北側の反撃が一旦止まったので、バリス軍の先頭を奔る衝車は右へと進路を変え、更に南下する。
バルカーン城の正門の西門破壊に向かっている。
「これ、宜しいでしょうか!?」
ガリンは近くに居た下士官に確認をする。彼が手に持っているのは、大体子供の頭位の石礫だ。
「そんな物で衝車が壊せる訳ないだろう」
そう言ったのはガリンの傍に居る一般兵のブートだ。
石壁を破壊する衝車は厚い木組みで造られ、更に底辺と出入り口の後部以外は厚い鉄で覆われている。
先端は四角錐だ。
城壁上のガリンは、ほぼ真下を通る鉄の移動物に狙いを付けた。そして、渾身の力と、見事に調整された石礫を投げ付ける。
破壊された大音と又もバリス側で恐慌の騒ぎが起こる。
ガリンが投擲した石礫は、衝車の車輪である、左前輪を直撃し破壊した。
車輪だけは木組みで出来ており、車体の外に少し突き出ている様に配置されている。
左前輪が壊され、動かす事が不可能と為ったこの衝車から、中で運搬していた三十名程の兵たちが逃げ出して行く。
「矢を射よ!」
エゴールの指示で、逃げ出した運搬役たちの半数は、背後から矢を射られ斃れた。
何人かはこのガリンの真似をして、衝車の車輪を石礫で狙ったが、精緻な調整が必要なので、当然当たらない。
ガリンが再び同種の事をしようとしたが、又もバリス軍の投石機から石弾が降って来たので、歩廊内にガリンたちは身を屈めた。
西壁に向かうのを諦めたのか。衝車は後方へと下がり、其れを支援する様に、歩兵が矢を放ち、更に北壁の十丈以内に近づいた梯車からも上に乗っている兵が矢を射て来た。
衝車がずっと後方に下がると、バリスの歩兵や梯車も後方に下がって行ったが、今度はこの間にホスワード側は城壁上に設置された投石機で梯車を狙い、一つだけだがバリスの梯車を完全破壊する事に成功する。
時刻は五の刻を過ぎ、ほぼ真っ暗だ。バルカーン城内の各所には篝火が灯される。
ガリンは本来の見習い兵らしく、明かりを灯す任務を粛々と熟した。
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午後の六の刻に為ると、北辺の城壁に詰める将兵の交代時刻だ。
担当はヨギフ・ガルガミシュ。旗下二百名程を連れて、城壁上に現れたが、彼がこの北辺に詰める将兵の総指揮官である。
若干二十七歳ながら、下級大隊指揮官であり、先ずは部下のエゴールと詳細な交代の打ち合わせをして、周囲の将兵に声を掛け激励する。
ヨギフは篝火が無くても、確実に判明出来る、大きな兵士に進み出る。
「ガリンよ。随分と派手な活躍をしたそうだな。この調子で頼むぞ。今は湯あみをして、ゆっくり食事をし、じっくり眠るのだ」
ヨギフの直接指揮下の兵は約千。これを六刻毎に分けて、城壁上に詰めているので、非常な事態に為らなければ、次にガリンが城壁上に詰めるのは、翌日の昼の十二刻からだ。
バリス軍は北へと完全に引いたようだ。
翌日に又襲撃に来るか、暫く軍を再編させ、十分な用意で以って襲撃に来るか。
其れを確かめる為、ヨギフは自身とこの辺りの地理に詳しい者たち四名を選び、城壁上の見張りは一番高い席次の部下に任せ、バルカーン城の裏門である東門から、五騎で偵騎に出た。
従卒のザンビエには、未だ西の正門の上の櫓に居る、ホーゲルヴァイデ将軍に、其の旨の連絡をさせる。
ガリンがバルカーン城内の自身が居住している、棟内の湯あみ場から出て来て、食堂で食事を取ろうとすると、周囲が一斉にガリンを囲み、大騒ぎを始めた。
「おい、ガリンって云うのか?凄い奴だな!敵指揮官を射殺し、更に衝車一輌を使用不能にするなんて!」
「クミール王国から来たそうだが、当地でも其の様な活動をしてたのか?」
「其れにしてもデカいな!一体幾つなんだ?顔を見る限り、二十は超えて無い様に見えるんだが」
ガリンは質問攻めに合い、満足に食事ができない。
「この若者にはまだまだ活躍して貰わないと。だから今は食べる事と、寝る事に集中させて遣れないか。明日の朝なら其れ等の雑談は出来るだろう」
ガリンの隣に座ったブートが言い、周囲の質問攻めからガリンは解放された。
「有難う御座います。ブートさん」
「好いんだよ。ガルガミシュ指揮官が仰った様に、ゆっくり食べて休め」
其のヨギフ・ガルガミシュは僅かな供回りと、バリス軍の偵騎に出ている。
若し、ガリンがこれを知ったら、自身も入れる様に懇請したであろう。
ヨギフが自身の部隊を四つに分けたが、ガリンを自身と共の部隊にしなかったのは、この事態を予想したからである。
午後の九の刻過ぎ。ヨギフが指揮する五騎は、バリス軍の陣営近くに達した。
バルカーン城から直線距離で、二里(二キロメートル)程か。陣営は篝火が其処彼処に輝き、近辺には見張りの兵たちも居たので、ヨギフたちは馬を遠くの森林地帯に繋ぎ、徒歩にて偵察をした。
「見る限り、食料を初めとする物資は、渡河した北の場所にて保存している可能性が高い」
ヨギフは更に馬を駆け、バリス軍が渡河した北のラテノグ州まで偵騎に出る事を、部下たちと話し合った。
夜空は灰色雲に大半を覆われ、月明かりや星明りは心許無い。然し、ヨギフたち五騎は明かりと為る物を持たず、北へと進む。
二刻程して、遠くの西側に明かりが灯った部隊が移動しているのを発見した。
矢張り、渡河した北に物資補給の拠点を造り、此処からバリス軍の本陣は補給を受けている様だ。
「補給基地を固めている兵数を確認したら、城に戻るぞ」
ヨギフは部下たちに命じ、慎重に北西へと、ボーンゼン河が流れる方向へ進んだ。
ホスワード帝国で一番の北西に在るラテノグ州は、ボーンゼン河が南から北東に流れを変え、そして緩やかに東から南東へと、弧を描く様に流れが変わる。
この弧の西端である、北東へ流れている処が、バリス軍が渡河した箇所で、今は物資の集積地と化している。
もう暫くすれば、凍結して来るので、バリス本国から物資の運搬は、輸送船を使わずに済む。
ヨギフが確認したところ、この物資集積地の兵数は五千、と云った位か。其れも軍装から輜重兵が大半で、重武装はしていない。
「位置と規模は纏めたな。では帰還するぞ」
ヨギフは部下の一人が台帳に記載を終えた事の報告を受けると、即座にバルカーン城へと奔った。
バリス軍に見付からない様、大きく東に進路を取ってから、南下して行く。
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ヨギフたちがバルカーン城に戻ったのは、翌朝の九の刻。
即座にこの時には、司令官棟に居たホーゲルヴァイデ将軍に、偵騎の顛末と、詳細が記された台帳を渡す。
「ご苦労だった。これは援軍の五千に即座に私の部下から渡す。卿らは自室にて休め」
こうしてヨギフたちは其々の居住している建物に向かったが、この間バリス軍の攻撃は無く、今現在も攻撃の気配が無い。
数日は軍の立て直しと、再編成の時間に当てているのか。
十二の刻。ガリンたちの当直の番だ。だが、ガリンたちの大半は城壁上での見張りでは無く、別の事を命じられた。
「先ず、力の有る者五十名で、遺棄されている衝車を城内に引き込む様に。城内の職人が修繕し再利用出来る様にする」
エゴールの指示で、当然ガリンはこの任務に入った。ガリンは自身が使用不可にした敵軍の衝車を、今度は自軍の兵器として使用する為、運搬するのだ。
五十名で持ち上げ、西の正門を開け、其処から収容するので、迅速な行動が必要だ。
更に同じく五十名が、外へ飛び散っている、使用可能な石弾と矢の回収を命じられた。
これも当然、再度武器として使用する為だ。武器等、無限に湧いて出て来る物では無いので、この様な小康状態が有れば、使用出来そうな物は城外に出て回収するのだ。此方の作業にはブートが配された。
大破した左前輪の箇所をガリンを含む十名以上が持ち上げ、衝車は中に入った二十名程と外側から十名程が手押しする。数名が進む進路を合図する為に、大声を出しながら周囲に位置し、衝車は開いた西門の中へと吸い込まれる。
即座にこの分厚い正門は閉じられ、城内の作業場所までまた運搬だ。遺棄した位置から、正門まで約五十丈、城内に入り作業棟まで十丈近くの運搬だ。
ガリンも流石に「ふーっ」と息を付いたが、即座に近くに居たエゴールに問うた。
「ルーマン指揮官。次は石弾や矢の回収作業でしょうか?其れとも城壁に上がり見張りでしょうか?」
エゴールは苦笑した。
「少しは休め。ほら見ろ、皆くたくただ。此処でお前さんに指示を出したら、此奴らにも俺は指示を出さなくては為らなくなる」
他の仲間たちは近辺に座り込んで水を飲んでいる。ガリンもエゴールから水筒を差し出された。
この日のガリンの任務はこれで終了した。
十日の早朝から、バリス軍の総攻撃が始まった。
先ず、正門の在る西辺には衝車を十輌と周辺に歩兵五千。北辺には騎兵三千騎以上が近づいては城壁上のホスワード兵に矢を射て、機動力でホスワード兵の矢を躱す一撃離脱戦法。東辺には梯車五輌と周辺に歩兵五千、そして投石機が十機程も此方に回され石弾を撃ち込む。
これが実質三交代制の四六時中で行われた。つまりバリス軍の保持する攻城兵器は、衝車が三十輌、梯車が十五輌、投石機が三十機だ。
バルカーン城の周囲は森林が茂っているが、北側のボーンゼン河付近は森林が点在するだけ。東側は森林が多いが、東から大量の物資を送って貰う為、広い整備された道路も在り、何より開墾で田畑や家畜小屋棟も在る。勿論、これ等の重要な動植物はバリス軍襲来前に全てバルカーン城内に納めている。
東側へ攻城兵器と共に進むバリス軍は苦労するも、如何にか攻撃可能な展開をした。北側から絶えず、騎兵が矢を打ち込んでいたのは、この部隊の進撃の援護である事、想像に難くない。
夜半でもこの三方向からのバリス軍の攻撃は続く。バルカーン城は各所に篝火が灯され、バリス軍の将兵も松明を専用に持つ兵を常駐させて、攻撃を続ける。
「四交代制を、三交代制にせよ」
ヨギフは自身の直下の千の北の城壁部隊を、四つから三つに再編させた。北から絶えず矢を打ち込むバリス軍の騎兵は常に三千を超える。つまりバリス軍の騎兵の総兵力は一万近いと判る。
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バリス軍のこの猛攻撃は一週間続いた。西の正門は半ば壊された為、西の城壁下では白兵戦が展開されている。東の城門上には梯車が掛かり、梯子を出したこの梯車から数十人のバリス兵が東の城壁の歩廊に侵入し、ホスワード兵と交戦する。
ガリンは朝の六の刻から十四の刻まで、北の城壁上に配置され、迫るバリス騎兵に矢を射て全て命中させる事に成功する。但し、彼に渡された矢は十本で、一矢を初日の交戦に使い、残りの九矢も猛攻撃の攻勢の三日目には全て使い尽くした。
四日目に石礫をバリス騎兵に投げ始めるも、動きの遅い衝車と異なり、機動力の在る騎兵には中々当たらない。
「五本だが、これを使え。俺よりお前さんの方が使った方が効率的だ」
同じ時間帯で配されているブートから、ガリンは五本の矢を受け取った。ブートも十本の矢を渡されていたが、彼は一矢も当てていない。
「有難う御座います。これで必ずや敵の指揮官全てを射て見せます」
ガリンは渡された矢はバリス軍の高級将校相手に使用する事に決め、改めて石礫を握る。
一週間でバリス軍が全て北の陣営に引いて行ったのは、体制の立て直しと、この前日から冷たい雨が延々と降り注いでいたからだ。もう二週間程すると、この辺りでは降雪の気配が漂う。
大地は泥濘と化し、整備された道路だけでは大軍の運用は難しい。ましてや多くの車輪が付いた攻城兵器を運搬するバリス軍側は、一旦陣営にて様子見を決め込んだ。
ホスワード側には恵みの雨だ。先ず西の正門の補修の為、城内の職人が急いで修繕に入る。雨中の中ガリンは資材を運ぶ命をエゴールから受けた。
翌日はブートを初め、十数名でバリス将兵の捕虜を、城内に特別に造ってある監禁棟での監視だ。
西の正門付近の戦いと東の城壁上の戦いで、ホスワード側は百人近いバリス将兵の捕虜を得ている。
「敵は大軍。将かこの様に捕虜を多く出して、此方の糧食を尽きさせる心算ではないのだろうか?」
ガリンが捕虜に食事を与えながら独り言ちると、ブートが唸った。
「可能性は無くはないな。千を超え出したら、俺たちの喰う物がどんどん減って行くぞ」
だからと云って、捕虜を送り返せば、敵戦力の補充と為るし、無論殺害は倫理上有り得ない。ガリンは戦士として、武器を持った相手には容赦はしないが、武装していない人を殺す事には抵抗、と云うより絶対的に出来ない。軍に入ったが、そんな命が自身に下されない事を願うばかりだ。
二十二日の昼過ぎ。雨は前日に止み、天候は珍しく薄雲が在るだけの晴天だ。日の光が大地に注ぎ、整備された道路は乾くも、大地は泥濘のままだ。
然し、大気は完全に冬の其れである。吐く息は微かに白く、無風に近いが、大気は冷たい。長く続いた冷たい長雨は、この辺り一帯を冷却した。
そして、体勢を立て直したバリス軍が北から又も迫って来るのを、この日北の城壁上で見張りをしていたガリンたちは確認する。
同じく北辺の城壁には、西と東へ攻城兵器を進ませる為に、騎兵が近づいては矢を射て、離脱を繰り返している。
ガリンはブートから託された、五本の矢を歩廊に置き、狭間からバリス騎兵を覗き込む。
今回、この五矢は全て高級将校目掛けて射るので、軍装と位置、また掛け声などしている指揮官と思しき将兵を探す。
澄み切った空という事も有り、ガリンは五名の狙いを付けるべき将校を判断出来た。
「日中でこの様な明るい時期は、今日で最後かも知れない。この五矢は全て当てるぞ!」
大きな身体を伏せ、狭間から太陽の様な明るい茶色の瞳が、射るべき馬上の人物への距離と方向を確認する。
其れが終るや否や、ガリンはスクッと巨大な身体を伸ばし、流れる様な動きで矢を番え、城壁上から射る。
凄まじい速度で飛ぶ矢は、鉄の胸甲と腹部の帯の間の、赤褐色の軍装の胴の部分に深く突き刺さる。馬上の将校は斃れ、周囲の騎兵は混乱する。この混乱している騎兵は、射られた将校の直の部下たちだろう。
四半刻(十五分)後には、ガリンは二人目の将校を射た。鉄兜の真下の眉間を見事に深々と突き刺したのだ。
更に半刻(三十分)後に、三人目の右の太腿に深々と射た。即死ではないが、完全に戦線離脱で、早期の治療を受けなければ、彼は出血多量で死ぬだろう。
そして、三人目から一刻以上が経った時、ガリンは立て続けにバリス騎兵の将校を射た。四人目は赤褐色の軍装の右の立襟に突き刺さり、この者は首元から大量に出血して落馬し、五人目は右腕を上げて指示を出している時に、右腋を深々と射られ、矢張り大量の出血と共に落馬した。
バルカーン城の北壁を攻撃するバリス騎兵は混乱で逃げ出して行く。この三刻としない間に百名から五百名を指揮する将校五名が戦闘不能にされたからだ。
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この時、戦況の確認に北壁の城壁上に居た、ヨギフ・ガルガミシュは従卒のザンビエに命じた。
「ホーゲルヴァイデ将軍に注進を頼む!敵騎兵が居ない今、城を討って出て西と東の部隊を攻撃すべきだと!」
バリス軍の西と東の部隊は攻城兵器と共に進軍しているが、大地が泥濘の為、未だバルカーン城を攻撃出来る射程範囲内に到達していない。
司令官棟に居たホーゲルヴァイデ将軍は、其れを了承して、側近と共に西門に向かいながら、各指揮官に城外へと出陣する準備をする様に命じた。
ヨギフは城壁上の巨大な若者を見詰める。
「ガリンよ。我が部隊は全て出撃する。卿は後方の輜重兵だが、特別に帯同して貰おう。ルーマン指揮官、ガリンが卿に預けた武器を彼に渡すのだ」
後半はエゴールに言った。ガリンはエゴールにホスワード軍に入隊を希望した時に、持参して来た武器は全て其の場でエゴールに渡している。尤も今は弓は特別に持っているが。
ヨギフ・ガルガミシュの旗下の千は軽騎兵だ。ガリンもクミール王国から乗って来た愛馬に跨り、腰には長剣を、片手には先に斧が付いた長さに二尺(二メートル)を越える鉄の長槍を持ち、バルカーン城の東門から出撃した。
バルカーン城の東門は裏門で、東部から物資補給を受ける為の門なので、西の正門比べれば小さい。それでも高さは三尺半を越え、幅は片方の扉で二尺は有る。なので、ほぼ二騎ずつが並んで出撃して行った。
バリス軍の軍団が見えた。大半は梯車や投石機を曳行してるか、又は投石用の石を運んでいる。純粋に手ぶらなのは指揮をする高級士官たちだ。
五千を超え、彼らは武装しているが、将かバルカーン城から、ホスワード軍が討って出て来たのは、完全に虚を突かれ、指揮官たちも狼狽する。即座に曳行を止め、整然と布陣し、弓矢で以て迎え撃てば、このホスワード軍の突撃は防げたであろうが、ヨギフの部隊の迅速さに対応が出来なかった。
「我が名はヨギフ・ガルガミシュ!バリスの賊共、ホスワードに来寇する愚かさを覚えて於け!」
先頭を奔るヨギフは鉄製の長槍を閃かす。長さは二尺を超え、先端が蛇の様に波打つ刃先だ。
ヨギフの長槍は、バリスのある指揮官の首元を斬り付けながら、馬上より吹き飛ばす。
この方面のバリス軍は、高級士官以外に騎乗して居る者はおらず、馬上から武器を振るうヨギフの部隊に蹂躙された。
一騎が戦場を奔り回り、次々に戦闘不能者を出していた。ガリンだ。だが、ガリンは相手を完全に死に至らしめる攻撃よりも、確実に戦闘不能、つまり気を失う攻撃に徹していた。別段優しさや慈悲からではない。
「ブートさん、済まないが倒したバリス兵の武具を全て奪ってくれないか?」
余り騎乗が得意でないブートは、遠巻きに見ていたが、ガリンの意図を察した。
ガリンがバリス兵を戦闘不能にする。彼らの武具を取り上げる。其のまま彼らを放置して帰陣させる。
こうすれば、捕虜として彼らを喰わせる必要もないし、其のまま帰陣したら、彼らは新たな武具が支給されるまで、本営で無駄飯を喰う事になる。結果、バリス軍の本営は物資窮乏に陥り、件のホスワードの援軍五千がバリスの補給部隊を全滅させれば、勝利は必定だ。
これを見たヨギフもザンビエに十名程の武具取り上げ部隊を組織させ、打ち倒したバリス兵の武具を取り上げる事を命ずる。
「バルカーン城に人を走らせ、輜重車を一輌、此処に持って来させろ」
ヨギフは取り上げた武具を収納し運搬する、車両の準備もザンビエに命じた。
ホスワード軍が馬上からバリス軍を叩きのめす。何時しか皆、まるで歩兵に対する騎兵の調練の様に、バリス軍を次々に気絶させて行った。
但し、明確な指示を出す士官以上に対しては、ヨギフの部隊は容赦がなかった。
ガリンが士官と思わしきバリス将兵に向かう。このバリスの士官は矢を番え、向かってくる馬上のガリン目掛けて射る。
ガリンは槍を見事に動かし、向かった来た矢を弾くと、この士官に対する攻撃範囲内に入った。
士官は剣を抜こうとするも、ガリンの長槍の先の斧が、士官の頸部に深く入り、士官は首から大量の血飛沫をあげて、地に斃れた。
こうして、ほぼ暗闇に包まれ始めた、十七の刻にはヨギフの部隊の大半は、バリス兵の武具を輜重車に入れ、バルカーン城の東門へと去って行った。
戦場にはバリス兵の百名程の死体と、二千以上が気絶し地に伏したまま、残りの二千以上は自分たちの武具が奪われ呆然としている。
曳行して来た梯車と投石機は如何するか、と残った兵たちは話し合うも、指揮官たちの殆どは討ち取られたので、判断が出来ず、気絶した仲間を助け起こし、死亡した上官たちを担ぎ、梯車と投石機は其のまま放置して、遥か北の本営へと戻って行った。
バルカーン城の正門である西門からも、ホーゲルヴァイデ将軍率いる五千を超える軍勢が討って出て、衝車の後に回り込み、中の操作者たちを襲い、又は周囲の兵を追い散らした。
戦闘中に東側でガルガミシュ下級大隊指揮官が、バリス兵を戦闘不能にして武具を取り上げている、との連絡を聞いたホーゲルヴァイデ将軍は、即座に其の意図を悟り、自部隊にも同じような戦いを徹底させた。
士官以上の指揮官たちを大いに討ち取り、下級兵士の大半は武具を奪われ、同じく放置された彼らも北の本営へと逃げて行った。
この日は後続のバリス軍の襲来は無かった。昼に逃げ出した騎兵がホスワード側に途轍もない強弓の者が居る、と報告し、次軍の騎兵を出す事を渋ったのか。
城内に戻ったガリンは、奪い取ったバリス兵の武具の整理をしていた。主に矢を纏める作業を行い。ヨギフからこう言われた。
「纏め終わったら、三十本は卿が所持するのだ。城壁上だけでなく、又城を討って出る事も有るかも知れんから、上手く考えて使うのだぞ」
深夜に入ると、東と西の城門から其々数十名のホスワード兵が城から出て、バリス軍が遺棄した衝車や梯車や投石機を使用不能にして行った。主に車輪を壊し、動けなくし、若しこの戦いが終れば、接収して修理して自軍の物とする為だ。
翌日。バリス軍の動きは無く、この二十三日の陽が沈む頃に、バルカーン城に連絡兵が入った。
内容はバリス軍が物資集積地としている、ボーンゼン河を渡河した地点で、バリスの輸送船が現れ、積み荷を降ろしている、との連絡だった。
これに対して、ホスワード軍の援軍五千が、この物資集積地を壊滅させる為に出陣するので、牽制にバリスの本営を襲って欲しい、との事だった。
ホーゲルヴァイデ将軍は五千の騎兵を選抜し、ヨギフの千の軽騎兵もこの一軍を構成する。
「ガリンよ。夜襲だが、大丈夫かな?」
「夜襲に合う事は経験していましたが、夜襲を行うのは初めての経験です」
「ふっ、為らば卿は襲われる側の心理に詳しい訳か。これは心強いな」
ホスワード帝国歴百十四年十一月二十三日。時刻は十九の刻を過ぎている。バルカーン城から北へ位置するバリス軍の本営に牽制の攻撃に、五千の騎兵が密かに出撃した。
二十一の刻には、援軍のホスワード軍五千は、更に北のバリス軍の物資集積地を襲うので、其れに合わせての襲撃だ。
騎乗したガリン・ウブチュブクの鞍の弓袋には三十本の矢が入っている。
そして、長剣を腰に佩き、背には長槍を革の斜革の背の留め具で、斜めに納め背負っている。
十七歳ながら歴戦の戦士の風格に溢れている事、この上ない姿であった。
第四章 ホスワード軍での日々 後編 了
投擲兵としても優秀なガリンなのでした。
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