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第十四章 ガリン・ウブチュブク 後編 (最終章)

 この章の冒頭当たりまで書き終えて、あの「Thanks20th、勇気」が出てきました。

 なので、途中からは終わらせないといけないと、ドタバタしてます。

第十四章 ガリン・ウブチュブク 後編 (最終章)



 速度も精緻さも尋常で無く振るわれる長剣。其れに合わせた正確で平衡を崩さない体捌き。

 仮に剣にて防いだとしても、両手は元より、全身に痺れが発する重い一撃。

 十名が一人の大男を囲んで相手をしていたが、百を数えぬ内に十名は、この一人の大男に戦闘不能状態にされた。

「二十五人…」

 長剣を振るい、十名を斃した大男は呟く。


 場所はムヒル州のカリーフ村近くの見張り塔。

 十階で構成された塔で、この大男のホスワード軍のガリン・ウブチュブク上級中隊指揮官は七階を制圧した。


 螺旋階段を登って行き、各階を確認するが、敵は二階とこの七階にしか居なかった。恐らく残りは最上階で集結してるのだろう。

 実際にガリンが十階に入ると、残りの全員が揃っていた。ガリンは即座に数を確認する。

「十五人か。十人程が地下通路から逃げたから、ほぼ全員と断じて好いな」

 全員抜刀しているが、一人が最も奥にいる。彼が首領で間違えない。其の首領を守る様に十四人が剣を構えている。


「出来たら、あの首領は生け捕りにしたいな」

 ガリンがそう思っていると、首領は号令を発する。

「あの男を殺せ!一番に手を掛けた者は望みの大金を渡すぞ!」

「矢張り、只の流賊の長では無い。生け捕りにして奴を裏で援助している者共を吐かせる!」

 ガリンと十四人の戦いが始まった。


 素早くガリンは室内の壁を背にして、左手で短剣を抜き、右手に長剣の二刀流と為る。

 一斉に向かって来る賊徒の剣を、短剣で防ぎながら、長剣を繰り出し反撃し、長剣で相手の剣を弾き飛ばしながら、短剣で斬り付ける。

 場合に因っては、左右に動く事によって、向かって来る敵の剣を石壁に当てる。又は上体のみを下げ空を切らせたり、下半身を狙われる攻撃には跳躍して躱す。

 この巨体で信じ難い動きをしながら、ガリンは相手を一人又一人と、確実に戦闘不能にして行く。


 十四人の男たちが地に伏している。彼らを斃したガリンは奥の首領へと向かう。

 が、伏した内の一人が立ち上がり、剣を持ってガリンの背後を襲う。

 まるで後頭部にも目が付いているかの様に、ガリンは振り向きざまに、先に長剣を振るった。

 この男は業と自ら倒れ、討ち取られた振りをしているのを事前にガリンは感じ取っていた。隙を見て自分の背後から襲う心算だろう、と予測していたのだ。


 瞬間、首領がこれを狙ってガリンに襲い掛かって来た。

 又もガリンは後ろから狙われる格好と為ったが、首領の渾身の突きを、気配にて躱したが、平衡を崩したガリンは、両手の剣を落とし倒れ込んだ。

 首領は突きで突進したが、何とか体勢を踏ん張り、地に倒れたガリンを狙おうとしたが、其の前にガリンの長い脚が伸び、首領の腹部を強かに打ち、首領も剣を落とし倒れ込む。

 ガリンは首領を生け捕りにする為、即座に立ち上がり、首領の身体を抑え込もうとするが、首領が先に地に落ちていたガリンの短剣を手に取る。


 ガリンに短剣を突き出すも、ガリンの長い腕は其の前に首領の手首を掴み、短剣の切っ先はガリンに届かない。

 ガリンは空いた腕で拳を握り、首領を気絶させる一撃を振るう。だが、其の前に首領はガリンに捕まれた短剣を持った手を、自分の喉元に深く突き立てた。

 短剣を自分に突き立てられない様に、相手の身体の側に抑え込んだのを、逆手に取られた。

 激しく血飛沫が首領の首から発せられ、即死で有る事は明白である。

 ガリンは賊の壊滅には成功したが、首領の生け捕りには失敗した。

「…自死を選んだと云う事は、後継と為る者を既に決めていたな」

 ガリンは呟いたが、後継がホスワード帝国の国内か国外に居るのかの判断がつかない。

 残念ながら、顛末の報告は、賊徒の一掃は出来たが、新たな首領が未だ居る可能性が有る、とやや半端な物と為らざるを得ない。

 そして、これは後にガリン・ウブチュブクの運命を決める賊退治だった。



 塔内での賊徒は、首領を初め死者三十一名。重傷者九名。

 塔外に逃れた賊徒の全ては、アレン・ヌヴェル中級小隊指揮官が率いる十八名にて、制圧に成功し、死者三名。重傷者五名。無傷で捕縛した者三名だ。

 一方のガリンたちは、ガリンはほぼ無傷。アレンたちは軽傷者五名で済んでいた。

「数的にはほぼ壊滅させたと見て好いな」

 ガリンがアレンの処へ向かい、次なる指示を出す。

「死者は身元為る物を検めた後、この地に埋めよ。重軽傷者はカリーフ村への搬送。アレンは我が隊の軽傷者連れて一旦カリーフ村に戻り、村に来ている二十名をこの作業に当たらせる事を知らせてくれ」

「承知致しました。ウブチュブク指揮官」

 アレンは右拳を左胸に当てる敬礼をするが、一人で四十名を制圧するガリンの剛勇さに、改めて尊敬の念を抱く。


 ホスワード帝国歴百二十九年六月十日。時刻は午後の六の刻過ぎ。未だ空は青い時期。

 ガリン・ウブチュブクはカリーフ村に戻った。

「ガリン殿!」

「やあ、マイエさん」

 カリーフ村の村長の娘のマイエ・ミセームがガリンに駆け寄る。ガリンは特に怪我をしている様子はない。

「一人で何十人も相手にしたって、部下の方から聞いたのですけど」

 軍装が少し切り裂かれていて、其の軍装に赤黒く付いた染みは、敵兵の返り血のみ。

 周囲の村人たちも安全が確認されたので、出てきてガリンの周囲に集まり、其の武勇を賞賛する。

 例の空き家にて、顛末書を認め、翌日の早朝にガリンは帝都のヨギフ・ガルガミシュ将軍宛てへの、早馬を飛ばした。


 賊徒の重傷者と捕縛した者たちはムヒル市へ送り、重傷者たちの治療が完了次第、ウェザール州へと護送される。

 ガリンがムヒル市で滞在していると、ヨギフ・ガルガミシュ将軍自らが、僅かな供回りで市に現れた。

 六月十七日の事である。当然全員騎乗だ。

「ガリンよ。これで卿の高級士官の昇進は確定だ。ヌヴェルも上級小隊指揮官だ。ダリシュメンは昇進はないが、其の分恩賞は多く出る様に手配はして於く」

 ヨギフの言葉にユースフ・ダリシュメン下級中隊指揮官は応える。

「気にしませんよ、閣下。このウブチュブク部隊の副帥ですが、俺はアレンが適任と思ってますからね。今は代理で遣ってる様なもんでさぁ」

 ユースフは北方のエルキトの出身。エルキトに出自を持つホスワード軍の高官は其れなりに居るが、ユースフの様に完全に一兵卒から高い地位に就く者は皆無だ。


 ガリンは改めてヨギフに謝罪する。

「閣下、申し訳ありません。敵首領を生け捕りの失敗。書でもお伝えしましたが、次代の首領が何処かで潜んでいる可能性があります。小官は昇進には値しません」

「ふむ。では卿には責任を取って貰おう」

「責任…?」

「あのカリーフ村が再度賊徒に襲われない様に、卿はカリーフ村に住む事。場所は例の空き家で好いだろう。村長の許可を得ねばならんな。これよりムヒルの担当の役人と私と卿で、カリーフ村へ赴くぞ」

 高級士官はある程度の規模の土地を所有する事が認められている。

 ヨギフはガリンにカリーフ村の護衛を任せる口実で、カリーフ村に土地を与える心算だ。

「…まったく、このお方には敵わないな。断る方法が思い付かない」

 内心で嘆息したガリンは、昇進を承諾せざるを得ない。


 ムヒルの担当の役人は馬に乗れないので、馬車にてカリーフ村へ進む。

 馬車の後方でガリンとヨギフが並んで騎行する。

「そうか。卿ももう三十か。初めて会った時は、未だ子供だったな。身体は大きかったが」

「えぇ、そうですね。あの時はホスワードの士官を目指して、入隊の希望を話しましたが、高級士官ですか…」

 ガリンは少年の日々から、現在に至るまでを思い出す。

 あの時は母ソルクタニに楽をさせる為、ホスワード軍の入隊を希望した事。

 然し、母は亡くなり、一人で入隊への旅に出た事。

 入隊の切っ掛けを作ってくれた、エゴール・ルーマン指揮官は、この二月の戦いで戦死した事。



 カリーフ村の奥に在る、広い空き家はガリンの所有物とされる事があっさりと決まった。

 ミセーム村長夫妻も、村人たちも、ガリンの様な勇士が住民に為るのは歓迎である。

「では、小官は一旦昇進手続きの為にウェザールへ行きます」

「ねぇ、お父さん。ガリン殿が住むあの邸宅は、皆で改修(リフォーム)して於きましょう」

 ガリンは帝都に戻るので、其の間に邸宅の改修を、マイエが提案した。

 材木を扱う村で、近辺にはハムチュース村と云う、家具を初めとする木材の製品製作を中心とした大きな村も在る。


 次々に話が進み、ガリンは自分の懐具合を気にせず、大きな邸宅を与えられる事態に困惑する。

「さぁ、話は纏まった。手続きだけで無く、部隊の再編成等が有るので、早くともガリンが此方に再び赴くのは三カ月後と為りますぞ」

 ヨギフが締めて、ガリンの居住地はこうして決まった。

「ガリン殿。何か改修で要望は有りませんか?」

「そうだな…。出来たらあの馬牧場。今後の為に馬を飼育したいので、牧場や厩舎を重点的に改修して欲しいです」

 ガリンも流石に自分の希望を出してしまう。

 実はホスワードは大規模な軍馬の牧場が無く、個人や村単位での馬の育成が奨励されている。

「判りました。好いでしょうお父さん」

 ミセーム村長は頷き、ガリンは邸宅について思う。

「あれは二十人は住める処だぞ。俺一人では住むのは何か変だぞ」


 十日後。ガリンはムヒル州の見回りを行ない、安全が確認されたので、ユースフやアレンを初めとする数十騎と共に、帝都ウェザールへと帰還して行った。ヨギフの一行はこの数日前に帝都へ戻っている。

 帝都に戻れば、ガリンは高級士官の昇進の手続きを受けるが、帝都西の練兵場の兵舎は、士官以下が居住する場なので、カリーフ村のガリンの邸宅が改修されるまで、帝都内のガルガミシュ邸で厄介に為る。

「我が家に居れば、何時でも卿の軍の編成について話し合えるからな」

 厚遇を断らせない名人だ、とつくづくガリンは感心した。


「…そうか、師父は亡くなったか」

 ホスワードの当局は、賊徒が完全に鎮圧され、首領の死を喧伝していた。

 市民生活を安心させる為だ。

 この報はスーア市で役人をしているエレク・フーダッヒも当然受けていて、外ではこの若い役人はスーア市民に「賊徒は鎮圧されましたので、通常通りの生活に戻って大丈夫です」、と伝え廻る。

 ホスワード北西部の一帯は、以前より市民の夜間の外出を一部制限していたからだ。


 スーア市の地下深く。

 灰白色の外套(フード)に身を包んだ二人の男が、ある一室で向かい合っている。

 一人はエレク。もう一人は死んだ師父とエレクの連絡役。彼はこの年で二十一歳のエレクより数歳年上だ。

 連絡役が幼児の握り拳大の紫水晶(アメシスト)を渡す。この紫水晶には(カラス)が彫刻されている。

「…貴方が、次の『師父』です」

 エレクは紫水晶を連絡役に押し返した。

「いや、表向きはお前が『師父』だ。クラドエ州の貴族共との会合を初め、お前が行なうのだ」

 役人であるエレクはホスワード全土を飛び回る事は不可能だ。

 なので、この連絡員を代理の師父とする心算である。

 其れと彼には此処スーアで遣らなければいけない事が有る。

 孤児院の担当の部署に就き、見込みのある子供たちを教団員にする計画だ。

 能力を見込まれ、早ければ今年中に其の担当部署に就ける。


「では、私は同様に定期的に此処に赴き、『師父』としての活動について、貴方様からの指示を仰ぐのですね」

「そうだ。前の『師父』の路線も継続したい。つまりホスワードと対峙している勢力に侵略を促す事だ」

「現状、敵対しているエルキトもバリスもホスワードに対して、及び腰ですが」

「エルキトでは現可寒(カガン)の消極性に反発している一派が居る。そしてバリスは何としてでも旧領回復の戦を起こしたいだろう。両国の利害を一致させ、同盟にてホスワードを襲わせる」

「其の様な事が可能で?」

「時間は掛かる。私がスーアで高官と為れば、定期的な国策の会議に対する意見書が出せる」


 エレクが考えていたのは、ホスワード軍の慢性的な馬不足を補う、エルキトとの交易の改修案だった。

 買い付けにエルキトに赴くのでは無く、エルキト側が強馬を連れてホスワード国内で取引をさせ、其の際に彼らにホスワード領の詳細な地形を把握させる事を示唆するのだ。

「其の示唆役は、お前に任せたい」

「バリス軍と先ずホスワード軍を対峙させ、其の後背を襲わせる進撃路を交易時に見つけろ、と云う事ですね」

 連絡役。そして、師父代理を任せられるだけに、この男も理解が早い。

「エルキトとのこの話が纏まったら、バリスにこの内容を話し、同盟させ侵攻をさせれば好い。彼らからすれば、只出兵して防備に徹していれば、ホスワードの背後からエルキト軍が現れ、蹂躙してくれるのだからな」

 


 高級士官への昇進手続きと、自部隊の編成を済ませ、三カ月間程ガリンの新部隊は練兵場で調練に励み、来年の一月の初頭までの休暇を取る事と為った。

 ガリンの部隊は戦死したエゴール・ルーマンの部隊をほぼ引き継ぎ、二百騎程を追加しての軽騎兵隊だ。

 所属は中央軍なので、この様な休暇では、故郷に帰る者と練兵場に残る者が出る。

 ガリンは当然カリーフ村に帰る。

「帰る?あの村が俺のこれから戻る処に為るのか」

 若し、母が生きていたら、と考える。あれ程の広い邸宅に一人では寂しいだろうな、との思いが過る。


 途上、ガリンはバヌン村なる処に数日宿泊した。

 彼が此処に興味を持ったのは、この村の住人の大半は馬の飼育に携わっていて、出来たら色々と話しを聞いて、自邸の牧場の参考にしたい、と思ったからだ。

 ある牧場の近くで騒ぎがあり、ガリンも駆けつける。

 其れはある若者が自分を雇って欲しい、と懇請しているのだが、主人は「余裕が無い」の一点張りで、断っていたのだ。

 渋々と牧場を離れる若者にガリンは声を掛けた。

「君は馬牧場の仕事がしたいのか?」

 問われた若者は驚く。天を突くような巨躯。身に付けているのは高級士官の軍装。


「様々な仕事をして、其の日暮しです。ただ馬関係が一番多かったので」

「俺はガリン・ウブチュブク。見ての通り軍人だ。君の名と齢は?」

 若者は、多分齢は十七、名は「モルティ」とだけ告げた。

「両親は如何してるのだ?」

 このモルティは所謂捨て子だった。ある村の小さな牧場を経営する家族が発見して養育していたが、育ての親が次々に亡くなると、跡を継いだ息子は、モルティを初めから好ましく思っていなかったので、追い出してしまった。

 其れが約四年ほど前で、以降モルティは国内を転々として、其の日暮しをしている。


「俺は馬牧場を遣ろうと思っている。住み込みの手伝いが欲しい。其れと若し好かったら、従卒を付ける様に言われているので、俺の従卒も遣ってみる気はないか?」

「…本当ですか将軍閣下!」

「将軍ではない。まぁ其の辺りは色々と教えて行こう。姓が無いのは登録時に不便だな。『バヌン』で好いかな?」

「はいっ、将軍…、えぇと、ウブチュブク様!」

 こうしてモルティ・バヌンと共にガリンはカリーフ村の自邸へと帰った。



 十月も半ばに入る頃、ガリンとモルティはカリーフ村へと着く。

 例のバヌン村でモルティ用の馬と、飼育用の馬を四頭買ったので、一騎で帰ってくると思っていたカリーフ村の人たちは驚く。

「確かに厩舎は出来てますけど、馬は好いとして、従業員まで連れて来るなんて聞いてませんよ」

 マイエがガリンに呆れて言う。

「ウブチュブク様、この方は旦那様の奥さまで?」

「…ち、違います!」

 村内で交わされた会話にカリーフ村の住人は笑っている。


「ふむ、モルティよ。お前は俺の邸宅の住人だから、お前の租税は半額され、俺の収入に為るそうだ。尤も租税を払うのは十八に為ってからだが。そうか、其の年だから、雇用が断られ始めていたのだな」

 高級士官の住む邸宅は、荘園とも謂われ、其処に住む十八以上の居住者の税は半額で、残りは荘園主の物とされる。


 こうして改修されたウブチュブク邸で生活をする二人だが、致命的な事態に陥る事に為る。

 馬の飼育、厩舎の掃除、家の掃除、衣服の洗濯、燃料の薪割、生活用水の運搬。

 全て両者は出来るが、肝心の料理が不可能だった。

 ガリンは宿屋で働いていた経験、モルティも同種の家仕事をしていたので、食後の後片付けは完璧に出来る。

 二人のこの窮状を知ったマイエはほぼ毎日の様に、ウブチュブク邸に赴き、食事を作ってあげた。

 只、ガリンは野戦料理の経験が有るので、ある程度マイエから料理を教わり、自身でも作れる様に為って行くが。


 年が明け、ホスワード帝国歴百三十年一月五日。

 ガリンとモルティは帝都の練兵場へと戻る日だ。

 モルティは初めて行く場所だが。

 カリーフ村は十一月後半に入るとしばしば降雪が有り、時に豪雪も珍しくない。

 深い雪中の中、ガリンは微かに震えている。寒さからでは無い。

 見送りに来た、マイエと彼女の両親のミセーム夫妻に対して、全身の震えを止め、勇気を出して言葉を発する。

「マイエさん、いやマイエ。貴女が俺の家に居てくれたら、色々と助かる。こんな理由で申し訳無いが、俺と一緒に暮らしてくれないか。御両親、これは決して私の地位に因る横暴さではありません。娘さんを愛し、生涯大切にする事を誓います」


 答えは、マイエもミセーム夫婦も了承だった。

「これから任務に就く前に、婚約をする変人は貴方くらいですね。ガリン・ウブチュブク殿。式とかも又私たちにお任せですか?」

「…いやあ、申し訳無い。全く私は思い付いたら其の場で、と云う愚かな男でして」

 マイエは直接のガリンの軍務を見ていない。だが、軍務を離れている時は、全く軍人らしく無く、突然困窮した人物を連れて来たり、其の奇矯な親切心を、何時しか愛おしい物と為って行ったのだ。

 ガリンとマイエの結婚は、次にガリンがカリーフ村へ帰る時にする事が決まった。

 因みにウブチュブク邸の飼育している馬は、買ったバヌン村で料金を払い預けるので、途上まで六頭で進む。



「うむっ!ガリンの結婚が決まったか!私は何としてでも式に出るぞ!」

「閣下、お立場をお考え下さい。其のカリーフ村の住民たちが委縮してしまうでしょう」

 帝都ウェザールのティル・ブローメルト邸。

 ガリンは帝都に居る間は、此処で世話に為っている。ある日ヨギフが夕食前に現れ、三人は蒸留酒を痛飲している。夕食時には麦酒や葡萄酒を大量に飲んだ三人であり、ティルの妻のマリーカは呆れている。

「式は四月に半月の休暇が有るので、其の間に行う心算です」

 ガリンはティルの子たちのカーテリーナとラースをあやしながら、アムリート大公には色々と冒険話をする。大公殿下はガリンの話に興味津々。

 皇族のアムリート大公は、しばしばブローメルト邸にて過ごす事が多い。

 アムリート大公はカーテリーナと同年である。

「だが、最初の子が生まれたら、私は万感を排してでも行くぞ!」

 ヨギフは力強く言う。


 四月にカリーフ村に戻ったガリンは、マイエとの結婚式を挙げ、新婚夫妻とモルティはウブチュブク邸で住む事に為る。

 モルティは二人の邪魔に為るのではないか、とカリーフ村の小さな空き家を自分の居住地としようとするが、ガリンに止められた。出て行かれると、当然モルティは通常の租税を納める事に為るし、何より馬牧場の運営にはモルティは必須だ。


 ホスワード帝国歴百三十二年七月十五日。ガリンとマイエの第一子が産まれる。

 ガリンはこの息子を「カイ」と名付けた。

 数日後にヨギフは本当にカリーフ村を一騎で訪れ、数日間滞在し、赤子のカイをあやす。

 

 翌、百三十三年の十一月にはブローメルト家に第三子の「マグタレーナ」が、十二月にはウブチュブク家に第二子の「メイユ」が産まれた。

 だが、この年からホスワード帝国は暗雲が立ち込み始める。

 この年に、皇太子ナルシェ・ホスワードは薨去する。享年三十八歳。

 七十三歳のフラート帝も衝撃を隠しきれず、以降少しづつだが精彩を欠いて行く。

 既に妻の皇妃と、五人の子供たちの内、ナルシェを含め四人を失っている。

 後継にナルシェの長男のカルロートを皇太孫としたが、この十四歳の少年も病弱であった。


 ホスワード帝国歴百三十七年。北方のエルキト帝国で異変が起こる。

 其れは対ホスワードに消極的だったイネルが、甥のバタルに弑逆され、バタルが可寒の地位を奪い取った。

 この時バタルは二十七歳。若き帝王は先帝に忠誠を誓う者共との壮絶な戦いを制し、混乱に乗じた周辺諸国の侵略も撃退し、可寒の地位を確固たる物にする。


 ホスワード帝国はこのエルキトの混乱に特に乗じなかった。

 百三十九年。第五代皇帝フラートが崩御し、国内体制を維持するのに精一杯だったからだ。

 第六代皇帝としてカルロートが即位し、宰相のデヤン・イェーラルクリチフが補佐する。

 両者とも志向としては、内政の充実を重視していたので、良好な君臣関係を築く。

 イェーラルクリチフはこの三年前に亡くなった、ライデュース・ロドピーア侯爵の後を継ぎ、フラート帝に因り宰相に抜擢されていた。

 宰相就任時が四十九歳だが、彼は勲士階級の出身である。官僚養成の最高学府の大学寮を出て、比較的中程度の官位から経歴を積んできた、一種の叩き上げだ。

 彼を抜擢したのがフラート帝の最後のホスワード帝国に対する功績、とまで後世に讃えられる。


 一方、同時期にフラート帝は、エルキトとの交易をホスワード国内で実施する事を決定させた。

 ある地方の文官が発議した物で、交易品を遠くのエルキトまで運搬する人手の軽減と、国内なら途上で盗賊団に奪われない事を鑑みた結果だ。

 此方の方は、後々ホスワード帝国の、ガリン・ウブチュブクの運命に繋がる。



 カルロートは百四十三年に崩御する。享年二十四歳。

 彼の息子のユミシス大公は四歳で、そして病弱だったので、カルロートは敢えて立太子しなかった。

 帝位は二十一歳の弟のオリアントが第七代皇帝として即位する。

 然し、オリアントも元々病弱で、僅か三年で崩御すると、ホスワード帝国の大貴族や重臣たちは、帝位を誰が継ぐべきかで議論する。

 対象者は三人の大公殿下たち。

 一人はナルシェの三男で、軍籍に有るアムリート大公、二十一歳。

 一人はカルロートの長男で、病弱なユミシス大公、七歳。

 一人はオリアントの長男で、健康には問題無いオリュン大公、二歳の幼児。


 多くは成人で健康に問題の無いアムリートを推したが、当の本人はユミシスを帝位に就けて、自分は補佐役に回ると主張した。だが、周囲の説得と、何より皇帝と為り儀礼等に多くの時間が割かれ、ユミシスの健康が更に悪化する事を懸念したアムリートが承諾して、第八代皇帝として即位する。


 此処で一つの問題が発生した。

 アムリートは既に結婚していたのである。

 其れ自体は問題無いが、妻はティル・ブローメルト将軍の長女のカーテリーナであった。

 ティルが娘を将来の皇妃として、アムリートとの婚姻を勧めたのでは無く、単に両者は幼馴染で、アムリートは幼少の頃より、ティルを武芸や用兵の師と仰いでいた。

 ティルもアムリートが即位する事態は想定外だった様で、アムリートを初め軍の高官たちは必死に止めたが、国舅のティルは将の位を返上して、兵部省で査閲官として閑職へと自ら異動を申し出る。


「私の空いた将には、ガリン、卿が就く様に強く言ってある。だが、正直難しいがな…」

「俺はもうこの身分で充分だよ」

 共に四十四歳。ティルの異動時に両者が交わした言葉だ。ガリンはこの年に上級大隊指揮官に昇進したばかりだ。

 平民、然も異国出身の彼が将軍に任じられるのは、ティルの言う通り極めて難しい。


 因みにこの前年にガリンは一軍を率い、クミール王国を襲撃に来た、二千を越えるあるエルキト部族に対しての援軍に出撃し、戦功甚だしく、故郷に二十六年ぶりに姿を見せた。

 何人かの当時親しくしていたクミールの人々との歓談をし、母と祖母の墓参りして、ホスワードへと帰還した。

 ガリンが過ごした宿屋の主人はとうの昔に没し、経営がかなり厳しい、と聞いたガリンは「自分を育ててくれたお礼」と称して、結構な金額を宿屋に渡す。律儀を通り越して、お人好し此処に極まれり、である。


 ホスワード帝国歴百四十九年。西の帝国のバリスが十万の大軍を起し、ホスワードの北西部に侵犯する。

 ホスワード軍は若き皇帝アムリートが同規模の大軍を率い、迎撃の親政を起こす。

 ガリンも五千を率いる指揮官として出陣だ。

 処が、バリス側は防備を固めるだけで、何ら攻撃してこない。

 其処へ、突如として夜襲をホスワード軍は受ける。北の帝国のエルキトの大軍だ。

 エルキト軍は毒矢を主武器に使い、完全殺戮を目指す戦いを実行。ガリンを初め、多くの軍上層部が被害を被る。

 皇帝を護る為に、高官や側近が身を挺して、防壁と為ったからだ。

 辛うじて自軍を立て直したガリンはエルキト軍と戦うが、彼らはホスワード軍の壊乱を確認すると、何処かへと退いて行った。

「バリス軍の総攻撃です!」

 報告を受けたガリンは自部隊を殿として、総退却を上層部に具申する。

「アレン!卿は一部隊を率いて、この事を伝えろ!モルティ、お前もだ!」

 アレン・ヌヴェル中級大隊指揮官とモルティは、ガリンのこの厳命を瞬時躊躇する。

「行け!お前たちは生きるんだ!」

 ユースフ・ダリシュメン下級大隊指揮官が、階級を無視した言葉使いでアレンらを奔らせる。


「何時か言ったでしょう。俺はあんたが将に為るまで、付いて行くって」

「では、必ず生還しろよ」

 毒矢の影響で微かにふら付く二人は、殿の指揮を執って、バリス将兵を殺傷する事夥しい。

 バリス軍のホスワード軍主力部隊への攻撃は、こうして阻まれた。


「…ユースフ。全くお前さんは俺みたいな男に好く付いて来てくれたよ」

 ユースフの死を確認したガリンは其のまま斃れ込む。

 大将軍のヨギフは自ら一軍を率いて、ガリンの殿部隊の援軍に来た。

 若し、これが少しでも遅かったら、ガリンも死亡したであろう。

 ヨギフはガリンを初め、辛うじて息のある者たちを後方へと運ぶ。


 ガリン・ウブチュブクの五千の兵は、バリス軍十万を相手に奮戦し撃退に成功したが、事実上壊滅した。

 この戦いでバリス将兵からは、ガリンは「無敵将軍」とまで畏怖される。

 だが、これが彼の最後の戦いであった。

 そして、新たな伝説の開始が、三年後にガリンの安らぎの地、カリーフ村から始まる。


第十四章 ガリン・ウブチュブク 後編 (最終章) 了


無敵戦士、ガリン・ウブチュブク。その若き日々 (大海の騎兵隊、外伝) 完結

 「大海の騎兵隊」の外伝、ガリン・ウブチュブク記を読んで下さって、大変に感謝しています。

 長編物語の完結ってホント難しいですね。

 そんな訳で、この続きに興味を持った方は本伝の「大海の騎兵隊」にGO!(宣伝!)

 本伝読了済みで、また外伝をやってくれ、という奇矯な方々がいたら、次はエラちゃんの物語をやるかもしれません。(こっちは本伝の未来の話となります)


 改めまして、ここまでお付き合いしてくれて、ありがとうございます。

 「Thanks20th、勇気」企画がなかったら、未だに私のPC内で眠ったままの作品だったでしょう。

 テーマ通り、「勇気」を出して、完結させて出した作品です。

 いつもの後書きテンプレでもありますが、ご感想よろしくお願い致します。

 みなさまの応援があれば、また10万文字超え作品やるぞー!



【読んで下さった方へ】

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【短編、その他】

【春夏秋冬の公式企画集】

【大海の騎兵隊(本編と外伝)】

【江戸怪奇譚集】
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