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第十二章 流転の戦士 後編

 いよいよ、物語は終幕へ。

第十二章 流転の戦士 後編



 ホスワード帝国歴百二十八年一月一日。帝都ウェザールのブローメルト邸で、新年の祝いが催されていた。

 広い食卓には各種の肉料理や魚料理、この寒い時期には有難い様々な野菜が入った温かいスープ、そしてパンやチーズ。

 当然、酒類も豊富に揃っている。


 食卓の席には、フィン・ブローメルトと妻のアマーリエ。新当主のティル・ブローメルト子爵と妻のマリーカ。ティルとマリーカの娘でこの年に三歳に為るカーテリーナ。そして、ガリン・ウブチュブクが賓客として招待されていた。

 マリーカのお腹は大きい。春頃には第二子を出産予定である。


 ティルとガリンはこの年で共に二十九歳に為るが、ティルは将、ガリンは上級中隊指揮官と一介の士官だ。

 だが、公式の場を除いては、両者は対等な言葉使いをする。

「次は男の子かな?リナは弟と妹、どっちが好い?」

「どっちも!」

 ガリンがリナことカーテリーナに言うと、ガリンは「最低でもあともう一人だぞ」、とティルに言う。ティルも返して、「其れより、君の結婚してからの子供の方が先だぞ」、とやり返す。

 食事は軽い笑いで包まれていた。


 去年の二十九日からガリンはブローメルト邸の客人として、ティルから誘われていたが、明日には帝都を出て、西の練兵場内の士官用の営舎に戻る予定だ。

 抑々、ガリンはこの営舎でずっと過ごす予定だったのだが、ティルに強引に誘われたので、半ば渋々宿泊しているのだが、この短い滞在は楽しい物だった。


 皇帝直属の相談役のフィンと当主で将軍のティルは、明日に皇宮に参内し、皇帝に新年の祝賀に行かなければ為らない。

 一日は主に外国使節の挨拶に費やされるので、文武の重臣の挨拶は二日と決まっている。

 其れに合わせて、ガリンはブローメルト邸を離れる。


 二日の早朝にフィンとティルの親子が皇宮へと出発すると、昼前にガリンはブローメルト邸を辞した。

「任務は五日からと聞いていたのですから、其れまで此処で過ごしても構わないんですよ」

「任務と云っても、待機状態で、訓練が殆どなんでしょう?其れなら此処から練兵場へ赴けば好いのに」

 アマーリエとマリーカが口を揃える中、ガリンは苦笑しながら、ブローメルトの両閣下に宜しく、と告げ、カーテリーナを玄関口で抱き上げた。

「うわ~、凄い高い!」

 ガリンの身の丈は二尺を越え、腕も長い。目一杯高く上げると、リナからは建物の二階に居る様な感覚だ。

「其れではお世話に為りました。又、この様な機会が有れば、嬉しく思います」

 リナを下して、ガリンは手荷物を持って去った。

 何時までもブローメルト家の三人の女性たちは手を振るので、ガリンも振り返りながら、手を振り歩みを南へと向ける。


 ウェザールは早ければ十一月後半、遅くとも十二月の初め頃から定期的な降雪が、翌三月初め頃まで有る。

 豪雪は稀で、殆どが足首の辺りにまで積もる位だ。

 今年に入ってからはずっと晴天で、日の当たらない箇所で掻き分けられた雪が積もっている。

 風も殆ど無いが、吐く息は微かに白い。

 もっと北方で、更に内陸地で生まれ育ったガリンからすれば、左程の厳しい環境では無い。

 新年と、寒さもあって人通りは少ない。

 一般にホスワード帝国では、年末の二十九日から翌四日まで、殆ど全ての職は休み、年末に買い込んだ飲食物でずっと家庭で、静かに過ごすのが通常である。


 ガリンはウェザールの正門近くの厩舎で預けている愛馬に乗り、正門を出て、少し南へ進む。其処には十字路が在る。

 南へは帝室の陵墓。左の東へと進むと、狩りが出来る森林地帯。右の西へと進むと練兵場。

 上空から見れば、南北五里、東西四里のウェザールの左右を、其れ以上の規模の森林地帯と練兵場が配置され、南が陵墓と云った格好だ。

 ガリンが目指すのは、練兵場内の自身が生活の場としている、士官用の営舎である。

 軽く騎行して進んだので、二刻程掛かって到着した。


「隊長、もう帰って来たんですかい?」

 部下のユースフ・ダリシュメン下級中隊指揮官だ。ユースフはこの年で三十四歳。もうこの男とは十年近い付き合いだ。

「勿論、調練は五日からだ。特に変わった事は無いな」

「敢えて言えば、アレンの坊やが、騎乗の特訓をしていますぜ」

 ユースフが言った人物は、アレン・ヌヴェルと云い、この年で二十一歳。彼はガリンが率いる五百の部下たちの中で、数少ない勲士階級の出身で、然も生まれが河川の多い地域で、騎乗の経験が無かった。

 軍学院を卒業しているが、中途入学だった為、如何しても馬術に関しては、大きく後れを取っている。

 中級小隊指揮官に昇進しているが、本人からすれば、勲士階級だから、と身分から昇進したと思っておらず、人一倍努力をしている様だ。

 性格も奢った処が無く、特に船舶の知識や操船技術に高い能力を持つアレンを、ガリンは貴重な物だと思っていた。

「ふむ。少しアレンに付き合うか」


 練兵場の騎射を行なう場所で、アレンは熱心に騎射をしている。

 的には当たらないが、両手で弓矢を使い、落馬せず疾走出来ているだけでも、十分な力量である。

 だが、ガリンを初め殆どの将兵は、ユースフの様に幼少から騎射に親しむ、ホスワード北方や、エルキトに出自を持つので、如何しても見劣りをしてしまう。

「ウブチュブク指揮官…!」

 騎乗したガリンに気付いたアレンが弓矢を鞍の弓袋に納め、馬上で右拳を左胸に当てる敬礼をする。

「アレン、熱心なのは好いが、少し違う遣り方をしよう」


 馬上のままガリンは説明をした。

 自身が、そして敵も移動している中、矢を射て敵に命中させるのは難事だ。

 軽騎兵の矢の斉射とは敵陣を崩したり、偽装退却で敵を引き付けるのが主で、確実に敵兵を射殺す必要性は薄い。

「矢を射た後に、即座の方向転換等の、部隊が一糸乱れぬ動きを出来る方が重要だ。的に当てるのは無しにして、俺が前進と後退、左右の方向転換を合図するから、其れに合わせて矢を射てみるんだ」

 こうしてアレンは前進して矢を射ては、ガリンの合図で、進行方向を左右や後退。これが即座に出来る様に教示した。



 ホスワード帝国の西端。バリス帝国と近接した市であるスーア市の市庁舎に旅人風の男が二人現れ、市民の意見を聞く投書箱に、片方が紙片を入れた。

 この投書箱の設置を発案したのは、前年の百二十七年にスーア市の役人に為った、エレク・フーダッヒなる若者である。

 百二十八年一月も半ばを過ぎた頃で、エレクはこの年で二十歳に為る。


「…それで、今後は此方の方が私との連絡員と為るのですか?」

 数日後、スーア市の地下深くの遺構で、エレクは二人の人物と対面していた。

 一人はホスワードに於けるヴァトラックス教の二代目の師父。初代はエレクの実父だったが、数年前の流賊を使った決起で死亡していた。

 二代目の師父は四十代前半。彼が連れて来た男はエレクより少し年上か。

「この男も教義に好く通じている。投書の暗号も理解している」

「判りました。師父は何かを起こすので、暫くこの地へ来られない、と云う事ですね」


 静かに頷くと、師父はエレクに問うた。

「で、この地で役人に為り、お前は何を企図しているのだ?」

「此処スーア市には孤児院があります。私が何とか其処の責任者になって、見込みのある者を教団員に導きたい、と考えています」

「…成程、ホスワードも内部から教団員を作られているとは思わぬだろう。私は再度の決起の準備中だ。故に今後はこの男が連絡員だ」

「…慎重を期されているかと思われますが、若し又失敗に終わった場合は?」

「私が死に、失敗に終わった時は、お前が三代目の師父と為り、今言った孤児を教団員とする事を進めよ」

 一月中にはこの二人の旅人たちは、スーア市を去った。


 ホスワード帝国の皇帝は、第五代フラート帝。この百二十八年に六十八歳。即死して四十六年目である。

 其の姿は老いて益々威厳が高く、明晰な判断力を持ち、閣僚や将軍たちを指導する力量。

 日々政務に励む姿は、文武の上は重臣たちから、下級の役人や兵士たちまで広く尊崇を受けていたが、皇族に近しい人々は不安を持っている。

 其れは皇太子である息子のナルシェで、彼はこの年で三十三歳に為るのだが、生まれつき病弱である。若し市井の家に生まれていたら、とうの昔に死去していただろう、と噂される程の人物だった。

 ナルシェの問題とはこの病弱さである。外征にも出る父帝を内政面で補佐していたのだったが、年々補佐よりも療養の期間が長く為っている。


 昨年の九月。フラート帝はヨギフ・ガルガミシュ将軍から上奏を受け、ホスワード帝国内の流賊の完全鎮圧の案を了承した。

 そして翌十一月には、ティル・ブローメルト将軍が組織した捜査部隊が、全土を駆け回っている。

 この流賊はヴァトラックス教なる秘儀教団と深く結び付いている様だ。

 フラート帝は時折思う。若き日に即位し、父帝を操っていたヴァトラックス教の指導者たちを処刑した時。


「お前のこれから生まれてくる一族を、全て呪ってやる。誰一人して健康で生きられず、病で苦しむよう呪いをかけてくれる!」


 フラート帝には五人の子が、後に生まれたが、皆生まれつき病弱で、既に一番上の娘と四番目の娘が死去している。

 彼女たちはプラーキーナ系貴族と呼ばれる、大貴族に降嫁していたが、子を為す事無く、死去していた。

 三番目のナルシェは、カシュナと云うプラーキーナ系貴族を妃に迎えたが、これはフラート帝の意向に因って決められた。


 カシュナはプラーキーナ系貴族の令嬢にしては珍しく、快活で健康的な美に溢れ、彼女なら身体的に問題の無い子女を産んでくれるだろう、とのフラート帝なりの判断だった。

 まるで、女性を丈夫な子を産む道具と扱っている様な判断だが、其れ程、フラート帝は例の首領の最期の言葉に悩まされていたのだ。

 幸いにもナルシェとカシュナの夫婦仲は好く、三人の男子に恵まれたが、上の二人は矢張り生まれつき病弱である。


 ガリンの直属の上司はエゴール・ルーマン下級大隊指揮官で、この年でガリンより十九歳上の四十八歳に為る。

 彼は平民出身で、一兵卒から数年前に漸く高級士官と為った。

 十二年前にガリンがホスワード帝国軍に入隊出来るきっかけを作った人物でもある。

 ガリンの部隊は全て軽騎兵だが、経験豊富なエゴールから直々に室内戦や、地上の格闘戦の訓練を、練兵場の各施設でガリンの部隊は受けていた。

「例の賊徒の事だが、根拠地が判明次第、私が最終確認を行う事に為っている。詳細を伝えるので、ウブチュブク指揮官は鎮圧のみに傾注すれば好い」

 ガルガミシュ将軍からの命らしく、エゴールもガリンを自分と同じ高級士官に出世させたい、との希望をしっかりと汲んでいた。



 稀代の名君のフラート帝の統治下でも、徒党を組んだ賊徒は少なからずいる。

 この百二十八年で摘発された賊徒は、大は五十に満たず、小では十に満たない盗賊団で、エゴールが報告を受けると鎮圧に向かい、当地の州政府の獄に賊徒を放り込んでいた。

 当然、彼らはヴァトラックス教との関連性を調べられるが、何も有益な情報も得ず、こうして百二十八年は過ぎて行った。


 明けて、ホスワード帝国歴百二十九年。

 ホスワード帝国の最北西部のラテノグ州を初め、各廃棄された軍の見張り塔や城塞に人が生活している気配がする、との情報が入って来た。

 困窮し、家を無くした流民かと思われたが、如何やら西方のとある傭兵団が、隊商を装って、前年より帰還の度にこれ等に団員を残し、結果として一年後にはこの傭兵団全てがホスワード帝国内で、根拠地を築いている事が判った。

 総勢で五百を越える傭兵団が北西部の各地で割拠している。

「これは手引きした者がいるだろう。其の傭兵団だけの鎮圧だけでは無く、手引きした者共を炙りだすのだ。恐らく其の者共が教団関係者だろう」

 情報部隊を統括していたティル・ブローメルト将軍はそう断じた。


「入念に準備されている。昨年に散発的な賊徒を目立つ様に暴れさせ、其の裏で国外の傭兵団を本朝(わがくに)に潜ませるのが目的だった様だ」

「ラテノグ州へ小官らも出撃致しましょうか、将軍?」

「うむ。ルーマン指揮官だけは危険だ。ウブチュブク指揮官、済まぬがルーマン指揮官の指示に従って動いてくれないか」

 練兵場のとある営舎の会議室で、ティルがガリンとエゴールに命を下していた。

「ルーマン指揮官。若し援軍が必要なら即座の連絡を。私自ら精鋭を率いて赴く心算だ」

 こうしてエゴールを主帥、ガリンを副帥とする千騎はウェザールの練兵場より、北西のラテノグ州へと出撃した。

 時に、百二十九年二月の初頭である。


 出発時、副官を初めとする側近と共に見送りに来ていたティルにガリンは一騎近付き、両者にだけ聞こえる会話をした。

「絶対にルーマン指揮官と俺で決着を付ける。君には待望の男子が生まれたしな」

 昨年の四月にティルの第二子が生まれ、「ラース」と名付けた。

 ウェザールはこの時期珍しくかなりの降雪に遭った。目的地のラテノグ州は更に雪深く、骨身に沁みる程の寒さだ。

 尤も、大半のこのエゴールの部隊は、出身が北国で、雪深い処でも騎乗も巧みなので、彼らに因る部隊の編制と出撃理由でもある。


「名目上はバリス領内の偵騎だ。だが、千騎での偵騎など有り得ぬから、中途で百騎単位で分け、連絡を緊密にしなければ為らぬ」

 エゴールは語った。確かに千騎が一塊で、堂々とラテノグ州に入ったら、潜伏している傭兵団は各自逃げ散っていくだろう。

 これでは彼らの完全鎮圧と教団の炙り出しが出来ない。

 危険だが、小部隊に分け、恰もバリス領へ向けての偵騎と見せかけ、若し一部隊が襲われたら、瞬時に結集する連絡手段をラテノグ州に到着するまで、エゴールとガリンが中心に為って、協議した。


 十日後。ラテノグ州に入った頃には、千騎は十の部隊に区切られ、ガリンは百騎を指揮下に置く。

 当地は雪深いが、騎行に難儀する程ではない。遠くの山野は雪化粧され白一色の世界である。

 この百騎を率いる指揮官にはユースフも入っていて、彼ら十名は入念に相互連絡を取り合う。

 また、上級小隊指揮官に昇進したアレンは五十騎を任され、彼の部隊は万が一の事が有った場合のウェザールへのティルへの連絡部隊とされた。

 残りの五十騎を含む百五十騎をエゴールが率い、彼の部隊が一番の危険地帯を捜索する事と為った。


 エゴールの部隊だけ、凍結したボーンゼン河を西に渡ったので、バリス領近くの完全な西方である。

 偶然にも、曾てこの辺りは、ガリンがクミール王国を出奔し、偵騎に出ていたエゴールと初めて会った場所。

 エゴールは其れを想いだし、微かに笑顔をこぼしたが、即座に真剣な真顔と為り、周辺に注意を払う。



 近辺には村落は無く、遺棄されたホスワードやバリスの小規模な城塞が点在している。

 せいぜい百名が入れる位の、石材と木柵と藁で造られた簡易な城塞だ。

 エゴールの百五十騎は、雪中でも隊列を乱さず、一つ一つに近づき、人の気配が無いかを確認して行く。

「ルーマン指揮官。あれを」

 ある兵士がルーマンに指摘する。兵士の指し示した処には、二十騎程のバリスの偵騎が居た。

 直線距離にして、三十丈は離れているだろう。途中は起伏のある地で、雪深い為、騎乗でも身を隠し易い。


 彼らの方がやや高地に位置している。

「バリスが援軍を呼び、この辺りに来られたら厄介だな…」

 そうエゴールが思うと、不意に嫌な予感がした。

 或いはこの地に潜んでいる傭兵団はバリスとも通じている…!

「拙いぞ!一旦全軍集結だ!各指揮官に連絡を出せ!それとヌヴェルの隊には帝都のブローメルト将軍への報を!」

 エゴールは自部隊の結集と、帝都へこの蠢動にはバリスも加わっている可能性を知らせる事を命じた。


 エゴールたちが急ぐと、各所から喚声が起こった。

 朽ち果てた各城塞に潜んでいた傭兵団が飛び出し、彼らも一塊に為ろうとしていたのだ。

 エゴールは判断に迫られる。

 飛び出した傭兵団は徒歩で、恐らく馬群を納めている箇所に向かっているのだろう。

 自部隊の結集を急ぐか、未だ徒歩の傭兵団を自身の率いる百五十騎で駆逐するか。

 エゴールは一人の部下に命じた。

「ウブチュブク指揮官の元に全軍を集結させよ!我が部隊は少しでも敵の勢力を削ぐ!」

 エゴールは自部隊に二十名程の、雪中を走る傭兵団に向っての突撃を指示した。


「今です。あの傭兵団を追い散らしているのが、ホスワードの総指揮官です。あれを討ち取ればホスワード軍は混乱して逃げましょう」

 二十騎のバリスの中に、バリスの軍装をした師父が居た。

 もう何年も前だが、前の師父と共にバリス軍に変装して、ホスワード軍と戦った事が有る。其れを再び採用したのだ。

 これが、抑々傭兵団も引き入れるのも可能だったのは、クラドエ州に半ば追放状態のプラーキーナ系貴族の金銭的な援助が効いた。

 彼らとはクラドエ州では合わず、富裕な彼らが別邸を持つメルティアナ州にて行った。

 このバリスの指揮官が旗を揚げる事を命ずると、彼らの背後から五百騎近い騎馬隊が迫って来た。

 結集次第、あのホスワード軍に突撃だ。


 エゴールの部隊が二十程の傭兵部隊を一掃して、別の部隊に狙いをつけた時に、五百騎程のバリス騎兵が自部隊に迫って来るのを感じた。

 エゴールは整然と騎兵を並べて、全騎から矢を射させると、このバリス軍に突撃を敢行した。

「耐えよ!必ずやウブチュブク指揮官が援軍に来る!」

 だが、別の傭兵団の五十名程の歩兵が長槍を構えて、エゴールの部隊の背後から攻撃に加わる。

 エゴールの部隊は完全にバリス軍と傭兵団に囲まれた。


「何っ!?ルーマン指揮官がバリス軍と傭兵団に襲撃されているだとっ!?」

 ガリンが報を受け、全軍を纏め、エゴールの支援に出ようとする。

 問題はボーンゼン河を渡らなければ為らない。

 約八百騎が集結して、ボーンゼン河を渡れる凍結した箇所に着く。次々と河を渡るが、ガリンは三百騎を選抜して進む。残りの五百騎はユースフに任せた。

「この辺りでも百や二百を越える傭兵団が潜んでいる可能性が高い。ユースフはボーンゼン河東側を頼む!」

 ガリンはユースフにボーンゼン河の東側を完全に担当させる。


 ガリンの率いる部隊がボーンゼン河の西に達すると、一塊に為って更に西へと奔った。

 遠目に小競り合いが見えた。赤褐色の軍装の騎馬部隊と、事前に用意していたのか赤褐色の帽子を被った傭兵団が緑の軍団を包囲殲滅している。

「全騎突撃!赤褐色の者共を蹴散らせ!」

 先頭を奔るガリンは、先に斧が付いた長槍を閃かし、突撃を敢行する。

 次々に討たれる赤褐色の軍団。

 雪が四十寸以上も積もった大地は、斃れ込む彼らで、宛ら白地が次々に赤く染まる。

 ガリンが一騎で突破をすると、エゴールの部隊にまで達した。

「ルーマン指揮官!退路を作りました!全軍の退却を!」

「ウブチュブクよ!私が殿を務めるから、先ずは部下たちの退却を支援してくれ!」


 ガリンは瞬時躊躇した。何故ならエゴールは満身創痍の状態である。

 だが、上位者の命を断るのは、更なる危機に陥る。ガリンはエゴールの部隊を自身が作った退路より、落ち延びさせ、これに向かうバリスと傭兵団の共同軍に対しては、自ら槍を振るい薙ぎ倒して行く。

 敵中のエゴールは最後まで留まり、部下たちにガリンが作った退路で逃げる事を命じ、自身は馬上で槍を振るい戦い続ける。


 遂にエゴール部隊が全騎退却に成功した。但し、半数は討ち取られてしまったが。

「ルーマン指揮官!」

 ガリンが全身に傷を覆ったエゴールを護る形で、最後にこの包囲網から共に落ち延びて行った。



「ルーマン指揮官と重傷を負っている者たちは、ボーンゼン河を東へ渡れ!無事な者は、済まぬが俺と共に此処で敵軍を食い止めよ!」

 ガリンはエゴール以下を対岸へ渡し、自身と無事な者約三百騎近くで、共に追撃に来た、バリス軍と傭兵部隊を相手にする。

 時刻は午後の三の刻を過ぎている。天候は好かったが、薄暗く為り始まる時期だ。

 ガリンは馬上より矢を速射する。

 次々に赤褐色の軍団は倒される。

「…そう云えば、あれはホスワードの『無敵戦士』ではないのかっ!?」

 バリス側から口々に畏れと恐慌の囁きが出る。

 十年以上前から、度々バリス軍はあるホスワード軍の一戦士に蹂躙される事夥しかった。

 何時しか「無敵戦士」なる異称をガリンはバリス側から付けられ、畏怖されていた。


「敵方の総指揮官は討ち取れなかったが、恐らく重傷で死ぬか、奇跡的に一命を取り留めても、もう戦えないだろう。我々の役目は十分果たしたので、我が軍は帰還する」

 バリスの指揮官が師父に述べた。

 もうこれ以上闘う必要が無い、と云うよりあの「無敵戦士」の相手をして、徒に犠牲者を出したく無い。其の強い言明だった。

 其れにこの規模でホスワード軍と干戈を交えたからには、報復としてホスワード軍の大規模な来寇が予想される。

 今は本国に戻り、この状況を報告し、防御態勢を構築する方が優先である。

「後は、貴殿と貴殿が集めた傭兵団で、彼らの相手をするが好い」


 バリス軍は追撃から離脱し、残ったのは師父と数名の信者。そしてこの辺りに潜ませた百程の傭兵団だ。

「…おのれ、臆病共め!ボーンゼン河の対岸に渡り、全軍を合流させて、一戦に臨むぞ」

 師父がこの傭兵団の指導者に命じた。事前に大金を貰っていて、指揮下に入ると云う条件なので、従わざるを得ない。


 ガリンは敵軍が二手に分かれ、一方は西の遥かに遠くに消えて行き、一方は北へと向かっている。

「バリスの正規軍は総退却した様だな。俺たちも対岸に渡りユースフたちと合流だ。其れにルーマン指揮官の状態も気に為る」

 ガリンたちは西と北へ別れた敵軍を追わず、自軍の完全な合流を命じ、ボーンゼン河を東へ渡った。


 ユースフ・ダリシュメンが率いる五百騎は、大半が下馬し、エゴール・ルーマンを初めとする重軽症者の手当てをしていた。

 途上、近辺の朽ち果てた城塞群から、数十単位の傭兵が北へと向かうのが見て取れたが、ユースフは全軍に其れを追わず、今はウブチュブク指揮官との合流が先だ、と命じていた。

 程無くして、ガリンが率いる部隊が合流し、九百騎近くとなったが、約百騎は戦闘不能状態である。

「ユースフ!ルーマン指揮官は!?」

「此方へ!ルーマン指揮官がウブチュブク隊長が来たら、話が有ると」

 下馬したガリンはユースフに連れられ、幾つかの建てられた幕舎の一つに案内される。


 幕舎の中には全身を包帯で覆われたエゴールが横たわっていたが、包帯は血に滲み殆ど赤く染め上がっていた。

「…ウブチュブク指揮官。命を下す」

 力無く、エゴールは言うが、ガリンを見上げる其の眼光は鋭い。

「全軍の指揮権はガリン。お前が執るんだ。お前ならこの地の傭兵団と、手引きした教団どもを殲滅出来得る。既にヌヴェルの隊には、帝都への報告に飛ばしたのだろう」

「はい、承知致しました。其れと報告も飛ばしてあります」

「宜しい。バリス軍にはブローメルト将軍が対処してくれる…」

 そう言うと、エゴールの鋭い眼光は閉じられ、再び目が開く事は無かった。

 最も医療に通じた将兵がエゴールの脈と心の臓を確認し、ガリンに力無く言う。

「ルーマン指揮官の死亡を確認致しました」

「…ご苦労だった。済まぬが貴官を始め医療に通じている百名程は、此処に残り、引き続き他の者たちの治療と、この幕舎群の防備を頼む。行くぞユースフ!」

 ガリンとユースフは、エゴールの遺体に敬礼をすると、幕舎を出て出撃準備を始める。


「俺が北へ逃げるのを確認したのは数騎と百の歩兵だ。そっちは?」

「そうですね。確認出来た限りでは二百を越える位でしょう。そいつ等も全員歩兵で、北へ向かいましたぜ」

「恐らく北部に馬群を納めた拠点を設けているのだろう。傭兵団と教団員の混成部隊。最大で見積もっても六百騎といった辺りだ。この賊軍、一戦して壊滅させるぞ!」


 既に夜は更けているが、数十名に松明を持たせて、ガリンが率いる約七百騎は、北で結集していると思われる傭兵団と教団員の混成部隊の殲滅への出撃を開始する。

 時にホスワード帝国歴百二十九年二月一三日の午前四の刻。

 未だ太陽が昇る気配は無い。空は厚い雲に覆われているので、月や星々は見えず、吐く息は白く、深々とした雪中の地をガリンたちは北へと進む。

 ガリン・ウブチュブクがホスワード軍に入ってから十三年以上が経ったが、部隊を自身の裁量で率いての戦は、これが最初である。


第十二章 流転の戦士 後編 了

 まぁ、そんな訳で、私の長編ファンタジーものでは、中途で主要登場人物が確実に死にます。

 そして作中内で良い人を対象として殺します。

 まったく、何て私は酷い人なんでしょう。



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