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第十一章 流転の戦士 前編

 キーワードに「冒険」を入れたので、ちょっとした冒険回です。

第十一章 流転の戦士 前編



 ホスワード帝国歴百二十三年十一月十七日のテヌーラ帝国領のある川岸にて、テヌーラ・ホスワード両軍により、この日に壊滅させた賊徒の選別が行なわれていた。

 賊はテヌーラ人とホスワード人の軍からの脱走兵で主に構成され、約五百名の内百五十名程がホスワード脱走兵だと判り、彼らを一旦ボーボルム城に護送する。

「輸送船の準備はしてあるが、恐らく明日の午前中にドンロ大河の南岸に達するだろう」

 ホスワード側の総指揮官のヤリ・ナポヘク上級大隊指揮官は述べる。


 ホスワード軍は中型船五艘、五百名でこの地に遣って来たのだが、この五百の正規兵の食料は十分に用意してある。

 だが、護送する賊徒にも提供すると、この日の夕食は心許無く為る。

 テヌーラ側から、柿や蜜柑や実芭蕉(バナナ)と云った果物が提供されたので、食糧問題はあっさり解決した。

「ふぅ~ん。初めて見る果物だな」

 ガリン・ウブチュブク中級中隊指揮官は、そう感想を述べ、柿や蜜柑や実芭蕉を食す。

 彼はこの地より、ずっと北方の出身なので、寒冷の地の果実と云えば、林檎や苺や栗等だ。


 翌十八日の早朝。ホスワード軍船は川を下り、ドンロ大河に出て、停泊していた味方の輸送船に向かう。

 輸送船は中型船より大きく、矢や石弾を射出する装置が無い大型船と同じ造りだ。

 五艘は其々に乗せていた脱走兵を輸送船に移乗させ、この日の夕にはボーボルム城に帰投した。


 帰還時にガリンはナポヘクに色々と質問をしていた。「ホスワードでも柿や蜜柑や実芭蕉は栽培されているのか」や、「ナポヘク指揮官はこの様に他国へ水軍で赴いた事が多いのか」等々。

 ナポヘクは嫌な顔をせず、淡々と応えた。

「柿や蜜柑は南部で一部栽培されているな。だが基本的にテヌーラからの輸入が多い。実芭蕉の栽培は無理だ。テヌーラでも南部でしか育てられないらしい」

「テヌーラの南部の交易都市カンホンに赴いた事が有る。後はテヌーラの南のヴィエット王国にも赴いた事も有る。そう云えばそろそろ北東の島国の通使の長が本国への帰還の時期だな」


 ホスワード帝国の南部から見れば北東。つまり殆ど真東に、とある島国が在る。

 主に五つの大きな島から構成されるが、全体を合わせると、其の領域はホスワード帝国の五分の一近くで、総人口も六百万を越える。

 ガリンの出身国のクミール王国から見れば十分に大国だが、大陸で知られている諸国と比較すれば、中程度と云った処か。

 但し、一番の北の島は海上でエルキトと誼を通ずる部族国、一番の南の島は同じく海上でテヌーラと誼を通ずる別の部族国なので、実質的には三島を治めた国だ。

「ミテアールデ神国」が国名である。


 プラーキーナ朝時代からの長い付き合いのある国だが、現在のホスワード朝に入ってから、対エルキト、及び対テヌーラの関係から、ミテアールデ神国との関係性をより重視する様に為っている。

 通使館員は二十名で構成され、通常の館員は二年、長くても五年の交代制だが、通史長は任期十五年で、其れなりの貴族が任命されている。

 来年の一月が其の長期任期を終える時期なので、新任の長と贈り物を兼ねて、使節船がミテアールデ神国に赴く。其の護衛船が必要だ。

「外洋に出る事が出来る様に整備して、或いは我々が当地へ赴く事を命じられるかも知れんな」

「……!」

 ガリンは興奮を覚える。自分は大海を航海する経験をするかも知れない!


「前の通史長は変わったお方でな。私も護衛船の警護兵として迎えに行ったのだが、当地ですっかり釣り好きに為り、帰国後に職を辞し、今ではレラーン州のトラムなる漁村で悠々自適の生活をしているそうな」

 ミテアールデは四方を海に囲まれ、更に周囲は複雑な海流、然も地形は山地が多く、夏前に大雨が、冬場には雪が降り、大地から溶け出した養分が川を流れ海に注がれる。

 つまり様々な魚介の宝庫として知られている。


 十二月に入ると正式にボーボルム城へ帝都ウェザールから、ミテアールデ神国の通史長の交代の護衛船団を命じられた。

 ボーボルム城の護りは司令官のセニョン・ストロホフ将軍が担当し、軍関係の団長はナポヘクと決まり、彼は連れて行く将兵の選抜を任された。

 荷物運び等の力仕事が発生するので二百名程だ。

「ふむ。ガリン・ウブチュブクの部隊をそのまま連れて行こう」

 ガリンは直属の部下は二百名。其の日の内にナポヘクはガリンに、来年一月にミテアールデ神国への通史長の交代の警護随員をする事を伝えた。

 喜びを爆発させる事を必死に隠し、右拳を左胸に当てる敬礼で「承知致しました」の言を述べ、ナポヘクの執務室を退出したガリンは、一旦ボーボルム城を北側の出口から出て、暫し北へと歩き深呼吸をすると、一人喜びを爆発させた。

「海だあぁっ!俺は海に出るぞ!」

 内陸で育った彼にとって、この任務は格別だった。但し喜びはこの日だけで、部下たちに任務説明を行った後は、彼は生真面目に準備作業に入った。



 大型船二艘が整備され、特に飲料水用の樽が多く準備される。

 出港日は来年一月十五日。出港場所はレラーン州の港湾都市オースナン。其処に使節船と呼ばれる、大型船を二回り大きくした船に、次の通史長と礼部省の役人が乗り、贈与品が大いに積み込まれる。

「来月十日にはボーボルム城を出港できる様に」

 ナポヘクが全体指揮と一艘目の艦長、ガリンが二艘目の艦長として準備を進める。

「特に何も無ければ、年末年始は大いに飲酒が許可される休暇だからな。今年中にほぼ用意を終わらせよう」

 ガリンがそう言うと、部下のユースフ・ダリシュメン上級小隊指揮官を初め、全員が「おうっ!」と勢い好く返事をして、作業は着々と進む。


 年が明け、ホスワード帝国歴百二十四年。

 予定通り、十日の早朝に二艘の大型船がボーボルム城から出港した。目的地はドンロ大河を出て、北上しオースナン市への航海だ。

 一時的にだが、海上を進む。ガリンを初め、多くの部下たちは海を見るのは初めてだ。

 ナポヘクがガリンたちの今後の事を考えて、航海の経験を積ませよう、との考えが感じられる。


 ドンロ大河を出て沖へと出た。

 空は半ば以上灰色で覆われているが、降雪や降雨の気配は無い。波は穏やかな部類に属するが、河と違い船体に打ち寄せる水飛沫は激しい。北から吹く潮風は冷たいが、骨身に沁みる程の冷気では無い。

 ガリンは船長として、前を行くナポヘクの船の後に続く様に指示を細かく出すが、如何しても周囲を見渡さずには於けずに居る。

 其れは彼の部下たちも殆どがそうで、ユースフたちも何処までも続くのか判然としない、大海原が広がる東の方向を凝視している。

 暫くすると、二船は北上してから、続いて西進し、十一日の夕闇に為る直前に、オースナン市に到着した。


 この日はオースナン市の軍施設にナポヘクたちは泊まり、翌日より使節船への整備や荷物運びの作業に彼らは入った。

 使節船に乗り込む最重要人物は、ミテアールデ神国の新任の通史長で、彼は男爵家の当主で礼部省の高官だ。勿論フラート帝の親書も持っている。

 如何にこの任務が重要かが判る。

 使節船は既にオースナン市に停泊しているが、贈与品や航海中の物資を未だ完全に積み込んでいないので、ガリンたちはこれ等の積み込みに奔走する。

 当然、通史長を初めとして、礼部省の関係者たちは、オースナンで最も高級な宿泊地で出港日まで待機している。


 十五日の昼前に使節船を先頭にして、左右のやや後方にナポヘクとガリンが艦長を務める大型船が、使節船を護るように、オースナン市を出港した。

 先ずは東に向かい、徐々に進路を北へと変更して行く。

 海流に乗り、速度は一気に上がった。寄港位置は五島ある、東から四番目の島の北部で、この島だけでもホスワードの一州程度の領域を誇る。

 北東への海流に乗ってはいるが、北西からの風が強く、帆の扱いに全船は苦労をする。


 完全な夕闇に為った。

 降雨や嵐こそ無いが、空に輝く月や星々は、厚い雲に覆われて見えないので、三艘は全ての帆を畳み、船体の各所へ篝火を灯し、更に使節船を中央に左右に大型船を連結させる。

 船体の側面に三カ所大きな突起が突いているので、其れを太い鉄の鎖で繋げ、少しでも船体の揺れを軽減し、停止状態を維持する。

 流石のガリンもこの一連の作業には疲れを覚える。体力面もそうだが、より神経を使うからだ。

 如何やらゆっくりと東に流されている様だが、現在地を知るには朝を迎えなければ為らない。

 豪雨で無ければ、太陽の位置を知る手段は幾らでもある。

 この辺りは、プラーキーナ朝からの長年の互いの使節の往来の経験から来ている。


 ガリンは自身を含めて体力仕事をした者には就寝、十名程の敢えてさせなかった者たちには、夜の見張りを命じて、彼は甲板上の後方の楼閣内の部屋で就寝した。

 翌朝、空は白から灰白色の厚い雲が空を覆っているが、辛うじて太陽の位置が判るので、使節船の航海士が象限儀を使い、位置を確かめ、進路方向を使節船の船長に命ずる。

 再びの力仕事だ。見張りの十名は就寝させ、ガリンたち九十名程は、連結させた鉄の鎖を外し、帆を揚げて、航海の出来る状態にする。

 現在の位置は一番西でまた南の五番目の島に近い。北へと二日直進し、東へ進めば三日目の夕前には四番目の島の目的の寄港地が見える筈だ、と述べた使節船の航海士からの情報を全船は共有する。


 この日より、相変らず北西からの風は強かったが、天候は夜でもうっすらと月が見えていたので、四六時中の交代制で三艘は目的地へと向かう。

 十九日の午前中には、目的地の四番目の島が見え、午後五の刻には、目的地のミテアールデ神国の玄関口とされる港湾都市に入港した。

 続いて、ミテアールデ神国の「京師」と呼ばれる首都に赴く。京師は二番目の島に在り、この島が最大の領域を誇っている。

 場所としては其の島のほぼ中央だ。

 因みに三番目の島は、今居る四番目の島の東、二番目の島の南に在る。



 二十日は丸一日船の整備に使い、翌日使節船と二艘の大型船は、寄港していた港湾都市を出発する。

 たった一日だったが、この都市の外国使節を迎える館にて、久しぶりに地上で体を休めたガリンたちだった。

 二番目の島と三番目の島の間の内海を通る。目的地は「サークィ」と呼ばれるこの国で一番の商業都市で港湾都市だ。ミテアールデ神国全土から物産が集められているのだが、其れは京師に最も近い都市だからだろう。

 此処でホスワード使節団は全員降り、京師までは徒歩で赴く。


 ほぼ半日でサークィに到着する。

 同じく数日をサークィの外国使節を迎える館で過ごすが、これは休憩も兼ねて、京師からの応対の役人を待つ為である。

 其の間、ガリンたちは使節船内に入った贈り物と、其れ等を納める手で曳く台車を用意する。

 二百名の将兵が使節船と、台車を置いてある箇所に、何度も往復する。

「大事に扱えよ!神王陛下に献上する品物だ!」

 使節船で礼部省の役人が指示する中、ガリンたちは動くが、矢張り単純な力仕事と違って、こう云った神経を使う仕事は、酷く疲れる。


 さて、ミテアールデ神国に着いてから、ガリンたちが館で出され食べていた物は、椀に盛られた焚かれた白米や麦飯。山菜の入った椀の汁物。魚料理が蒸された物、焼かれた物、そして(さしみ)が主菜として出てくる。

 塩や酒粕や酢等で漬けられた物も出されたが、殆どが野菜を漬けた保存食だ。

「この国では肉は食べないのですかい?」

 胡坐をかいて、膳に並べられた食べ物を見て、ユースフが述べる。広い一間で全員がこの様に座して食事をする。

「肉は無い事も無いが、平地の少ない国故な。豚や牛、又馬を育てている処は有るそうだが…。滅多には出て来ないな」

 ナポヘクが前回来た時の記憶を頼りに応える。

 この国で獣肉と云えば、先ずは鴨、そして農場を荒らす鹿や猪を仕留めた場合が殆どだ。


 牛は農耕や荷車の牽引に使用するのが一般的なので、牛自体はあまり食べず、牝牛から乳を搾り、発酵させ(チーズ)にした物を食す。

 豚は味噌で味付けされた(スープ)として出される事が多い。これは南部で盛んで甘藷(サツマイモ)と一緒に煮込むのが一般的だ。

 馬は逆に北方で飼育が盛んで、此方は完全に騎乗用だ。


 ミテアールデ語は当然ホスワード語と異なる。

 様々な国から来る商人を相手にしていたガリンも初めて聞く言葉の響きだ。

 だが、礼部省の何人かはミテアールデ語に通暁し、何よりこの国ではホスワード語の習得が、一種の出世条件に為っているらしく、堪能な役人から、庶民でも単語程度なら数語知っている人々が多い。

 サークィ市の商人たちからは、好く片言のホスワード語で挨拶をされる。


 ガリンも作業中に好く声を掛けられ、何とか挨拶程度のミテアールデ語の数語を覚えた。一目で判る巨躯。目立つのも声を掛けられる理由だろう。

「活気が好く、明るく威勢が有って、気さくな方々が多いですね」

「其れは、此処が商業都市だからだ。この国は広い。もっと奥地や山間部では、こうは行かんぞ」

 作業中のガリンと礼部省の役人の話である。


 二十四日に京師からの役人が到着した。ガリンたちが作業をしていた、献上品を台車に納めた作業は終了している。

 牛車が二輌連なっている。巨大な左右二輪の上の車箱は、色鮮やかに彩色されている。

 また前後に二人が担ぐ駕籠も十数台来ていて、つまりホスワードの礼部省関係者は、通史長が牛車に、一般の役人たちは駕籠に乗る様だ。

 もう一輌の牛車には、ミテアールデの外交を担当する高官が迎えとして来ている。

 当然ガリンたちは献上品を納めた二十台の台車を曳いて行く。一台で八人が担当。四人が曳き、四人が周囲を支えるか上に掛けた藁が落ちない様にするかだ。其れを時間を区切って交代制で行う。

 サークィから京師までの距離は、直線距離して約四十五里を越える。然も途上は山地を通る。


 一月二十五日に一行は出発した。

 この日は朝から曇り空で、昼前には粉雪がちらちらと舞い落ちて来た。

 吐く息も白いが、ガリンの故郷のクミール王国に比べれば、酷い寒さでは無い。

 遠くの山々の半ば以上は、恐らく前年から度々の降雪で、白く雪化粧されている。

 京師もこの時期は雪が降るが、毎日では無く、降っても成人男性の膝下まで積もる程だ。

 辛うじての豪雪地帯だ。雪に為れて居ない者だと、混乱を来たすだろうが、ガリンを初めガリンの部下たちの大半は豪雪には慣れている。


 日が暮れる頃には、雪は止んだ。サークィから京師までの道は広い一本道だ。物資を届ける道なので、途上に同種の台車を曳く者たちが多かった。

 中間地点は山中だが、開けきった場所で、大小様々の宿屋が在り、一行は此処に泊まる事と為る。

 翌日からは、山道をやや緩やかに降りて行く。京師は四方を山々に囲まれた盆地なのだ。


 二十六日。この日は朝から珍しく雲が殆ど無く、空には太陽が輝いている。

 時折吹く北風は骨身に沁みる寒さだが、其れより前日の雪が融け、道はぬかるんでいる。下っているので、注意しないと滑ってしまいそうだ。

 牛車の横のミテアールデの護衛の兵たちも、台車を曳くガリンたちも神経を使う。

 流石に通常に徒歩をしていたナポヘクも台車を支える側に回る。


 高所より下っているので、周囲の森林が少なく為って行くと、京師の全体が見えて来る。

「……!」

 規模に圧倒される。東西四里、南北五里。これは帝都ウェザールに匹敵する都市だ。

 但し、石壁で囲われた城郭都市で無く、周囲は水が流れる堀であり、大路と呼ばれる縦横の九つの道路に因って区画を為し、南の正門の中央の大路を通り、奥が神王の政務と居住の場の宮城である。



 南の正門に着いた。神獣の名を冠された巨大で立派な門だ。先ず十尺の橋を渡り、先頭のミテアールデの牛車が門番に使節の到着を告げると、入京する事を許された。

 時刻は午後の四の刻。六の刻を過ぎると、翌朝の六の刻まで門は閉じられるので、間に合った格好だ。

 門の上には門番の休息用の櫓が設置されてある。


 縦横九つの大路の内、この正門から真っ直ぐに北へ伸びているのが、矢張り同じ神獣の名の大路で、これだけは幅が二十尺ある。他の大路は十尺だ。

 既に陽が沈む頃に近いので、この日は外国使節の宿泊場所の区画へと行き、泊まる事と為った。

 台車を曳くガリンは周囲を見渡す。余り高い建物が無いので周囲の景色が好く判る。

 ほぼ四方を山々に囲まれ、サークィ市よりも寒さが厳しい。


 縦横九つの大路で区画されていると云う事は、八十一の区域が在る事を意味するが、宮城は最も北の四つの区域で構成され、この箇所だけは二尺半程の石造りの壁に因って区切られている。

 入城出来るのは、南の正門から伸びた先の、同じく南の門だけ。この門も別の神獣の名が冠されている。

 贈与品を納めた台車を曳くガリンたちは、入城後に台車を所定の位置に置くと、元の外国使節の宿泊場所へ戻る事に為った。これはナポヘクも同様で、宮城へは礼部省の関係者だけが、神王に謁見する。


 戻ってから、数刻後。別の礼部省の役人たちが、ガリンたちが滞在する宿泊施設に遣って来た。

 十五年の任期を務め終えた通史長と、同じく帰国する役人たちだ。

 今度は彼らを連れて、ホスワードのオースナン市へ戻る。

 この日はホスワード関係者達だけで、宴席と為った。

 軽く温められた米で作られた清酒。水の入った土鍋に豆腐を入れ温めた湯豆腐と呼ばれる料理。この時期、これ等は身体の隅々まで暖かくする。

 又、遥か北の海域で獲れた蟹が、この冷気の中で氷漬けにされた物が何杯も届き、茹でられた其の身肉はガリンを感動させた。

 何より蟹の味噌の美味さと来たら、極上な事この上ない。

 海の幸にはこの様な物が有るのか!

 内陸育ちのガリンは感動で全身を震わせた。


 帰路への出発日の前日に、宮城から宿泊施設に身なりの整った高官らしき人物が、帰国する通史長にフラート帝に対する神王の返答の親書を、ガリンたちが率いてきた台車に衛士と思わしき人々が、返礼の品々を入れて遣って来た。

 こうして京師に滞在する事五日。一月三十一日にホスワード使節団は帰国の為にサークィ市へと出発する。

 又もガリンたちは台車を曳いて行く。行きと同じく、帰国する通史長は牛車、部下の役人たちは駕籠だ。

 こうして二月二日にはサークィ市に戻り、明日は返礼品を使節船に搬入する作業をして、五日に出港する手筈と為った。


 使節船を先頭に三艘は予定通りに五日に出港した。

 幸運だったのは二月に入ってから好天続きで、波も激しさは少ない。

 流石に最初に寄港したミテアールデ神国の玄関口の港を出て、完全に外洋に出ると、ほぼ真北からの風が強い。

 北からの強風を受けて、一気に南下し、オースナン市の位置にまで、二日で辿り着いたので、後は西に向けての航海だ。

 同じく西へと二日経つと、西に大地が見えて来た。時刻は昼過ぎ。この日の内にオースナン市には到着出来そうだ。

 九日の夕には三艘はオースナン市に到着し、乗員全員はこの日は軍施設等で、身体を休める。


 翌日にはガリンたちは早くから、使節船に納められた返礼の品をオースナン市の所定の位置に移動させる作業に入る。

 無論、これ等を帝都に運ぶのは、帝都から来た衛士たちだ。

 これが終れば、ガリンたちはドンロ大河を遡上して、ボーボルム城へと帰還する。

 十一日に二艘の大型船はオースナン市から出発した。

「力仕事ばっかでしたな。これなら戦の方が、よっぽどマシですよ」

「…まぁ正直否定は出来んな」

 ガリンとユースフはドンロ大河に入って、甲板上で会話をした。

 二日半後。ヤリ・ナポヘク率いる大型船二艘は、ボーボルム城に帰還する。

 約一カ月間、この城塞から離れていた。



 ホスワード帝国歴百二十七年。この年の八月末までが、ガリンのボーボルム城での勤務だった。

 この年の一月には、軍学院を卒業したばかりのアレン・ヌヴェル下級小隊指揮官がガリンの直属の部下と為っている。

 同年の六月。セニョン・ストロホフ司令官は、若き日より受けて来た戦傷が齢を重ねるに連れ、耐えがたく為って来たので、帝都の兵部省に退役と後任にナポヘクを指名する。

 つまり、ボーボルム城の体制が大きく変わる。

 南のテヌーラの脅威はほぼ無いので、ナポヘクを将軍に昇進させ、且つ城塞の将兵は五千までと減らし、ガリンたちは一旦中央軍に入る。


「では、ウブチュブク上級中隊指揮官。何かこの地で騒乱が有ったら、即座の援軍を頼むぞ」

「ナポヘク将軍もご壮健で、その旨承知致しました」

 両者は八月付で其々昇進が決まった。

 又、ユースフを初めガリンの直属の部下の数名の士官昇進が決まり、帝都の兵部省での登録が必要なので、必然的に帝都に戻らねば為らない。


 二年前の百二十五年。ガリンは西のバルカーン城で勤務する、上級大隊指揮官に昇進したばかりのティル・ブローメルトから娘が産まれた、との報告の手紙を受けている。名前は「カーテリーナ」と名付けたそうだ。

 この同年には、帝都で皇太子ナルシェの三男である「アムリート」が生誕している。

 実はごく一部の帝室関係者たちは安堵する。アムリート大公は何ら健康に問題が無く、元気に育って行く。

 彼の二人の兄たちは産まれ付き病弱で、抑々父のナルシェからしてそうで有った。


 百二十七年九月初日。ガリンたちは二百騎は帝都へと出発する。

 ガリン・ウブチュブク上級中隊指揮官は二十八歳。ユースフ・ダリシュメン下級中隊指揮官は三十三歳。アレン・ヌヴェル下級小隊指揮官は二十歳。

 他の面々も二十代から三十代が大半なので、何とも若々しい部隊だ。

 五日後の六日には、ウェザールの西隣の練兵場に着き、この日は此処で休み、翌日にガリンはユースフを初め部下の士官昇進者たちを連れ、帝都内の兵部省へ赴く。


 兵部省の一階の広い間にて、ガリンたちは旧知の人物たちに会った。

 一カ月前に将に任ぜられた、ティル・ブローメルトと、人事次長のヨギフ・ガルガミシュ将軍だ。

 ティルの将の就任と同時に、彼の父のフィン・ブローメルト将軍は、息子に位階を譲り、本年度中で退役予定だそうだ。

 ヨギフの父のラドゥも既に位階を息子に譲り、退役している。

 この両者は皇帝フラートの信が厚いので、今後は相談役として、尚書と同格の地位として、国政には携わらないが、御前会議等で様々な意見を述べる立場と為る。


 共に名門軍人貴族の子爵で、将である二人。ヨギフは三十八歳。ティルはガリンと同年の二十八歳だ。

 そんな彼らが親しげにガリンたちに声を掛けるが、ガリンたちは当然姿勢を正し、右拳を左胸に当てる敬礼を施す。

「ガリンよ。卿の様な大陸で育った者が、暫く河川の任務や、更には外洋に出て、使節の護衛をしていたとはな。初めて会ってから、もう十五年か」

 ヨギフはそう言いながら、ガリンたちに楽な姿勢で、と手を動かし合図をした。


 兵部省の一階のある会議室に、ヨギフは全員を連れて行き、其の場でユースフたちの士官昇進の手続きを行なった。

 相変わらずガリンたちやティルとの話し合いがしたい様だ。

「以前、ティル卿とガリンが賊徒を討ち破った事が有ったな。未だ詳細は判らぬが、あの生き残りが再び結集しつつある様だ。但し、規模は少数と思われるので、ガリンの部隊に討伐を任せようかと思う」

 ヨギフは此処でガリンにまた功を立てさせて、高級士官に昇進させたいらしい。

「ティル卿は済まぬが、情報収集や隠密の行動が出来る部隊を組織して貰えないか。賊徒の規模と根拠地が判り次第、ガリンの部隊をぶつける」


 ホスワード帝国歴百二十七年十一月には、ティルが選抜した二十名の五つの部隊が、帝国全土に飛び回り始めた。

 南のテヌーラ帝国とはほぼ同盟状態。

 北のエルキト帝国と西のバリス帝国との戦いは、大規模な戦は無く、小規模な小競り合いが年に数度発生していたが、こちらもほぼホスワード有利に進んでいた。

 ヨギフ・ガルガミシュは、ホスワード帝国内の流賊の鎮圧を完遂する事を、国内外の軍事行動に於ける優先度で一番に置いた。

 其の大役にガリン・ウブチュブクが選ばれたのだが、これから始まる流賊との戦いの果てに、彼は意外な形で安らぎの地を得る事に為るのだが、この時は誰もが其れを予想する事は無かった。


第十一章 流転の戦士 前編 了

 ハイファンタジーで、刺身だの湯豆腐だのカニミソだの清酒だの、何を出しているんだ、私は。

 多分、自分が飲み食いしたいのが漏れ出ているのでしょう。



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