新兵器完成!
先の戦術会議から半年。季節は移ろい、少し気温も肌寒くなってきた。この半年間何をしていたかと言えば、西帝国のミラー外相のクレームをいなしつつ、首都ハレの道路拡張工事と軍事改革の予算申請書に財務大臣のヴィッテと共にサインし続ける日々だった。特に面倒だったのは西帝国からのクレームで、ミラーは宮殿に毎月のように現れ、こう告げるのだ。
「陛下。先月の石炭の購入量が前年の同時期に比べて半減しているのですが。どうされたのですかな?料金は払っておられるようですが、来月からはもっとたくさん買ってくださいね。うちのアレクサンドル軍事大臣がしびれを切らす前に。」
と、相変わらずの横柄な口調で石炭の購入に文句を言ってくる。我々は東主権国から購入した木材を木炭に加工して西帝国の割高な石炭の代用としているのだ。これ以上購入量を増やす理由も必要性も全くない。なので、
「いや、申し訳ない。我が国は貧困ゆえ、ご期待に沿えないのです。申し訳ない。来月から三パーセント購入量を増やすから、なんとか納得して下され。」
と、正直ゼロにも等しい購入量増加を約束し、ミラーは苦虫を嚙み潰したようなような顔で退出し、また一月後に同じ要件を引っ提げて宮殿にやってくるのがお決まりのパターンだ。
そんなこんなでなんとか半年が経過し、町の石畳に細雪が白いじゅうたんを掛け始めたころ、執務室に軍司令官のアルベルトが頬を紅潮させながらやってきた。彼はドアを開けるや否や、その巨体に感情をなんとか抑え込みつつ報告した。
「陛下。投石器の一号機が完成しました。これから試射を行いますので試射会場をご指定ください。我ら国軍一同、準備はできております。」
ようやくだ。ようやくこの日がやってきた。ヴィッテと山のような書類にサインをし、工房に足を運んでは職人を激励してきたこの半年間の結晶が、いまここに完成したのだ。
さあ、どこで試射を行おうか。第一候補は以前観閲式で使用した軍の演習場だ。しかし、あそこは少し狭く。試射には不向きだろう。では、第二候補はどうだろうか。西帝国との国境線の河原。あそこならば長大な川に沿って試射を行える。それに西帝国の連中の度肝も抜けるだろう。
「試射は、西帝国との国境線の河原で行え。ただ、絶対に国境線を超すなよ。万が一に備え、外相のチャーリーにも西帝国に河川への接近をやめるよう連絡させろ。」
「了解いたしました。では、投石器の運搬の手間も考えて試射は五日後に行いましょう。」
そして迎えた十一月二十日。河原の両岸には東西両帝国の首脳陣が並び、非武装地帯のぎりぎりに設置された巨大な怪物を眺めていた。
「これは・・・」
思わず声が漏れるほど巨大な木製の怪物がそこにはあった。
「これが我が東帝国の誇る新兵器、投石器でございます。発案者の陛下が驚かれるとは、思った以上の出来ですな。嬉しゅうございます。」
アルベルトの説明も入ってこないくらい、その怪物は見事だった。
全長は優に五メートル。土台は堅牢な木材の骨組みでできており、そこに木製のてこが寄りかかっている。そのてこの長い方の先端には「かご」があり、そこに石をセットして発射するのだろう。そしてその「かご」がある方のてこの端は土台と縄のようなもので繋がっている。てこの視点にはハンドルがあり、それでてこの短い方を地面に近づけるのだ。すると当然、木材はきしみ、「かご」のある方は元居た位置へ戻ろうと上方向に力をため込む。そこで土台とかごをつなぐ縄を切り離せば、上向きのエネルギーが解放され、かごに入っていた石ははるか遠くに飛んでいくという仕組みだ。ハンドルを回す回数を調整すれば、射程も自由自在な代物だ。
「陛下。いつでも試射は可能です。どうかご命令を。」
アルベルトの声で我に返ると、目の前の怪物は既にハンドルを目いっぱい回され、きしんで音を立てている。
「では、投石器発射!」
私の号令とほぼ同時に縄が切られ、かごに入っていた石が風を切り裂きながら飛翔する。着弾と共に石が砕ける音が河原に響く。着弾点に大きな旗が掲げられ、西帝国、東帝国両岸から嘆息が漏れる。それもそのはず、飛距離はおおよそ二百メートルを超していたのだ。その後の試射でも飛距離は優に二百メートル、一度は三百メートルに届いた。試射は周辺各国、特に直接それを目撃した西帝国に大きな衝撃を与え、その後のミラー外相のクレームも少し穏やかになった。そしてその後の軍事会議ではこの新兵器をあと五基建造することが決定された。予備を一基確保し、それ以外の五基は全て西帝国との国境線の非武装ラインぎりぎりに設置されることになる。予備は首都ハレの城門に設置され、諸外国の客人を歓迎する。
「いやあ、見事なものでしたな。陛下、試射の成功を心よりお祝い申し上げます。」
「いや、ヴィッテが頑張って予算を確保してくれたおかげでこれほどの速度で完成させることができたのだ。心より礼を言う。チャーリーも諸外国への根回しありがとう。アルベルトに至っては毎週のように工房で作業を手伝ってくれたそうじゃないか。皆、本当にありがとう。」
前世の知識で投石器の制作を提案したのはたしかに私だが、今回の試射での一番の功労者は彼らだろう。特にアルベルトの貢献は目を見張るものがある。彼は軍司令官の身分であるにも関わらず、足繁く工房に通っては図面とにらみ合いながら投石器を改良していった。諸外国の反応だが、西帝国は今回の試射を直接目撃したこともあり、以後は自国の兵士の配備場所を以前より百メートル近く後退させた。東主権国はわが国経由で実験の詳細を聞き、ライセンス料を支払う代わりに技術援助をしてくれないかと申し出てきた。同じ隣国だが、西帝国とは違い、かの国は我が東帝国に好意的だ。歴史的な外交というのは山のようにあるが、その膨大な例から分かる真理が一つあるとするなら、多方面に敵を作ることは得策ではないということだ。たとえどんなに憎い国でも、仲良くしなければいけないのだ。もし既に隣国の中に敵対している国家がいればの話だが。ましてこの東主権国はわが国と西帝国の和平を仲介してくれた恩がある。断る理由はない。家臣もみな私と同意見であり、詳しい技術援助やライセンス料は外相のチャーリーが交渉することになった。
数日後、詳しい交渉がまとまり、チャーリーが帰国した。
「それでは、交渉の結果を報告します。」
「ああ。よろしく頼む。」
「まず、具体的な技術援助の内容だが、東主権国の技官を数名、ハレまで派遣し、詳しい説明を我が国の職人が行います。さすがに機密扱いの部分は教えませんが、原理などの基本的な部分は教授します。」
ここでヴィッテがすかさず質問する。
「なるほど。ではライセンス料はどうなっている?いくらだ?」
さすが帝国の金庫番だ。こういった話にはすぐ飛びつく。
「ライセンス料ですが、今回は一基ごとに五十万ルスト。つまり東主権国が投石器を一基生産するごとに我が国には五十万ルストが入ってきます。かなり有利な条件ですが、代わりに我が国の貴重な軍事情報を提供するので、向こうも納得してくれました。」
素晴らしい。最高の結果だ。これで少しは財務上の問題も解決されるだろうし、より一層軍事の改革が進む。会議の空気も和やかで、その日は早めに散会し、晩餐会が開かれることとなった。
ろうそくに照らされて、窓の外ではちらちらと雪がちらつく。春が待ち遠しい。