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新兵器と新戦術

 帝都、ハレ。その中心に鎮座する噴水の周りでは、道路の改造工事が行われており、槌で石を打ち込む小気味の良い音が響いている。そんな中、噴水のもとに唐揚げを頬張りながら私と軍司令官のアルベルト、そして今日はアルベルトの副官であるオリバーもそこにいた。今日も東帝国グルメを堪能していると言いたいところだが、今日はそれどころではない。今日はこの軍事色の強いメンツであることからも分かるように、東帝国軍の改革が完了する前に、新戦術を考案しようというアルベルトの提案で作戦会議の最中だ。そして昼食を食べに街へ降りてきたという訳だ。

 「なかなかいい案が出ませんな。」

 アルベルトがため息をつきながら嘆く。無理もない。我が国の国力では新たな装備を大量配備するわけにもいかない。ただでさえ財政状況が赤字だらけなのに、これ以上予算を膨らませれば、それこそ財務大臣のヴィッテは金縁メガネを叩き割って辞表を突き付けるだろう。今の装備でなんとか創意工夫をしていくしかない。

 宮殿の会議室に戻り、会議は白熱する。と言っても、主に発言するのはアルベルトとオリバーだ。二人が発言している間、私は手元の紙に自分のアイディアを整理していた。しばらくして二人の議論も落ち着いてくると、こちらに向き直り、意見を求めてきた。

 「陛下はどう思いますか?なにか案があれば、是非ともお聞きしたく存じます。」

 「私としては、偽装退却と包囲を組み合わせた作戦を提案したい。聞いてくれるか。」

 先日の戦闘の後から、アルベルトは私に忠実で心強い家臣として、色々な盤面で活躍してくれる。

 「興味深いですな。ぜひとも。」

 「私が考案したこの戦術だが、二つの段階からなる。まず第一段階だが、敵軍には足の速い、軽装の部隊を当たらせる。この時、重装備で動きが遅い部隊は先行した軽装部隊の両脇に陣取って出発地点に留まる。」

 ここでアルベルトが質問する。

 「陛下、それでは先行する軽装部隊が一方的に敵の重装部隊に撃破されてしまうのでは?」

 「ああ。それでいい。むしろ勝たれては困る。少し戦ったら出発地点まで退却せよ。」

 さすがに意味不明と見え、オリバーもアルベルトも呆気にとられてこちらを見つめる。だが、この撤退こそがこの「釣り野伏」には必須なのだ。

 「へ、陛下。さすがに理解が追い付きません。我らは戦争に勝つために俸給を頂いております。負けて後退せよというのはどういったことでしょうか。」

 「確かに訳が分からないだろうが、ここでちゃんと後ろに撤退して、重装備部隊が敵軍の側面に来る位置まで敵軍を誘導するのだ。これさえできれば。いや、これができなければ成り立たない。ここで第二段階に移り、敵兵が重装部隊に両脇を挟まれたら、後退していた軽装部隊は体制を立て直し、何としてでも敵軍を後方に通すな。そうして軽装部隊が敵を食い止めている間に一部の重装部隊が敵軍の背後に回り、敵軍を包囲する。あとは全方向から敵軍を押しつぶす。これが私の戦術だ。」

 机の上に並ぶ駒を動かしながらなんとか説明を終えると、オリバーが手を挙げる。

 「陛下。それでは軽装部隊には肉壁と囮、その両方を要求することになり、軽装のため防御力が劣る麾下の兵士は次々と倒れゆくことが予想されます。」

 オリバーは優しい、部下思いの軍人だ。そのため、こういった戦術に抵抗を示すのは当然だ。しかし孫子いわく、兵士に情をかけて適切な判断ができなくなるのは将の「五危」(五大弱点)の一つに数えられる。こういった時、時には残酷な戦術を実行するのも最高指揮官である私の責務だろう。

 「言わんとすることは分かる。が、国力で劣る我が国はこういった策に出る必要があるのだ。どうか分かってくれ。」

 この作戦、「釣り野伏」では、囮となる軽装の部隊に多大な損害を強いるということは歴史からも明らかだ。釣り野伏の本家は戦国時代の島津家で、ある時は部隊の八割が戦死しつつも勝利したという。が、我が国は人的資源が少ないため、島津よりはモンゴル軍にならうつもりだ。有名なワールシュタットの戦いにて、モンゴル帝国軍はヨーロッパの諸侯の連合軍と会敵し、騎兵を先鋒として敵軍に接触させ、偽装撤退で自陣まで引き込み、両脇から矢の雨を降らせて敵軍を大混乱に追い込み、潰走する敵兵を今度は後ろから足の速い囮役の騎兵が追いかけてヘンリク二世をはじめ、多くのヨーロッパ連合軍の指揮官を討ち取った。この際、兵力においてはヨーロッパとモンゴルに差はほぼなかったが、ヨーロッパ側のおびき出された部隊がモンゴル軍に各個撃破されてしまい、最終的には互角だったはずの戦力比を活かせずに敗北してしまった。今はわが国に騎兵はそこまで普及していないが、ゆくゆくはモンゴル軍式の騎兵などの機動戦力を確保したいところだ。また、現状でも銃があるため、そこまで接近して損害を出さずとも、モンゴル軍のように遠距離兵器で側面を挟撃することも可能なはずだ。が、今はとにかく金欠だ。なんとか軽装の歩兵に頑張ってもらうしかない。

 「ちょっといいですかな」

 ここでアルベルトが発言する。

 「要は、囮役にも壁役にもなれる足の速い奴があればいいんですね?」

 「ああ。だがアルベルト、財政難の我が国にそんな新しく何かを買い入れる金は無いぞ。」

 「分かっております。ですからこれはあくまでも懐に余裕ができたらということで、今は軽装の歩兵に頑張って走ってもらいましょう。そういう前提でいいなら、色んな案が出るんじゃないでしょうか。」

 「そうだな。では、コスト面はいったん置いておいて、オリバー、何か良い案はあるか。」

 「そうですね・・・では、馬車に鉄板を張り付けたものはどうでしょうか?」

 「それ、馬が撃たれたらまずそうだし、馬鎧も必須装備だな。ただ、実現すれば人的資源の不必要な損耗を防止することができそうだし、いいんじゃないか。機動力も確保できてかなり柔軟な選択ができるようになる。」

 ここでアルベルトが紙の束をどこからか持ち出し、机に何枚か置いて私たちに筆記具を渡してきた。

 「どうぞ。私、じつはこういった乗り物や建築物が好きでして。一緒に考えましょう!」

 三人は机になかば覆いかぶさりながらお互いに鉄板を追加したり、クロスボウを設置した図面を作ったりと、自由な発想力を遺憾なく発揮した。私はクロスボウ、オリバーとアルベルトが鉄砲の追加に賛成し、装甲についても、私は天井ナシで横を覆う形式に賛成したが、二人が天板も欲しいと譲らないので、結局天井を含めた全周に装甲板を設置することで決着した。今後財政に余裕ができ次第、釣り野伏の囮はこの「戦車」部隊に任せることも満場で一致した。

 「とにかく今はお金が足りない。が、足りないところを何とか補うのが将の務めだろう。皆のもの、これからもよろしく頼む。戦術会議は明日もやるぞ。今日はもう夕刻だし、閉会とする。夕飯は町の居酒屋にするか。」

 「それならわしがいい店を知っております。オリバーと行ったところです。」

 「では案内してもらおうか。」

 宮殿を出ると、街の明かりが眩しい。明日もこの明かりが見られるように頑張ろう。

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