道路と財政大改造!
石畳の広場に子供たちの声が反響する。そんな中、ズレそうになるつけ髭を直す、怪しげな二人が広場の噴水の前にいた。
「なあアルベルト。なんで私たちがこんな格好をしなきゃならんのだ。」
「ご不満ですか?なかなかお似合いですぞ。」
「いや、確かにこういうのも実地調査として大事ではあるけど、なんか恥ずかしくなるな。」
「お、そんなことよりこの揚げ物旨いですぞ!衣がカリカリして肉汁が溢れてきます!塩味の味付けですが、しっかり肉のうま味が凝縮されてます!」
「いや、この漬物も旨いぞ。よく出汁が利いてて、野菜の清涼味が際立ってる。」
と、はたから見ればどう考えても呑気に仕事をさぼって東帝国グルメを堪能しているようにしか見えない。確かにそういう側面も無くはないが、しっかりとした理由があってのことだ。その目的は、東帝国の産業調査だ。ここハレは東帝国の首都として人口三万人、そこそこの繁栄を謳歌している。が、やはり内需だけでは税収はなかなか増えない。そこで、ここハレに観光客を外国から呼び込むため、観光産業に力を入れることになり、その下準備として観光客を相手にできる産業がどれくらいあるのか等を調査しているのだ。例えば飲食店。もし観光客の評判が上々なら、他国に店を構えて様々な活動を実施できる。外貨の獲得も狙いたいが、このあたりの国家はみな、ルストという通貨単位を使用している。換算すると、百円が一ルストに相当する。いま我々が食べている屋台の揚げ物は一袋三ルスト。そしてアルベルトの月給は八千ルスト。大体八十万円だ。そして我が国の経済状況だが、これは帰ってからの会議で統計が発表されるそうだ。
「陛下!ぼうっとされていましたが、大丈夫ですか?」
「ああ、考え事をすこしね。」
「まあ軍事改革で予算が足りなくなってますからな。取り合えずこれ食べきったら戻りましょう。遅れるとあの金縁メガネがうるさいですからな。ははは。」
宮殿の会議室に着くと、私たち以外は着席して待機しており、財務大臣のヴィッテが金縁メガネを触りながら宣言する。
「では早速、帝国の財務状況について報告させていただきます。まず、我が政府の今年度の収入は三千五百万ルスト。支出は三千六百三十万ルスト。百三十万ルストの赤字です。原因としては東主権国からの木材輸入の増加によるものと推測されます。来年度の予算では軍事改革のため、さらなる赤字が見込まれます。必要な出費とはいえ、なるべく早急に財政を黒字化するべきと考えます。」
まあ、改革をするのに予算が変わらない、なんていう都合のいい話があるわけもない。やはり、新たな収入源を作らねばならない。そこで、この案だ。
「私から提案がある。聞いてくれるか。」
「勿論でございます。どのようなものですかな?」
金縁メガネを撫でながらヴィッテか尋ねる。彼はこの帝国の懐事情については誰よりも熟知しているというのがアルベルトの評だ。清廉潔白だが、少し度が過ぎており、周りにもそれを求めてしまうのが少し目につく。が、それを除けば完璧な金庫番だろう。
「私としては、他国からの馬車が帝国に入りやすいよう、道路の規格を統一し、なるべく周辺国と道路の規格を合致させるべきだと思うが、どうだろうか。」
始皇帝の政策の丸写しだが、歴史の正しい活用法はこういうものだ、と思いながら話す。そして聞き終わるや否や、アルベルトが軍人らしい視点で意見する。
「陛下。確かに外国からの来訪者は増えるかもしれませんが、戦争の際に敵軍の馬車もそれではすいすいと侵入できるのではないでしょうか。」
「それは正しい意見だが、まずはわが国の富を来訪者の力も借りて増やし、その金で軍備を増強するべきだろう。金がなくては敵軍の侵入を防ぐ前に内側から自壊してしまう。金で良い装備を備え、もし帝都に侵入する不届き者がいれば、その武器で思い知らせればよい。」
「陛下の主張は筋が通っておりますし、私は陛下に従うのみです。しかし、本当に収入を黒字にできるほどの来訪者を呼び込むあてはあるのですか?」
当然の疑問だ。しかし私には確たる当てがあったのだ。私は自信をもってこれに応じた。
「ある。首都に国際市場を設置し、我が国は月ごとに一定額を徴収する。その代わり、出品者はその後全ての税金を免除される。隣国の税率は知らないが、相当法外な徴収金にしない限り、隣国で商売するよりは割安だろう。また、徴収額に応じて免税以外のサービス、例えば警備なども提供する。これで少しでも多くの人に我が国で商売をしてもらい、次の来訪につなげる。」
いわば信長の楽市楽座とサブスクの混ぜ物だ。さすがの財務大臣も、このアイディアには多少なりとも感じるところがあったようで、興味深そうな表情を顔に浮かべていたが、即座に抜け目なく思考を巡らせると質問をしてきた。
「なかなか独創的なアイディアですが、私の試算ですと、それだけでは軍事改革の分を賄えるか怪しそうです。何かもう一つくらい、面白い案があればよいのですが。」
ここでアルベルトが閃きを得たようで、活き活きとした目で意見を発表した。
「私は国営のギャンブルを主催して外国人から金を巻き上げるべきと考える。それこそ馬を走らせてそれに賭けるとか。」
言い方は乱暴だが、国営ギャンブルなら直接国家に利益が入ってくるし、利率も悪くはないはずだ。だが、外国人を呼び込むとなると、なにか工夫が必要だろう。なにか外国人に気軽に足を運んでもらえるような仕掛けがあれば・・・。そこで私の頭にある場所が浮かんできた。あそこならば。
「西帝国との国境線。あそこで小船の競争をやるのはどうだ?」
「ほほう!馬ではなく、船ですか!しかし、そんなところでやったら、西帝国の連中に妨害されるのでは?」
「和平条約で河の両岸五十メートルは非武装だ。西の連中には手出しできんさ。それに、我が国には五十メートルなど目じゃない兵器がこれから配備されるじゃないか。君が毎日工房に通ってるのはジュペールから聞いている。お陰で半年後には試作型ができるんだろう。知らないとは言わせないぞ。」
「いやあ、お恥ずかしい。ですがその通りでして。想定以上に順調に進んでおります。」
と、ここで財務大臣が顔を青くしながら発言する。
「どの提案も魅力的ですし、帝国の財務に貢献するでしょう。ただ、現状ではお金が少なすぎます。私としては、道路の規格統一を先に進めたく思います。」
もともと、抑止力として投石器が完成するまでは競艇もやらない予定だった。サブスク楽市楽座も、道路を整えてから行うべきだろう。
「財務大臣の言う通りに進めて構わない。まずは、道路の整備に全力を注げ。立ち退きを要請する場合には、応分の額を支給するように。目標として、まずは首都の道路の共通化を行う。そしてその次に国際市場で、最後に小船の競争に着手しよう。では他に意見のあるものはいるか。いなければ解散とする。ただし、詳しい建設計画について、財務大臣と私で協議する。なのでヴィッテは残れ。」
皆が退出するなか、金縁メガネのつるをトントンと叩きながら、机にヴィッテは地図を広げ始める。それには帝都の地図が拡大されて載っており、先ほど揚げ物を食べた噴水から道が十字に伸びているが、幅はばらばらだ。これでは交通が滞ってしまう。
「ヴィッテ、道幅は具体的にどうする。何メートルが良いだろうか。」
「そうですな。地図を見るに、どの通りも幅がバラバラですから、ここは思い切って一番広い通りに統一してはどうでしょうか。幅にして、大体八メートルですな。」
「噴水から伸びる中央通りだけでも規格化するならば、大体いくらぐらいになる。」
「大体ですが、三百万ルストは下らないかと。」
国家歳入の十パーセントは下らない大金だ。しかし、我が国の発展には不可欠な政策であることは間違いない。かつて長岡藩が米を売って学校を作ったように、当座の事情に将来の希望が優先されることがあってはならない。
「財務大臣。今年の予算では苦労をかける。が、これは五年後の帝国のためなのだ。分かってくれるか。」
「陛下が最近急に政務に熱心になられたこと、いろいろな者より聞いております。主君が本気で難事にぶつかろうというとき、家臣がそれを支えないことがありましょうか。私は陛下のため、この計画を何としても成し遂げます。」
今まで私は、中世という時代や、それに限らずあらゆる時代について、教科書の中のモノクロの世界だと思っていた。しかし、宮殿の庭園には紫のきれいな花が咲き乱れ、あらゆる場所にたくさんの人々が活き活きと存在している。彼らを導くこと。それはある種、自分自身を先に進めることでもある。さあ、明日も頑張ろう。