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軍隊大改革!めざせ近代化!

 ついにこの日がやってきた。観閲式だ。簡単に言えば、国王による授業参観のようなもので、軍の訓練の様子などを国王自ら視察し、自国の精強さを国外にも知らしめることができる。国王は観閲式が行われる広場に作られた盛り土の上の台で観閲する。眼下には我が東帝国軍の八割、二千四百人がいくつかの騎兵や砲兵を混ぜながら整然と並び、ラッパの合図を待っている。

 「陛下。いつでもよろしゅうございます。」

 アルベルトの顔も心なしかこわばっている。が、私はこれほどの盛大な見世物を見るということに素直に興奮していたので、早くラッパを響かせてほしいとうずうずしていた。

 「分かった。では、演習開始!」

 ラッパの音が静寂の中に響き渡ると、一斉に兵士は散開し、陣形を作り始めた。まずは縦隊。ナポレオンも用いた陣形で、縦隊の前列が接敵したら後列が横に展開して戦闘に効率的に参加するというもので、なかなか見事な動きを見せていた。次は横隊。近世によく見られた陣形で、横三列に並んだ兵士が敵陣へ銃を撃ちながら前進する。この時代の鉄砲の性能から、横一列で射撃するのが一番効率的だったからだ。ただし機関銃が登場すると、ただ犠牲者を増やすのみとされて廃止された。そして最後の締めは一斉突撃。二百人の群れが広場を指揮官に率いられて走り抜ける。なかなか壮観だ。兵士の演習はそれで終了し、アルベルトから帝国の強さについて演説があり、最後に私が一言、閉式宣言をして観閲式は終了した。閉式後には軍の幕僚と国王で振り返りのようなものをテントでやるのだが、テントに移動している数分間に、何を言うべきかは大体決めることができていた。というより、以前の西帝国との戦いの時から考えていたことではあったのだが。

 「陛下、今日はご足労いただきありがとうございます。首尾よく終わって何よりです。」

 「みんなが準備してくれたお陰だよ。ところで、うちの軍はいつもあの陣形でやってるの?」

 「はい。それ以外に使える陣形もありませんし、いつもと変わりませんが。」

 なら話は早い。これで昨日改革してあの陣形だ、とか言われたらこれからする提案も受け入れにくいだろう。

 「それじゃあ、大事な話をするから、みんなよく聞いてくれ。」

 分かりました、と一同こちらを見つめる。

 「我が軍はこれより部隊の小規模化と遠距離兵器の開発に舵を切る。今までの陣形も忘れてくれ。大きな改革だが、必要なことなのだ。」

 皆の顔に驚きが広がり、各々なんとか当たり障りのない言葉で意見しようとしているのが分かった。一番最初に口を開いたのは、幕僚の一人、砦にもいたアルベルトの副官、オリバーだ。

 「陛下、我が国は西の脅威に晒されており、軍の小規模化は危険であります。また、陣形の廃止も、陣形がなければ我々はどう戦えばよいのですか。」

 「小規模化、というとまるで軍縮をするかのようだが、私が考えているのはあくまで一つの部隊の定員を減らし、細分化する。具体的にはまず、司令官の下に三百人を指揮する中隊長を十人置き、指揮下の三百人は中隊として一つのカタマリになる。そして中隊長の下に、今度は三十人を指揮する小隊長を置き、指揮下の三十人はこれまた一つのカタマリになる。ここが重要だが、全軍を動かす時は全軍で動くが、小隊と中隊で個別に動くこともある。各々が自分の小隊と中隊をしっかり認識すれば、より柔軟に動けるだろう。」

 今の演習を見ていると、我が軍はどうやら数百人単位での大きな動きはできるが、細やかな動き、とくに柔軟な動きは苦手なようだ。人数が多いから当然かもしれないが、孫子いわく、大部隊を小部隊のように自在に動かせるのはその編成のためだという。兵力でおとる我が国がアドバンテージを得るには機動力を活用する必要があり、それを狙っての改革だ。河原での戦闘を見るに、我が国の兵士は小部隊でも十分によく動ける潜在能力がある。

 「なるほど。では陣形については?」

 「それについては、もう君たちも使っているあれを使おう。」

 指さした先にはラッパと太鼓が。どれも先ほどの式典で使われていたものだ。

 「ラッパと太鼓で戦闘を指揮するなら、それは余り目新しくはないのでは?」

 「ああ、確かに指揮の道具は変わらない。が、これからは中隊長か場合によっては小隊長にもラッパを持たせ、数十人規模での命令の伝達と各部隊の独立性を確立する。」

 「しかし、各々がラッパの意味を理解していないと、大混乱に陥るのではないでしょうか。特に乱戦では音色が混ざり合うことになり、同士討ちの危険もあります。」

 アルベルトが意見する。確かに、乱戦でラッパを使うのは危険だ。同士討ちで精鋭が壊滅した例は枚挙にいとまがない。だがもちろん、私にも対策はあった。

 「同士討ち防止のため、接敵するまではラッパを用い、接敵後は旗で指揮する。そのために旗手を新しく、各小隊に一人配置する。だが、私は兵士のことを君たちほど知らない。詳しい君たちに、訓練のことやラッパと旗の事は任せる。アルベルト以下、最優先で取り組むように。」

 とはいえ、さすがに急な命令に幕僚は戸惑いの色を隠せない。それを見て取ったアルベルトがそのがっしりした、百キロはあるだろう胴体から頼もしい声を響かせた。

「それくらいなら朝飯前ですぞ!お任せ下さい。あの河での采配、そして和平交渉での策略。まるで別人のような見事なものでした。私は陛下の判断を信じます。」

 それを聞いて、他の幕僚もアルベルトに従うことを表明した。これで一安心だ。やはり、一人でも味方がいると心強い。改革を一人でやるのは余りにリスキーだ。下手をすれば、清の改革派官僚のように隣国に追い出されてしまう。そんなことを考えていると、オリバーが発言した。

 「陛下、新しい部隊の件は分かりましたが、遠距離兵器についてはどうなさいますか?」

 うっかり重要議題のことを伝え忘れていた。先ほどの演習では、我が軍には旧式の戦国時代の絵巻きに出てきそうな大砲しかなく、そのため遠距離戦力の拡大は急務と考えたのだ。そしてその遠距離兵器というのが「投石器」。物理エネルギーを利用した、いわば巨大なパチンコだ。百キロ越えの大岩を遥か先、数百メートルは弾き飛ばし、時には石の代わりに伝染病の死者を、包囲中の都市に打ち込んだりもしていた。それを導入しようというのが私の構想だ。

 「それについてだが、投石機を作りたい。」

 「それなら遠くの大国が運用していると聞きました。しかし、我が国のような小国は予算も限られていますし、大砲の改良ではいけませんか。」

 もっともな疑問だが、我が国だからこそ、投石機の長射程が必要なのだ。

 「オリバー君の疑問、もっともだ。だが、我が国が相対する西帝国には投石器の長大な射程と威力が必要なのだ。」

 「と、いいますと?」

 「我が国と彼らは国境の河川の両岸五十メートルへの侵入を条約で禁じられている。よって、既存の大砲や鉄砲では対岸の西帝国軍に有効な打撃を与えられない。もしくはお互いにじわじわと損耗し合う戦闘が予想される。そこで投石器の数百メートルにも及ぶ射程と巨石を叩きつける威力が必要なのだ。これによって敵の射程外からの攻撃が可能になるうえ、敵に川への接近自体を抑止し、ひいては戦闘そのものをも防止できる。」

 これはA2D2という、冷戦期に構想された接近抑止戦略をこの時代に合わせたものだ。本場の方はレーダーやミサイルなどで敵の行動エリアを制限するものだが、この時代なら投石器がミサイルの代用だ。

 「その構想にも賛成であります。しかし、人口の少ない我が国では、一年くらいは一台の生産にかかりますが、よろしいですか。」

 アルベルトが確認する。そもそも何台も作るようなものではないから、急がなくても良いだろう。

 「ああ。構わない。まずは編成と指揮の伝達方法の改革が最優先だ。よろしく頼むぞ。」

 その日は他に議題もなく、各々これからの仕事に備えて早めに会議は終了となった。明日からは、今までにない改革であるから、相当な激務になるだろう。が、我々がこうしている間にも、西は軍備を増強しているのだ。急がねばならない。

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