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初(?)戦闘

 「説明ありがとう。そろそろ戻ろうか。溜まってる仕事もあるだろうしさ。」

 ジュペールもこれ以上説明することもないと言わんばかりに頷く。

 その時だった。庭園を青ざめた顔でこちらに走ってくる兵士が一名。慌てて駆け寄ると、なかば過呼吸になりながらこう叫んだ。

 「王様。西帝国と我が国の漁民が争い、そのいさかいに西帝国の部隊が介入し、このままでは我が領民は皆殺しです。我が軍の派遣許可を!王様もご出陣下さい!」

 最悪だ。なんで転生初日から赤の他人の戦争に参加しなければならないのだ。だが目の前の兵士の目は私が戦場で指揮を執ることは半ば確定しているとでも言いたげだ。ジュペールに至っては、目を輝かせながら

 「王様の威風を見せる絶好の機会にございますな!」

 と誇らしげである。どうやら私に許された回答は「はい」のみのようだ。

 「分かった。我が軍も同程度の兵士を派遣する。私も準備でき次第、現地へ向かう。」

 ここで兵士は訝しんでこういった。

 「恐れながら申し上げます。ここは数倍の兵力で一気に撃滅するべきです。同程度の兵力では長期戦になり、地力で劣る我が国の敗北は明らかであります。」

 要は人口が半分ほどしかない我が国が敵に勝利するには短期決戦しかない、と言いたいのだろう。確かにそれは戦術的には正しい。「攻撃三倍の法則」でもそれは立証されている。しかし、そうではないのだ。

 「その考えはこの戦場で勝利する上では正しい。だが、ここで我が軍が過剰な戦力を投入すれば、西帝国も同程度の戦力を反撃に使用するだろう。そうなれば、この戦闘では勝利できても、大局的にはわが国は西帝国との勝ち目のない全面戦争に突入するだろう。よって、同程度の戦力でこちらにエスカレーションの意思がないことを示し、その間に外交で事態を打開する。ジュペール。東主権国に連絡を。仲介を依頼せよ。」

 「了解いたしました。外務卿のチャーリー候に連絡を取ります。」

 エスカレーションは戦争の損害を抑えつつ和平にこぎつける為には有用だが、戦力的に劣っている側が実行するならば、慎重かつ的確で急速なエスカレーションの拡大が求められる。だが、私のような新参者にその決断をできるような、この国や隣国についての知識はまだないのだ。

 「私ももう出立する。君、現場まで連れて行ってくれないか?」

 「勿論でございます。馬車はもう門の前に待たせておりますから、甲冑を着けてお越しください。」

 足早に兵士が門の方に去っていくのを横目で見送りながら、私は武具が大量に置いてある、資料室の脇にある倉庫にやってきた。うっすらと格子窓から差し込む陽光に照らされ、黒い中世風な甲冑一式が鈍い輝きを放っている。ジュペールに手伝われながら、何とか着用し終えると、門の方で馬のいななく声が聞こえた。もう時間があまりないようだ。

 「行こうか。」

 「私の準備はもう整っております。門へ参りましょう。」

 ジュペールの口数も、これからの戦を見越して少なくなっているようだ。その後も少し張り詰めた空気を纏いながら、門の前までやってきた。門の前では既に黒塗りに鷲の紋章が刻印された馬車が待機しており、乗り込んでみると内部にも同じ紋章が刻まれており、初めて乗り込む人間を威圧するには十分だろう。

 「それでは河畔まで、至急お送りします!」

 御者の兵士が鞭を振るうと、馬はどんどん加速し、飛ぶように帝国の平原を駆け抜けていく。宮殿からは遠くの方に見えていた森林を横目に追い越して、しばらくすると大きな水面と、小石の敷き詰められた河原とそこに鎮座する我が軍の砦が正面に見えてきた。馬車はどんどん速度を落とし、川の対岸に集まっている西帝国の将兵の姿もくっきりと視認できるようになってきた。不幸中の幸いか、まだ背中の荷物を集めたり、武器を整えたりと、戦闘は始まっていないようだ。

 砦の前に馬車がその歩みを止め、馬車の扉が、先ほどの居眠りに喝を入れてきた軍人によって開けられる。

 「王様。今回の部隊を率いるアルベルト、ここに部下と共に着陣しました。作戦を話し合うので中へお越し下さい。」

 「アルベルト君、ご苦労。案内してくれるか。」

 「案内も何も、いつもの砦にございますが。」

 「いや、気にするな。行こうか。」

 砦は二階建ての屋上付きで、一階に救護所や厩が。二回に展望台と指揮所を兼ねたスペースがあり、そこから梯子で登った屋上にはクロスボウが並び、対岸を睨みつけていた。広さとしては、だいたい一つの階に五十人がぎゅうぎゅうに入れるくらいだ。以外に内側は狭く、あっという間に指揮所に着いた。

 「では、早速ですが状況を説明します。」

 私が着くや否や、指揮所の武骨な机の上に置かれた河川の周辺の地図を指しながら、アルベルトが説明を始めた。

 「今回、敵軍は三十人で、みな銃を持っておりますが、渡河の動きはなく、増援もくる気配はありません。我が軍は王様の指示で同程度、二十五人の兵士を呼びましたが、何分緊急性の高い出動でして、弾薬は各々五発分しかありません。」

 その瞬間、アルベルトの背後の格子窓の木枠が突然折れ、壁にもなにかがぶつかり、めり込むような音を立てる。

 「王様。少し窓から離れてください。奴ら、銃弾は無駄にあるようで、景気よく撃ち込んできますから。」

 「彼らはどれくらいの射撃の腕があるんだ?」

 「そもそも奴らも我々も碌な銃器がなく、五十メートルも離れれば全く当たりません。」

 川幅は十メートルほど。渡河するには太いが、対岸の砦に精度の低い鉄砲を撃ちかけるには十分な近さだろう。恐らく撃ち合いになれば、我が方の弾薬不足でこちらが不利になっていくのは間違いない。かつて、奇策と常道を併用するのが最も強いと孫子は言った。こちらが不利な盤面で常道を行えば、常道通りの結末しか得ることはできない。つまり、今は奇策を用いる時だ。

 「部隊のなかで足の速いやつを三人選抜しろ。」

 「分かりました。が、何のために?」

 「理由を説明するのは後だ。彼らに私たちの服を着せろ。アルベルト、君とその横の君もだ。」

 アルベルトともう一人、いかにも高級そうな服をきた幕僚に指示する。

 「副官のオリバーです。」

 「ああ、オリバーくん、君もだ。その服を彼らに与えろ。王の命令だ。嫌とは言うまいな。」

 訝りながらも二人の服と、私の軍服が三人の選抜されたに俊足の兵士に手渡された。

 「君たち三人は、まだ敵が用意できる前に馬車に乗り込み、砦から少し離れた河原に馬車を停めろ。そして、なるべく目立つように騒げ。もし敵が撃ってきたら馬車を盾にしろ。そして合図があるまでそれを繰り返せ。合図したら、わめきながら河原の奥へ退却せよ。当たり前だが、重い銃は携帯するな。」

 突然の意味不明な命令に三人は不審がりながらも、王の命であるから、慌てて馬車に乗り込んでいく。

 「アルベルト。残りの二十二人のうち、肩が強いもの七人を選抜し、ここへ。それと、ありったけの石を集めて砦の裏手に集積せよ。例の三人と彼らの銃、弾薬は屋上に集積しろ。それ以外の者は厩に集めておけ。」

 「分かりました。しかし、わざわざ火力を減らす意味が分かりませぬ。ただでさえ弾薬が枯渇気味なのですから。」

 「安心しろ。撃ち合いはしないさ。」

 「はあ。分かりました。」

 アルベルトが七人を呼び、すぐに緊張した面持ちで七人は集まった。

 「君たちの任務は、私が合図をしたら対岸の敵軍に石をありったけ投げつけろ。とにかく一心不乱に投げろ。いいな?」

 「はい。」

 一同は武器を預け、奇妙な命令を訝りながら下へ降りて行った。ただ、次の残った兵士への命令はシンプルだ。

 「君たちは屋上で待機し、合図と共に敵軍を射撃しろ。弾薬は使い切る気持ちで撃て。合図するまでは絶対に撃つなよ。」

 呼び出された兵士たちは各々の銃と先ほどの投石隊と馬車の三人の分の銃を抱えながら我々の目の前を登っていく。準備完了だ。俊足の三人は既に馬車に乗り込んでいる。

 「出発せよ!」

 馬のいななきと共に、馬車は砦から離れ、砦から五十メートルくらいの、河原の真ん中で静止した。西帝国の兵士たちも、砦に銃弾を撃ち込む手を止め、我が国の紋章付きの馬車に視線が釘付けになった。が、すぐに静止した馬車に向かって銃弾を叩きこむ。命令通り、三人は大声で存在を誇示するように騒ぎ立て、敵兵もその装束をみて、より一層射撃は激しくなった。頃合いだ。

 「今だ!走れ!」

 三人の影がすっと馬車を離れたと思うと、予想以上の速度で小石を蹴りながら河原を疾駆する。敵兵も無我夢中で照準を合わせる。最高のタイミングだ。

 「投石隊、投石開始せよ!」

 建物の裏にいた七人が一心不乱に手元の石を投げつける。西帝国兵は、突如襲来した投石を食らって一瞬狼狽するも、すぐさま射程の優位を活かそうと投石から身をかがめながら対岸の河原の中ほどまで後退する。そこで部隊を集結させて火力を集中し、こちらに遠距離からアウトレンジ攻撃を仕掛けようということらしい。が、イングランドのロングボウがフランスのクロスボウに勝利したように、射程というのは絶対的ではないのだ。特に、高度差がある場合には。かつて、陸戦において無敵のナポレオンと相対したある将は、丘の上に陣取り、うまくナポレオン軍の大砲が照準できないうちに頭上から一気呵成に砲撃を叩きこみ、勝利を収めた。どんな軍隊でも、必ず弱点は生まれるのだ。

 「屋上隊、一斉射撃開始!」

 いくら精度が悪くとも、、密集したところに撃ち込めばその威力は侮れない。特に、敵はこちらの火力をごく微弱か、もしくは存在しないとして油断した上で密集射撃を選択したため、効果は絶大だ。予想外の射撃と投石が降り注ぎ、敵兵は蜘蛛の子を散らすようにして退却していった。隊長がなんとか押しとどめようとするも、恐怖に駆られた兵隊は頭を各々の荷物で覆いながら、まるでゲリラ豪雨を避けるかのように遁走した。事態の拡大を阻止するため、砦の駐留部隊には現状の位置からの進撃を禁じ、戦線の維持を厳命した。

 我々の、いや、私の初勝利だ。

 戦闘終了後すぐ、東主権国の仲介で双方の兵を川から引かせることと、漁業者の武装禁止を条件に即時の一時停戦が成立。外務卿がたまたま宮殿に来ており、迅速な和平となった。そして公式な和平の話は二日後に持ち越された。

 我が軍の損害は馬車が全壊したのと、投石隊の二人が銃弾をもらった程度で、死者は出なかった。我々は宮殿のある街へ凱旋し、二日後の交渉に備えることになった。

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