東帝国、国産自動車を製造する
サブロウが酒樽から這い出してきて一か月。ワインでお気に入りの服を台無しにされ、当初は随分と不服そうであったサブロウだが、王都の酒場で歓待するとすっかり気を良くしたようで、まるで以前から東帝国の住人であったかのような態度で酒場に出入りするようになった。
「本来ならば馬車でお連れするつもりだったのですが、なにぶん監視の目が厳しかったですから、酒樽に入っていただいたのは我ながら妙案でしたね」
「陛下の発案とあってはこちらも従いましたが、しかし酒樽の中まで検査されたときは焦りましたよ」
「ははは、そういうときのための二重底ですよ」
「しかし、道中で底が抜けてワイン漬けになってしまったのには閉口しましたよ」
ワイン樽にサブロウを隠すというのは、本国の財務大臣、ヴィッテの発案であったが、幸い東帝国のワイン商人が気前よくワインの輸入事業に“便乗”させてくれたのだ。
やっつけ仕事ゆえ、樽の底が抜けてしまったのは想定外だったが、幸いにも国境の検査にも引っかからず、無事に王都までサブロウを輸送することができた。
「それで、しばらくは神聖国の密偵の目をごまかすため、こちらの洋服を着ていただきますが、私の王宮にお部屋を用意しましたから、そちらでお過ごしください」
「それはもちろん構いませんが、具体的にはどのような過ごし方をすればよろしいのでしょうか?」
「ああ、それについてもそちらのお部屋でお話ししましょう」
王宮の奥。侍従のジュペールくらいしか立ち入らない領域の中に、彼、サブロウの私室は設けられていた。
その部屋の中央で、二人の転生者が向かい合っている。二人の目の前には大きなテーブルがあり、その上には真っ白な図面が広げられている。
「自動車、ですか」
「ええ。私は兵器やらの方は分かるのですが、いかんせん自動車の類はからっきしでして」
「なるほど。それなら私の得意分野ですね」
サブロウは図面にすいすいとペンを滑らせ、自動車の概略を書いて見せた。
「ある程度はご存じかと思いますが、自動車と言いましても色々ございます。電気自動車、ガソリン車、果ては木炭車まで」
そういえば戦時中、石油が枯渇していた日本では木炭を燃やして車を走らせていたと聞いたことがある。
「ただ、どうやら貴国にはそれほど高度な冶金技術、金属加工の技術はなさそうですね」
「ええ。製鉄ならまだしも、ステンレス合金ですとか、その手の技術はいかんせん・・・。」
それならば、とサブロウは書類棚から帝国の地図を取り出す。
「こちらの地図、一通り目を通したのですが、どうやら貴国でも製鉄そのものは行っていらっしゃるようですし、それに関連する人材の教育も行っているようですね」
「ええ。しかし製鉄関連の専門的な教育となりますと、まだまだ厳しい部分も多いですね」
「なるほど。でしたらひとまず、それほど高度な技術を要求しない、蒸気自動車から始めましょうか」
蒸気、と聞くと蒸気機関車しか知らない私はきょとんとしていると、サブロウが器用に線を引き始める。
「蒸気と言いましても、何もそれほど大規模な仕掛けはいりません。大きな鍋と石炭があれば事足ります」
そういってサブロウが書き出したのは、幾分か、いや、かなり奇妙な蒸気自動車だった。
まず、4つの車輪がある点は私の良く知る自動車と同じである。しかし、そのエンジンであろう、大きな丸い球体に目を奪われる。サブロウのかみ砕いた説明によって何とか理解したところによると、つまりはこういうことだ。
まず、石炭を燃やして湯を沸かす。すると、蒸気は球体から押し出され、軸を回転させる。そうして蒸気は外気に冷やされ、再び管を通って球体の中に戻り、それ以降はその繰り返し。石炭が尽きるまで車輪を回すということだ。なんでも、本当ならガソリンエンジンを作りたいが、今の我が国の基礎工業力では、エンジンをかけた瞬間に爆発する代物が出来上がるのだという。その点、蒸気機関であれば、それなりに頑丈な鉄鋼製品を作れる今の我が国にも適合しているというのだ。
私は技術については素人だが、とはいえ彼、サブロウの言うことは合理的であるように思われたし、特段反対する理由もなかったので、二つ返事で試作の許可を出し、必要な物資についても優先して供給するように命令を出した。
必要資材が揃ってからのサブロウの行動は素早く、一か月後には王宮の中庭に蒸気自動車が鎮座していた。
「陛下、これはいったい・・・」
「なんだ、この鋼鉄の塊は・・・」
「これは戦車とは違うのか?」
居並ぶ群臣がざわつく中、奥に控えていたサブロウが点火の合図を出し、石炭が放り込まれ、火を付けられ、ぼこぼこと沸騰する音が中庭に響く。
しばらくして、車輪が勢いよく回り、中庭を蒸気自動車がぐるぐると旋回し始める。
これには歴戦の軍事大臣のアルベルトを始め、多くの群臣が驚きを隠せずにいる。
こうして、我が国の国産自動車第一号が無事にロールアウトしたのと同時期、神聖国でも動きがあった。
「なに。東帝国の新型自動車?」
「はい。あの形や性能、仕組み。全てが我が国のものに類似しています。技術の流出は確実かと」
「けしからん!あの異端どもめ!我々をコケにするとどうなるか、目にもの見せてやる!」
我々が新たな来客に浮かれる中、神聖国と東帝国の関係は急激に悪化していくのだった。




