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亡命希望の転生者

サブロウは不敵な笑みを浮かべながら、一歩一歩、こちらに近づいてくる。


「貴様、何のつもりだ。陛下の部屋に聞き耳を立てた挙句、訳のわからない世迷いごとを・・・。返答次第では適切な処置をこちらとしても取ることになるぞ」


オリバーが剣の柄に手をかけるのを私は制止し、サブロウに向き直る。


「私に何の用ですかな。日本人同士、穏やかに行きましょう」

「話が早くて助かりますな。さすがは国王陛下だ」


不審そうに私たちを交互に見つめるオリバーだったが、事態が手に負えないと思ったのか、一礼して部屋の外に出て行った。


「ずいぶんと物わかりの良い従者殿だ」

「ええ、彼はとても優秀な護衛ですから、貴国の刺客からあなた様をお守りするのに心配はいりませんよ」

「それはありがたい。あのエドワードとかいう狂信者には困ったものです」


確かに彼の様子は常軌を逸していたし、私に相対しているこの男、サブロウに対する憎悪は相当なものだろう。私の手前、特に文句は言わなかったが、十中八九、刺客を送り込んでサブロウを亡き者にしようという魂胆なのは見え透いていた。大方、サブロウもそれを盗み聞いていたのだから、何らかの取引を持ち掛けるものと思われたが、彼の発言は意外なものだった。


「陛下。このようなことをお願いするのは心苦しいのですが、私を東帝国へ連れて行ってください。神聖国から脱出したいのです」

「仰る意味がよく分かりませんな。あなたとしては、このような陰謀はむしろ邪魔な強硬派を排除する絶好の機会では?」

「そうですね。あなた様からはそう見えるでしょう」


一息をついてから、サブロウは自身のこれまでの経緯を話し始めた。

まず、彼も私と同じようにかつては教師として化学を教えていた。しかし偶然にも倒れてきた書類棚の下敷きになり、神聖国へと転生してしまったのだ。それから、件の大司教に才能を認められたのはよかったが、大司教はサブロウの技術を独占するため、彼を四六時中傍において、半ば軟禁してしまった。当然サブロウも抗議したが、聞く耳を持ってもらえず、しまいには保守派にサブロウの身柄を引き渡すと脅す始末。事ここに至っては強硬策しかありえないと考えたサブロウは、海外からの賓客である私に接近し、神聖国から連れ出してもらいたいと要請してきたのである。


「話は分かりました。しかしね、我々としても飛行機にタダで乗っていただくというのは難しいのですよ」

「ほほう、つまりはチケット代を払えと」


当然である。こちらとしても命を危険に晒してサブロウを連れ帰るのだから、それなりの対価は頂くのが筋というものだ。もっとも、大司教のことであるから、これを機に国内の保守派を一掃するための口実にサブロウの身柄を使い、それが達成されたのちには何もなかったような顔でサブロウの身柄の引き渡しを頼んでくるに違いない。つまり、我々はこの乗客を三日以内に安全に送り届ける必要があるのである。


「我々の要求はシンプルです。サブロウさん。あなたの技術を我々に提供して頂きます。それと、東帝国内に留まっていただくこと。それさえお約束頂ければ、あとはご自由にどうぞ。カフェなんてどうですか?開業資金は援助しますよ」

「わかりました。私に拒否権はあってないようなものですからね」

サブロウはあっさりと我々の条件を呑んだ。まあ、彼にとっては神聖国での暮らしがあまりに苦痛だったのだろう。私は神聖国で暮らしたことはないものの、やはりと言うべきか、進んだ技術によって生活水準が極めて進んでいる以外、人権や社会システムについては神権国家らしく旧態依然かつ複雑怪奇。こんな場所で現代日本から転生してきた人間に働けという方が無茶だろう。


「ご理解が早くて助かります。それで、詳しい脱出の方法なのですが、あなたには幾分か窮屈な思いをしていただきます」

「というと、陛下の乗ってこられた船に隠れて出港ですか」


本当はそのつもりだったのだが、大司教のサブロウへの執着を考えると、私の船であっても容赦なく捜索されるだろう。まあいい。それなりの妙案が私の中にはあった。



そうして迎えた三日後。奇しくもその日は我々の訪問最終日であり、見送りには大司教以下、多数の重臣が勢ぞろいである。しかし、その中にはサブロウの姿はない。大司教は顔色一つ変えずににこにこと社交辞令を並べているが、時々彼の腹心らしき人物が近づいては耳打ちしている。大方捜索の進捗報告だろう。そう思ってこちらも笑顔で社交辞令を返していると、大司教が突然、「ああ、少しお時間を頂いても?」と一歩進み出てこちらへ近づく。


「何でしょうか?」

「いえ、誠にこのようなことを申し出るのは心苦しいのですが、もしよろしければ陛下のお船を捜索させていただきたく。なにぶん、保守派による陰謀なども噂されておりまして、万が一があってはいけませんからね」

「ああ。そんなことですか。それならどうぞ、お構いなくおやりください」


それを聞いた大司教は一瞬驚いたものの、すぐに従者に耳打ちして私の船を捜索し始めた。


小一時間ほど経ったであろうか。困惑した顔で兵士の一団が捜索から引き揚げる。


「い、異常ございません」

「なに。ちゃんと調べたのか?」

「はい。しかし・・・。」

「まあまあ。兵士どのもこう仰っていますし、我々も急いでいますから、そろそろ国へ帰らせていただきますよ」


苦虫を噛み潰したような顔の大司教を尻目に、私たちの船は川を下っていく。


いまごろ、サブロウは馬車の荷台で不愉快な旅を始めたころだろう。酒樽に詰められての旅はなかなか興味深いが、酒臭くなって一張羅が台無しになってしまうだろう彼には悪いことをした。


かくして、我々はサブロウを誘拐し、貴重な情報を大量に手に入れることになる。しかし、それはまだ少し先、サブロウが酒樽から出てきてからのお話だ。


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