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石油輸入交渉、妥結せり

チャーリーから話には聞いていたが、いざ目の当たりにすると、思わず感嘆の声が漏れた。


 私は神聖国へと向かう船上で、オリバーを交えて最終会議を行っていた。我々の任務は、表向きは技術協力。しかし、その実態はオリバー率いる精鋭百名で、かの国のグロティウス十世大司教を護衛する。

なんでもチャーリーの話によれば、かの大司教は自国の若手強硬派にずいぶん突き上げられているようだ。


 船は滑るようにして国境の河を下っていく。行き交う船の中には、アルンハイムを経由して我が国に石炭を運搬する船団も多く目につく。黒いダイヤを満載した船上には、我が国の国旗がはためいている。我が国の若者が血を流して勝ち取った利権である。国王として、例え神聖国と取引を行うこととなろうとも、何としても守らねばならない。


 そうこうしているうちに日が沈み、月が船上を照らし始めた。気づけば、遠くに見えていた神聖国の街の灯りがすぐそこまで迫っていた。なんとも感慨深い。まさか生きているうちに、再びこの石油と電気が照らす、文明の灯を目にすることになるとは。


「――あのサブロウという男、奴は癖者です」


 街の光に照らされて落ち着かないのか、アルベルトが呟いた。


「チャーリーから聞いているよ。戦場でも外交交渉でも出会いたくない、真の強敵だ。油断はできない。どうか、皆も気をつけて臨んで欲しい」


 チャーリーから聞くところによれば、おそらくサブロウというのは私と同じ転生者で、どうやら科学、それも重工業にも深い素養がある人物らしい。


* 


 光の海に飛び込むようにして、我々は神聖国の領域に入った。私にとっては非常に意味深い訪問である。今、私はこの石油と電気の世界に立っている。国王として、そして一人の転生者として。


「お待ちしておりました」


 そう言って岸壁で私を迎えたのが、チャーリーから報告のあった若手の強硬派外交官だろう。見ればずいぶん若く、いかにも聡明そうな顔立ちだが、その目には我々への猜疑心が見え隠れしていた。その証拠に、迎えの使節に帯同していた兵士は全員が重武装であり、我々への明確な敵意が見て取れた。


「ずいぶん大層なお出迎えですね」


 私が皮肉を込めてそう言うと、彼はふっと口元を緩めた。今更、我々に気兼ねする必要はない、とでも言いたいのだろうか。


 そうして我々は、王宮で大司教と面会した。

 私の第一印象は、「なぜ聖職者というのはこれほどまでに格式張っているのだろう」というものだった。光に照らされ、彼の白い法服は見事に輝き、そのまばゆさにこちらがたじろぐほどだ。


「お会いできて光栄です、陛下」

「うむ、こちらこそ。貴公の評判はかねがね聞いておりますぞ」


 謁見の間には私とアルベルト、そして相手方は大司教とサブロウがいた。サブロウの服は、私の知る洋服とそっくりだが、白いスカーフのような、あるいはネクタイのような独特の刺繍が施されている。恐らく、この世界に溶け込むための改造だろう。


 とりとめもない世間話で相手の出方を伺っていると、大司教が本題に入った。


「それで、我が国の石油と貴国の武器の取引についてでしたかな」

「ええ、その件です。取引期間を、具体的には五年間としていただきたい」


 私の一言で、サブロウと大司教の表情がガラリと変わる。チャーリーからの報告で、彼らが非常に高度なコピー技術を持つことは知っている。そんな相手のことだ。仮に我々から兵器を輸入しても、すぐに模造品を完成させ、取引を中止してくることは目に見えている。それならば、一定期間の石油提供を約束させた方がいい。


「……なるほど、そういうことですか」


 サブロウが警戒するように立ち上がり、大司教と二人で話し込んでいる。しばらくして、彼はこちらへ向き直った。


「よろしいでしょう。その条件、お受けいたします。本日の協議は以上と致しましょう」


 ひとまずは、石油とそれに関する技術が入手できる。上出来だ。


(それにしても、五年か。なかなかやるな)


 サブロウの表情はそんな意図を秘めているように見えた。恐らく、彼には我々の手の内は見えているが、彼らとしても我々の軍需品が欲しいことに違いは無いものと見える。

 実のところ、我々のミサイルに使われる推進剤は、一年で劣化し使い物にならなくなる。五年もあれば、供与した兵器の大半はただの鉄屑だ。むろん、サブロウもこのことについては知る由もない。つまりこの交渉、どうやら我々が一枚上手だったようだ。更にこの点に関しては、相手の軍事技術がそこまでのレベルではないことも確認できた。一つの成功と言えるだろう。


 しかし、石油資源を持つ相手との交渉の難しさ、厳しさは骨身にしみて感じた。今回は幸運にも状況を有利に進めることができたが、次はどうなるか分からない。

 静まり返った王宮には、そんな不穏な予感が漂っていた。



 その後、交渉の内容は具体的な石油の輸出に移り、西帝国や東主権国に知られずに輸送する手段について、私と大司教、そしてサブロウの間で行われた。


「我々東帝国としては、船舶での輸入を希望しております」

「船舶ですか。しかしそれでは、西帝国や東主権国に知られてしまうのではないですか」

「ええ。問題はそこでして、しかし陸路は難しいでしょう。それこそ、パイプでも使わない事には、ね…」

「パイプ、ですか」

「ええ。サブロウさんなら詳しいかと」


 私の言葉に一瞬虚を突かれたサブロウであるが、すぐに平静さを保って答える。


「面白いお考えですね。しかし、パイプラインを作るとなると、我が国の強硬派がどう言うか…」

「うむ。強硬派の連中は何にでも反対しかねん連中だ。大司教である私の命令すら不服従しかねない」


 どうやら、思った以上に神聖国の内情は緊迫しているらしい。しかし、強大な近隣国の内部に亀裂が生じていることは非常に面白い状況である。我々としては、何とかこの現状をチャンスに変えられないものか…


 そう思っていると、機会は思ったよりも早く訪れた。


 その夜。私たちの宿泊所に一人の若者が訪ねてきたのである。


「陛下、先ほどの非礼、失礼いたしました」

「いえいえ。それでは、本題に入りましょうか。神聖国で最も強硬と言われるあなたが、何を我々に求めているのかを。」


 神聖国情勢は複雑怪奇、その一言に尽きる。

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