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戦勝と疑念

西帝国の軍事大臣、アレクサンドルは敗残兵を引き連れて王都へ帰還する馬上で考え込んでいた。東帝国の“ミサイル”なる新兵器に、妙な馬車――


彼ら西帝国にとっては未知の兵器、戦術の数々。しかし、アレクサンドルは全くの未知と遭遇したわけではなかった。あの男。突然西帝国に現れ、妙な発明品を次々と作り出し、王宮に持ち込んできたあの妙な格好の男。彼が王宮に持ち込んだ品物の中には、空を飛ぶ鉄の塊の設計図や、金属を跡形もなく溶かしてしまう溶液、そして今回、東帝国軍が用いていた戦術の数々が記された歴史書のようなものがあった。


あの男が東帝国の人間と関わっていた?いや、しかしならばなぜ西帝国に?


「分からないことが多すぎる」


と彼は馬上でひとりごつ。



西帝国、王宮。国王の元に、次々と早馬がやってきては悲惨な敗北の模様を詳細に告げる。群臣たちは押し黙り、東帝国の寡兵に、いくら準備不足とは言え、二万の精兵が敗れ去ったという事実を何とか消化しようとしていた。


「聞けば新兵器によって、我々の兵士は恐慌状態であったとか」

「であれば、本来の力を発揮できなかったのも仕方が無いな」

「いや、しかし、まずはこの敗北の責任を問うべきでは――」


「もうよい。」


大広間に、厳粛だが温かみのある声が響く。西帝国の国王、ジョセフ三世である。


「我々は負けたのだ。その事実を今は受け入れるしかない。財務卿。軍事大臣が不在の今、帝国の財政に関する視点から君の考えが聞きたい。」


群臣の中から、モノクルを掛けた財務卿、老獪な政治家として知られるグロースが進み出る。


「陛下。謹んで申し上げますと、東帝国の二倍という人口と経済規模を以てしても、此度の大敗の損害を埋め合わせるのには、少なくとも三年を要します。我らの精兵三万五千のうち、戦死せるもの一万、捕虜が七千。そして負傷した者は数知れず。攻城櫓や破城槌など、簡単には替えの効かない重装備も多数を喪失したばかりか、指揮官クラスの高級軍人も多くが戦死しております。軍事学校の若者をかき集めても、以前のような練度は見込めません。私は、早期の停戦を提案いたします。」


「分かった。外務大臣。東帝国の国王に書簡を送れ。我々は交渉に応じる用意があると。」

「は。直ちに。」


この場に強硬派のアレクサンドル大臣がいなかったのは幸運だったな、と外務大臣のミラーは心の中で安堵する。しかし、これは西帝国にとって、非常に厳しい交渉になることは明らかだった。我らの精兵七千が敵の手中にあり、必死にかき集めた二万の兵力もアルンハイムで撃滅されて潰走中。敵がその気になれば、王都を占領することも容易いだろう。



西帝国、国境地帯から一歩引いた森林の中、街道から少し離れた場所に一台の馬車が止まっている。その車内には、東西の帝国の外務大臣が向かい合っている。


「お久しぶりです。チャーリー外務卿。」

「ええ。以前の河川利用の件以来ですな。」

「本日は私が全権として交渉を担当いたします。この場での合意は、全て両国間での公式な合意と見なされます。」

「分かりました。私も国王陛下より全権を委任されております。」


交渉は和やかに始まった。それもそのはず。両者ともに、停戦という至上命題は一致しており、そのことは事前に水面下の協議でも合意がなされている。


「では、停戦と貴国の捕虜の返還に関しては確定ということで…」

「はい。異存ありません。捕虜の返還は可及的速やかに、ということですね。」


・・・問題はここからだった。


「我々東帝国としては、国境地帯の我が国への割譲と、賠償金、そして貴国の石炭の権利の譲渡を要求いたします。」


あまりの要求に、思わずミラーは息を呑んだ。無茶苦茶である。


「チャーリー外務卿、それではあまりにも貴国に有利ではありませんか。」

「そうでしょうか?我々は寧ろ譲歩しているのですよ。」


あまりに尊大な態度に、思わず歯ぎしりする。東の吹けば飛ぶような小国の態度か、これが。

しかし、西帝国が大敗を喫したことは明確な事実。ある程度の譲歩はやむを得ない。しかし――


「我々としては、貴国のそのような要求を受け入れることは困難と言わざるを得ません。特に領土の割譲は非常に困難です」

「わかりました。では対案がございます」


まるで全てを予測していたかのような淡々としたチャーリーの態度に、ミラーは再び驚愕する。


対案とは次のようなものであった。まず、領土の割譲はなし。ただし、アルンハイムは非武装化し、石炭の採掘権を東帝国に与え、賠償金五千万ルストを西帝国は東帝国に対して10年間の分割で支払うこと。


これなら呑める、しかし・・・とミラーは考え込む。

果たしてそれだけか?何か裏があるのでは?と。しかし、断るという選択肢はない。領土の割譲は避けられたのだ。国王から与えられた至上命題は一刻も早い停戦である。


「それでは、合意ということで。」


二人が淡々とサインを終えると、馬車はチャーリーだけを乗せて走り去る。夕陽の中に消えていく東帝国の紋章を眺めながら、ミラーは呟いた。


「だが、これで終わりではない。」



その日の晩、東帝国首都、ハレでは盛大なパレードが行われていた。


「「「東帝国万歳!」」」


酔っ払いの声が広場に響き、ジョッキの音がこだまする。その喧騒を、私は王宮のバルコニーから眺めていた。


「国王陛下。戦勝おめでとうございます。」


振り返れば、侍従のジュペールがいる。


「ありがとう。でも、これで終わりじゃないよ。ここからだ。」

「心得ております。」

「それはそうと、例の件、調べてくれた?」

「はい。報告書を陛下の机に置いておきました。お時間がある際に目を通して頂ければ。」


あの噂――


西帝国の発明家が、銅の線を通じて遠くへ信号を送ることに成功したのだという。電信。明らかにこの時代、そして西帝国の技術水準ではない。聞けばその男は、妙な服に身を包み、王宮にも出入りしているのだという。

私の中に以前からあった疑念は日増しに強まっていた。この世界には、私以外にも現代日本からやってきた人間がいる。


戦勝の宴の影で、不穏な予感が急速にその輪郭を強めていた。


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