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決戦!アルンハイム攻防戦

西帝国の水都、アルンハイム。運河と街道の結節点にして、西帝国の物流の根幹。その街は今や我々東帝国の手中にあった。幸いにも副市長のゲルリッツの助力が得られたため、市街地での抵抗は少なく、先行したアルベルトらが規律を引き締めたお陰で市民の反応も落ち着いているという報告を受けている。


そのころ、アルンハイムの陥落は西帝国の王宮に激震を与えていた。


「貴様ら、国境地帯の失陥に留まらず、アルンハイムすら落ちただと!」

「も、申し訳ありませんアレクサンドル大臣。しかし、東帝国の進軍は予想外に素早く・・・」

「言い訳は良い!もう辛抱ならん!私自らアルンハイムを奪還する!」

「し、しかし我が軍は未だに準備が整っておらず・・・」

「構わん!蹴とばしてでも準備させるのだ!攻撃開始は三日後、私がアルンハイムに到着次第だ!」


指揮官の苛立ちと焦燥は部下にも伝播する。アルベルトからは、市街地の外の西帝国軍から盛んに決戦を求めて使者がやってきていると報告があった。しかし、いかに歴戦の戦車隊といえど、数十倍の敵兵力にむざむざ突っ込むのは自殺行為でしかない。


私がアルンハイムに到着したとき、敵軍は既に攻撃準備の総仕上げに取り掛かっており、攻城櫓や投石器が所狭しと並んでいる。


「壮観だな。敵ながらこれほどの底力を隠し持っていたとは。」

「私も長く軍人をやっておりますが、これほどの威容はなかなか拝めるものではありません。」


流石のアルベルトもこれほどの大軍勢には驚嘆の色を隠せないようである。しかし、東帝国は正面から殴り合うような愚は犯さない。それは私がこの世界にやってきてから常に心掛けてきたことでもある。柔よく剛を制す、である。


「アルベルト。オリバー君も含め、幕僚全員を集めろ。会議を行う。」

「は。して議題は?」

「我々の今夜の攻撃についてだ。」


これには二人も耳を疑ったらしく、しばらく私を凝視した後、恐る恐るアルベルトが具申する。


「陛下。それは非常に勇ましい話ではありますが、正直に申し上げて成功の可能性が非常に低いと言わざるを得ません。」

「ああ。分かっているとも。」

「陛下。副官の身ながら私もアルベルト様に同意いたします。」


遠慮がちに、しかし確固たる口調でオリバーも同調する。私はひとまず、詳しいことは必ず後で話す。私を信じて欲しいと言い含めてその場を収めた。


ーーー


その日の夕刻。アルンハイム市長の邸宅に設けられた臨時司令部に幕僚たちが勢揃いした。


「陛下。先ほども申し上げましたが、私は反対であります。」


会議はアルベルトの厳しい諫言で幕を開けた。他の司令官たちもアルベルトから概要を聞いているらしく、次々に同調し、籠城して長期戦に持ち込むべきであると述べた。


確かに、籠城であれば数か月は持ちこたえるだろう。しかし、この戦争は短期決戦でなくてはならない。財政破綻はすぐそこまで迫っており、悠長に時間を稼ぐような真似はできないのである。


「諸君の意見はよく分かる。しかし私とて勝算が無いわけではない。なにより、君たちに攻撃の先兵たれというつもりもない。」

「しかし陛下、それでは誰が攻撃を行うのですか」


とアルベルト。もっともな疑問である。軽歩兵はその名の通り軽装であり、数でも質でも劣る彼らには、到底重装備の敵とぶつかれるような戦力は無い。戦車も同様である。なにより、市街地では戦車の強みは活かせない。


しかし私の頭には明確な作戦があった。それもこの絶望的な戦況を覆す作戦が。


まず、敵には弱点がある。と私は力説する――


「敵は、焦っていて、補給も強行軍ゆえに不十分。そして、それでいて重装備を多数持ち込み、動きが鈍い。」


敵の焦燥と動きの鈍さ。私が見出した勝機はそこにある。


「さらに、市街地は高度に要塞化されている。そう簡単には落ちない。」


市街戦は恐ろしいほどの損害と時間的コストを敵に強制する。すなわち、決して無視できない脅威と化したのが今のアルンハイムである。


さらに、と私は言葉を継ぐ


「我々には秘密兵器がある。七千人の捕虜である。」

「へ、陛下。まさか彼らをお使いになるおつもりで?」

「流石にそこまでギャンブラーではないさ。だが、彼らには彼らの仕事をしてもらう。種はもう撒いておいた」


種――


それは、例の噂である。”今回の東帝国の大勝はアレクサンドル大臣の内通の結果である”。人は閉鎖空間で広まった噂に極端に弱い。既に捕虜キャンプの中ではその噂は公然と語られており、士官も一部はその噂に影響されているという。そして私は、もう一つ、噂を流している。”アレクサンドル大臣は今回の敗戦の責任を全て捕虜に押し付けようと画策しており、仮に西帝国に戻っても処刑されるだけである”。


「これら二つの噂は今や疫病のごとく広まっており、捕虜たちの中には我々と協力したいと申し出るものも多い。そこで私は、彼らにある仕事をお願いした。もし我々が攻撃を仕掛けたら、大声で騒ぎ立てて混乱を起こしてほしい、とな」


幕僚の間にざわめきが広がる。


「既に彼らは敵軍の中に潜り込んでいる。我々にとって絶好の機会が巡ってきている。今夜。我々は夜襲を決行する。」


作戦はこうだ。城内は軽歩兵に守らせ、戦車隊は夜陰に乗じて敵軍の撤退路を絶つ。そして内通者によって混乱を起こした敵軍を、一気呵成に市街の軽歩兵と撤退路で待ち伏せる戦車隊で殲滅する。


―――


深夜。市街が静寂に包まれる中、戦車隊は城門を開き、夜闇の中を駆けていく。私はその様子を城壁の上から眺めている。


そうして半時間ほど経っただろうか。配置が完了したとの報告がもたらされた。作戦開始である。


「全部隊、攻撃開始!」


私の命令で、軽歩兵たちが城壁からあらん限りの声を張り上げ、小火器をやたらめったらに撃ち込む。当然、命中は期待できないが、敵兵の目を覚まさせるには十分だ。敵兵がテントから這い出して来る。そんな中、西帝国の陣中に更なる混乱が起こる。


「敵襲だ!」

「敵は既に城門から打って出たぞ!」

「司令官殿は討ち死にしたらしい!」


例の内通者である。夜闇を良いことに、あることないことを叫んで走り回る。


敵陣は混乱の坩堝と化した。


逃げ出そうとした敵兵は撤退路で待ち伏せる戦車隊に蹂躙される。この時になって初めて、西帝国は気付く。撤退路が封鎖されていると。


「今だ!全軍出撃!」


混乱も冷めやらぬ中、鬨の声を上げ、軽歩兵が一斉に城門から突撃する。


数では劣るが、敵軍は予想外の奇襲にパニック状態であり、同士討ちすら始めている。士官は幕僚テントから出る間もなく討ち取られ、その様子を見た一般兵は統制を失って潰走する。蹄鉄の音と兵士の叫び声が止んだ後、敵陣は一夜にして灰燼と化した。


西帝国の軍事責任者、アレクサンドル軍事大臣はその生き残りにアルンハイムへの途上で遭遇した。生き残りの負傷兵は息も絶え絶えに告げる。


「も、申し上げます!アルンハイム近郊の我が軍二万、壊滅!死傷者は数知れず、現在も多数が首都へ向けて潰走中であります!」


報告を聞き終えたアレクサンドルには天を仰ぐ事しかできなかった。


「東帝国、私はあの国を甘く見ていたのか…?」

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