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開戦、そして

幕僚が揃ったところで、私は地図に目をやった。国境線の川は既に我々の手中にあり、潰走した敵軍は這う這うの体で街道沿いに王都へと撤退している。


幸い、アルンハイムの補給拠点が吹き飛ばされたため、王都まで撤退するのには一週間はかかるだろう。しかし、それはすなわち、残り一週間で王都に集結した二万の兵士たちがここまで到達するということでもある。国境沿いの河川の西側には広大な森林が存在し、その先には広大な平地が広がり、山脈まで遮るものが無い。すなわち、敵からすれば、兵力で劣る我々を叩き潰すため、何が何でもその平地にまで我々を誘い出すつもりであろう。


仮に我らが森林沿いに守りを固めたとしても、アルンハイムの拠点が復旧すれば、我々の弱小な兵力は万全の補給を受けた二万の精兵に押しつぶされることは必定。


――となれば、これしかない。


私は地図上の一点、アルンハイムを指差す。


「アルンハイムだ。アルンハイムまで進軍し、敵軍の攻撃を誘う。」

「しかし陛下、敵の兵力は二万。アルンハイムの周りには平地しかありません。正面から殴り合えば必敗です。」


アルベルトが不安に満ちた表情で告げる。


「だからこそだ。我々はアルンハイムに立てこもる。補給は河川を経由して行う。」


幕僚たちに驚きが広がる。


「さらに」


と私は言葉を継ぐ。


「我々は現在撤退中の敵兵七千を追い越し、退路を断って殲滅する。」

「確かに戦車の速度であれば、潰走中の敵兵を追い越してアルンハイムまで到達することが可能です。」


アルベルトの副官、オリバーが計算尺を片手に算出する。


「では決まりだ。戦車隊の諸君には申し訳ないが、無理をしてもらう。」

「はい。かしこまりました。では戦車隊を即刻出発させます。明日の昼にはアルンハイムへ突入できる計算です。」


かくして乾坤一擲のアルンハイム攻略戦が始まった。


戦車部隊は土煙をもうもうと上げながら森林を駆け抜ける。敵兵はパニックに陥りながら迎撃せんと散開するが、それには目もくれず、戦車部隊は街道を駆け抜ける。



アルンハイム――


西帝国の物流の拠点にして、先ほど我々の工作で爆破の憂き目を見た都市。


戦車隊の先頭に立つのは軍指揮官のアルベルト。私は制止したが、部下と労苦を分かち合いたいと、戦車に乗り込んで駆けていった。


アルンヘム市長、フォン・マントハイム。彼は老練な政治家として知られていたが、病床に臥せっており、今では副市長、汚職の噂の絶えないゲルリッツが実権を掌握していた。アルベルトには戦車隊に参加する代わりに、ありったけの金貨を満載した貨車を帯同させた。これでもってゲルリッツを懐柔しようという魂胆だが、上手くいかなかった場合には実力行使も視野に入れている。


「おお、東帝国の皆さま。ようこそアルンハイムへ。」


後で聞くところによれば、ゲルリッツはそう言って一行を歓待したのだという。

汚職政治家とのうわさは聞いていたが、どうやらそれだけでなく、戦況が東有利と知って寝返ったらしい。それを知らされた私は思わずガッツポーズをした。


「よし!ではアルベルトに連絡!今すぐ市街の守りを固め、敵兵を一人も寄せ付けるな!」


私の命令も届かぬうちに、アルベルトは迅速に行動を始めていた。

市街中央にはバリケードが張り巡らされ、城壁は補修され、堀も再び水をたたえる。とはいえ、これらもゲルリッツの尽力あってのものだ。仮に金貨の満載された貨車が目当てであったとしても、彼の仕事ぶりそのものは驚くべきものだ。



そのころ、西帝国の広間では、軍事大臣のアレクサンドルが広間で軍司令官に怒鳴り散らしていた。


「貴様ら、東の農民兵どもに何たるザマだ!分かっているのか!三倍の兵力で攻め立てた挙句、木っ端みじんに打ち砕かれただと!?」

「し、しかし大臣。敵は新兵器を多数導入しており、我々の兵士たちは混乱に陥ってしまいまして」

「何を言っている!そんなことは戦争の前から分かっていたではないか!これは貴様らの臆病が招いた結果だ!いいか!連中はアルンハイムを占領したのだ!何が何でも叩き潰せ!」


その苛立ちは兵士を浮足立たせ、準備も整わぬままアルンハイムへと出発することになった。

まさに願ってもない状況である。


同じころ、軽歩兵はアルンハイムと国境地帯の中間で立ち往生していた敵兵七千を捕虜としていた。

私は直感した。これは使える。


その日の晩。私は捕虜たちのうちで最も階級の低い者たちを集め、こう言った。


「これは私からの気持ちだ。別に他意は無いのだ。ただ、もし他にも協力したいという申し出があれば、いつでも幕僚テントまで来て欲しい。」


そう言って、全員に10000ルストを金貨で渡した。これは、彼らの月給十か月分に相当する。

その夜。案の定、全員が幕僚テントにやってきた。


「ようこそ。それでは、君たちにはある仕事を頼みたい。なに。誰かを殺したりする必要はない。単に噂を流してくれればいい。」


その噂とはこのようなものだ。軍事大臣、アレクサンドルは東帝国と内通しており、今回の敗北も、実はアレクサンドルによる内通によるものであると。


人は、噂を好む。それが真実かは二の次である。もっともらしさと、信じたいという気持ちが噂を広める。


噂は数日後には急速に伝播し、捕虜の全員の耳に届いた。孤立した空間での噂の伝播。その結果は明白だ。我々は七千人の潜在的な味方を得た。それと同時期に、食料上の見地から捕虜の解放をヴィッテが具申してきた。素晴らしい。これで我々は七千人の爆弾を敵軍に送り込める。


それと同時期。ついに東帝国の主力、二万人がアルンハイムの郊外に到着した。


激突はすぐそこだ。

Copyright(C)2025-秋山水酔亭

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