戦車部隊創設!電撃戦を開始せよ!
春が来た。武器商人は空っぽになった荷車を引っ張りながら、上機嫌で馬の背にまたがっていた。
「毎度あり!また来ますよ。」
屈託ない笑顔でそう告げ、彼女は徐々にその背中を遠景の中に埋めていった。
「にしても。なかなかの値打ちものでしたな。」
と、ヴィッテがつぶやく。
「ああ。特に鉄板を買えたのは良かったな。これであれが作れる。」
「陛下、先日から仰っているその・・・センシャ?というのはなんでしょうか?」
アルベルトにはもっぱらエンジニアを手配してもらう仕事を任せており、実際に設計図面を見せたのは一回しかない。
「そうか、アルベルトにはまだ言っていなかったな。丁度試作品が完成したそうだから、演習場に来てくれ。」
馬車で演習場に疾駆しつつ、新兵器のことを考える。試作品とはいえ、しっかりと設計は完成されているはずだ。恐らく、この世界ではまだ戦車のせの字もないだろう。ただ、人口で劣る我が国が西帝国の連中に手痛い一撃を加えるには、この手の奇策を用いることも必要なのだ。この時代では火縄銃こそあるものの、結局戦闘では混戦の中で剣を振るうのが普通だ。しかしながら、人口で劣る我が国が第一次世界大戦のような消耗戦を行えば、最終的な敗北は必至であり、私はそのような未来をわが国民に味わわせることは、絶対にしない。
と、気が付くと演習場に到着したらしい。馬車から降りてすぐ、目の前に「それ」が見えてきた。
「これは・・・?」
アルベルトもさすがにその大きさと異質さに絶句せざるを得ないようだ。
「そう。これが戦車。」
鉄板を張り巡らされた台車と、それを曳く二頭の馬。台車には火縄銃を持った兵士二人と御者一人が乗っている。見た目は古いが、戦車としては十分な機能を持つはずだ。
「陛下。これはその・・・どのように用いるのですか?」
「うむ。説明しよう。まず前提として、この戦車で敵陣を突き破ることはしない。」
アルベルトが応じる。
「しかし陛下。敵陣を突破せずして、どのように勝利を収めるのですか?敵将か敵の本部を撃破しなければ、永遠に戦闘は終わりません。」
確かにそうだ。多くの場合、指揮官が無事なら敵軍は本国に増援を呼び、抵抗を続けるだろう。だが、私の戦術は敵の撃破を目標とはしていない。
「そうだな。確かに敵将を討たねば、戦争は続く。が。それは本国と連絡が取れる場合だ。もっと言えば、本国からあらゆる種類の補給物資が流れ込むだろう。では、それを全て遮断すればいい。」
アルベルト始め、幕僚の間に驚きの色が浮かぶ。
「陛下。と、いいますと、敵軍を完全に包囲するということでしょうか?」
彼らの驚きは当然だ。この時代の戦争では、包囲殲滅よりも平押しによる単純なぶつかり合いがセオリーであり、そのために一回の会戦で一国の軍隊が壊滅することはあまりなかった。だが、我々はセオリー通りに戦えば負けてしまう軍隊だ。だからこその戦車である。
「よく分かっているな。そうだ。敵軍の後方にこの戦車隊でもって急行し、敵軍と本国との連絡を絶つ。そのための戦車だ。鉄板で防弾し、絶対に解囲されるな。そして、その役を担う先鋒の戦車隊には、スコップや土嚢など、簡易築城の装備を搭載せよ。」
この手の装備は運よく倉庫に眠っていたものを流用すればいいし、実際の出費は鉄板くらいで済む。見た目は奇抜だが、意外に堅実な案である。
「なるほど。陛下の考えは分かりましたし、自分としても賛成であります。ただ、この戦車、いったいいかほど揃えるおつもりですか?」
これは中々難しい問題だ。軍の主力である歩兵が薄くなれば、戦車隊が敵軍を包囲する前に前線が食い破られてしまう。だが、それなりの数を揃えた集中運用が戦車運用には肝要だ。
「百両。これを百両用意せよ。騎兵は順次この戦車に置き換えること。」
かなり思い切った数だ。ヴィッテは卒倒するかもしれないが、国家のために何とか努力していただこう。
「陛下の仰せのままに。ヴィッテ財務大臣には見舞いの果物を送っておきます。」
「ああ。ありがとう。兵士の訓練は君に任せる。予算も最優先で供給するから、必要があれば遠慮なく言うようにな。」
「かしこまりました。私もこの手のものを扱うのは初めてですので、陛下のお力を借りることもあると思います。特に戦術では陛下のお力がなければ我々はどうにもなりませんから。」
「勿論。いつでも呼んでくれ。」
それから数か月。未だに戦車は揃っていないが、訓練と戦術は相当に洗練されてきた。この間の演習で決まったことは多いが、最も重大な戦術的革新として、戦車の運用法の原則が決定した。
まず、接敵した場合は敵を無視して敵後方を目指す。余程の大物、例えば敵司令官でもない限りは敵を無視して包囲を優先する。包囲が食い破られないよう、簡易築城装備で敵の連絡線上に陣地を構築し、敵軍をアリ一匹逃さないようにする。
次に、敵後方を遮断次第、歩兵部隊による殲滅を開始する。しかし損害の多い近接戦ではなく、銃火器による遠距離からの掃討を全側面から実施し、場合によっては戦車部隊も参加する。
そして敵の完全殲滅ではなく、降伏を最終目標とする。前項の殲滅は、降伏勧告が再三拒否された場合にのみ行い、基本的には敵国との和平交渉を最終目標とする。
作戦の根底にあるのが、何が何でも我が国の損害を抑えるという思想だ。人口で劣る我が国にとって、人的資源は貴重で、決して軽視してはならないものだ。よって、包囲下の敵兵をいわば人質とし、敵国との交渉材料とする。敵兵の生命も原則保障し、窮鼠猫を嚙むと言わんばかりの自殺的な反撃を抑止し、降伏へのハードルを下げる狙いだ。降伏した兵士の装備の鹵獲や、降伏した敵兵の中にスパイを忍ばせることも考慮すれば、敵国の兵士を殺害するよりも明らかに利益は大きい。
「して陛下。この素晴らしい作戦、なんと名付けますかな?」
「そうだな・・・名前か。ではこうしよう。」
「電撃戦、と。」




