結成!囚人部隊!
雪が帝都の家々に降り積もる十二月。私は寒さに凍えながら帝都の地下三メートルに降り立った。地上ですら相当な寒さであるのに、ここはまるで冷凍庫のようだ。目の前の檻に入っている咎人もさすがの寒さに身震いしている。今日、私がこんな場所に来ているのは別に社会科見学のためではない。歴史的な実績をもつ部隊を編成するためだ。おそらくこの場所、帝国中の罪人を押し込めた地下牢に居る時点で察しはつくだろうが、今日私が編成しようと考えたのは「囚人部隊」だ。「懲罰大隊」という名前でも知られるこれらの部隊は、歴史上にも数多く登場する。かつて中国の英雄たちは数多くの囚人部隊を編成して罪状の取り消しをエサに危険な役目をやらせ、時には歴史に名を遺した囚人もいる。囚人部隊ではないが、夜盗の彭越などは持ち前の略奪スキルを活かして項羽軍の補給線を叩き、一介の野盗崩れから王侯に出世している。今回私が編成する部隊もそういったゲリラ的な作戦に従事させる予定だ。
じめじめした牢の床を歩きながらしばらく進んでいると、「死刑囚」と記された木の板が壁に打ち付けられている。恐らくここから先はそういった凶悪犯が収容されているのだろう。横のアルベルトも、普段の軍司令官としての彼の威厳からは想像もつかないくらい意気消沈して、
「陛下。なるべく早く済ませてください。じめじめして気が参ります」
とあたりを見回しながらつぶやく。檻の前まで来て、私もアルベルトの態度の理由が分かった。そこには学校の教室を半分くらいにしたスペースがあり、そこに十数人の死刑囚が収監されているのだ。古株から新入りまで、色々なタイプがいるようだが、眼の光が尋常でないのだけは分かった。
「おい。ここはお貴族様の来るところじゃないぜ。」
中央部に座っていた男が立ち上がり、こちらに向かってきた。身長は百八十くらい。がっしりとした肉体に刻まれた刺青と傷跡がある種の勲章としてこちらを威圧する。
「残念だが、貴族ではない。」
「へえ。そうかい。じゃあなんだ?王様かい?ならさっさと宮殿に帰りな。ネズミに噛まれる前にな。」
横でアルベルトが短剣に手を掛けたのが分かった。彼を収めつつ、その男と檻越しに目を合わせる。明らかにこちらを侮蔑した、野生動物の目だ。さすがは死刑囚牢の古株といったところか。
「そうだ。国王だ。もし私の言う通りにするなら、罪状を帳消しにし、三食風呂付で清潔な衣服も提供してやろう。もしこの地下牢でネズミと暮らしたいなら断ってもいいぞ。」
さすがの男もこの提案には驚愕し、じっとこちらを見ている。
「本当か?」
「嘘は言わない。信じないなら勝手にしろ。」
牢のほかの囚人たちもこの提案には驚き、口々に色々な可能性について論じていたが、アルベルトが牢のカギをちらつかせると、みな列をなして牢の扉に並んだ。鍵が開けられ、地上に出ると彼らは数か月ぶりか、数週間ぶりかはわからないが、とにかく久しぶりに目にする外の光景に感激し、涙を流すものもいた。彼らはそのまま軍の宿舎に何も知らされないまま連れていかれ、翌日に正式な説明と軍への入隊同意書にサインをする。あの後に気になって例の刺青男のプロフィールをジュペールに調べさせた。男の名はゲオルグ。罪状は強盗や傷害など。意外にも殺人犯ではなかった。が、犯行の狡猾さや全く反省していない事から死刑が言い渡され、あの地下牢に入牢して一年が経つという。殺人犯でないことに少し安堵していたが、少なくとも重罪人であることに違いはない。頭が切れるなら囚人部隊の隊長にしてもよさそうだが、監督役に我が軍の正規兵を必ず数名は付けないといけないだろう。色々とそのあたりの調整でまたアルベルトに頑張ってもらわねば。
その後、早速臨時の軍事会議が開かれ、私とアルベルトに副官のオリバー、そしてゲオルグを呼び、今回の釈放の条件、軍への入隊について説明する場を設けることになった。会議の席上、第一に口を開いたのはオリバーだった。
「陛下。恐れながら、このような山賊崩れを雇う意味が分かりません。我々帝国軍は投石器などの新兵器を増強し、兵士の指揮系統の改良も進み、日に日に精強になっております。それなのに、このような野盗崩れを雇い入れるのですか。それは我が兵士たちでは不十分であるということですか。」
思った以上に怒っているようだ。それもそのはず。昨今の軍事改革の先頭にたって我が軍を近代化させているのが彼ら軍部なのだから。
「心配させて済まない。が、彼らには通常の兵士にはできない仕事をしてもらう。具体的には敵国への侵入と破壊工作、敵軍の補給所の襲撃をやってもらう。通常の戦闘には使わない。これは私の約束だ。」
「分かりました。陛下がそうおっしゃるならば。ですが、我々の指揮下にしっかり入ってもらいますよ。」
ここでゲオルグが無精ひげを撫でながらつぶやく。
「オリバーっつったっけ。よろしくな。」
「貴様!上官になんたる態度だ。野盗風情が粋がりおって。」
わなわなと身体を震わせながら、オリバーが腰の短剣に手を掛ける。アルベルトと私でそれを宥めると、アルベルトが切り出した。
「喧嘩はよそでやれ。今日はゲオルグたちの初の作戦の説明をやる。」
そう。忘れかかっていたが、今日ここに彼らを呼んだのはひとえにこの作戦のため。そしてこの作戦の重要性は死刑囚の釈放という重大な決断が実行できた理由でもある。
「皆、ありがとう。その作戦というのはずばり、西帝国からの窃盗だ。ゲオルグたちは昨日処刑されたことになっていて、戸籍からは抹消されている。いわば亡霊だ。君たちは。そんな君たちは戸籍がないため行動の足がつかない。君たちには偽造された身分で仕事をやってもらう。初仕事は隣国、西帝国首都、フォルヘッセの金庫から財物を持てるだけ盗み出すことだ。」
これにはゲオルグも呆気にとられ、目を泳がせながら
「えっと、それは、その、泥棒で捕まった俺らにまた泥棒をやれって言ってんのか?」
「その通り。もう偽造の身分は用意した。軍人二名と共に西帝国に潜入し、任務を完遂せよ。」
「報酬は?」
「盗んだ財物の十分の一。歩合制だ。頑張れよ。」
さすが元野盗、こういった時の切り替えは世界一速い。すぐに超然とすると、
「作戦の詳細を教えてくれよ。」
と尋ねる。それにオリバーが答える。
「君たちは深夜に西との国境を越え、森林地帯や山岳地帯を通ってフォルヘッセに向かえ。途中で変装を変えつつ、金庫から素早く財物を盗み、また深夜に国境を越えろ。帰りには漁船を装った我が軍の船が君たちを回収する。そしてこれが絶対条件だ。絶対に人を殺すな。戦闘も避けろ。詳しい地図などは我々が後で支給する。ゲオルグ以下、十名程度の遠征隊を選抜せよ。以上。」
軍人らしい手早さでオリバーが告げると、
「久しぶりに盗みができるな。しかも国王様公認だ。」
とゲオルグは嬉しそうだ。なかなかやばそうな人物だが、こういった人間でも何かの役に立つことを見せてもらおう。かつて三千人の食客を抱えていた田文は、泥棒と声まねの達人のお陰で危機を脱した。俗にいう鶏鳴狗盗だ。さて、ゲオルグはどうだろうか?




