歴史教師、秋月令
朝八時ちょうど。いつもこの時間に校門を通り、一日が始まる。私の名前は秋月令。この高校で歴史の教員として教鞭をとってもう三年になる。仕事は大変だが、そろそろ慣れてきて、手の抜きどころも分かってきた。お陰で最近は午後七時には退勤できるようになった。毎朝の教科研究や授業の準備も、ある程度のところでやめ、無駄なこだわり(イラストの挿入などだ)もなくし、教師としてはそれなりに要領よくやれている方ではないだろうか。
職員室に入ると、乳白色の天井とくすんだ業務連絡ボード、そして変わり映えのしないデスクが見えてくる。同僚に軽く挨拶をし、パソコンを開く。今日は三コマしか授業が入っていない。少し明るい気持ちになり、今日の授業のスライドを作り始める。が、正直今まで他の学年の授業で使ってきたものを流用するだけだ。簡単でありがたいが、その分時間を持て余してしまう。かといってそれ以上の仕事は引き受けたくないので、のんびりと仕事をしていないといけないのは難儀なものだ。
時計が三十分を回り、そろそろ授業の資料を取りに資料室に行く時間だ。職員室の隣、資料室はいつも薄暗いが、お目当ての地図は大きいので簡単に見つけられた。が、どうやら他の資料の下に敷かれてているようだ。
「よいしょっ」
引っ張ると少し手前に地図が顔をのぞかせた。この調子だ。
「早く出てこい~」
少しづつ端を引っ張りながら、何とかあと一歩のところまで来たので、最後の一押しで手首に力を込める。それが不味かった。一生懸命引っ張りすぎて上に載っている大量の資料の事を忘れていた。
「やば、崩れそう」
気付いた時にはもう手遅れで、最後に目にしたのは大量の古文書と古い百科事典が頭上に覆いかぶさってくる光景だった。