No.015 ▼宿題と日記に隠された役割
亘は"自ら"を大切にしたいと、常に心掛けている。
そして宿題に日記を含めていた。書くのが苦手でも、基本中の基本になる、そして、苦手を克服できる変化こそ、成長の一部だから。
また、宿題はなぜあるのか、何故するのかという亘の考えも伝えたかったのである。
宿題は「量」の問題ではない、継続し習慣にするために、生徒一人一人自身のため、提出することは、約束を守るという意味もあるという亘個人の思考である。
日記は文章力がいやでも、向上できる。段々上手に書けるようになる。表現力も描写力、個人差はあるけれど、前進するからだ。
最初は一行でいい。日を記すのが日記だから。
だから"一行日記"という名目にした。そんな思考を少しずつ伝え、この一行日記+計算ドリルまたは漢字ドリルを宿題としたのである。
問題を解いたり書いたりするのはできるが、やはり、日記の方は、ばらつきがありクラス全員日記提出はなかなか難しかった。それでも亘は思いを言い続けて日々を送った。
ある時保護者からこの一行日記が学力になるのかどうかという意見が殺到。亘は困惑する。こんなことになるなんて驚きを隠せなかった。対処の方法も見つからず、無視したわけではないが、結果的にはスルーすることになってしまったのである。
数週間を過ぎた頃変化が表れた。日記提出が増えてきたのだ。その変化に亘は感動する。イラストが苦手な亘だが、自分も挑戦しようと思い、ハートや、人参、猫、ウサギなどのイラストを残していた。特に日記に対しての意味はなく、「見ました」サインの代わりにしていた。
なかなか提出することもできずにいた生徒が提出する日が訪れたのだ。
その日記には、相談して書いたこと、真似して書いたこと、次は一人で書いたことが記されていた。「それでいいよ。よくがんばったね。すごいよ」とメッセージを添えたのだ。
一行日記全員提出できた日は先生からの報告があり、生徒たちはそれを楽しみにするようになっていた。
小さな変化が積み重なり成長するんだと改めて感じていた亘だ。
授業給食学校行事日々はあっという間に過ぎ、1年生担任の生活は終了を迎える。
亘は最後に成長したあしあとを一人ずつにメッセージを残しラミネートしプレゼントを贈ったのだ。
終業式を迎え春休みを迎える生徒は、学習プリントと春休みのくらし、と"日記"があった。
次の年度、亘の担当は・・・




