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40・薔薇


 僕はあまり起きられないまま、春が終わる。


元調査員デラートスさんの店は無事に開店し、店の従業員も大人しく従っているようだ。


魔石の買い取りは王都での取引価格を基準に設定されることになり、猟師さんたちには喜ばれる。


詳しいことは興味がないから分からないけど、今までよりは格段に良いらしい。


 デラートス雑貨店の規模は小さいが、売り物も良品が多く、店に無くても注文しておくと後日入荷を知らせてくれるというので評判は良い。


「何でもいいの?」


僕だって欲しいものはある。


「紙に希望価格と期日を書いて注文するそうです。


明らかに無理なものはその場で断られるみたいですよ」


そりゃそうだろう。


商売なんだから利益がなければ成り立たない。


「欲しいものがあれば注文して参りますよ」


スミスさんはそう言ってくれるけど、正直いうと値段が分からないんだ。


「『生気』は無理ですよ?」


分かってます。


一応、あれを書いてみるか。




 王都からの情報は、往復している行商人たちが持ち込んでくれる。


デラートスさんが仲間に働きかけてくれて、入れ替わり立ち替わりで月に数名が行商人としてやって来る。


辺境地としては異例だ。


「それだけ公爵様が孫を気にかけておられるということです。


何も知らない商人が、イーブリス様に取り入ろうと思ってやって来るかも知れませんね」


「ふうん」


それって、王都から片道十日掛けて来る意味あるのかね。


 行商人に化けた調査員たちは『情報』を売りに来るのだ。


普通の商売ではないのである。


価格もそれなりだし公爵様の確認も入るから、下手なことは出来ない。


普通の商人には太刀打ち出来ないと思う。




「本日到着した分でございます」


「ありがとう」


何日か分の新聞と貴族報、アーリーからの手紙とお祖父様からも近況の報告がくる。


僕が書いて送っている報告書にも返事が来たりするのは、宰相を辞めて暇だからだろうか。


「やっぱり、隣国から難民が入ってるみたいだな」


「そうですか?。 ここは国境の町なのに他国の商人さえ見かけませんが」


そうなんだよね。


 この領地自体が三方を山に囲まれていて、隣国への出入国に関しては隣の領地へ行かないと街道が無い。


誰も魔獣のいる森や、碌な道もない山を越えたいとは思わないよな。


いるとすれば難民か犯罪者、もしくは諜報関係である。


僕はこの地方の地図を思い出す。


「難民か。 領内に小さな開拓村があったな」


「はい。 資料不足で後回しになっておりますが」


動けるようになったら見に行きたい。


廃村になっているのか、それとも他の町と交流出来ない理由があるのか。




 その時、扉を叩く音がした。


スミスさんが対応に出ると、ジーンさんだった。


「どうかされましたか?」


スミスさんが、あの胡散臭い笑顔で迎える。


「入っていいよ」


僕はベッドで上半身を起こしながら声を掛ける。


「子供たちがお見舞いにと。 少しだけよろしいでしょうか」


ジーンさんが申し訳なさそうに訊いてくる。


「ああ、構わないよ」


ジーンさんと一緒に、たぶん最年長であろう男女の子供が二人、入って来た。


「こ、こんにちは、イーブリスさま」


「こんにちは」


笑顔で応対する。


子供たちがお見舞いにと差し出したのは、温室の薔薇だった。




「庭師さんがイーブリス様にお見舞いなら薔薇がいいと仰って、切って下さったの」


ジーンさんが説明する。


「ありがとう、大好きな花なんだ」


僕は受け取って香りを吸い込む。


「あんまりなかったね」


「うん、薔薇はこれしかないー」


子供たちは顔を見合わせて二人で話をしている。


「そうなんだ。 でも大丈夫だよ。 お祖父様が新しい温室を作って下さるそうだから」


今年も誕生日に何が欲しいかと手紙が着たので『温室』と返事をした。


そしたら、先ほど見た手紙に「冬前までに新しい温室を建てる」と書いてあったのだ。


「温室を大きくされるのですか?」


ジーンさんが不思議そうに首を傾げる。


「僕の誕生日の贈り物だそうです」


ニコリと笑うと子供たちも釣られて笑う。


「お誕生日なの?、おめでとう!」


女の子が大きな声で祝ってくれる。


ジーンさんが女の子の言葉遣いを直そうとするが、僕はそっと笑顔で止めた。


十二歳くらいの彼女から見れば、八歳の僕は「小さい子」なのだ。


それで良い。


「おめでとう、ございます。 俺たち、何も持ってないけど」


男の子はモジモジして俯いてしまう。




「お祝いの言葉だけでも嬉しいよ。 この領地に来て初めての誕生日だから」


そう言って僕は二人に向かって手を伸ばす。


すると、子供たちはその手を握ってくれた。


あ、ああ、気持ちイイ。


純粋でイキイキとした生気が身体になだれ込む。


久しぶり過ぎて、思わず涙が出た。


「まあまあ」


何を勘違いしたのか、ジーンさんまで感動したみたいにハンカチで涙を拭っている。


スミスさんは分かっているので口元を歪めて苦笑していた。


「そうだ、ちょうどいい。 お二人に仕事をお願いできませんか?」


スミスさんは二人の子供に向かって新聞を見せた。


「イーブリス様は毎朝、新聞を読むのが楽しみなのです。


よろしければ、子供たちで交代でもいいので、毎朝新聞を読んで差し上げていただけませんか?」


スミスさんはドサリとジーンさんに新聞の束を渡す。


「ジーンさんは、この中から子供たちが読める記事を選んで、教えてあげて下さい」


字の勉強になるし、新聞という情報も得られる。


こんな田舎では新聞を手に入れられる人間もごく僅かなのだ。


「はい、喜んで」


ジーンさんと子供たちは嬉しそうに頷いた。




 それから、毎日の朝食後のお茶の時間に子供たちが一人か二人、やって来るようになった。


小さな子たちも、がんばって読んでくれる。


「ありがとう」


僕は毎回お礼に手を差し出して握る。


純真な子供たちの手を握るだけでも豊富な生気が僕になだれ込む。


ありがとう、助かるよ。


この分なら秋にはフェンリルになれるかも知れない。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ラヴィーズン公爵家のアーリーは今年から学校に通うことになっている。


三歳で公爵家に引き取られてからほとんど屋敷の敷地から外に出たことがない。


王宮での王子のお茶会には一度だけ参加したが、それ以降、訪れたことはなかった。


今では、双子の兄であるイーブリスの騒動もあり、王族に対する気持ちが嫌悪しかない。


「リブ、元気かな」


ポツリと呟く。


元気なはずはない。 イーブリスは王都の屋敷でもほとんど寝付いていた。


それがこの春から転地療養で田舎に行ったばかり。


そんなに急激に変わったりはしない。




 アーリーはリブに頼まれて身体を鍛えている。


しっかり鍛えて誰よりも強くなれって言われたのだ。


「僕も強くなりたいけど」


剣を振り回していても、何だかしっくりこない。


「ハアーッ」


アーリーの従者は執事候補としてがんばっている身体の大きな少年である。


(隙だらけなんだよなあ)


二人でよく自主的に訓練をしているのだが、何故かアーリーには相手の弱点が見えてしまう。


アーリーが手を横に振るだけで見えない風が巻き起こる。


『これからは屋敷の外に出ることも多くなるからね』


イーブリスはアーリーにこっそりと魔法を教えていたのだ。


「グハッ」


少年が転がって風を避ける。


「アーリー様、魔法は禁止ですよ」


「えー、だって、こっちのほうが早いから」


例え屋敷内であっても緊急時以外、魔法の使用は禁止されている。




 訓練を終え、部屋に戻るために庭を横切る度に、アーリーは遠回りをして薔薇園の側を通った。


(リブの匂い……)


イーブリスが好きな薔薇が一年中咲いている。


「北の領地にも薔薇は咲いてるのかな」


「雪も降る地域ですし、冬は難しいのではないですかね」


ポツリと零した声に従者の少年が応える。


アーリーは薔薇の香りを吸い込んだ。



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